軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28:小さな公爵令嬢と精霊さん

ロミーが治ってから数日後、シャルロッテはロミーとぬいぐるみを入れたバスケットを抱え、ハンクの部屋を訪ねていた。

「ハンクお兄様、せいれいさんと遊んでいいですか?」

三連続きの部屋の一つ目と二つ目の境、扉越しに彼に問う。

今の部屋、ティートロリーや届いた荷物を置く部屋にはノックさえすれば返事を待たずに入っても良いとされている。

だがそれ以上先の作業部屋には、給仕達はもちろん家族でさえも入れていないという。普段ならばメイドが部屋に入って行う清掃や雑務もハンク自らが行うというのだからよっぽどだ。誰も入ってくれるなという彼の強い意志が窺える。

もっとも、それも以前までの話。

作業部屋に入りたいと話すシャルロッテに、ハンクは笑みを浮かべて頷いてくれた。

もちろんだと答え、それどころか促すように扉を開けて招き入れてくれる。

そうして通されたのは二つ目の部屋、ハンクの作業部屋。

カーテンは閉め切っており日中でも室内は暗く、そのうえ数十体の人形が飾られている。不気味と感じる者も多いだろう。

だがシャルロッテにとっては楽しい場所の一つだ。たとえ薄暗くても、シャルロッテにはこの部屋もまた輝いてみえる。

「ハンクお兄様のお部屋に着きましたよ。お兄様にごあいさつしましょう」

ロミーやぬいぐるみ達に話しかけつつ一体一体バスケットから取り出していく。もちろんハンクへの挨拶付きで。

「ごきげんよう」とぬいぐるみを傾けて挨拶をしたり、「あそびましょう」とぬいぐるみをぴょんぴょんと跳ねさせたり。

ハンクもそれを眺め、時には「ようこそ」とぬいぐるみ達に返してくれる。ロミーにはまるで医者のような口振りで「調子はどうかな?」と尋ねてくれた。

そうしてぬいぐるみ達を床に敷かれたラグに並べれば、周囲の人形達が待ち遠しいと言いたげにカタカタと動き出した。

「せいれいさん、今日はお茶会です、みんなで準備をしましょう」

シャルロッテが猫のぬいぐるみをピョンピョンと跳ねさせながら移動させれば、赤い髪の人形とオレンジ色の髪の人形が動いてそれを追いかける。

うさぎのぬいぐるみをゆっくりと左右に揺らしてダンスの練習をすれば、今度は金色の髪の人形がまるでペアダンスを踊るように向き合って左右に揺れはじめた。

手元の人形とぬいぐるみだけを見れば幼い子供が向かい合って遊んでいるように見えるだろう。動きも、内容も、どれをとっても子供らしくて愛らしい。

だが遊んでいるのはシャルロッテだけだ。

部屋の主であるハンクは机に向かって作業をしており、時折は遊ぶシャルロッテの姿を微笑ましそうに眺めている。

そんな、傍目には奇妙に見え、それでも当人達は穏やかに過ごしてしばらく。

一区切りついたのかハンクが手にしていた道具を棚に戻し、体の凝りを解すようにぐっと腕を伸ばした。

「シャルロッテ、お茶会はどう? 僕もお茶を一杯貰おうかな」

穏やかな声色でハンクが告げてくる。

これは彼からのお茶の誘いだ。もちろん人形とぬいぐるみのお茶会ではない。実際にお茶を飲もうという意味だ。

人形達と遊んでいたシャルロッテがパッと顔を上げ「はい!」と元気よく応える。

「外のお部屋にお茶のガラガラがありました」

「あぁ、そういえば頼んでたんだ。ちょうどよかった」

話しつつハンクが立ち上がろうとする。

だが次の瞬間……、

「きゃぁあああ! 誰か、誰か来て!!」

甲高い女性の悲鳴が室内に響き、次いでシャルロッテの体がぐいと強引に背後に引き寄せられた。

驚いて声をあげる間もない。慌てて振り返れば、自分の体を抱きしめるのはメイドのリシェル。彼女は青ざめた顔をしており、己の身で庇うようにと強引にシャルロッテを抱きしめている。優しく温和な彼女からは考えられないほどの腕の強さ。

「リシェル、リシェル、あのね」

「シャルロッテ様、大丈夫です! リシェルが居ります! ハンク様、すぐに人が来ますので、そこを動かないでください!!」

「あのね、ちがうの、リシェル」

「大丈夫ですよシャルロッテ様、目をぎゅっと瞑っていてください。誰か! 誰か早く来て!!」

シャルロッテが腕の隙間から声を掛けるも、リシェルは混乱しているようで必死に人を呼んでいる。

その騒ぎように精霊達も動揺してしまったのか、シャルロッテと遊んでいた人形や周囲の人形達が一際大きくカタカタと動きだした。

室内に無機質な音が溢れかえる。それが余計にリシェルにとっては恐怖でしかないのだろう、悲鳴交じりの声が続く。

これでは悪循環だ。

止めなくては。

だが突然の騒動にシャルロッテの心臓はバクバクと痛いぐらいに跳ね上がり、声が上手く出ずにただリシェルの腕にしがみつくしかできなかった。

説明しないといけないのに頭の中はパニックで、まともな言葉が出てこない。「あのね」「ちがうの」と繰り返すだけで精一杯だ。焦りが余計に混乱を招き、ついには涙が滲みはじめた。

自分のせいだ。

自分がハンクの部屋で遊んでいたからリシェルは呼びに来てしまったのだ。

もしかしたら自分が話していてノックの音を遮ってしまっていたのかもしれない。

いや、そもそも扉をちゃんと閉めていなかったのかもしれない……! 自分のせいだ!

「リシェル、あの、あのね、ちがうの、あのねっ……!」

考えれば考えるほど頭の中はグルグルと混乱し、涙が出て、申し訳なさで胸が潰れそうになる。

潤んだ視界でハンクを見れば、彼も動揺を露わにしている。

それでもこのままではいけないと考えたのだろう、リシェルに対して声を掛けようと彼が口を開いた。

だがその声は、扉が開かれる音と、駆け付けた者達の鬼気迫る声に掻き消されてしまった。

◆◆◆

「人形が動いた?」

フレデリカが怪訝な声で尋ね、テーブルの上に置かれた人形をじっと見つめた。

普段は優しい紫色の瞳も今は疑いの色が濃く鋭い。

だが険しい表情をしているのは彼女だけではない。隣に立つテオドールも、ジョシュア達も、それどころか緊急事態だと案じて駆け付けた屋敷の者達も、眉根を寄せて困惑と疑惑の表情を浮かべていた。

広い一室に十数人が集まり、テーブルに置かれた人形を囲む光景は異質と言えるだろう。

「ロッ、ロッティが、悪いんです……、あそぼうって、でも、ごめんなさいっ……、ロッティのせいで……!」

重苦しい空気が満ちる中、シャルロッテはしゃっくりをあげながらハンクにしがみついていた。

自分のせいだ。

自分が精霊と遊んでいたからリシェルが迎えに来てしまった。

自分がハンクの部屋にいたから精霊のことが見つかってしまった。

誰にも言わないでくれと言われていたのに。内緒にすると約束したのに!!

罪悪感と後悔が湧き上がり体から溢れ出しそう。

頭の中はぐちゃぐちゃで、必死に喋ろうとするも喉が詰まってしまう。それでもとガラガラに枯れた声を出す。

「ご、ごめんなさ……、ごぇんなざ……」

「大丈夫だよシャルロッテ、落ち着いて。もう謝らないで。シャルロッテは悪くないよ」

「でも、でっ、でも、ロッティのせいで……」

「違うよ、シャルロッテは悪くない。僕がずっと話さなかったのが悪かったんだ」

宥めてくれるハンクの声は落ち着いており、頭を撫でてくれる手は優しい。

次いで彼はフレデリカに名前を呼ばれると、低く静かな、それでもはっきりとした声で「はい」と返した。

普段のおどおどとした様子とは違う。堂々とまではいかないが、それでも覚悟を感じさせる落ち着き払った態度だ。

「人形が動いているとリシェルが言っているわ。それに、貴方の部屋に駆け付けた者達も見たって。事実なの?」

「それは……」

一瞬、ハンクが言い淀んだ。

ここで打ち明けることに躊躇いがあるのだろう。

やはり秘密にしておきたかったのだ。それなのにこんな場で、追及されるように話す羽目になってしまった。

他でもない自分のせいで。

そう考えればシャルロッテの胸がより痛みを増し、たまらずハンクにしがみついた。

「ちがうの」「ごめんなさい」「ロッティのせい」と酷く掠れた声で必死に繰り返す。

「良いんだ、いつかは話さないといけないし」

「でも、でもっ……!」

「このまま隠してリシェルを嘘吐きにするわけにもいかない。……だから、動いてくれないかな」

ハンクの最後の言葉はシャルロッテに向けられたものではない。

彼は真っすぐにテーブルの上に置かれた人形を見つめて告げた。まるで人形に意志があるかのように。

そうして待つこと数秒、重苦しい沈黙が周囲を支配するなか……、

カタン、

と、人形が揺れた。

否、動いた。