軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24:おじいさまとおばあさま

ついに祖父母の来訪の日を迎え、シャルロッテは朝から落ち着かずにいた。

あと数十分で到着という頃には居ても立っても居られず、玄関前を歩き回る。……のだが、実際に歩き回っているのはシャルロッテではない。

シャルロッテを抱きかかえたテオドールだ。

父に抱き上げられ、シャルロッテは歩かずに玄関前をいったりきたりしていた。

「お父様もそわそわですか?」

「あぁ、どうにもフレイド殿が来るとなると落ち着かなくてな」

フレイドとはシャルロッテの祖父であり先代ブルーローゼス家当主、フレイド・ブルーローゼスのことである。妻はアリア・ブルーローゼス。

どうやらテオドールは二人が、というよりフレイドが苦手らしい。

仲が悪いのかとシャルロッテが不安になりテオドールを見れば、察したのか彼は精悍な顔立ちの眉尻を僅かに下げて苦笑した。

「大丈夫だ、シャルロッテが心配することじゃない」

「でも……、おじいさまは怖いひとですか? だからお父様はそわそわしてるんですか?」

「いや、怖いお方じゃない。ただ緊張してしまうんだ。これは婿養子の運命だ」

「ムコヨウシのサダメ……」

テオドールが言った言葉の意味は分からないが深刻な雰囲気だけは伝わり、シャルロッテは思わずゴクリと生唾を呑んだ。

優しくて頼りがいがあり、なによりあの晩、悪い人達から自分を救ってくれた父が、まさかこれほど落ち着きをなくしてしまうなんて。

『ムコヨウシのサダメ』とはそれほど辛いものなのだろうか。

せめて気晴らしにと、肩から下げているポーチからチョコレートを一つ取り出して彼の口に運んだ。

ついでに自分の口にも一つ入れる。甘いものは気分を和らげてくれる。

そうして二人で玄関前をぐるぐると回っていると――シャルロッテは歩いてはおらず運ばれているだけだが――、通路の先からフレデリカが歩いてきた。

落ち着きのないテオドールとは違い、フレデリカは扇子で己を扇ぎながら。その姿は余裕に満ちている。

「テオドール、少し落ち着いたらどう? お父様達が来る前にシャルロッテが酔っちゃうわ」

「ロッティ大丈夫です。これは『ムコヨウシのサダメ』です!」

「あら、妙な言葉を覚えちゃったわね。とにかく二人共、緊張するのはもう終わりよ。馬車が見えたってさっき連絡がきたわ」

じきに屋敷に到着するだろう。そうフレデリカが話せば、彼女の背後に構えていた侍女長がさっと扉へと向かっていった。

ゆっくりと玄関扉が開かれる。

公爵家の屋敷だけあり立派な扉だ。その先に広がる光景もさすが公爵家と言えるほど豪華で、補整された道が続き、その両側では美しい花が咲き誇っている。

その道の先には立派な門が構えており、そこに豪華な馬車が一台停まっているのが見えた。

ちょうど今到着したばかりなのだろう、御者が御者台から降りるとこちらに向かって一礼し、客車の扉を開けた。

人影がゆっくりと現れる。

「おじいさまとおばあさま……!」

馬車から姿を現したのは老年の男女。それと後ろからついてくる彼等より幾分若い男性。

連れ立って歩くのがシャルロッテの祖父母である先代ブルーローゼス夫妻、そして後ろに控えている男性は彼等の従者だという。

馬車から出てきたのはその三人だけである。

いや、彼等ともう一人……。否、もう一匹……。

「大きいクマさん!」

思わずシャルロッテが声をあげたのは、従者の男性が客車から大きなクマのぬいぐるみを取り出したからだ。

男性が両腕どころか全身を使って抱えてようやく持ち運べるほどの大きさ。遠目でもシャルロッテの身長を優に超えているのが分かる。

これにはシャルロッテも驚いてしまい、こちらに歩いてくる祖父母と、抱えられて近付いてくる大きなクマのぬいぐるみと、自分を抱きかかえるテオドールと、「あらあら」と長閑に見守るフレデリカを順繰りに見た。

ぐるぐると首を回して目が回りそうだが、今は混乱が勝る。

「ロ、ロッティはおじいさまとおばあさまの孫で、お、大きいクマさんの孫ですか!?」

「あれはただシャルロッテへのプレゼントだろう。なにか用意してくださるとは思っていたが、あれほど大きいとは、さすがフレイド殿」

「……ロッティへのプレゼント?」

テオドールの言葉に、シャルロッテはコテンと首を傾げた。

今日は二人に認めてもらうための日ではないのか。なのにどうしてプレゼントを?

だがその疑問を口にする前にはたと我に返り、慌ててテオドールに降ろしてくれと伝えた。抱き上げられたことでシワになったスカートの裾を直し、ポシェットの位置も調整する。

そうして準備を整えて改めて祖父母を見れば、彼等は既に玄関まで来ており、フレデリカと楽しげに話していた。

そんな彼等の視線がふとシャルロッテへと向けられた。

祖父フレイドと目があった瞬間、シャルロッテの心臓がドキリと跳ねあがった。

かと思えば今度はきゅうと縮まるような感覚を覚える。心臓まで落ち着かない。

緊張でどうしていいのか分からなくなり、挨拶をしなくてはと思っても上手く声が出ない。焦りが湧き上がり、口をパクパクと開くだけだ。今の自分はさぞや情けないことだろう、見えずとも分かる。

情けない子だと思われたくない。

もっと堂々とした子が良いと言われてしまうかもしれない。

不安が一気に押し寄せ、シャルロッテの視界が歪む。

鼻の奥が痺れるような痛みを覚え、スンと洟を啜った瞬間……、

『今こそカーテシーですのよ!!』

と、頭の中でクラリスの声を聞いた。

「あ、あの!!」

頭の中に響いたクラリスの声に背を押され、シャルロッテは思い切って声を出した。弱々しい声ではなくはっきりと。

そうして緊張して強張る体をなんとか律し、スカートの裾を摘まんだ。

頭の中で繰り返すのは練習中に聞いたクラリス達のアドバイス。彼女達はまるで自分の練習かのように熱心にカーテシーのコツを教えてくれた。

『カーテシーを行う際は堂々としなくてはなりませんわ。堂々とすればするほど見栄えしますの。自分は可愛いと自信を持ちますのよ! じっさいに私達は可愛いですわ!』

『そうですわ、堂々とする私たちは可愛いんですの』

『可愛らしい私たちの可愛らしいカーテシーですわ』

頭の中のクラリス達がもっちりもっちりと応援してくれる。

なんと心強いことか。

そんなクラリス達の応援を胸に、シャルロッテは一度深く息を吐き、摘まんだスカートの裾を少しだけ持ち上げて腰を落とした。

「ご……、ごきげんよう、おじいさま、おばあさま」

堂々と。自分が可愛いと信じて。優雅に。もっちりと。

練習した通りに挨拶の口上を述べ、ゆっくりと顔を上げた。

祖父母はシャルロッテからの挨拶を受け、しばしじっと黙り……、

「十数年ぶりの孫娘のカーテシー……! これは痛めた腰が治る……!」

「シャルロッテちゃん、おばあさまですよ。さぁこっちに来て抱きしめさせてちょうだい」

と、片や感嘆の声をあげ、片や嬉しそうに両腕を広げた。

これにはシャルロッテもきょとんとしてしまう。受け入れてもらえた……、と考えて良いのだろうか。

頭の中のクラリス達は声を揃えて『ナイスもっちりカーテシー』と褒めてくれるが、思い返せばカーテシーの後どうすれば良いのか聞いていなかった。

どうしよう……、とシャルロッテがそわそわとしていると、トンと背中を押された。

テオドールだ。彼は穏やかに微笑んで「いっておいで」と告げてくれた。

その言葉に促され、シャルロッテはおそるおそると祖父母に近付いた。

「……おじいさま、おばあさま」

おずおずと二人を呼び、まずは両腕を広げて待っていてくれる祖母に抱き着いた。

わざわざしゃがんで高さを合わせてくれている。ぎゅうと抱きしめてくれる細い腕、ふわりと漂う花の香り、「シャルロッテちゃん」と呼んでくれる声。優しい声はどことなくフレデリカを彷彿とさせ、なんて心地良いのだろうか。

途端にシャルロッテの胸に安堵と歓喜が湧き上がり、応えるように彼女の服をきゅっと掴んで身を寄せた。

「なんて可愛らしいのかしら。銀色の髪が太陽の光を受けて輝いて天使のよう。まさかこの年になってもう一人孫を迎えられるなんて思わなかったわ。シャルロッテちゃん、ブルーローゼス家に来てくれてありがとう」

祖母アリアの言葉には歓迎の意思がこれでもかと込められており、シャルロッテは彼女の腕の中で嬉しさからはにかんだ。「んふふ」と思わず笑みが漏れてしまう。

そうしてアリアからゆっくりと離れ、今度は祖父フレイドを見上げた。彼はしゃがみ込みこそしないが目尻を下げてシャルロッテを見つめており、そっと手を伸ばすと頭を撫でてくれた。

「おじいさま」

「孫娘の可愛さで腰は完全に治った。今なら若かりし頃のように、いや、あの時よりも早く走れる気がする」

「……?」

フレイドの話は難しくてよく分からない。だがシャルロッテの頭を撫でてくれるあたり歓迎してくれているのだろう。

老人らしく皺の多い男性の手。それが優しく頭を撫でてくれる。

しばらくシャルロッテは頭を撫でられる心地良さに目を細め、次いで頭に乗るフレイドの手を取った。

「ロッティがお家の中にご案内します」

「そうか。案内してくれるのか」

「シャルロッテちゃん、おばあさまも案内お願いできるかしら。さぁ、おててを繋ぎましょう」

左手はフレイドと、右手はアリアと繋ぎ、シャルロッテは二人を連れてさっそくと歩き出した。