軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

423話 蠢動

ヴォルトゥザラ王国のとある場所。

幾人かが暗く狭い部屋に集まり、人目を憚って小さな声で密談を交わす。

「それで、姫様が神王国に留学する手はずは」

「万端整っているとのことだ」

「やはり、今からでも止められないか?」

「そうだそうだ。何故我らが姫様を人質のようにして送らねばならん」

ヴォルトゥザラ王国は、各部族の集合体という性質が強い封建国家だ。

各部族を束ねる王が居るのは事実だが、各部族にもそれぞれに長が居て、かなり強い立場を持っている。

必然、国家の意思統一などは難しく、こと対外政策となれば国論は常に分かれる。

特に、神王国に対する意見は両極端。より一層友好的になるべきだと考える融和派と、強硬に対応して徹底的に対抗すべきだと考える強硬派に分かれる。距離を置いたままどちらにも寄らない中立派は、既に居なくなっていると言って良い。

それもこれも、神王国が近年国力を増していて、ヴォルトゥザラ王国の国力が相対的に落ちていることに起因する。

より強くなっていく国が隣にあるのだ。不利な状況で戦いたくないと思う人間も増えれば、何とかせねばと考える人間も増えるのが道理。今のうちに叩いておかねば、後々より不利な戦いを強いられるのではないかと恐怖している人間も多い。

元々はヴォルトゥザラ王国と神王国は根本的に国柄が違う。より広い土地を求める遊牧民の国であるヴォルトゥザラ王国と、より豊かな土地を求める騎士の国である神王国。共に領土拡張は国力の増加に繋がる国体であり、隣同士に有るという時点で衝突することは宿命づけられている。

過去に何度か争い、勝ちもしたが負けもした。

お互いにお互いの国が容易ならざる相手と考えている点は共通していて、力の均衡が成り立っているからこその平和が齎されているのが現状。

神王国の方が一方的に強くなれば、いずれは自分たちの国が奪われるのではないかと恐れるのは、過去の歴史から見ても一理も二理もある。

しかし、現状だけを見れば、神王国の国王は対外的には温和な政策を取っている。このまま国力を増したところで、大国であるヴォルトゥザラ王国に対して全面的に争おうと考える可能性は低い。

融和派と強硬派の言い分の違いは、現状の神王国を見て融和が得と考えるか、過去の神王国を見て融和が危険と考えるかの違いに過ぎないのだ。

故に、強硬派は自分たちこそ正しいと言い張るし、またそれを心の底から信じている。

我らこそ正義、我らこそ真の王国民、我らこそヴォルトゥザラ王国の未来を考える選良であると、嘯くのだ。

彼らにとってみれば、最近の話題で最も神経を逆なでされたのはヴォルトゥザラ王国の公女を留学させると決まったこと。

何を考えているのかと、激怒するのは当然だろう。

「止めるとしても、どうやって止める」

「ことはロズモ公肝いり。ロズモの一族が動いていることに横やりを入れれば、恨まれるぞ」

男たちの中から、苦痛にも苦難にもとれるうめき声が上がる。

ヴォルトゥザラ王国において、重鎮と呼べる幾人か。そのうちの一人であるロズモ公は、第一王子の祖父ということもあって国内でもかなりの影響力を持っている。

そのロズモ公が、孫の嘆願を受けて神王国への留学生派遣を決めたのが先だってのこと。神王国から使節団を受け入れた際に何かがあったのか。

積極的に神王国との結びつきを強めようとする動きを見せ始めた。

「ロズモ公も、何を考えているのか」

「既に御仁も高齢。往年の切れ味も鈍ったと見える」

かつては大部族を率いて縦横無尽に暴れまわり、武勇を取っては天下無双と言われたロズモ公。

政務においても大部族の長として過不足なく、ヴォルトゥザラ王国が大国として国力を維持する一端は、ロズモ公が支えてきたと言って良い。

「やはり、例の噂は本当なのかもしれんな」

「噂?」

「ロズモ公が、神王国と裏で取引をしたと」

「何だと!? 許せん!!」

一人が激高して声を荒げる。

そして、それを周囲が落ち着けと宥めた。

噂は噂だ。誰かがそういった。

勿論、この場の誰もが噂など当てにならないものだということは知っている。しかし、火の無いところに煙が立たないというのも事実。

そもそも、神王国が使節団を寄越した際、ロズモ公は独自に使節団の一部と接触している。

神王国王子ルニキスや、護衛責任者のスクヮーレ、或いは仇敵モルテールンなどとだ。

元々は窓口を一本化するという意味合いで有ったのだが、使節団の中に学生が含まれていて、この学生たちが技術交流を行いたいと言ったことが事態をややこしくした。

ヴォルトゥザラ王国の料理が不味いとして、調理技術を提供してもらったことに対する見返りとして、当たり障りのない一般的な技術を神王国の学生に教えるという交渉をまとめたのはロズモ公である。

ここに疚しさは一片も含まれていない。

正々堂々と表で行った交渉であり、神王国には極一般的な、それこそヴォルトゥザラ王国人なら下層民が身に着ける様な技術を与え、代わりに高度な技術、熟練の職人でなければ身に着けていない知識を得たのだ。ヴォルトゥザラ王国側としては国益に寄与した交渉であったし、むしろ国家の重鎮としては誇るべき功績で有ろう。

だが、相手は神王国の一団。かって、ロズモ公が軍を率いて戦った相手の国でもある。ロズモの一党の中でも裏で暗躍する、蠍と呼ばれる隠密集団を動かして監視に当たっていた。

技術交流に際しても、陰に日向に情報収集を行っており、怪しい動きをしていたのかと勘繰られるならば、心当たりも有るだろう状況になっていたのだ。

これが、神王国のように中央集権国家ならば話は違っただろうが、ヴォルトゥザラ王国は部族国家。ロズモ公が国家の重鎮であろうと、他部族からすれば潜在的に競争相手であり、時には敵になる相手である。

神王国の使節団と同時に、ロズモ公にも監視を付けていた部族が居たとして、何の不思議が有ろうか。

そして、神王国人の周りで蠢くロズモの隠密集団が居て、ロズモ公が神王国と“取引”したという確定情報が揃う。

神王国使節団との窓口一本化。突然の技術交流と、その時に動いていたロズモ公の“蠍”。出てきたのが人質紛いに人を送る留学。

並べてみれば、確かにロズモ公が神王国と表ざたに出来ない裏取引を行っていて、それを隠そうとしていた、とも見れる。

噂とはいい加減なものではあるが、あながち出鱈目とも言い難い。

他部族の人間からすれば、どうしたって疑心暗鬼に駆られる。

不安が高じていたところ。そのタイミングで、ロズモ公が肝いりで神王国に自分の孫娘を留学させるという。

さて、不信を抱えている人間からすれば、更に疑惑を深めることになりはしないだろうか。

「裏取引があるとするとしたら、何を持ち出したと思うか?」

「それは、交易の便宜では無いか?」

「……そんなものでロズモ公が、裏取引までするか?」

神王国とヴォルトゥザラ王国は、交易ルートが限られている。

つい最近まで戦争していた相手であるから仕方のないことではあるのだが、同時にこの交易窓口が利権化しているということでもあった。

神王国との交易は、旨味が大きい。ヴォルトゥザラ王国には無いものが唸るほどあるし、海を越えて渡ってきた品々もある。ちょっと右から左に転がすだけで、あっという間にひと財産。美味しい利権である。

ロズモ公が食指を伸ばしたとしてもおかしくは無いのだろうが、それにしたってわざわざ自国の姫君を人質紛いに留学させてまで欲しがるほど大きな利益とも思えない。

大きく儲けられるとは言っても、運べる量に物理的な限界が有る以上、上限も決まっている儲けだ。

「ならば、鉱物資源の融通では?」

「鉱物資源ならば我が国でも採れる。公の領地でも銅が取れるでは無いか」

「しかし、軍備拡張ならば鉄や銅はどれだけあっても足りんだろう」

「時間を掛ければ容易に手に入るものを、焦る理由が無いと言っている」

ヴォルトゥザラ王国も大国と呼ばれるだけの国土を抱える。

乾燥地帯が多い土地柄ではあるが、領内には山も有れば森もあるわけで、鉱物資源の採取は幾つかの領地で行っているのだ。

外国から安く輸入できればそれはそれで美味しい話だが、国内に代替要素が無い訳でもない。

「では……何だというのだ」

「分からん。だが、怪しいことは確かだろう!!」

自分たちの議論で加熱した熱量そのままに、いつのまにか大声で言葉をぶつけあう者たち。

隠密に集まっていたことなど、頭から抜け落ちたらしい。

「落ち着け。憶測で同胞を疑ってどうする」

「しかし」

「まあ聞け。そもそもの問題は、神王国が最近調子に乗っていることだ」

「うむ、そうだな」

ロズモ公がどういう思惑で留学生を送るのかは不明だ。

しかし、なににせよ根本のところに神王国の勢力伸長があるのは間違いない。

特にここ数年は経済的にも軍事的にもぐんぐんと力を伸ばしてきており、ヴォルトゥザラ王国人としては不愉快な気持ちを抱きっぱなしである。

「何にせよ、神王国の増長は許せん」

「そうだ」

「許せるものではない」

結局、結論としては神王国が悪い、ということになる。

あの国が、大人しくしていれば良いのにも関わらず、どんどんと力を増しているのが悪い。

自分たちが感じている圧力、圧迫感は、全て神王国のせいである。

「神王国に楔を打ち込まねば」

ぼそり、と誰かが呟いた。

「何か、手が有るのか?」

「……姫の身柄を、我々が押さえる」

「何!?」

提案された意見に、発言者以外の全員が驚く。

「そもそも一国の姫ともあろうお人が、軽々に他国へ留学など、許される話では無いのだ。許されないことをしようとするなら、正すべき。正すというなら、真っ当な人間が姫の身柄を保護し、然るべき姿をお教えする。何かおかしなことがあるか?」

「……言っていることは理解する」

外国に留学する姫君を、自分たちの手で守る。

我らこそ正義、我らこそ選良。

集まった者たちは、心の底からそう考えるのだ。

「陛下の決定に反することになるが、手段は有るのか?」

「任せてもらいたい。準備を手抜かりなく進めて見せる」

男たちは、危ない方向性をもって意見を集約させていく。

「先王陛下、これも王家の為。お許しください」

男たちの謀議は、深夜まで続いた。