軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

285話 不壊の卵

「ようやく落ち着きましたね」

会議が終わり、ペイスがシイツと共にお茶を飲む。

心を落ち着けるための習慣であるが、シイツに曰く必要なのは頭痛薬だという。もっともな意見だと頷いてしまう状況なのは、実に皮肉な話だ。

会議室から執務室に戻り、椅子に腰かけるペイス。父親であるカセロール用の為、少年の体には不釣り合いな大きさだ。

座ったペイスの目の前。執務机には大きな、そして時折鈍色に光る金属の塊のような“卵”がある。鎮座まします存在感たるや、流石は龍の卵といったところだろうか。

これが生物の卵であるとはとても思えないのだが、専門家が断言するからには間違いないのだろう。

「まさか卵が出てくるたあ思いませんぜ」

シイツが卵をこつんと手の甲で叩く。

三階ぐらいからなら落としても割れないであろうという頑丈さを持ち、割ることさえも至難の業という難物。ちなみに、笑顔のペイスが金づちで試したので間違いない。

価値というなら文句なく国宝級。

世の中に存在が確認されたのは、有史以来これが最初だろうという話だった。

「しかし、これで魔の森が荒れていた原因も仮説が立ちましたね」

興味深げに弄り倒していたシイツを横目に、ペイスがまたぞろ変なことを言い出した。

「というと?」

「大龍が諸々の元凶だった、ということです。僕の想像ですが、間違いないと思います」

「ほう」

魔の森が荒れていたことは、様々な状況証拠から明らかになっている。

大龍が飛び出してきたことは勿論最有力の証拠だが、それ以外にも野生動物の数が異常に増えていたり、魔の森近縁の領地では魔獣や野獣の大量発生が確認されていたり、或いは特定地域に偏った食害であったり、見慣れない生物が確認されていたり。色々と森が荒れたことによる被害が確認されていて、大龍討伐後に実はうちも、かくかくしかじかで、と情報が集まったことで判明したことである。

大龍発生以前は、森の環境自体に何がしかの異変があったのだろうと言われていた。数年前に発生した全国的な冷害が原因として最有力視されていて、そのせいで森の中に環境が激変するような気象変動があり、森が荒れていたのだろうと予想されていた。

しかしここにきて、ペイスは森が荒れたのは大龍が根本原因だったのだろうと言う。

勿論、小山と見紛うほどの巨体であり、森の主であったかもしれない大龍が暴れれば森の中から逃げ出す獣が増えるのは理解できる。

そう前置きしつつも常識的な意見として、大龍の行動変異そのものは環境の変化によるものではないかとシイツは言った。

冷害なのか、或いはペイスが山を無くしてしまったからか。植物を始めとする生物の生育環境が変われば、大龍もまた暴れて当然ではないか。というのがシイツの意見。

しかし、ペイスは首を横に振った。

「大龍の寿命は分かりませんが、あれほどの巨体となるにはそれ相応の年月がかかっているはず。百年か、二百年か、或いは千年か。ならばその間、環境の変化や異常気象が皆無だったとも思えない。数年前の、それもたった一度の冷害だけで、或いはここ一年程度の環境変化程度で、大龍が暴れ出したというのは不自然でしょう。そんな程度で龍が暴れ、森が荒れるのならば、もっと頻繁に森が荒れていて、何なら生物が近寄らないぐらいの方が自然です。最近になって暴れ始めた理由としては違和感がありませんか?」

「なるほど」

天候というのは、常に平均的に推移して、ある時だけ異常になるのではない。寒さ暑さ、干天降雨を行ったり来たりしながら過ぎていくものだ。

コインを投げて裏表を見るようなもので、長い目で見れば平均的になるとしても、局所的に見れば数年単位で雨が続いたり、寒さが続いたり、或いはそれらの逆であったりという状況は起こり得る。

ここ最近の気象が、大龍も森から出てくるほどの異常であったとするならば、今まで同じような気象であった時には何故出てこなかったのかという話だ。

気象と大龍の行動に関連性を付けるよりは、気象変動とは無関係に、大龍そのものに問題があったと思う方がより正解に近いはずとペイスが言う。

「大抵の動物は、産卵期や繁殖期には食欲が旺盛になりますし、気が荒くなります。子連れの熊には気を付けろと言いますよね」

「ハースキヴィ準男爵から聞いたような気がしやす」

「龍の繁殖期の間隔は知りませんが、仮に繁殖期だったとしたら、龍の気も荒くなり、食欲が増大して、常以上に行動が過激になっていた可能性は高い」

「なるほど」

大龍が荒れ、森で暴れた理由を天候に求めている人間は多い。

しかし、卵が見つかったことでペイスは別の仮説を思い浮かべたのだ。

それが、大龍の繁殖期であったという説。

事実として卵が出てきたのだし、大龍とて生物であるなら繁殖もするだろう。とすれば、特定の生物の様に繁殖期があっても不思議は無い。

「魔の森から出てきたのも、もしかしたら巣作りの為とか」

そしてペイスは、更に仮説に仮説を重ねる。豊かな想像力のなせる業だが、聞いていたシイツは顔を顰めた。

「だとしたら、ヤバイ話ですぜ」

「何故です?」

「龍がそうなのかは確証がありやせんが、繁殖なら 番(つがい) が付きもんでしょう」

「なるほど、確かに雌雄の別があって、伴侶を持っていた可能性は有りますね」

シイツの意見に、少年はポンと手を打つ。

確かに、単為生殖ならばいざ知らず、卵を産むような生物なら、雌雄の分かれている方が摂理だろう。

今回見つかった大龍が卵を産む雌とするなら、何処かに、恐らくは魔の森の中に、雄が居る可能性は高い。

「つまり、最低でも後一匹、大龍が森に居るって話で」

「頭が痛くなりそうな話ですね」

ペイスがいち早く討伐したとはいえ、男爵領一つを直接的に破壊しまくり、間接的な被害でも幾つかの領地に甚大な被害を齎した大龍禍。

今後、同じ様な状況が起きるかもしれないと思えば、ペイスとしても頭を抱えたくなる。

「……森への調査はどうしますんで?」

「細心の注意を払い、時間を掛けて慎重にやっていくしかないでしょうね」

モルテールン家が魔の森を下賜される。それは既に確定事項として、今は遠方在地の貴族などに周知する手続きの真っ最中。

一国に比するほどの広大な森林地帯を手にする。それはそれで旨味もあるのだろうが、今の段階では不透明感が強すぎる。森の地形も植生も生態系も気候も何もかもが不明。しかも、大龍が最低一頭生息しているかもしれない。人を飲み込み帰さないと言われる魔の森。事実として未帰還者を量産している場所だけに、どんな危険があるか分かったものではない。

故に、このまま放置しておくのは下策である。いざ何かトラブルが起きた時でも、情報をどれだけ持っているかで対応が変わってくるのだから。すぐ隣に危険が寝起きしているなら、危険の正体ぐらいは知っておかねばおちおち寝られもしない。

だがしかし、藪をつついて蛇どころか大龍が出て来ては目も当てられないだろう。実際一度伝説級の化け物が出てきて、南部の一部を壊滅状態に追い込んでいるのだ。一度も起きたことが無いなら今後も起きないかもしれないが、一度起きた以上は二度目や三度目があっても不思議は無い。一か八かのギャンブルのような戦闘は、当分御免というのがモルテールン家の総意である。

必要ではあるが慎重に調査する。最悪、ペイスの世代では終わらないかもしれないが、それも止む無しと決断した。

「しかし、そうなってくると森への調査を提言したってのは、問題意識の確かさってもんで」

「プローホルは中々優秀ですね」

問題が多々山積している中、ベテランを含め他の人間が眼中にすら入れていなかった魔の森のリスク。こうして改めて考えるに、将来的、潜在的なリスクとしては確かに無視できるものではない。

問題の芽を事前に摘むのがよい為政者だとするなら、芽を見つけられる人間は優秀な為政者になる才能を持っている。

「ええ。他にもあの世代の連中は粒ぞろいでさあ」

流石はペイスの愛弟子だとシイツが茶化したが、あながち間違ってもいない。

優秀な人間を集めた学校で、ペイスがみっちりと基礎から教えたのだ。耳学問の連中と比べるならば、体系だった知識を身に着けている分だけ地力がある。

騒動が起きた時の対処の仕方であったり、未知のトラブルが起きた時の解決方法の模索であったり。問題が提示され答えを考えるという点については、学問というものをきちんと学んだ人間だけが持ち得る賢さがあった。考えることに慣れているといった感じだろうか。

戦場の叩き上げで成り上がり、艱難辛苦を極めながら手探りで経験を積んでいったシイツからすれば、羨ましささえ感じるほどだ。

「寄宿士官学校卒というのはそれなりに目安になりそうですか?」

「一定水準の知識と常識があることは保証できるって話で。優秀かどうかは当人の資質でさあ」

答えがある問題ならば、論理的に考えれば正解を見つけることは出来る。少なくともエリートと呼ばれる秀才たちは、その手の“正解探し“は得意だ。

対し、答えのない問題でどこまで深く考えられるかは、当人の資質や知識、或いは経験に左右される。

こればかりは勉強して身に着けられるとは限らないわけで、評価する側も難しい判断を要求される資質だ。

「傭兵の中にも優秀なのが居ますしね」

「俺みてえな?」

「自分で言うものではないと思いますが、その通りです。シイツ程とまでは言わずとも、人を率いた組織運営を知っていて、上の世代からきちんと物事を教えてもらっている人間は使いやすい」

今モルテールン家で最も不足しているのは、中間管理職である。

数年前であれば領主が全ての仕事を把握し、或いは差配して、部下はその手足となって言われた通りの仕事をしていればよかった。

しかし領地も拡大し、政務の質と量が増大した現在、一から十まで全てをトップが把握するというのは難しくなってきている。

となればトップの判断余地を減らす為に、ある程度の裁量を任せられる人間、即ち管理職が必要になるわけだ。

上層部の意思や目標を十全に理解し、噛み砕いて部下に仕事を割り振り、そして正しく結果を出すことができるかどうか。

プレーヤーとしてではなく、マネージャーとしての能力。この辺は、経験によって培われる部分も大きい。

優秀かどうかの話と従順であるかどうかは別の話であるし、自主性や責任感があることと、知識や知能は別問題である。頭が無茶苦茶に良くても、命令待ちしかしないなら上司としては不適格だ。

その点、傭兵団の幹部というのは良い。

傭兵の集団という個性の塊を纏め、曲がりなりにも規律正しく成果を出してきたというのは素晴らしい資質である。

管理職として必要なものを持っていると、結果が証明しているのだ。シイツがそうであったように、“人を使う”ことについてのノウハウを教えてもらった経験者は、何人いても困らない。

「なら、これからも人を増やしましょうや」

寄宿士官学校だろうが、他の貴族の伝手だろうが、或いは傭兵の一本釣りだろうが。やれることはやって、人材を集めればいい。

シイツの意見に、ペイスは頷いた。

その上で、もっといい方法はないかと考える。

「選抜試験でもやりますか?」

「またそういうことを言いますかい」

もういい加減慣れて来てはいるものの、ペイスがまた常識から外れたことを言い出した。

少なくともこの国の貴族社会では、採用はほぼ縁故による。能力を見て採用するにも、スカウトによるものが大半だ。

大規模に試験をやって人を採用しようなど、聞いたこともない。

「分かりやすいでしょう。何なら、合格基準を事前に明示しておいても良い。体力と武力と知力と、後は性格と精神力ですか。一定の基準を設けて、複数人の試験官で公平に審査する。縁故の無い優秀な人間が集まりそうじゃないですか」

選定の 基準線(ボーダー) を設け、一律の審査基準で機械的に篩い分ける。

出来なくはないし、言いたいことも理解できると従士長は言うが、その上で反対意見も言う。

「上手くいきゃあ良いですが、今それをやると、間違いなく他所のひも付きだらけになりますぜ?」

「うちは美味しいご馳走でしょうからね」

金が腐るほどあり、陞爵を重ねる上昇気流に乗っていて、しかも秘密がたんまりとある。

そんな中で広く人材を募集しますとやれば、スパイを集めるゴキブリホイホイのようなものではないか。

シイツの疑問には、ペイスもその通りと答える。

「分かってんなら、何とかして下せえ。全部坊のやらかしたことのせいでしょうが」

「それは違います。父様が英雄でなければせずに済んだ苦労も多い」

一から十までペイスの仕業である。従士長や、或いはカセロールなどはそう言いたいところだろう。

しかし、ペイスとしては父親のやらかした部分も大きいと言い訳する。母方の実家とのトラブルであったり、王様から目を付けられていることだったり、遡ればそもそもモルテールン地域のようなド貧乏領を嬉々として貰ったことからして父親のせいである。

ペイスは、そんな貧乏くじを引いた状況を何とか改善したかっただけなのだ。結果としてほんの少し“やり過ぎ”だったかもしれないが、モルテールン領が最初から豊かであれば、ペイスがやらかすことも無かっただろう。

「そりゃまあ。しかし、大龍に関して言やあ、完全に坊のせいでしょうが」

「あれも責任はボンビーノ子爵家のウランタ殿と折半です。僕はトドメを刺しただけですし、そもそも援軍ですから僕に責任は有りません」

「おうおう、言ってら。ああ、それで、話は戻りますが大龍の件」

「はい?」

何となく、目を逸らしたかった。というより目を逸らしていたペイスに、従士長が目下の最大懸案事項を改めて突き付ける。

「この卵、どうするんで?」

「……どうしましょうかね? いっそ、プリンの材料にでもしてみますか。美味しいプリンが出来るかもしれません」

「止めて下せえ。卒倒する奴が大隊規模になりやす」

ペイス達の目の前には、ドラゴンの卵が鈍く光っていた。