軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

284話 重役会議

金央月も過ぎ、赤上月に入ったころ。

モルテールン領では、冬の間の重役会議が開かれていた。

ちなみに重役会議とはペイスの呼ぶ俗称で、実態としては領主を支える重臣たちによる定期会合である。

領主代行のペイスを筆頭に従士長のシイツら目ぼしい従士達が揃っており、ここで話し合われることがこれから一年間の方針となる為、皆真剣である。

「去年は色々と大変でしたね」

ペイスが、開口一番のたまった。

昨年に思いを馳せるようにしみじみとした口調だったが、勿論そんな微笑ましい話であるわけもないと、従士達は呆れ顔である。

「大変の一言で片付くこっちゃねえでしょうよ」

シイツが、代表するようにして茶々を入れる。

実際、彼の言葉はペイス以外の全員の気持ちを代弁したようなものだ。

世の中がひっくり返って、常識という言葉が七転八倒する勢いで活躍していたのは、当のペイスである。大変だったね、と簡単に片づけてもらっては困るのだ。

ちったあ大人しくしてやがれ、がシイツ従士長の本音である。

「そうは言っても、他に言いようが無いでしょう」

「そりゃまあそうで」

トップ2が他愛もないことを言い合っている間、屋敷で働く侍女達が従士達にお茶を配っていく。

侍女と言っても孫どころかひ孫まで居るような年の女性たちであり、農作業も難しくなってきた彼女たちはこうして屋敷の雑用に雇われている。震える手でお茶を出すものだから、見ている方が冷や冷やであるというのは甚だ余談だ。

そして、新人の若手たちが資料を配っていく。

べニヤ並みに薄い木板に書かれた、会議進行表のようなものである。

「さて、まずは去年決めたことをおさらいしておきますか。シイツ」

全員の準備が出来たところで、おもむろに少年が会議を始めた。

堅苦しい開催の挨拶などは一切省く辺りが家風といったところだろう。

毎年毎年何かと事件の多いモルテールン家である。去年のおさらいをするだけでも、一苦労なのがここ数年の恒例行事だ。

「へいよ。まずは税務関連。どっかの誰かさんがやらかしたせいで、金が腐るほどあるってことで、今後三年間は一切の租税を免除することが決定された」

「わお」

「そりゃスゲエ」

三年間の課税免除。

噂に聞いていた者も多かったが、事実として伝えられたことで驚きが広がる。

世知辛い世の中、お金というものは稼ごうと思っても簡単に稼げないのが常識。貴族であろうがそれは同じことだ。

普通の領地貴族は、領地からの収入がそのまま自分の収入に直結する。だから、税金についてはとにかくシビアだ。

ワイン製造であったり製塩事業であったり、或いは海運事業であったり。自分で事業を経営しているところはまだマシだ。貴族自身が商売をするとなれば、権力と相まってそうそう赤字になることは無い。

だが、そういった商売に向かない貴族も居る。

そもそも、商売が誰でも確実に儲けられるものであるなら、世の中でお金に困る人間は存在しなくなる。権力者たる貴族であっても、他の貴族と競争に晒されていたり、或いは商売のやり方そのものに欠陥があったりと、金儲けの下手くそな人間は珍しくもない。むしろそちらの方が数としては多い。成功者はほんの一握りだ。

領地貴族で商売が下手な人間はどうやって金を稼ぐかといえば、領民から搾り取るしかない。金儲けの上手い人間に金を稼がせ、上前を撥ねる。これこそ賢いやり方だと考える貴族は多い。

貴族は、自分たちが貴族であるという特権を絶対的に活かすためにも、領民から税という形で金をむしり取る。これが世の中の常識だ。少なくとも、この常識に反する貴族というのは存在しなかった。

しかし、ペイスは自分で金を稼ぎ、領民には一切税を取らないと宣言したのだ。

こんなことは、領地経営のそのものを根本からひっくり返すあり得ない話だろう。

「代わりの財源は既にしっかりと確保してあるので、財務担当は安心していいぞ。予備費もたんまり取ってあるから、よほどのことがねえ限りは安心できる」

驚く面々を見回しながら、シイツが安心させるように言葉を紡ぐ。

もっとも、不幸なことにモルテールン家の狡猾さに慣れ、従士長の言葉の不穏さに気付いた者も居た。古株の連中や、金庫番のニコロなどがそうだ。

「従士長、言葉の端々に不穏さがあるんですけど」

よほどのことがない限り、安心できる。

この言葉で安心できるのは、今までモルテールン家に降りかかってきた災難の数々を知らない人間だけだ。

大龍を倒して大金を稼いだ規格外のお菓子狂いが居て、未だに大量に金貨が唸っていて、教会を敵に回すような戦略物資を抱えていて、未知の塊のような新領地を拝受した現状。

これで「よほどのことは起きないから安心だね」と呑気にいられる輩が居たら、底抜けの間抜けか、どんなことでも不動の心を持つ大豪傑かのどちらかだ。

「だろ? 俺もそう思うぜ。くれぐれも変なことが起きねえように……いや、起きても大丈夫なように、仕事は出来るだけ前倒しで片付けるようにな」

「うぃす」

何かが起きることは確定として、仕事の前倒しを行う。言うは易し行うは難しというのはこのことだろうか。

人員の増加と合わせて、仕事量は今までとトントンといったところ。出来なくはないのだろうが、一向に楽にならない仕事に涙を流すのは若手たちだ。

人手は増えているはずなのに、仕事は変わらない。マネジメントの上手さを褒めるべきか、或いは仕事を増やす鬼を監禁するべきか。

古株連中は真剣に後者を考えたことがある。

「それと、この免税措置によって、移民の増加が懸念される」

完全な免税措置ともなれば、人は嫌でも集まる。

人が集まれば金も集まり、金が集まれば仕事も増える。そして仕事は人を呼ぶという循環。

今まで前例のない措置の為、影響力がどの程度かは分からないが、少なくとも移民に対する吸引力になるのは間違いない。

「税金タダで仕事が幾らでもあるってんなら、そりゃそうだろうな」

「トバイアムの言う通り、今の現状だと勝手に人が集まるだろう。同時に、治安は悪化する」

「トラブルが増えっからなあ」

人が増えれば、騒動もまた増えるのが道理である。

移民用に整備された新村の治安担当であるトバイアムは、色々と面倒ごとが増えそうな予感に顔を顰めた。おっさんの厳つい顔がより一層怖く見えるようになったところで、治安についての話し合いが続く。

「ちゃんと蓄えをしていて、学や技を持っていて、性格もまともって移民なら大歓迎だが、そんな連中が移民になるわきゃねえって話だよな」

トバイアムの言葉に、集まった面々は大なり小なり賛意を示す。

そもそもこの世界で移民をしようという人間はどういう人間か。

まず、豊かであり職を持っている人間はやらない。安定した生活基盤が既にあるのに、それを捨てて目新しい土地で新生活などと考える人間はまずいない。

また、頭のいい人間が移民になることも稀だ。明晰な頭脳があれば普通は手に職があるものだし、それでなくとも優秀な人材を欲している家は幾らでもある。良い条件を出して雇うところが有るのに、わざわざ当てもなくモルテールン領に来ることは無いだろう。

卓越した技術を持つ者も同じ。手に職があって何故わざわざ僻地に行かねばならないのか。

「ああ。蓄えも無く、学も無ければ手に職もない。性格が粗暴であったり、嫌われ者であったり。移民にゃあそんなのもいる。そこで、治安担当を増員する。トバイアムがとりまとめだ」

「おお、任せろ」

シイツの指示に、トバイアムが自信ありげに胸を叩く。お調子屋の自信にどこまで信憑性があるかはともかく、請け負ったからには責任をもって仕事をしてもらわねばとペイスは頷いて見せた。

「トバイアム達には、坊がマニュアルってのを作ってる。それに従って、出来るだけ問題の芽が小さいうちに対処してくれ。マニュアル通りでやるなら、即決の裁判権も認める。酒場で暴れた連中を 打擲刑(ちょうちゃくけい) にするぐれえなら裁量の範囲だ」

「分かった」

従士は準貴族ともいえる階級なのだが、裁判権を持たせることにも葛藤は有った。

現行犯逮捕の即決裁判。中々に強力な権限であるが、治安を守るためには厳しさも必要だと上層部が判断した結果だ。

酒場で暴れるような奴が居れば、武闘派のトバイアムを筆頭に腕っぷしの強いのがまとめて対応し、ぶん殴ってでも大人しくさせる。

実に簡潔で乱暴なやり方だが、いちいち言い分を聞き取って領主まで報告をあげて裁判をして、などという手間を掛ける余裕がないのも事実だ。

ここは特に他所からの攪乱工作なども懸念されているため、重点的に人員増が図られている。

「次に、家畜の増産についてだ」

シイツが、次の議題を読み上げる。

「これは僕から。目下モルテールン領では街を拡張していますが、人が増える分食料消費等々も増えています。グラサージュ主導による畑の開墾と治水の計画的進展で、穀物生産量は人口増加以上のペースで増えていますから問題はないのですが、食肉等々は外部からの輸入量増加が目立つ。そこで、新たに東部地域で牧場を整備し、食肉生産量を倍増させようと思っています。担当はスラヴォミールですが、勿論ここにも人を増やします」

人が増えることに伴う、食料消費の増大。

特に、金周りが良くなることによって、穀物と比べれば割高である肉の消費量も、今まで以上のペースで増えると予想される。

問題が起きる前に芽を摘む。ペイスによる一手である。勿論、表向きの理由を満たしつつも、 裏(スイーツ) の目的があるのは敏いものならピンときた。

「増やす家畜はどうするっち?」

「基本的には鶏や豚のように効率の良いものを優先します。ただし、乳牛についても引き続き増やします」

「鶏と豚なら豚の方がエエ気がするけんど?」

鶏と豚で比べるなら、食肉生産だけを見れば豚の方が良い。

家畜番のスラヴォミールが専門的見地からそういうが、ペイスは勿論そんなことは分かっているが、それでも鶏を増やすと断言した。

素直な家畜番は、分かったと頷く。

「鶏の場合は卵もありますので、バランスをとってください」

「坊の場合は卵でまた何か作ろうってんでしょうが」

鶏の卵をペイスが欲しがっている。

そんな思惑お見通しだぞと、シイツがくぎを刺した。

「勿論です。フルーツパフェがリコやジョゼ姉様に好評でしたから、プリンを作ろうと研究中です。パフェにプリンは良い組み合わせですからね」

当のペイスは、悪びれもせずにその通りと言ってのけた。

卵を沢山産むように鶏の数をどんどん増やし、そしてスイーツ製造コストを下げて、自分が思う存分お菓子作りを満喫したい。領地の為というより、自分の為である。

趣味の為に全力で突っ走って、領地が豊かになるというのはおまけという政策。

どこまで行ってもペイスはペイスである。

「ってことだ。スラブ、鶏はほどほどで良いぞ。豚を多めにしとけ」

「横暴です!!」

「適正な配分ってやつでしょうが。ただでさえ人手が足りねえって話をするのに、趣味に人手を使ってどうするんですかい」

「むう」

従士長の正論に、ペイスが不満げにしつつも反論はせずに嫌々ながら承諾した。

放っておくとどこまでも暴走する次期領主の手綱を握る苦労に、シイツはやれやれと肩をすくめる。

「坊の我がままはそれでいいとして、他にあるか?」

「はい」

「プローホルか、何だ、言ってみろ」

若手代表のプローホルから、発言の許可を求める挙手があった。

「人員のことは承知していますが、出来れば早期に魔の森の調査を検討願います」

「森の調査ですか」

モルテールン家に下賜された新領地。下手をすれば国がすっぽり収まりそうなほど広大な森だ。

確定事項として、大龍が住んでいた、という事実まである曰く付き物件。

手を出し始めると、どこまでも資源と人手と金を吸い込んでいきそうな怖さがある。

それだけに、反対意見を出す者も多い。

「んなもん、後回しで良くねえか?」

「いえ、早期に必要でしょう」

先輩たちが他にやることも多いから魔の森なんて後回しで良いという中、プローホルは自説を曲げない。

「理由を言ってみろ」

「魔の森に対する不安を払拭する為です」

「不安?」

どういうことだと皆が皆首をかしげる。

「我々は、森の浅い部分の調査もしていて、地図も作っています。だから、ある程度は魔の森について楽観視が出来る。しかし、他所から移民が増えている現状、魔の森のことを良く知らない人間も増えています。彼らからすれば、大龍が傍で寝ているかもしれない不気味な存在でしょう。少なくとも大龍出現以降一度も森に入っていないのは、不安を煽る行為でしかない」

「なるほど、下手な憶測を呼びそうですね」

プローホルの意見にある道理に、いち早くペイスが頷いた。

人間の恐怖の根源は未知だ。知らないということは、恐ろしいという感情の親戚のようなもの。憶測や風聞によって煽られる噂も、根本には未知というものがある。

脅威が有るかどうか、或いはどんな脅威があるか分かならない状況は、要らぬ不安を煽るもの。誰もが知っていることならば、仮に脅威というものが事実として存在していても、変な風説は呼ばないものだ。

「はい。一度森に入り、特に不安は無いのだと広報すれば、移民も魔の森に対する不安を感じずに生活できると思いますし、不安の低減は治安にも波及します。大きな問題となる前に、不安の芽を摘んでおくことは必要な政策だと思います」

「よい提言です。前向きに検討することとし、詳細を詰めることにしましょう」

「はい」

プローホルの意見は聞くべきものがあった。

今後の検討課題として上層部で審議するとして、議題は次に移る。

「他には?」

「あぁ、ちょっと良いかな」

「ソキホロ所長、どうぞ」

次に手をあげたのは、ホーウッド=ミル=ソキホロ。

彼は、爵位こそないものの 歴(れっき) とした貴族だ。

モルテールン領立の研究機関で所長をしていて、モルテールン家の最高機密の一端を知る立場にある。

知能という面でペイスを強力に補佐する、重鎮だ。

「一介の研究屋には政策なんてのは分からないが、一つ報告があってね」

「何でしょう」

「最近、龍の“残留物”を調査していて、面白いものが発見された」

「面白いもの?」

大龍の素材については、既にあらかた片付いている。

腐らないものはペイスが隠し掘った地下倉庫に厳重に管理されているし、そもそも大半は天文学的な額のお金に化けているのだ。

しかし、残されたものもある。

ボサボサ髪の男はあえて明言しないが、大龍の残留物とは大龍の腸内から掻きだされたもの。早い話が糞だ。

未消化物やら何やらが混ざった、扱いに困る代物。肥料として使えないかどうかを研究しているところではあるのだが、その中に、少々見過ごせないものが混じっていたと中年男は言う。

「非常に目立つ色をした、これぐらいの大きさの物体でね」

ホーウッド研究員が、手で丸を模した形を作る。大きさというなら小ぶりなスイカ程度の大きさだろうか。

「見つかったブツが何せ“残留物”の中にあったものだ。大龍が何を食べていたかなどと言うのは闇の中にある謎であるし、どのような消化をしているのかも分からない。そもそもそっちの話は私の専門外だしね」

「はあ」

生物の生態というのは、研究分野として体系づけられた専門の分野がある。研究者としての経歴も長い所長ではあるが、流石に生物学系統の知識は不十分だという。

「しかし、物としては非常に頑丈そうであり、最初は何かの鉱物かと思い調べていた。専門分野ならば何かしら役に立てるかと思ってね。その結果、どうやら鉱物では無さそうな感じでね」

「ほう」

よれよれ服の研究者の専門分野は鉱物。

長い間、魔法付与の媒体となる物質を模索していた経歴から、地下資源についてはやたらと詳しい。

だからこそ、最初は自分の知識にない鉱物らしきものということで調べていた。報告が今になったのは、曖昧な報告を上げることを嫌った研究者の 性(さが) というものだ。

「そこでふと思ったのですよ。見つかったのは“総排出孔”の残留物。だとすれば、もしかして消化ではなく“繁殖”に繋がるものではないか、とね」

大龍は見た目からして蜥蜴の仲間にも思える。

だから、総排出孔と呼ぶような器官があったとしてもおかしくはない。

そして、総排出孔の機能としては、排泄以外にも役割があるのだ。

「……もしかして、卵?」

「まだはっきりとはしていないが、どうやらその可能性が高い。一応、周知すべきかと思ったのだが、拙かったかな?」

政策を討議する場に上げていい話であったかどうかは怪しいが、ペイスは謝辞を口にする。

「いえ、重要な情報を感謝します。皆も聞いての通りです。まだはっきりと確定したわけでもない情報ですし、龍の卵らしきものについては緘口令を発布します。ここにいる人間以外には、例え相手が草木でも口外しないように」

「分かりました」

「それでは、次の議題……」

モルテールン家の会議は、その後夜遅くまで続けられた。