軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

278話 不穏な王都

モルテールン家の提案に端を発し、競売が執り行われることとなった王都。

すべての道路が王都に通じると言われるように、多くの領地と繋がる国の中心。周辺に幾つかの王領や小領地を生産地として抱えているが、それで賄いきれないほどの人が集まる巨大都市である。

日々多くの人々が生活し、また多くの人が引っ切り無しに出入りするこの街は今、街から人が溢れるほどになっていた。

「王都がここまで賑やかになるとはな」

フバーレク辺境伯ルーカスは、久方ぶりに訪れた王都の人波に驚いた。

見渡す限りの人人人。国内の何処にこれほどの人が居たのかとぼやきたくなる程に大勢が集まってきている。

貴族としてある程度は顔色を隠すことも慣れているはずの男が、素の驚きを隠そうともしていない。それほどに驚くことなのだ。

嗜みとして馬車を使ってはいるが、先ほどから人の多さゆえに亀の歩みとなり果てている。これだと目的地に着くまでどれほどの時間がかかるか。ため息が出そうである。

「そうですね。聞けば、諸外国からも貴族が大勢やってきているとのことです」

義兄のつぶやきに、案内役のスクヮーレ=ミル=カドレチェク中央軍第一大隊々長が答える。

同じ馬車に乗っているが、名目は護衛だ。わざわざ遠方から来た要人を護衛するのに、出来るだけ近しい関係性の人間を当てるのは不思議ではない。護衛である以上相手に不自由を強いることもあるわけで、多少なりとも無茶を言って押し通せるだけの人間でなければ護衛に意味が無いからだ。

ちょっとそこまで買い物に行きたいと言われた時、危ないからと反対し、時には無理やり力づくでも引き留められる人間でなければ護衛などは務まらない。辺境伯という地位にある要人にそれが出来るのは、公爵嫡子であり、中央軍第一大隊長であり、そして義理の兄弟であるスクヮーレぐらいなものだ。

最近の騒がしい王都の事情を知るスクヮーレは、人の多さの理由を外国からも人が来ているからだと言った。

「外国からも?」

モルテールン家とボンビーノ家の連合軍が、伝説に聞く大龍を討伐したというニュースは、超特大のインパクトで南大陸中を駆け巡った。

現存する王家の多くは、王家の立志伝で龍と戦う逸話を持っているところが多い。倒したという話を言い伝えてきた王家もあれば、追い払ったと伝わる王家もある。

そもそも王家とは、何をもって王なのだろうか。

貴族というのは、王家から特別の権利を認められた存在だ。しかし、王とは一体誰に認められて特権を持っているのだろうか。

地球の歴史であれば、例えば神授王権というものが一つの形だ。宗教的権威から王権を認められることで王となる。神様が王様を王様と認めたから、王なのだ。

或いは、王家の歴史が神話と繋がっている場合もある。何故偉いのかといえば、先祖が偉い存在だったから。先祖が偉いのは、神様だったから、という訳だ。

はたまた、皇帝から認められることで王を名乗ったケースもある。古代中国の皇帝が、周辺の諸豪族に対して王の位を授ける。日本に残る金印も、その名残である。

王が王たるには理由が要る。

この世界では、それは実力に他ならない。強いから偉い。実にシンプルな理屈だ。

どこにしたところで、巨大な怪物から人々を守れるからこそ王を名乗れるのだ、と権威付けに利用している。龍と戦った逸話が残るのもそのためだ。

単純な話として、龍と戦うぐらい凄い人なら王様になるのも当然だよね、という感覚を庶民が持っているということである。凄い人だったから王様になったし、王様の子供だから王様なのだ。

つまり、童話や神話において、どの国も少なからず龍が登場している話が残っているということ。それも、昔本当にあった話として。

実在こそ信じられていながら、生きている人間は誰も見たことが無い伝説の存在。

それが実在を確認し、かつ討伐したという。これを驚かずに居られようか。

中には王家の勅使を派遣し、龍の素材を手に入れんと蠢く者も居るという。

「我が国の貴族にしても、遠方からやってきている者は大勢いるそうです」

噂を聞き、更にはその現物が見られるとあって、遠方からくる貴族は国の内外を問わない。

「私もその一人か」

「フバーレク辺境伯が来られているのみならず、エンツェンスベルガー辺境伯、ルーラー辺境伯、レーテシュ伯、錚々たる顔ぶれです」

神王国で四伯と呼ばれる地方の雄がそろい踏み。その他にも大物貴族は軒並み王都に入っており、さながら神王国貴族の見本市の様になっているという。

今、王都に居ない貴族といえば、騒動を避けるためにあえて領内に籠っているボンビーノ家や、領内が未だに混乱しているルンスバッジ家ぐらいだろう。数える程度しかいない。

その上、集まる貴族が全て供や護衛を連れている。貴族が一人二人の少人数で出歩くわけもなく、弱小貴族でも数人、大貴族ともなれば千人単位で部下を引き連れ、王都に入っている。王都が過密状態になるのも当然だ。

更には人が集まるからと、それ自体が人を呼ぶ。貴族に雇ってもらおうと企む人間や、人が集まることを商機と捉える人間、或いは単純な物見遊山。

王都の宿という宿は全て埋まり、王都の外にテント村が出来ているぐらいだという。

「今ここで事件が有れば、国が滅びかねんな」

「そうさせないのが我々中央軍の仕事です。滞在中は義兄上には不自由をさせるかもしれませんが、ご寛恕いただきたい」

「私としても、こうまで騒がしいとは思っていなかったので、そこに否やは無いさ」

フバーレク辺境伯も、四伯の一人。重要人物の一角を担う立場であり、カドレチェク公爵家の御曹司が案内役という名の護衛についているのも万が一にも何かあっては大変だからだが、勿論スクヮーレ自身も重要人物である為、第一大隊の隊員を中心に数人が付き従っている。

不自由をさせるとスクヮーレが言ったのも、自分を含めて下手に出歩くと余計な騒動の源となってしまうから。大人しくしておいて欲しいと暗に願う言葉であり、それを察したルーカスも嫌とは言えずに頷いた形。流石に今の状況で、王都見物がしたいから出かけてくる、とはならない。

「皆が皆、例のオークション目当てか?」

「それが一番の目的であるのは確かです。特に癒しの力が有るという龍の血にはオークション開始前から既に転売の予約があると聞きます」

「ほう」

今現在、王都では表向き真っ当な顔をしておいて、裏で腹黒いことを考える人間が続出している。龍の血を普通に使いたくて買おうとして大金をチラつかせているのはまだ真っ当な人間だ。腹黒い人間は、人が欲しがっているものだから手に入れようとしている。転売して稼いでやろうと企んでいるということだ。

しかも、転売目的というのもまだまともな黒さだ。酷いのになると、龍の血を僅かだけでも手に入れたところで、適当な偽物を量産して荒稼ぎしてやろうと考えている。僅かでも本物を手に入れた実績があれば、偽物を売るときも信じやすくなるからだ。何の血か分かったものではない怪しげなものを、こっそりと「例のブツだ」などと勿体ぶっておいて、龍の血と誤認させて売る。龍の血かと聞かれても「それは言えないが、どこそこの横流し品だ」などと言えば、偽物も本物の半値程度で捌ける。

しかし、こんなのはまだワルの序の口だ。

もっと酷い連中になると、本物を手に入れていないのに偽物を売る。何なら、龍にあやかって胡散臭いインチキ商品を売っているのだ。 霊験灼(れいげんあらた) かな龍の壺などと言い、龍の模様の付いただけの壺を三レットで売っていた者が、既にスクヮーレの部下によって捕まっている。

既にオークション後を含め、色々と思惑が交錯していた。

「手に入れるのは高位貴族が金に物を言わせる。しかし、高位貴族とてすぐに使うということは無く、保険の意味合いも強いでしょう。中には念のためにと幾つか手に入れる者もいる。効果を試す意味合いもあるでしょうね」

「なるほど」

人権意識など皆無な世界だから、人体実験も平気でやらかす。既に傷を負った奴隷の値段が、今までにない値上がりを見せているという。普通ならば捨て値で売られるようなものも、こぞって買われているという。

どういう目的で買われているのか、オークション前であるなら明らかだ。

そして、人を使って効果が確からしいと判明したならば、より一層価値は高まる。

「仮に効果があったとすれば、今度はどの程度の効果があるかを検証するもの。検証に一役買うから、一枚噛ませてほしいという話は幾つもあるようです。当家にもそのような話がありました」

「強かな話です」

龍の血の効果が確かめられるまで、色々と試すべきことは多い。効果があると仮定しても、どこまでの効果が有るのか。体の中の傷には効くのか。病気には効くのか。効くとしたらどんな病気でも効くのか、といった具合に、検証したい内容は多岐にわたる。

本来であれば龍の血を手に入れた家は、そういった情報も独占したいことだろう。

しかし、貴重な物を実験だけで消費してしまうのも勿体ない。そこで、ある程度の家同士で情報を共有し、実験も分担しよう、と考える者が出るのは当然のことだ。

スクヮーレのカドレチェク公爵家ほどの家であれば、この手の“共存共栄でやろう”という提案は腐るほど受けている。

誰と手を組み、誰に情報を隠すのか。何なら、他の貴族から得た情報すら交渉材料にして情報を得る。それもまた、貴族のドロドロとした戦いの一形態だ。

「そちらはどうですか? やはり共同で何かしらを競り落とそうという話はあったのでは?」

「ありました。資金を一部融通するから、競り落としたときの権利も分けないか、というものです」

「有りがちですね」

弱小貴族は金が無い。だったら今回の競売は様子見に徹するのか、といえばそうではない。お互いに資金を出し合い、せめて情報だけでも手に入れて利益を得たい、と思うものだ。

大きな家にコバンザメのようにくっついて、僅かな金額でも協力したという体裁を作り、分け前を要求する。弱小貴族なりの強かな処世術だ。

今回も、その手の話は幾つもあったとスクヮーレは言った。

「ただ……」

「ただ?」

「妙なことに、オークション間際になって話を無かったことにしてくれと言いに来るものが居りました。それも複数」

「そちらもですか」

しかし、妙なことに今回の競売に関して、ある時期を境に明らかに空気が変わったとスクヮーレとルーカスは感じていた。

盛んに勝ち馬に乗ろうとしていた連中が、ぴたりとその動きを止めたのだ。

何かある。そう思うのは当然のことで、勿論調べてみたと青年は言う。

「ええ。カドレチェク家であれば調べはついておりましょうが、どうやら教会が動いたらしい」

調べた結果は、ろくでも無いものだった。

何故か、本来この手の話には中立であるはずの教会が動いている。ここが動けば、普段と違った動きをする家や、警戒の度合いを一気に強める家が出るのは分からなくもない。

「龍の血以外について、観賞用以外に使い道がなく、そのような無駄遣いは民を苦しめる、でしたか」

「はい。一理あるのは確かですし、教会が過度な遊興を戒めてきたのも事実。龍の素材について、いささか過熱気味であったことも間違いないので、普通の反応と言えなくもないのですが……」

何が人として大切なことなのか。宗教が道徳を説くのは普通の活動である。むしろ、道徳的指針を示すのが宗教の役割と言っても良い。敬虔な信徒でもあるカドレチェク家の御曹司として、スクヮーレも教会の教えを学んでいるし、無下にすることは無い。

しかし、今回の件に関して、あえて普段はあまり声高に言わないような道徳的正義を言い出したことにだけは違和感がある。

過度な贅沢や浪費はいけません。言っていることは正しい。龍の素材が浪費かどうかはさておいて、教会に明確にダメと言われるなら、沸騰したところに水を差したようにはなる。過熱しすぎであったドラゴン人気も、陰りが見えた。それが教会の意図なのは確かなのだろうが、その意図が何のためだったのか。行き過ぎた不道徳が目に余っての宗教的道義感から出たのか、はたまた金遣いが荒い連中への反発があったのか、或いは教会が存在感を見せようとしたのか。考えられることは色々あるが、何にしても普通ではないだろう。

「何か、裏があるのでしょうね」

「そちらは何か情報が?」

「教会の思惑まではさっぱり。しかし、モルテールンには動きがあったようで」

「ほう?」

「何をするつもりかは知りませんが、モルテールン家にはペイス殿が居ります。何か仕掛けられたとして、やられっぱなしでは居りますまい」

義弟を知る二人だ。何かを仕掛けられたなら、そのままということはあり得ない、という点だけは一致する。

何をするかまではさっぱり分からないが、何かあることだけは確信が持てる。妙な信頼感もあったものだ。

「オークションは荒れますか?」

「さて、どうでしょう」

ペイスが動いて、今まで穏便に済んだことがあっただろうか。

答えの分かり切った問いを思い浮かべた両者は、共に苦笑いを浮かべるのだった。