軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

277話 流れる噂

神王国の貴族の中で、外務貴族といえば頭脳派の集まりとされている。基本的に要求されるものが、軍務貴族は武力、内務貴族は堅実さを求められるのに対し、外務貴族は交渉力や調整力を求められるからだ。軍人が病弱だと務まらず、官僚が粗雑だと務まらないように、外務は阿呆には務まらない。賢さというのがどうしても求められるのが、外務貴族だ。

貴族の賢さというのにも種類がある。軍務に求められる賢さが戦いの為の知恵であり、内務に求められる賢さが前例を良く知る知識であるように、外務に求められるのは他人に合わせられる知能である。

貴族と貴族の仲立ちをする外務貴族は、職務がら人の来訪を拒まない。誰であっても来客は歓迎の姿勢を見せる。

オルンベルンスト=ロットロハウィ司教が歓迎されたのも、訪ねた先が外務貴族の有力者であったからだろう。

「これはこれは」

「コウェンバール伯爵閣下、お久しい」

コウェンバール伯爵は外務閥の重鎮。そこそこいい年をしたおっさんではあるが、仕事柄いつも笑顔でいる社交的な人物だ。

最近は色々と騒がしい王都に腰を据えて情報を集めていて、毎夜のように社交界に顔を出す洒落者でもある。話術に長け、彼が顔を出したパーティーは、笑いが多く生まれると評判だ。

また、聖国との深い繋がりと強いパイプがあり、利益に敏いことに関しては有名である。

「司教殿もお元気そうだ。前にお会いしたのは確か……」

伯爵は、今日訪ねてきた司教とも当然面識がある。王都に居る大よその権力者はひとしきり顔を合わせていて、教会関係者にも挨拶は欠かさない。仕事柄、外国の要人と話をする機会も多い伯爵。

神王国貴族として、頻繁に外国の要人と会っていれば痛くもない腹を探られることにもなりかねない。そんな時、第三者の立ち合いがあるととても助かる。教会は神王国貴族からも一定の距離を取っている上に、諸外国にも組織が広がっている。外務貴族として、何かと都合のいい組織なのだ。

しかし、幾ら伯爵が人の顔を覚えるのが仕事と言っても、教会の全員を細かく覚えているわけでは無い。

顔は何となく覚えている相手、というのも居るわけで、今日の面会相手はその一人だった。

確かに会った覚えはあるが、どこであったのだったかと伯爵が思い出すより先に、聖職者の方が親し気に語る。

「ヴァッレンナ伯爵のところで慶事があったことをお伝えした時ですな」

「おお、そうでしたそうでした。いつも貴重なお話を聞かせていただき、感謝しております」

ヴァッレンナ伯爵の慶事とは、配下の人間に魔法を授かった者が出たことを指す。

聖別の儀式は危険を伴う為、教会が一元管理している。それ故魔法使いになろうと思えば、必ず教会の知る所となるわけだ。

魔法を授かることが無ければ、単に成人したというだけの話。貴族としても隠す必要は一切ない。しかし、魔法を授かったというのなら話は別だ。人間の力を超越した、不可思議な能力が魔法。それがどのようなものであれ、使い方次第で大きなことを為せる。だからこそ、魔法使いとなった者は引く手数多となるし、引き抜き工作も横行する。貴族の部下の家から魔法使いが生まれたとするなら、その貴族家は大きく躍進するかもしれない。或いは、魔法使いの力を巡って争いが起きるかもしれない。何にせよ大きな騒動となるのは間違いないわけで、外務に携わるコウェンバール伯爵としても魔法使いが誕生したという情報は少しでも早く手に入れたいのは当然である。

しかし、新たな魔法使いの側も防衛をする。例えばシンプルな対策として教会に金を積み、口止めをするのだ。公然の秘密として広く知られていることではあるが、情報を教会から引き出そうとするなら、相場として口止め料の倍額を払わねば、教会の口は堅いままである。これは教会自身が課している決まりでもあり、信頼にも関わること。大金を積んだ場合、余程のことが無い限り教会から情報が漏れることは無い。

逆に言えば、金さえ払えば教会は情報の宝庫。コウェンバール伯爵としては、とても良い情報源として教会を利用しているし、教会側も良い金づるとしてコウェンバール伯爵を財布にしている。持ちつ持たれつの関係であり、司教が訪れたのもその辺に理由がある。

「それで、今日はどのようなご用件で?」

「実は、閣下に頼みたいことがございまして」

コウェンバール伯爵とロットロハウィ司教は、小さな声でひそひそと密談を行う。実にあからさまではあるが、伯爵からすれば金の匂いがしてくるという意味で望ましい。

「頼みとは?」

「顔の広い閣下を見込んで、ご友人に注意を促して欲しいのです」

「ほほう」

外務閥としてあちこちに顔の利くコウェンバール伯爵である。注意を促せとはつまるところ噂を流せと言うこと。伯爵に依頼される相談としては有りがちなものだ。

しかし、この手の噂話というのは、裏に誰かしらの良からぬ意図が隠れている場合も多い。一体どういう意図が有るのか。慎重に探りながら伯爵は続きを促した。

「閣下は、先ごろモルテールン家が 大龍(ドラゴン) を討伐したことはご存じでありましょう」

「勿論、存じております」

「では、その大龍が競売に掛けられるという話は?」

「……噂話程度では聞き及んでおります」

今話題のドラゴンについて。噂話というならば、それこそ尾鰭背鰭がクジャクの羽のように付きまくって流布されている。単純にインパクトのある話題でもあり、会話のネタとしては重宝する。何人もがこぞって話題にすれば、話を盛り上げるのに適当なほら話や憶測が混じっていく。時間がたつほどに話は変容し、気が付けばとんでもな噂が蔓延したりする。

風説とはそういうものだ。

社交界に流れる噂話に詳しいコウェンバール伯爵も、噂などというものが当てにならないことは良く知っている。

しかし一方で、ある程度の情報と真実が混ざっていることも知っている。

要は、情報を見極めるための力量があれば良いのだ。

「実はその競売で、龍の血以外も売られるというのです」

「ふむ、それは確かな話で?」

「勿論です。小職が自ら足を運び、確認したことです」

「左様ですか」

情報の精度というのなら、一次情報程確かな話は無い。自ら裏どりをしたというのなら、それなりに信用してよさそうな情報である。

「龍の血についてはどの程度ご存じですか?」

「……癒しの力がある、とだけ」

「そうです。我々の方でも、龍の血にある程度の効果があることは確認しております」

「ほほう!?」

伯爵は、さりげなく言われた重要情報に目をむいた。

龍の血に癒しの力がある“らしい”という噂は、盛んに吹聴されていた。しかし、話の内容が内容だけに、若干のうさん臭さも感じていたのだ。モルテールン家が、レーテシュ家やカドレチェク家辺りの家と組み、金を稼ぐ手段として宣伝しているのではないかとも疑っていた。

癒しの力。そんなものが出回るとしたら、それはそれでかなり大事になりそうだ。

教会が、自分たちの調べた結果だと断言するのであれば、まず間違いない事実なのだろう。これだけでも、上手く動けば色々と大金が稼げそうな素晴らしい情報提供である。

伯爵は、司教の“手土産”に満足そうに頷いた。そしてすぐに気を引き締める。これだけ大きな土産を持ってきたのだ。頼みたいことというのも、相応に大きいものに違いないのだから。

「しかし、それ以外のもの、特に骨や皮には癒しの効果は認められておりません」

「ふむ」

「さらに言えば鱗や爪までになると癒しの力は絶無であります。これは、神の名の元に誓って良いことです」

「そこまで言い切るということは、確かなのでしょうな。勿論司教の言葉を疑うことはありません」

古来より、龍の生き血のみならず、血を特別視する風習は多くの地域に存在する。だからこそ龍の血に特別な力があったのだとしても、大抵の人間は驚きこそすれ否定はしなかった。生き物にとって血とはそれだけ特別なものだという意識が誰しもにあるからだ。

しかし、血に特別な力があったとして、他のものも特別とは限らない。肉や内臓はまだ血合いが乗っている可能性があるとしても、骨や皮に特別な癒しの力は無いと、司教は断言する。

「そして、教会が問題視しているのは、一部の人間が、龍の血に特別な力があることを理由にして、他のものまで高値にして売りさばこうとしていることです」

「そのようなものが居りますか」

「残念ながら、人とは悪い誘惑に弱いものなのです。悪心に諭されぬよう、正しきに導くのが我らの務めなれば、こうして出向いた次第です」

「なるほどなるほど」

伯爵は、とっさに幾つかの貴族の名を思い浮かべた。龍の素材を売りさばくことで多大な利益を上げそうな家だ。勿論筆頭はモルテールン家であろうが、それ以外にも姻戚として数家は余禄を得るだろうし、同派閥として利益供与を受けそうな家もある。

話題の龍の素材だ。特別な龍の血は脇においても、既に幾つか手にしている家が居てもおかしくはないと伯爵は考えた。

爪の一本、骨の一本、或いは鱗の一枚。この程度なら、世話になっている御礼、などと配ってもおかしくはないのだ。

貰った方はどうするか。当然、価値を高めたいと考えるだろう。ならば、ある程度不確かなことでも噂として流し、自分の持っているもの、或いは手に入る目途の立っている素材の価値を高めてくるかもしれない。

色々と深読みを始めた伯爵が、何度か頷く。

「しかし、重ねて言いますが龍の血、百歩引いて龍の肉以外のものに、少なくとも癒しの力は無い。これをさも特別なものであるかの如く吹聴するは、明らかな虚言であり、神の教えに逆らうものでありましょう」

「いや、その通り。嘘をつくなどは同じ貴族として恥ずかしい話ですな。人間、実直が一番でしょう」

「流石は伯爵閣下。人間が出来ていらっしゃる」

「いや、それほどでも」

貴族社会で嘘や誇張、虚飾やハッタリはありふれているのだが、そんなことは今この場には無かったことになる。

伯爵は、自分が清廉潔白で聖人君子であるかのように振る舞っているが、そんなはずがないことは司教にとっても百も承知。

「閣下の高い道徳心に頼んでお願いいたします。人々が罪を犯さぬよう、より正しい行いをするよう、ご友人を諭していただきたい。一人の信徒として、この通りです」

深々と頭を下げる司教に対し、じっと様子を伺う伯爵。

「ほほう? つまり、龍の血以外については悪評を流せと?」

「悪評とは人聞きが悪い。飾り物以外には使えない事実を伝えたうえで、教会は左様に無益な浪費を諫めるというだけのこと。神の御威光と正しき教えをあまねく届けるは聖職者の使命でございましょう」

厳密にいえば、龍の頭の剥製などは飾る以外の用途が無いというのは事実だ。ちょっとした一軒家ぐらいある大きさの剥製を、まさか砕いて肥料にするわけもない。ハンティングトロフィーとして飾る分には抜群の効果があるだろうが、結局のところは美術品と同じ扱いになる。

教会の聖職者は、自給自足と寄付で生活をする。ことになっている。一応は清貧が美徳とされるわけであり、建前として贅沢すぎることは悪いこととされているのだ。

だからこそ、龍の爪やらなんやらといった、虚栄心を満たす為だけに求められる素材の売買を良しとしないのは筋が通る。それが嘘によってであれば尚更だ。

世俗に関わらないはずの教会が出張ってきて“贅沢はいけない”、“嘘はいけない”と急に啓蒙して回ることだけが不自然ではあるが、やっていることには後ろ暗いことは無さそうである。少なくとも伯爵にはそう思えた。

「お話は分かりました。しかし、そうは言っても下手に動いてモルテールン家やその周りから恨まれるのも困りものです」

司教の言い分は十分理解した伯爵。しかし、自分が動くかとなると話は別だ。

頼み事には下心のあるのが貴族社会。幾ら相手が聖職者とはいえ、頼みごとをしてくるのであれば、それなりの見返りを求めるのが当たり前である。

暗にそれを言い出した伯爵に対し、司教は用意していた交渉カードを切り始める。

「勿論そうでしょう。しかし、その点はご心配なく」

「と言いますと?」

「ことが終われば、我々からの要請である点も踏まえ、公言していただいて構いません。その際、閣下の行動が教会の支えとなっていることも口にしていただいて結構。我々も協力致します」

「ほほう」

教会からの要請を受けて動き、教会はその動きに満足していると公言する。これはすなわち、伯爵の後ろには教会が居て、全面的に協力していることを意味する。少なくとも今回の件について、自分は絶対の正義だと吹聴できる。

教会は元々世俗の権力とは距離を置くことを是としているわけで、協力を公言できるとなればその影響力は大きい。宗教的権威とは、何をおいても利用価値が高いのだ。

人間の営みなどというものは何年たとうが根本的には変わらない。特に貴族社会というのは紳士の皮を被った獣の論理である。欲しいものを力づくで奪おうとする輩の、何と多いことか。

力づくで奪う際、大事なのは名分、つまりは建前だ。表立っては綺麗に見える理屈を用意しておかなければ、力づくで奪ったものを力づくで奪い返されても文句が言えなくなる。だからこそ、力づくで奪うにしても、建前としては正当であると思える大義を用いる。

神の御心。これほど使いやすい大義名分もない。理屈と膏薬はどこにでもつくというように、ある程度のことであれば、教会の教えることと矛盾することは無い。つまり、おおよそ極悪な行為でない限りは、常に正義の側に立って行動できるということだ。

こんな美味しい話は滅多にあるものではない。

「なるほど、では、我々も協力しようではないですか」

「それはありがたい。」

王都に噂が流れるのは、それからすぐ後だった。