作品タイトル不明
112話 いたずらっ子の奸計
城壁の上で、颯爽と立つ男が居た。
戦場(いくさば) の燻煙を眼下に払い、剣を片手に威風堂々たる姿を見せる。
彼は、顔に 裂布(さきぬの) の包帯を巻き、立派な鎧を身に纏い、敵前に怯えることも無く声を張り上げた。
「やあやあ、遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは神王国にその人ありと呼ばれしモルテールン家が当主、カセロール=ミル=モルテールンなるぞ。そこに蠢くはサイリ王国のゴミ虫共。一思いに潰されたいと思う者は、一人残らず掛かってこい」
この男の言葉に、城壁を攻めていた者たちは驚いた。
何も無いところに突如として現れただけに、驚愕は計り知れない。
「嘘だっ、 幽霊騎士(ファントム) は矢で射抜かれたはずだ。俺は間違いなくこの目で見たんだ!!」
「あれで無事なはずがない!!」
否定はする。しかし、自信が無さげだった。
それもそのはず。包帯の下から見えるのは、見え辛いが確かにモルテールン家の当主の顔立ちだ。包帯をしているのは傷を負ったからだと納得するにしても、まるで無傷のように平然としている。普通、片目を潰されれば平衡感覚が狂い、真っすぐ立つことすら難しい。
顔を射抜かれているはずなのに、それを庇う風でも無く 静(せい) としているのだ。
「奴は不死身か!!」
「幽霊だ。ホントの幽霊になっちまったんだ!!」
人間というものは、得体のしれないものを恐怖する本能がある。
箱の中に何が入っているか分からないと、手を突っ込むのも怖がるが、中に入っているものが分かっていれば、それが苦手なものでも平気で手を入れられたりもする。
未知こそ恐怖の根源。
重傷のはずの男に対する未知。殺しても殺しても死なない男なのではないか。そう考えれば不気味でしかない。
今、サイリ王国兵士の眼前に【転移】で現れた男が、カセロールであるとなったがために、軍勢の足並みは乱れた。
「怯むな。たかが手負いの一人に何を臆するか!!」
後方で 督戦(とくせん) する将もあった。逃げようとするものあらば、自分が切り捨てると言わんばかりに声を張り上げる。
マルレーニ伯爵などがその筆頭であった。神王国とサイリ王国は互いに争って譲らず、将兵の質も量も大差がない。彼自身、サイリ王国でも指折りの用兵巧者だ。
「ぶひゃひゃひゃ、威勢がいいな。このカセロール様が直々に引導を渡してくれる」
ところが、その督戦の将めがけて、隻眼の男が現れるのだからたまらない。
子供を含む数人を共にして、果敢に攻めて来る。剣筋も確かで、歴戦を思わせる豪の者。勇者と名高いカセロールの腕に違いないと、襲われた方は 慄(おのの) いた。
「不味い、一旦隊列を整えろ」
城壁を越えようと、ばらけていた隊を自分の身の周りにひとまず集めるマルレーニ伯。襲ってくる幽霊騎士は、いつ何時自分の背後に現れるかもしれないのだから、身を守るにはその手しかない。
一息置き、改めて隻眼の包帯男を包囲し始める。なるほど、確かにカセロールらしいと合点がいった。
包帯の下にある顔は確かに見覚えがあるし、腕のほども多数を相手取って引けを取らぬほど。これだけでもカセロールと信じるに足るが、何よりも確かな証拠は、供と一緒に【転移】を繰り返している様だ。世に魔法使いは多けれど、瞬間移動を使いこなす魔法使いなどはそうそうあってたまるか、と言いたい。
「あれこそ憎き仇敵モルテールンぞ、皆今度こそ打ち取れ」
一時は不意を突かれて算を乱したが、改めて兵を整えれば小勢何するものぞと勢いづく。
が、モルテールンは更に不敵に笑う。
「ぶひゃひゃ、俺様の新技をとくと見ろ。地面丸ごと転移させてくれるわ!!」
隻眼の男が両の 腕(かいな) をバンと地面に着いた時だった。
今まで押しつぶせとばかり寄っていたサイリ王国の兵たちの足元が、一気に窪んだ。
「な、なんだ!?」
「助けてくれっ!!」
幾ら鍛えられた精兵でも、足元定かならぬ状態では文字通り、剣が空を切る。
しかも一度のみならず何度となくそんな現象が起きるのだ。
「ぶひゃひゃ、そりゃそりゃ!!」
「“父様”、少々やり過ぎですね」
「ぷっ、若様にやり過ぎって言われるとか」
戦場のただ中にあるとは思えぬ様子で、モルテールンの集団は城壁に戻る。
悔しがるのは、サイリ王国の兵。そして、それを魔法で見ていたルトルート辺境伯である。
辺境伯は、後方に居ながらも自分の思う通りに行かない様子に苛立つ。
「おい、何故モルテールンの 蛆蝿(ウジバエ) が居る。仕留めたはずではないか」
「さて。思っていたほどの傷では無かったのか」
「ええい、忌々しい。さては 蝿(ハエ) ではなく 蜚蠊(ゴキブリ) であったか。しぶとい上に生き汚い」
「お味方も、 彼奴(きゃつ) らのせいで浮ついておりますな」
戦場の機微は雲のように移ろいやすい。
今まで押せ押せと意気顕揚であったものが、いつの間にか逃げ腰になる者が出始めていた。
このまま黙って 拱手傍観(きょうしゅぼうかん) する手は無い。やられっぱなしで後手後手に回るほど、辺境伯も無能ではないのだ。
「よし、このまま予備を全て当てろ」
「既に予備まで費やしておりますが」
「むむ、ならばどうするか……おい、この周りに敵は居らぬな?」
「それは間違いなく。上空から見てみましたが、敵は皆城に籠っております」
「ならばこの本陣も当てる。全軍で向かえ」
ルトルート辺境伯の言葉に、周りの者は驚いた。
自分たちは安全な場所に居ると信じている者たちだったから、目を向いて反対しだす。
「なりません。ここが動けば、御身が危なくなりますぞ」
「何を言う。目の前に勝機が転がっているではないか。敵に囲まれる心配が無いとなれば、離れてモルテールンの奇襲を危ぶむより、いっそ取りついてしまった方が奴らとて戦いにくいに相違あるまい」
「それは確かに……」
モルテールン対策というのは、二十年来の戦いの中である程度練られている。
敵同数にモルテールンあれば逃げ、敵少なければ一つに固まって当たれというのが常道となっていた。
同数以下ならば不意を突かれて危険だが、同数よりも多ければ、一団となることで奇襲の隙を与えずにすむ。逆に、奇襲がいつでも有り得ると分かっていながら兵を分けるのは愚策とされていた。
自分の武に自信が無く、臆病であればあるほど、前線から離れた後方の安全地帯から指揮しようとするもの。破られることを恐れて前線を厚くしたがるもの。矢石飛び交い血しぶきの舞う中に飛び込むのは勇気が要る。慎重で臆病な人間ほど後方に居たがる。
そして、この心の動きこそ、モルテールンからすれば狙い頃だった。安全にするつもりで前線から離れれば離れるほど、却って身の回りを危うくすること、鎧兜を脱ぐが如しである。
ルトルート辺境伯も歴戦の武者である。自分を後方の安全地帯に置こうとするほど気弱ではない。
「掛かれや!! 今こそ好機!!」
ルトルート辺境伯も、地方の雄。 痘痕(あばた) 顔を赤くしながら、我に続けとばかり動き出す。
颯爽と馬にまたがり、供回りを従えて後詰も全てモルテールンの居る城壁に当てた。
「見よ、連中も逃げ出したぞ」
戦況は、また変わる。
一時押し返すかに見えた神王国側の動きも、ルトルート辺境伯直々の動きに矛先は鈍る。
これには流石にモルテールンの一団もたまらず、城壁の中に逃げ込んだ。戦機を逃さず果敢に攻めた決断は素晴らしいの一言。
勢いづいたサイリ王国軍。いよいよ城壁も超えるかという時。
「閣下!!」
「何だっ」
辺境伯は、伝令の方を振り向きもせずに応えた。
「お味方後方。ことごとく討ち果たされ、兵糧も全て奪われました」
慌てた伝令の言葉。
一瞬、何を言っているのかが分からなかった。
「なっ、馬鹿な。敵は全て城内だ!!」
慌てて辺境伯が振り返れば、後方の多くに紅蓮の炎が上がっていた。
◇◇◇◇◇
一人の男。いや、少年が、しみじみと呟いた。
彼が見るのは、戦場を所狭しと暴れる一団。
「凄いですね」
「うむ。さすがペイストリー殿だ。上手くカセロール殿を装っておられる」
少年ウランタの声に答えたのは、見るも猛々しい若武者セルジャン=ミル=レーテシュ。
誰あろうこの二人は、知己であるペイスの求めに応じた者。援軍として東方に逸早く駆け付けた二百騎の中では、ただ二人の指揮官格。
南部閥トップの代理と、南部閥ナンバー2だ。どちらが援軍の指揮を執ってもおかしくないし、本来ならそこにも政治的駆け引きが生まれるものなのだが、二人ともが揃ってペイスの指揮下に入るを是とした為に、わずかな時間で駆け付けられたという。ペイス以外の下につけと言われていたら、もっと揉めていたはずだ。
また、両者とも神王国で上から数えた方が早い大家とあって、敵方の情報もかなり詳しく調べていた。
それぞれの情報を持ち寄って万全を期すという意味でも、公平な差配の出来る中立的な立ち位置たるモルテールン家が、音頭を執る方が良いという判断も働いている。
戦場に駆け付けてみれば、 件(くだん) のモルテールン家に大事があった。
領主である準男爵本人と、その右腕にして腹心のシイツが、戦場を離れざるを得ない重傷を負ったのだ。
すわ一大事。これこそペイスに対する借りを返すときと、危険を百も承知で近習のみを引き連れての参陣。
彼らが居る場所は、城から見て敵軍本陣の更に後方。穴を掘られた場所に隠れていた。
「しかし、こうしてただ待つだけで、敵から見つかりはしないのですか?」
「これを被っている限りは大丈夫とのことだった。実際今も動きを見せていない以上大丈夫だろうとは思うが、警戒は必要だな」
そう言ってセルジャンは上を見た。二百名を隠すほどに大きな布。天幕のように頭上を覆う。
穴に潜み、かぶっている側からはタダの布にしか見えないが、他ならぬペイスが単なる布切れを渡すわけが無い。
これには、外から見たときに地面に見えるよう、地面そのものの模様が迷彩として【転写】されているのだ。
「卿も、敵方の魔法使いについては知っているのだろう?」
「……鳥を操る魔法、と聞いています」
「我々の調べでもそれらしい。教会に金貨五十枚を積んで得た情報でも裏が取れている」
「五十枚っ。相手もかなり大金を支払って口止めしていたのですね」
「よほど切り札として置いておきたかったらしい。我が家と御家が別々に調べて同じ結果となると、情報の確度は高い。噂通りとして、鳥の目を欺くとすれば、この布切れ一枚でも事足りるだろう」
「今にも襲い掛かってこないかと不安ですが……」
ボンビーノ子爵ウランタ。まだ実戦経験浅く、敵方よりも圧倒的少数で奇襲を掛けんとする緊張感には慣れていない。それだけに不安も人一倍大きい。
「指揮する者がそう不安がってはいけない。ペイストリー殿が、きっと敵兵を引き付けると信じるのです」
「そう上手くいくのでしょうか」
「勇名を馳せたカセロール殿健在とあれば、必ず敵は脅威に感じ、排除の必要性を認識する。ましてや、怪我をしつつも背中に守るべきものを抱えて、遠くに逃げられないとなれば、絶好の機会に見える。総力を挙げて襲うだろうな。その価値があるのだから。私が敵の指揮官でもそうする」
「しかし実際は別人。包帯を二重に巻き、下に 似顔(にがお) を【転写】ですか。あのような使い方があったとは」
「変装に便利だ。サイリ王国側も上手く騙されているようだし、魔法使いというのは本当に侮れない。戦いに向かぬ魔法とたかを括っていると、足元を掬われる」
ペイスから伝えられた作戦は、時間が無かった為にほとんど概要だけ。自分が敵を粗方引き付けるので、後ろに潜み頃合いを見て後方を襲え、との指示だった。
カセロールが重体と分かっているから騙されはしないが、知らずに居れば自分達でも騙されていただろうと背筋も寒くなる。
やがて、ペイスの暴虐、もとい遠慮の二文字を捨てた騒動が起きる。
「はぁ!?」
「地面が無くなったぞ。あんなことまで出来るとは聞いていない!」
一同は更に驚いた。
城に押し寄せていた敵兵が、それぞれ数百という単位で穴々に落ちては埋められていく。考えもしなかった状況に、唖然とした。
「……あれも魔法ですか?」
「他に考えようも無かろう。はは、さすが。あのような奥の手を持っていようとは。あれをこの目に見られただけでも、ここに来た意味があった」
「転移の魔法で地面を瞬間移動させているのでしょうか? それとも別に魔法使いが居る? もしかしてペイストリー殿がなされたのか? 絵を描くのではなく? どういう仕組みなのか……」
「考え込むのは後にされた方が良い。ほれ、敵が餌に食いついた」
衝撃的な光景に、置かれた状況すら忘れて考え込むウランタだったが、セルジャンの言葉にはっと我に返る。
今は戦場に居る。呆けていていい状況ではないのだ。
偽カセロールを打ち倒す機会と逸り、後方ががら空き。申し訳程度しか残っていない見張り。
これを待っていたのだ。
セルジャンとウランタは共に手勢に檄を飛ばす。
「今だ!! 目に付くものは全て燃やせ!!」
敵を全て城壁に引き付け、後方を乱す作戦は成功する。
この日、ルトルート辺境伯は臍を噛んで撤退することになった。
そして、撤退する中で更なる絶望を味わうことになる。