軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

111話 英雄の負傷

ルトルート辺境伯家は、先年の小競り合い以降政治的に劣勢な状況にあった。周辺の貴族を動員しながらも、大した成果を出せずに終わったからだ。しかも、局所の限定戦とはいえ負けて軍を引いている。

動員に応じた周辺の貴族からは、無駄足を踏まされたと散々に 詰(なじ) られた。

無論、無策でそのまま過ごしたわけではない。

公爵家の後ろ盾を得て、徐々に圧力を増す仇敵フバーレク家の脅威を説いてまわった。しかし、脅威論の流布自体は一定の効果があるものの、他家からすればそれほど心に響くことでもない。

他国の軍事的脅威に備えるのが辺境伯という地位だ。軍事的脅威を取り除くどころか、負けて一層脅威を高めていれば無能の誹りは免れない。そして、無能に付いていく部下は居ない。

何とか打開する方法を考えていた中。

光明は身近な所から現れた。

「其方の進言通りに、今のところ上手くいっているな」

「はい。我が魔法を駆使すれば当然のことです」

ルトルート辺境伯と会話するのは、小柄な男だった。

最近、ルトルート家の家中で急速に発言力を増した若者で、それはとある能力が理由だ。

辺境伯家ほどの大家で発言力を確保できる能力。それは、時には一人で万軍以上の効果を持つ能力。そう、魔法である。

「其方を当家に迎え入れておいて正解だった。今後とも活躍には相応の礼で報いるぞ」

「恐縮です閣下」

「して、現状はどうだ」

「しばしお待ちを。今お見せいたしますので」

魔力が高まったところで、魔法使いの男はルトルート辺境伯の肩に手を置く。

すると、辺境伯の目には映像が見えるようになった。無論、魔法を使っている人間にも共有されている映像だ。

戦場を俯瞰するような、現場を一望する映像。離れたところに居ながらも、手に取るように戦場が見られる。指揮者にとって、これほど便利な能力というのも中々ない。

魔法使いは万人に一人とも言われる稀有なものであり、戦場で利用できるほどの魔法となれば更にその中でも一握り。

宝くじの大当たりを当てたような幸運を、ルトルート辺境伯は誇らしく思っていた。

「ふむ、順調だな」

「そのようです。昨日は西門の方で良い形に押していたのですが、押し返されました。今日こそは、押し切っておきたいですね」

「言われるまでも無い。お、今日は東門の方が薄いようだな」

「昨日の西門の攻勢を受けてでしょう。指揮するフバーレクの息子は経験不足故、対応が場当たり的になりがちかと」

「ふむ。虎の子の守備隊の五割ほどが西門に居るように見えるな。逆に東側は手薄だ。こちらから攻める好機。よし、すぐに東に増援を送れ。マルレーニ伯爵を向かわせろ」

「はっ」

辺境伯の指示に、傍に居た兵士が了承の返事を残し、伝令に走った。辺境伯の指示は迅速に伝わる。

まもなく、アルコム東側の城壁に大勢殺到し始めた。数にして千以上。マルレーニ伯爵の指揮する部隊が、我こそ手柄を立てんと勢いづく。

大津波のような攻勢に、守る側は明らかに劣勢で、数も少ないように思われた。事実、先だってからの敗戦以後、守備側の兵力には明らかな限界が見える。

「よしよし、東の方も押し始めたぞ。順調だ」

「それはようございました」

「このまま押し込めば勝てる……ん? 何だあの集団」

「少し寄ってみましょう」

ルトルート辺境伯の目に、東門の様子がだんだん詳細に見えてきた。それを見る顔つきは徐々に険しくなる。

数十人ほどの集団が、折角勢いづいていた攻勢を阻止し始めたからだ。かなりの強兵が一団となって立ちはだかる。これは、数を頼りにして攻めるマルレーニ伯では手に余るに違いない。

城壁という限られた狭い戦場では、兵の数は瞬発力ではなく持久力として現れる。そして、強さは兵の質によって決まるのだ。一人しか通れない通路は、敵が何人だろうと常に一対一の戦い。極論すれば、スタミナが続く限り強兵一人で守ることも不可能ではない。

防御力或いは攻撃力が兵の質に比例し、継戦能力が兵の数に比例する。狭い限定空間の戦いとは往々にしてそうなる。数が多ければ勝てるという単純計算は成り立たない。

例え数十人と言えども、適切に指揮された良質の兵となれば、雑兵も含めた雑多を押し返すぐらいは可能。

指揮官の質次第では、という但し書きが付くが。

「あれは、モルテールンのゴミではないかっ!!」

詳しく見えたところで、カッと目を見開いた辺境伯。

戦場において、いつもいつもハエの如く飛び回り、毎度邪魔をしてくる忌々しい相手を見つけたのだ。見つめる目つきは蛇のように鋭く、タールのように粘っこい恨みがへばりついている。

それもさもありなん。神王国の英雄は、サイリ王国から見れば悪魔である。

「弓兵に伝令!!」

「何と伝えればよいでしょうか」

「ひと際目立って飛び回る、幽霊を退治せよ。他は捨て置いて構わん。あいつらを集中して狙え。モルテールンの首を取ったとなると、褒美は望むだけやる。予備も全てあげろ」

「はっ」

ルトルート辺境伯ジェレッドは、なりふり構わぬ攻撃命令を出した。

今ここで神出鬼没の幽霊騎士を倒せれば、その影響は計り知れない。戦力のほぼ全てを東門に集中し、投石兵や弓兵をありったけ投入。いざという時の為に取っておいた予備も惜しまず注ぎ込む。夜戦に備えて休ませていた兵もあげる。まさに総力の限りを尽くす。

戦場では捕らえることも難しい相手が、今は城壁を守るために身動きも取れない状況。飛び回っていたハエが、じっと一カ所に留まる今こそ叩くチャンス。

ここでモルテールンの尻尾を捕まえたことこそ、勝機と決断したのだ。

やがて、その決断は一つの成果をもたらす。

喜色満面の伝令が、東門を攻撃していたマルレーニ伯爵から送られてきたのだ。

開口一番、大きな声で誇らしげに報告する。

「閣下!! やりました!!」

「何だ!!」

「幽霊と覗き魔を共に仕留めました!!」

首狩りと恐れられるカセロール。覗き魔として嫌われるシイツ。共に悪名を知られた人物。

この二人を倒したとの報告に、流石のジェレッドも喜色を露わにした。

「おお、やったか。して、それは確かか?」

ただし、喜びながらも疑ってかかる。

本当に倒したのかどうか。何せ相手はあのモルテールンだ。二十年来の懸案事項。そう簡単に片づけられるとも思わない。

慎重さは、指揮官に当然求められるものだった。

「矢が当たるのは間違いなく確認しました。共に顔の辺りでしたから、まず間違いなく重傷です」

伝令の報告に、魔法使いの男も同調した。

「魔法でも確認しました。確かに両名が負傷して後方に担ぎ込まれ、部下たちが右往左往しております」

複数の筋からの同じ情報。

これで、ようやくモルテールン家の魔法使い二人を仕留めたと確信できた。

「でかした!! よし、あのモルテールンが動けぬとなると、奴らの士気はズタボロのはずだ。総攻撃をかけよ。いまこそ、長年の恨みを晴らし、我らの悲願を果たすときぞ!!」

辺境伯の号令一下。

幽霊騎士打ち取ったりとの報せに勢いづいたルトルート辺境伯軍は、今まさに城壁をも飲み込もうとしていた。

◇◇◇◇◇

「大将と従士長がやられた!!」

モルテールン家に的を絞って襲われたことで、幾ら精鋭で知られた一団と言えども相応に被害を受けた。土砂降りのように降り注ぐ矢や石を、完璧に防ぐのは不可能。

最も痛手であったことは、指揮を執るべきカセロールと、代役を担うべきシイツの負傷という事態が発生したことだった。

「皆、落ち着け」

「カセロール様、しゃべっちゃいけません。傷にさわります」

狼狽(ろうばい) という言葉がそのまま当てはまりそうなモルテールン家の面々に、深手を負ったカセロールが話しかける。

矢は既に抜かれたが、カセロールは片目を潰されて失明。もう少し深く刺さっていれば、脳まで達するところだった。正に九死に一生。

傷に触るから大人しくしていろとの部下の進言は正しい。それほどに、痛々しい姿だった。

「落ち着けと言っている。今、我々が為すべきことを間違えるな。城壁を死守せよ。ここが落とされれば、遠からず神王国は混乱する。飢狼のような周辺国も一斉に動き、先の大戦の再来となる。何としてもそれは防がねばならん。ここは引けない」

「しかし、シイツさんまでも……」

皆の目は、カセロールからシイツに移される。

そこには、頭部から出血し、更には全身ハリネズミのようになった姿があった。カセロールを守るために身を挺した姿。

傷口から毒でも入ったのか発熱しはじめていて、とても危険な状況だ。

「諦めるな。ここで我々が踏ん張れば、必ず助けは来る」

カセロールの言葉に、モルテールン家の皆は思い出した。一人の少年の姿を。

自分たちが主と仰ぐ男の息子。モルテールン家の秘密兵器にして決戦兵器。

今、主要なメンバーが倒れたことで、浮ついた者たちを引き締めるのには、その存在が重要だった。

カセロールは、傷の痛みを堪え、じっと想いをはせる。

自分は、自分の運の良さを信じている、と。

今まで幾たびも戦場に出た。死にそうだと思ったこと、命の危機を覚えたこと、身の危険を感じた事など、両手で指折りしても足りないぐらいあった。

しかし、どんな時も自分は生き抜いてきたのだ。

自分は神に愛されている。

カセロールは、そう信じてきた。

魔法を授かったことに始まり、自分の背中を預けられる仲間と出会って功績をあげてこられたこともそう。

自分の身分では望むべくもない伴侶と出会えたこともそう。

そして、自分の後事を託すに足る子供にも恵まれた。

信じるに足るだけのものを、自分は持っているのだと、今は信じたかった。

「しかし、間に合うかどうか」

「大丈夫だ。私は、ここぞという賭けには負けたことが無いんだ」

カセロールは自らの強運を信じる。周りの皆にも、それを信じろと強要した。

今の自分たちの命運を、 全賭け(オールイン) だと言い切る。

そして、カセロールは賭けに勝った。

自分たちの元に、切り札が戻ったのだから。

部下の一人が、喜色をもって一人の少年を連れてきた。

「父様、遅くなりました」

「待っていたぞペイス」

「若様!!」

「ペイストリー様っ!!」

戦場に舞い戻ってきたペイスは、明らかに疲労していた。

目の下に隈が出来、自慢の銀髪にもハリが無い。一睡もせずに活動していたのだろうと、誰しもが悟る。

しかし、目の輝きと、苦境にあって人を惹きつける輝きだけは変わらなかった。

カセロールとシイツの痛々しい姿を見たペイスは、流石に平常心とはいかなかったのだが、カセロールは努めて平静な声で息子に問いかける。

「ペイス、援軍はどれほど集まった」

刻一刻と落城の迫る状況。ペイストリーの連れてきた援軍だけが、状況を反転し得る希望である。

敵軍は、概算で三万以上。対しフバーレク家は三千にも満たない。城攻めにおいて攻め手三倍の法則があるというが、十倍であればどう見ても守備側が不利。

せめて、万とは言わずともそれに近い兵力が欲しい。

「連れてきたのは、レーテシュ家、ボンビーノ家を始めとする南部の面々。数にして、精鋭二百ほどです」

しかし、ペイスの言葉は無常だった。

「たった二百!!」

「もう終わりだ!!」

当然、部下たちのショックも大きい。

常に冷静なカセロールとて、もう少し欲しかったと思うほどには衝撃的な数字。

「嫌な予感がしたので、半日で集められるだけ急いで持ってきました」

「くっ、それで持ちこたえるしかないか」

一晩で集まったにしては上出来とも思えるが、やはり少ない。

ここは徹底的な遅滞戦闘を行い、持ちこたえるしかないだろう。

或いは、いっそ精鋭を率いて領都を放棄。援軍を改めて集めて、奪還を図るべきか。

モルテールン家の面々は、考え込む。

がしかし、そんな思惑は、不意に破られる。

「父様とシイツが重傷の状況。このまま引けば当家は敗北となるでしょう。モルテールン家は、父様が居る限り常勝無敗が宿命づけられた家です。このまま守るべきでしょう」

「しかし、あまりに戦力が乏しすぎる。相手の手の内もまだ読み切れていない」

「レーテシュ家が情報を持っていて、相手の魔法の正体もある程度分かりました。ここは僕に任せてもらえませんか?」

「任せる? ……何とかなるのか?」

カセロールの問いに、少年は頷いた。

「ええ。僕に策があります」

ペイスの自信は何処からくるのか。

非常識が服を着て歩いているような人間の言う策。一体どういうものか。

そう、誰もが聞きたがった。

雰囲気を察したペイスは軽く間を置き、モルテールン家の面々を見回す。

「任せてもらえますか」

「良いだろう」

カセロールは決断する。

どうせ自分は指揮を満足に執れない。ならば、いっそペイスに全てを任せる。

戦場の武人は、決断が早かった。

「さて、まずは父様とシイツを安全な内地に運ぶとして……敵を撃退させる手を打ちましょう」

「一体、何をするんです?」

「そうですね……トバイアム」

「あん?」

ペイスは、従士達の疑問を聞き流し、彼らの体つきをジロジロと見回した後にトバイアムの名を呼んだ。

何やら思惑あり気に値踏みした後、軽く首肯した。

「トバイアムには、魔法使いになってもらいましょう。今から貴方は世界一の魔法使いです」

「はぁ?!」

そこに居た誰もが、ペイスの言った言葉の意味が分からなかった。