作品タイトル不明
第31話
激昂して俺を睨みつけているスティルグ将軍に対して、カナティエは冷静そのものだった。
「では正々堂々の勝負ということで、槍を捨てればよろしいのですね?」
その辺で拾った雑兵の槍を、無造作に投げ出すカナティエ。
だが彼女は槍を足下に転がすのではなく、スティルグ将軍の足下へと投げた。
「むっ?」
ほんの一瞬、スティルグ将軍の視線が足下へと向く。
一秒の半分にも満たないその一瞬に、カナティエは抜刀して間合いを詰めた。
「ふっ!」
「うおぉっ!?」
さすがは一軍を預かる将だけあって、驚きつつもしっかり受け流す。やはり本職の武人だ。剣の腕前だけ見ても、俺より数段上だろう。
すかさず姫がヤジを飛ばす。
「どうした? 剣と剣での勝負でも勝ち目がないか?」
なんでそんなに煽るの。馬鹿にされたから?
しかしスティルグ将軍には言い返す余裕がないらしく、彼は剣を正眼に構えてじりじりと間合いを読んでいるところだ。それだけカナティエが強者ということか。
カナティエがするりと動き、予備動作もなしに猛烈な斬撃を繰り出す。実戦向きの剣術は動きが読みづらく、何をしているのか俺にもよくわからない。斬るかと思えば突き、突くかと思えば退いている。
「はあっ!」
「むっ!? うおぉっ!」
だが実戦向きの剣術なら、スティルグ将軍もきっちり使いこなしている。カナティエの変幻自在の攻めに対して、一歩も退かずに打ち合う。互角の勝負だ。
周囲のサイダル兵はどんどん数が減っていく。同士討ちで数を減らしているのもあるが、それよりも逃げていく兵の方が多い。場慣れした兵ほど戦場の雰囲気を敏感に感じ取り、孤立しないようにさっさと動くものらしい。
桟橋の周辺には舟が展開していて、ユナト軍の旗を翻している。そのせいでサイダル兵は近寄る気になれないようだ。乗っているのはたぶん近所の漁民ばかりだと思うが、バレていないのは助かる。
しかし、なかなか決着がつかないな。一騎討ちだから加勢する訳にもいかないが、どうせ俺が加勢しても死体になるだけだ。
ただ、戦いの行方はカナティエ有利で進んでいるようだった。スティルグ将軍の方は、甲冑の肩が大きく上下している。息が上がっているようだ。おっさんだからな。
「はあっ……はあ……はっ……」
短時間で素早く息を整え、カナティエの打ち込みにしっかりと応じるスティルグ将軍。やはり強い。
だがこのままではスタミナ切れになるのは避けられないだろう。そうなればカナティエの勝ちだ。
スティルグ将軍もそれを理解しているらしく、彼は足下の槍を拾おうとした。槍と剣なら槍が圧倒的に有利だ。でもそれ、お前が捨てさせたヤツだぞ。
卑怯者めと言おうとしたが、俺はその言葉を口にすることはなかった。
なぜなら。
「いやあああぁっ!」
裂帛の気合いと共にカナティエが踏み込む。剣の刃を握り、鍔の方で殴りかかった。前世の西洋剣術で見たことがある。棒状に突き出した鍔は、ツルハシのような重い一撃になるのだ。
剣の刃が通らない頑丈な甲冑でも、ツルハシを叩き込まれれば貫通する。
「ごっ!?」
しゃがんでいたスティルグ将軍の兜に鍔が叩き込まれ、兜の鉄板が大きく陥没した。あれだけ派手に凹めば中身も凹んでいるだろう。
「おご……」
ゴボゴボと濁った呻き声を漏らし、スティルグ将軍は前のめりにドスンと倒れ込む。手にしかけていた雑兵の槍が転がり、重い甲冑を着込んだ体がビクビクと痙攣した。たぶんもう意識はないだろう。
だがカナティエは油断しない。
「ふっ!」
剣の柄を握って逆手に構えると、カナティエはスティルグ将軍の首筋に剣を突き刺した。ズダンという重い音が響く。桟橋の床板まで貫き徹した音だ。あれは絶対に死んでる。
敵が完全に絶命したことを確認して、カナティエは立ち上がった。
そして兜のバイザーを上げると、紅潮した笑顔を見せる。
「やりました! 敵将、討ち取ったり!」
「でかした、カナ!」
姫の嬉しそうな声が響き、暗闇からパチパチパチパチと拍手が聞こえてきた。
嘘だろ。本当に敵の総大将を討ち取っちゃったよ。
なんなんだこの人たち。
だが総大将を討ち取ったとはいえ、敵軍の大半は健在だ。連中がこっちに押し寄せてきたら逃げるしかない。
「姫、回収をお願いします」
「回収?」
不思議そうな顔をした姫がぐんぐんこっちに迫ってくる。舟がこっちに向かっているのだ。
そのまま姫は桟橋に飛び移る。重たげな甲冑を着ているが、それほど身動きに不自由している様子はない。よほど良い甲冑なのだろう。
「おぬし、何を申しておる」
「何をと仰られましても」
すると姫はニカッと笑った。
「ここから敵軍を城門の外に追い立てるのが我らの役目であろうが。さあ、せいぜい吠え立てるがよいぞ」
すると他の舟もスーッと接近し、舟の上から漁民たちが口々に叫び出す。
「行けええええ!」
「うおおおおおおーっ!」
「ぶち殺せええぇっ!」
ジャーンジャーンと銅鑼みたいな楽器まで打ち鳴らされる。ますます三国志の世界っぽくなってきた。
姫は満足げにうなずきつつ、さらに命じる。
「ボロ布を投げ込め! 火を放て!」
穴だらけの帆布やら擦り切れた敷物やらが投げ込まれ、漁民たちが素早く火を放つ。火を放ったらまた舟に戻っていくあたり、交戦を避ける姿勢は徹底している。火の近くにいたら丸腰なのがバレてしまうしな。
「よしよし、これで逃げたくなってきたであろう」
うむうむとうなずいている姫の左右を俺とカナティエで護衛しながら、俺はちょっと不安になって質問する。
「本当にこんなので敵が逃げるんですか?」
「おぬし、何を申しておる……?」
意外だといわんばかりの顔で姫が俺を見上げた。
「さてはおぬし、兵法は座学ばかりで実践を知らぬな?」
「農民上がりの紋章官ですから」
紋章官がどこで兵を指揮するんだよ。そういうのをやらないから戦場でもお目こぼししてもらえるんだぞ。
すると姫は当たり前のような顔をして説明を始めた。
「戦場で戦う気まんまんなのは、領主や騎士といった士分の者ばかりだ。農民兵は戦が本領ではないから、生き延びて帰ることばかり考えておる。それはわかるであろう?」
「ええまあ」
マルダー村の農民兵は士気が高いが、あれはちょっと例外の部類だ。
姫は燃えさかるボロ布を見て目を細めつつ、こう続ける。
「ここは敵地の上、略奪できるようなものもない。安全だと思っていた河の方から夜襲を受けた。恐ろしげな将軍も討ち死にした。それでもなお踏みとどまって戦うというのは、よほどの命知らずであろうよ」
「それは……確かにそうですね」
農民兵が手柄を立てたところで大した恩賞がある訳でもない。農民兵を指揮する郷士だの騎士だのが恩賞を貰うから、そのおこぼれに預かるだけだ。
となれば、命令もないのに命を懸けて戦う必要もない。農民兵の頭にあるのは賦役の免除や略奪の利益だ。
そう考えれば、サイダル兵があっさり逃げてしまったのも納得できなくはない。
確かに理屈としてはわかるのだが……。
「もしサイダル兵の士気が高くて、逃げずに向かってきたらどうするつもりだったんです?」
「そのようなことは万に一つもないと確信しておったゆえ、あまり気にしておらなんだぞ。どのみち舟の上におれば逃げるのも容易であるからな」
「その場合、俺とカナティエ殿はどうなるんですか」
「考えたくはないが、順当に討ち死にであろう」
さらりと言わないでほしい。まあでもこの時代の戦争ってそういうものだよね。王族も意外と討ち死にするし、あまり文句も言えない。
姫はコホンと咳払いをする。
「さて、今のうちに首実検を済ませておかねばな。我が紋章官よ、この亡骸は敵方の総大将にしてガソー家当主、スティルグに相違ないか?」
「本人がそう名乗っていましたし、甲冑に彫られた紋章も間違いありません。影武者でもない限りは本人です」
影武者は見た目はそっくりだが実力は本物に遠く及ばないし、こんな最前線で総大将のそっくりさんがうろうろしていると混乱を招く。たぶん本人だ。
姫が祈りの仕草をしてからつぶやく。
「ジュナンよ。こやつはおぬしの見立て通りの男であったな」
「ええ。勇猛で戦術眼も確かでしたが、部下の心を掌握できない将でした。兵たちからは慕われているというよりも恐れられている感じでした」
「それを聞いたゆえ、このような策を立てたのだ。敵に包囲された状況で兵の士気が崩壊するのは、将として何よりも恐ろしいからな。私も過去に……ん?」
得意げな顔で論じていた姫が、ふと首を傾げる。
「過去に何かあったはずはないな? 私はこれが初陣だぞ?」
「そうですよ?」
あれ? もしかして姫も前世の記憶とか持ってるタイプ?
俺は少し気になったが、それよりも先に姫がカナティエに声をかける。
「カナよ、大手柄だな! これなら胸を張って士分に推挙できるぞ!」
「ありがたき幸せにございます、姫様!」
カナティエが目を潤ませている。よかったね。
俺はスティルグ将軍の冥福を祈りつつ、ふと思い出した。
「戦場でウィルベルニルを見た将は死ぬ、か……。その通りになりましたね」
「そうだな。こうして伝説が真実になっていくのであろう」
あっけらかんと答えた姫は、前方の暗闇に目を向ける。
「さて、兄上がうまくやってくれているかどうか確かめるとしよう。それに本陣に戻るには、ここを突っ切った方が早いからな。ついて参れ」
止めても無駄なんだろうな。俺は溜息をつく。
「御案内します、姫」
「うむうむ」
「はしゃいで転んだりなさらないように」
「おぬしは私を子供扱いしすぎるぞ」
だって子供じゃん。