軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話

外に出ると遠くから剣戟の音が聞こえてきた。

「敵だ! ユナト軍の大軍勢だ!」

「よせ! 河を渡ってきたのは味方の援軍だ! 同士討ちになってるぞ!」

「伝令です! ガソー家のスティルグ将軍はどこにおられますか!」

「将軍がおられないぞ!」

「まさか将軍がやられた!?」

「おい、将軍がやられたってよ!」

「やっぱりユナトの大軍が来てるんだ!」

伝言ゲームで情報が錯綜している。

だがもちろん、サイダル軍だって馬鹿の集まりではない。

「俺ならここだ! いちいち狼狽えるな! 貴様たち、それでもサイダルの勇士か!」

スティルグ将軍の大喝で一時的に混乱が収束する。ただし将軍の周囲だけだ。

「ええい、ガソー家の兵は俺に続け! 船着き場の安全を確保する!」

一門の騎士や兵士だけを動かすようだ。彼らは国王ではなく主家に忠誠を誓っているから統率しやすい。

だがそうなると、他の兵士たちは勝手なことを始める。ガソー家以外の兵はハンマネル家直属の者が多いはずだが、戦おうとする様子がない。

「ガソーの兵が動いているが、俺たちはどうする?」

「持ち場を守れとのことだ」

「いいのかよ、それで」

「ほっとけ、ほっとけ。王命はガソー家が受けてて、ハンマネル家は与力としての参戦なんだよ」

統率に乱れがあるな。

俺とカナティエは闇に紛れて敵を避けつつ、船着き場に向かう。石積みの岸壁から桟橋が延びている。桟橋には目印となる篝火が焚かれていたが、そのせいで奥の闇がほとんど見えない。

その奥の闇から元気な声が聞こえてきた。

「放てぇえい!」

姫の声だ。まばらに飛んでくる矢は敵兵には当たっていない。姫直属の農民兵たちは槍の訓練しか受けていないので、弓はほぼ素人だ。こんな夜戦で当たる訳がない。

「今だ、上陸せよ!」

バシャバシャと激しい水音。これも舟に乗った兵士たちが音を立てているだけで、実際に上陸している訳ではない。

しかし目を凝らすと、リュジオン河にはかなりの舟が浮かんでいるのがわかる。

それを見たカナティエが目を輝かせる。

「王太子殿下から兵をお借りできたのでしょうか?」

「いや……あれはたぶん、この辺の漁民の舟ですね。兵はほとんど乗っていないでしょう」

姫に従う兵士は十人ほど。仮に兵士を借りられたとしても、せいぜい数十人が限度だろう。どの兵士にも本来の主君がいる以上、そう簡単に貸してもらえるとは思えない。

だがそんな事情はサイダル兵にはわからない。

「やっぱり敵です! 矢を射かけてきました!」

「怯むな、どうせ寡兵だ! それよりもくだらん同士討ちをやめさせろ!」

スティルグ将軍が叫んでいるが、側近が報告する。

「我が軍の中に、味方に偽装した敵兵が紛れ込んでいる模様!」

「本当か?」

姫の兵たちが潜入して暗闇からデマを流しているので、それを信じてしまった者もいるようだ。

しかしスティルグ将軍はというと、やはり疑わしそうな顔をしている。

「兵を偽装させているのなら、やはり攪乱のための小部隊であろう。大軍なら小細工などせぬ」

この指摘は完全に合っているのだが、現場の兵士たちにはわからない。味方の中に敵が紛れているかもと思うと、互いに疑心暗鬼になって連携が取れなくなる。

「将軍、ここは危険です! いったん態勢を立て直しましょう!」

「ええい、情けない声を出すな! 桟橋を我が兵で制圧する! 俺に続け!」

兵法に通じて武勇にも長けているが、やや強引な指揮官。

俺はスティルグ将軍をそのように見ていたので、この動きは予想通りだ。「正解」を選ぶ目は確かだが、それを部下たちに浸透させる口は持っていない。

スティルグ将軍が桟橋の中程に達したとき、俺は告げる。

「カナティエ殿、出番です」

「承知仕りました」

その辺に置いてあった槍を拝借したカナティエが、槍をぶぅんと振りながら応じる。

そして敵の隊列へと一直線に突撃していった。

「うわぁっ!?」

「なっ、何事だ!?」

「敵襲! 敵襲!」

「ぎゃあっ!」

ドボンドボンと派手な水音が聞こえてくる。桟橋から敵兵が落水しているようだ。

あっちはあっちで任せておくとして、俺は声を張り上げる。

「スティルグ将軍が戦死だ! 将軍が討ち死になされた! もうダメだ! 将軍戦死!」

この言葉はあっという間に敵陣を駆け巡った。

「戦死!? ガソー家の当主様が!?」

「嘘だろ!?」

「でも本当だったらまずいぞ!」

「確認してくる!」

「待て、河の方は危険だ!」

例によって情報がだんだん錯綜してくる。

「河の方が危険だってよ! やっぱり敵が攻めてきてるんだ!」

「どうする!?」

「河から離れりゃいいんだろ。だったら城門の方に逃げろ!」

「おいみんな、城門から外に出ろ!」

負け戦では逃げ遅れたヤツから死ぬ。だからベテランの雑兵ほど逃げる判断が早い。声や足音の動きから、敵勢が城門側へと向かっているのがわかる。

本来ならここでスティルグ将軍が睨みを効かせるのだろうが、彼は桟橋に追い詰められている。おそらく自分が戦死したというデマにも気づいていないだろう。

「それにしても、こうもうまくいくとはな……」

スティルグ将軍の人柄を見抜いたのは俺だが、それを利用した作戦を思いついたのは姫自身だ。

ぶっちゃけ俺はそんなにうまくいくはずがないと思っていたし、今もこの光景が信じられない。

だが敵が勝手に敗走しているのは、まぎれもない現実だ。

そして桟橋ではカナティエの大暴れがまだ続いている。

「なんだこいつ、強すぎるぞ!?」

「何をしている! 相手は単騎だぞ! 一斉に掛かれ!」

「しかしこうも狭くては……」

桟橋は武装した兵士が二人並んで立つのがやっとだ。しかも武器を横に薙ぐと隣の味方に当たってしまうので、まっすぐ振り下ろすか突くかの二択になる。

だが達人であるカナティエが相手では、そんな単調な攻撃はまるで通じない。槍を縦横無尽に振り回し、片っ端から河に叩き落とす。

「お、おい誰か助けてくれ!」

「ぐえっ!?」

みるみるうちに敵兵が減っていく。俺が出る幕はなさそうだが、それにしてもメチャクチャ強いな。三国志の呂布もこんな感じだったのかもしれない。

敵兵があらかたいなくなったところで、俺はそそくさと桟橋に乗り込む。紋章官は攻撃されないルールとはいえ、こんな状況ではルールが守られる保証はない。カナティエの近くにいた方が安全だ。

せっかくなので時間稼ぎもしておこう。俺はスティルグ将軍に声をかける。

「だから言ったのだ。『背水の陣』の意味がわかっているのかと」

「貴様っ!?」

スティルグ将軍は俺を睨みつけたが、目の前にカナティエがいるので睨むだけだ。睨まれるだけで十分怖いんだけど、こいつに考える時間を与えさせない方がいいよな。

「『背水の陣』では、敵は前からやってくると決まっている。だがもし背後から敵が攻めてきたら、兵は躊躇せず前に逃げるだろう。前には川がないからな」

こっちからは敵が来ないだろうという安心感が崩れると、兵の士気はガタガタになる。特にこんな敵地では顕著だ。

あちこちで剣戟の音が鳴り響いているが、ほぼ全てがサイダル軍による同士討ちだ。

すると船上から姫の声がした。

「はっはっは、無様だな!」

「何者だ!」

暗闇に叫んだスティルグ将軍。

それと同時に、夜の大河にポッと火が灯る。姫の姿が浮かび上がった。

「貴様ごときに名乗る道理もあるまいが、特別に教えてやろう! 我こそはオルバ・シュテンファーレンが第二子、フィオレである!」

「フィオレ……いや本当に誰だ!?」

ずっこける姫。

「ユナトの王女だ! 愚か者め!」

しょうがないですよ、姫。この世界の武将の認識だと、女子の扱いってそんなものです。

ぷんすかお怒りの姫は腰に手を当てて叫ぶ。

「貴様のような凡将には降伏すら認めてやらぬ! そこで討ち死にせよ!」

「はん、何を申すかと思えば……」

桟橋の上でスティルグ将軍が嘲笑う。

ちょうどそのとき、最後の兵士が桟橋からドボーンと落水した。

カナティエは槍をヒュッと振り、這い上がろうとしていた別の兵士を突き刺す。戦場だからやることに一切の躊躇がない。

姫がビシッとカナティエを指差した。

「ガソーの当主よ、貴様に一騎討ちにて果てる名誉は残しておいてやる! その者が相手だ!」

「知ったことか! 勝手に一騎討ちでも何でもするがよいわ!」

スティルグ将軍は剣を構え、カナティエに突進していく。倒せなくても横をすり抜ければ味方と合流できる。

だが彼は剣と槍の格差を甘く見ていた。

「むっ!?」

スティルグ将軍が剣の間合いに踏み込むよりも早く、カナティエの槍が繰り出される。

とっさに剣で受け流すが、完全には払いきれずに穂先が鎧をかすめた。鎧がなければ手傷を負っていただろう。

「ふん、なかなかやりおるわ。確か貴様は、あの生意気な紋章官の護衛だったな。面白い。名を名乗れ」

するとカナティエは槍を構えたまま答える。

「フィオレ王女付女官、カナティエ・シドールにございます」

「おっ、女の声だと!?」

びっくりしているスティルグ将軍。兜のバイザーを下ろしたままだと顔がわからないもんな。鎧のせいで体型もわからないし。

だがカナティエの実力はさっき見た通りだ。

慌てたスティルグ将軍が姫に向かって叫ぶ。

「貴様ぁっ! この俺を、名門ガソーの当主たる俺を、女ごときと一騎討ちをさせるつもりか!」

すると姫が楽しげに叫び返す。

「その女ごときに討たれて死ぬとは屈辱だな! 冥府で父祖たちに自慢するがよいぞ!」

「くそおっ! おい貴様、槍を捨てろ! 武器を等しくするのが作法であろうが!」

「なんだ、槍相手では女にも勝てぬのか?」

めっちゃ煽ってくる姫。

俺は心配になって叫ぶ。

「姫、戦うのはカナティエ殿です! あまり余計なことを仰らないように! スティルグ将軍は融通のきかない単純な男ですが、決して無能ではありませんよ!」

その途端、スティルグ将軍が桟橋の床板を踏みならして吠えた。

「貴様も後で殺す!」

なんで俺まで恨まれてるんだ……。