軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16:取引成立

少年は無関心を装いながらも、視線は干し肉に向いている。

私には分かる。あれは食欲を刺激された思春期男子の目だ。

前世の息子がよくあんな顔をしていた。女子だけど娘も割とああいう感じだったっけ。

よし。一押ししてやろう。

「美味しいウサギの肉ですよ。私の家まで行けば、まだ在庫があります。どうですか? お肉と野菜を交換するのは」

「……む」

少年は明らかに心が揺れている様子だ。

「ウサギ以外には、山鳥や小鳥がありますね。ご希望のお肉と交換しますよ」

イノシシもあれば良かったのだが、北へ旅立つ前に保管しておいた肉は道中で全て食べてしまった。

あれ以来大物には出会っていない。

「…………」

少年は手を握ったり開いたりしている。

得体のしれない子供(私)を信用できないのと、お肉が食べたい気持ちがせめぎ合っているのだろう。

ここはさらなる一押しが必要だ。

「お近づきのしるしに、このお肉は差し上げましょう。どうぞ」

「え、いや」

彼の手にちょっと強引に肉を押し付けた。

毒入りじゃないと示してみせるため、蔓草の袋に入っていた肉をもうひとかけら取り出して、口に放り込む。

もっちゃもっちゃと噛んでみせれば、少年も意を決したように干し肉を口に運んだ。

「……味が薄い」

で、まさかの文句である。

「塩を振っていないのか。ほとんど味がしないんだが」

「塩、手持ちになかったので……」

答えると、少年はぎゅっと眉を寄せた。

「……本当にお前が狩ったのか。町で買った干し肉ではなく」

「そうだとさっきから言ってるでしょ」

「…………」

彼は無言でもぐもぐと咀嚼した。

何事か考える目つきだったが、ひたすら干し肉をもぐもぐしているのであまり緊張感のある絵面になっていない。

「……分かった」

ごくんと肉を飲み下して、彼は言った。

「お前が狩った肉だと信じよう。町で購入したのであれば、こんな薄味のはずがないからな。では、どうやって狩ったんだ。まさか魔法使いか?」

「あー、えーっと。まあそんなようなものです」

「薄汚れたガキが貴族には見えないが」

薄汚れたとは失礼な。

これでも目一杯頑張って、数日に一度は水浴びをしているというのに。この寒い中、霊珠の力を駆使してまで!

しかし私は微笑んでみせた。ここで喧嘩を売り買いしても仕方がない。

「実は私、家出中で迷子なんですよ」

私はわざとらしくコソコソとした声で言ってみる。

「実家が期待していた属性にならなかったので、ほとんど追い出されるようにして家出したんです。それで絶賛迷子中」

少年は答えず、考えあぐねるような目で私を見た。

手に持った木の棒を右手、左手ともてあそぶように持ち替えている。

棒はよく見ると野球バットのような単純な造りではなく、彫刻が施されていたり金属が埋め込まれたりする複雑な見た目だった。

先ほど覗き見した小屋の内部に散らばっていた、何かの設計図のようなデザインに似ている。

「……まあ、とりあえずは信じてやろう」

しばらくの間を開けて、少年が言った。

「魔法使いであれば、ウサギや鳥を狩ることもできるだろうからな。取引成立だ」

「え、ということは!?」

「肉を持ってこい。野菜と交換してやる。まとまった量があるなら、塩を出してもいい」

「やった!」

私は思わず小躍りした。

ついに私も人間的な食生活に復帰である。

「ありがとう、お兄さん! 私はプリムローズ。あなたは?」

「シルヴァだ」

シルヴァが肩をすくめる。

「待っていてくださいね、今持ってきますから。往復で二時間ちょっとくらいです!」

「あ、おい……」

私はウキウキした気分で走り始めた。『速』の霊珠を使いたいくらいだったが、そこは我慢しておく。

シルヴァは悪い人ではなさそうだけど、霊珠と漢字の力がどれだけ異端なのか不明だし、どう思われるのか自信がない。

今はとりあえずその件は伏せて、お肉と野菜の 取引(ディール) といこうではないか。

シルヴァは塩を付けると言ってくれたので、お肉はケチらないことにした。

これから冬に備える必要はあるが、塩と野菜はとても魅力的だ。

また彼と協力体制が敷ければ、森で一人きりで生きるよりも生存確率が大幅に上がる。

ここはしっかり提供できるものを出して、信頼を得ておこう。

そんなわけで、在庫の干し肉の半分以上を持っていくことにした。

こうなると蔓草の巾着袋では持てない。

久々にスカートをたくしあげ、布地の部分に干し肉を山盛りにして運んだ。

一部の肉はまだ乾燥しきっていなかったが、料理して食べるなら好都合かもしれない。

葉っぱにくるんで持っていく。

森に入ったばかりの頃に比べれば、体幹も鍛えられている。

荷物を持ってもさして歩きにくいと感じることもなく、二時間半ほどの道のりを行き来した。

山盛りの干し肉を持ってきた私を見て、シルヴァはぎょっとしていた。

「すごい数だな」

「冬支度には、いくらあっても困らないと思って」

シルヴァが大きめの鍋を用意していたので、どさりとそこに肉を入れる。

「この量だったら、野菜とお塩をどのくらいもらえます?」

「むしろもらいすぎだろ。塩はとりあえずこの小袋に一つ、野菜は好きなだけ持っていくといい」

そう言って、小さい袋に入った塩をくれた。

「え? いいの?」

私は思わず目を輝かせた。

野菜はざっと見ただけでもニンジンと大根、カボチャ、玉ねぎもある。

しかも塩がある! 森に入って以来の塩だ!

これだけあれば、どんな料理にしようか迷ってしまうくらいだ。

私の頭に懐かしい日本の家庭料理がいくつも浮かんだ。

ここは一つ、前世ぶりに料理の腕を披露してみようか。

「ねえ、シルヴァ。せっかくだから晩御飯、一緒に食べない?」

「はあ?」

私が言うと、彼は面倒そうな顔をした。どこまでも愛想のない奴である。

時刻は午後で、まだ夕暮れには早い。

けれどこの世界では料理は時間がかかる。かまど一つ取ってみても、火起こしからしなければならない。前世のようにスイッチひとつで火が点くわけではないのだ。

ファンタジーの物語によっては便利な魔道具があるお話もあるが(前世の娘に借りた小説ではそうだった)、この世界にそういうのはない。火はかまどで薪をくべて起こさなければならない。

「私、料理はちょっと自信がありますよ。食材がこれだけあるから、二人前作っちゃった方が早いでしょ」

「いらん。お前みたいな得体の知れない奴と食事したくない」

「得体が知れないのはお互い様ですよぉ。得体の知れない女の子、プリムローズ。得体の知れない男の子はシルヴァ。ほら、お似合い」

「お前な……」

シルヴァははあっとため息をついた。

何だかこの態度は前世の息子に似ている。やはり思春期の男子には共通点が多いのかも?

「図々しいし、ウザい。取引は終わった。帰れ」

「あ、それ、よく言われました」

前世でね。

特に息子にはよく言われたものだ。ウザい! もういい! って。

だからその程度の悪口を言われても、何とも思わない。むしろちょっと懐かしいくらいだ。

しれっと返すと、シルヴァはまたしてもため息を吐き出した。

強引に追い返される雰囲気ではなかったので、私は料理のメニューを考え始めた。

さぁて、何を作ろうか。