作品タイトル不明
第68話 魔性の君なのね
「マルトレディル君!」
一通りの日課の訓練を終えて宿舎に戻ってきたところで、声をかけられました。
確か団長の部隊の女性騎士の方でしたね。
「何か用でしょうか?」
「ねぇねぇ。さっきの人って誰?」
ん? さっきの人って誰のことを指しているのか私が聞きたいです。
私が意味がわからないと首を傾げていると、両腕をがしりと掴まれました。
「見たことない人とちゅーしていたよね」
「は?」
「団長とその人どっちが本命?」
「は?」
何がちゅーなのですか? 本命?
「金髪のおじさまとさっき一緒にいたよね!」
「あ、グレンバーレル?」
確かに一緒にいましたが、何がちゅーですか? ……あ、こそこそと耳打ちをされたときのことですか!
「グレンバーレルって魔導師団長様! あんなにカッコいいおじさまだったの!」
まぁ、見た目だけはいいけど、中身は最悪ですよ。話がさっぱりもって通じないところがありますからね。
「知らなかった! それでどっちが本命?」
「あの? 仕事の話をしていただけですが?」
「それで魔導師団長様からちゅーを! マルトレディル君は魔性の君なのね!」
そう言って去っていく女性騎士のかた。
何を言われたのか、理解するのに数秒かかってしまいました。
「は? ……ちょっと待ってください! 勘違いが入っています」
と叫んだときには、誰もいませんでした。
グレンバーレル! あの時にスパイがいたことを話していれば、こんな勘違いされることはなかったのです!
私はため息を吐きながら、食堂に向かいました。
食堂が開いている時間が決まっているので、こんなことで時間を取られていると、閉まってしまいます。
食堂の中に入ると、人は殆どいません。
今日のメニューは何でしょうかね?
空いているテーブルの席につくと、メイド服を着た人がやってきました。
「今日は何のメニューですか?」
私はメイド服を着た者に尋ねます。
ええ、黒髪に赤目の不服そうなメイドにです。
「そう言えば、メイド期間が団長命令で更に長引いたそうですね」
私はニコリと笑みを浮かべます。
勝手な行動をして一週間の再教育を命じられたにも関わらず、それが嫌で行わなかったために、更に一週間長引いたそうです。
そう再教育というなの、メイド修行です。
ギリっと歯ぎしりをしてくるデュークアルベルト・ファングラン。
はい、この女装をさせられ、給仕をさせられているのは見習い騎士のデュークアルベルトです。
恐らく屈辱的だと思っているのでしょうね。
でも従騎士は騎士の身の回りの世話を行わなければなりません。服装はアレですが、これは見習い騎士として必要なことなのです。
「そういう態度は駄目ですよ。それで今日のオススメメニューはまだ残っていますか?」
「ちっ!」
舌打ちをして去っていく黒髪のメイド。
はぁ、従騎士となればできると思っているのでしょうが、今できなければ、従騎士としての務めはできませんよ。
殺気立っている背中を見ながら、先程の言葉を考えてみます。
私、どこから見られていたのでしょう?
今回は周り人の気配はありませんでした。
それに魔導師団のほうにいたので、いくら隣の敷地でも顔までは確認できないはずです。
どう考えてもグレンバーレルの顔を見たような言い方でした。
考えられるのは強化魔法ですか。
視覚を強化した鷹の目です。
極めれば、遠くの山の木の枝に実っている果実を捉えられるとも聞いたことがあります。
それであれば、容姿も見ることができるかと……。
変な噂を流されなければいいのですけどね。魔性の君ってなんですか?
「貴方はどんな手を使って、伯父上に取り入ったのです」
思考中にそんな言葉が聞こえたと思えば、ドンとトレーを目の前に置かれました。
あのスープがトレーの上に飛び散ったのですけど?
それから、団長に取り入ったわけではありませんよ。
「貴方のような田舎の伯爵家の者がです」
「団長は実力主義です。それだけのことですよ」
そう言って夕食を食べ始めます。
レクスが女性騎士を起用している話を聞いていました。なので、本当のことなのでしょう。
力が劣ると言っても、個々の能力はそれぞれです。
もし先程声をかけてきた女性騎士が視覚強化型であるなら、それは凄いと思います。私はできませんからね。
「見習い騎士ファングラン殿は、弱いので仕方がありませんね」
私は挑発するようにニコリと笑みを浮かべます。
すると、私の夕食が上に吹っ飛んでいきました。正確にはテーブルが宙を舞ったのです。
デュークアルベルトが足を振り上げている姿が目の前にありました。ロングスカートがめくれちゃっていますよ。
私は手を伸ばして落ちてきたトレーを手にとり、その上に食器を受け止めていきます。
「食べ物を粗末にしてはいけませんよ」
戦場では満足に食べることも難しかったのです。食べ物を粗末にする者は嫌いです。
「あと給仕をする者としても問題行動です」
メイド失格です。
足を引っ掛けて、床に跪かせます。
「うっ」
「メイドさん。お行儀が悪いですよ。スカートがめくれてしまっています」
私の手はトレーを持って塞がれていますので、足蹴にしてしまったことは仕方がないことですよね。
「まぁ、これが見習いと従騎士の差ですね」
そう言ってトレーを持って別の席に移動したのでした。なにかと絡んでくる公爵家の坊っちゃんは鬱陶しいですわね。