軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.悪役姫は、ダメ出しされる。

準備完了ね、と満足そうに笑うアリアの事をマリーは非常に不服そうな顔で眺めていた。

「姫様。ほんっと〜に、その格好で行かれるおつもりですか?」

「ええ、当たり前じゃない。狩猟にドレスなんて着ていけるものですか」

さも当然のように言い放ったアリアは女性用の狩猟服を着て、結い上げたシャンパンゴールドの髪が邪魔にならないように帽子を被り、狩猟用の銃を担いだ。

「うーん、でも流石に昨日脱臼した肩でこの銃はマズイかしら? 数こなすなら小回りも利いた方がいいわよね」

そう言ってアリアは大きめのハンティングナイフを腰に、少し小さめのナイフを複数足にセットする。

衣装は新調したがアリアが持つ道具は全て使い込まれ、丁寧に整備されたアリアの私物。今後の社会勉強のために参加します、と言ったレベルではないのは、見る人が見ればすぐ分かるだろう。

「さーて、優勝目指して頑張るぞー。おー」

軽口を叩きながら片手を掲げてそう言ったアリアを見て、

『ああ、この人マジで狩りに出る気だ』

とマリーはため息を漏らす。

「もう! マリーは止めましたよ!! 本当にどうなっても知りませんからね!!」

止めても無駄と悟った頼れる有能な侍女マリーはもう勝手にしてくれとばかりに匙を投げた。

*****

夜会の途中から痛みと熱で意識が朦朧としていたアリアは、驚くほどスッキリした気持ちで朝を迎えた。ただし視界に入った天井にはまるで見覚えがない。

きょとんと淡いピンク色の瞳に疑問符を浮かべながら、ゆっくり体を起こし辺りを伺う。

やはりそこは離宮の自分の部屋ではなく、見慣れないが既視感があるココにそもそもどうやって来たのかすら思い出せない。

さて、とりあえずマリーと連絡を取らなくてはとアリアが思ったところで、部屋の中にあるドアが静かに開き、そこからロイが姿を現した。

「おはようございます、姫。よくお眠りになられたようで」

「……殿下?」

なぜ、ここにロイがと訝しむように眉を寄せたアリアに苦笑しながらロイが側に寄って来た。

「その様子だと、昨日の事は何も覚えていませんか?」

「お恥ずかしながら」

夜会は乗り切ったはずだが、その後の記憶がないとアリアは正直に告げる。

「あの後姫は高熱で倒れられまして、一番近くすぐ使える俺の部屋に運んだといった次第です」

その言葉にアリアは驚きで目を瞬かせる。

「……殿下の、私室……ですか」

1回目の人生でアリアがロイの私室に足を踏み入れた事はなく、2回目の人生で読んだ小説にもロイの部屋の詳細など書かれていなかった。微かに記憶にある部屋の描写はコミカライズでロイとヒナがイチャついていたシーンなので、正直2人のやりとりにキュンキュンしていただけで、部屋の様子なんて詳しく覚えていない。

「姫がダイヤモンド宮も夫婦の部屋も嫌だとおっしゃるので、ここしかなくて。ああ、ご安心ください。俺は妻の来ない夫婦用の寝室のベッドを広々と使いましたから」

やらかした、と血の気が引くアリアを見ながらロイはキラキラとした笑顔で爽やかにそう言った。

そんなロイをマジマジと見ながら、アリアは記憶の中にあるロイとの相違にたじろぐ。

あからさまに嘘くさい笑顔に嫌味を織り交ぜた言葉をさも楽しそうに口にする。

(おかしい、だってこんなロイ様見た事ない)

リベール帝国皇太子ロイ・ハートネットとは、はたしてこんなキャラクターだっただろうかとアリアは混乱せずにはいられない。

小説の中の彼はいつだって紳士的で正義感に溢れている王道の皇子様で、1回目の生でアリアを断罪した時ですらこんな風になんらかの実態を伴った感情を向けられた事はなかったのに。

(まるで、獲物を追い詰めて狩るのを楽しむかのような目。私、こんなロイ様知らない)

背中に冷や汗が流れ、絶対的強者と対峙した時のように固まってしまったアリアを見ながら、クスッと優しげな笑みを浮かべたロイは、

「意地悪が過ぎましたね。熱は下がりましたか、姫?」

いつもの口調に戻してそう尋ね、アリアの額に手を当てた。

その手をパシッと小さく払ったアリアは、意識的ににこやかな笑顔を作って、

「ご心配にはおよびません。全快です」

と全力でロイを拒否した。

「お見苦しい所をお見せいたしました。今すぐマリーを呼び離宮に下がりますので」

このままここにいてはマズイとアリアの本能が警鐘を鳴らす。急いでベッドから起き上がろうとしたアリアの両腕を取ってロイは押し倒すような形でベッドに縫い留め、

「そう焦らずとも、いいでしょう。俺たちは夫婦なのだから。どうです? この後一緒に朝食でも」

とにこやかな笑顔でそう言った。すぐそばにロイの顔があり、さらりと落ちてきたブルーグレイのロイの髪が顔に触れそうだ。

何を考えているのかが全く読み取れない琥珀色の瞳がアリアの淡いピンク色の瞳を射抜く。

もし、押し倒している相手がロイでなかったなら、アリアは容赦なく相手を蹴り飛ばし形勢を逆転させただろう。

だが、相手は自分の好きな人で、前世の推しで、憧れの皇子様だ。こんな近距離で見つめられ、恋愛方面に免疫のないアリアが動揺しないわけがなかった。

「で、で、殿下っ! こ、これはそのっ、朝食に誘う体勢じゃないっていうか、そのっ、えっと、だから……」

想定外の事に悪役姫らしいセリフなど浮かんでくるはずもなく、真っ赤になりながらしどろもどろに言葉を並べ拒否しようとするも上手くできず、アリアは琥珀色の瞳から逃れる方法が分からない。

「そうですね、でも俺達は夫婦ですし、朝起きれば口付けくらい交わすでしょう?」

いや。

いやいやいやいやいやいや。

ヒナとはそうかもしれないが、自分とは1回目の人生だってそんなことはしていなかった。そもそも閨事が済めば寝ている間に居なくなるロイと朝まで一緒にいた事がなかったし、とぐるぐる目を回しながら低下する思考の中でアリアはそんな事を考える。

第一なんでロイがそんなに"夫婦"を連呼するのかが分からない。離縁したいのだと確かに伝えたはずだし、結婚してから昨日に至るまで嫌われるような行動を取り続けていたはずなのに。

アリアの両手を縫い留めていない方の手でアリアの頬をそっと撫で、ロイの顔が近づいてくる。

吐息のかかる距離に耐えきれずアリアは顔を赤くしたまませめてもの抵抗でぎゅっと目を閉じた。

だが、そこから先何も起きずアリアはそっと目を開ける。

「姫、悪女になりたいのなら、そこで目を閉じたらダメだろう。何をされても文句言えないぞ」

少し呆れたような口調でロイはそう言いながらアリアを解放した。