作品タイトル不明
4. 領地改革
(私一人じゃ手が回らないわね……。領民たちに手伝ってもらわなくちゃ)
ローゼン男爵領内には、採取した薬草の加工をする、専用の作業小屋がある。領民たちに協力を仰ぐため、私はそこに赴いた。
「あっ、リエラお嬢様……! おはようございます!」
「エマ! おはよう」
学校が休みのその日。作業小屋には友人のエマがいた。籠に入った大量の薬草を持っている。彼女も休みの日は、両親の仕事を手伝っているのだ。
エマの父であるフリッツおじさんと、その妻のベラおばさん。二人はもう二十年以上この仕事をしてくれている熟練で、フリッツおじさんは作業全体の責任者だ。二十代半ばくらいの、エマの兄ヨハンも、ここ数年は作業に加わっている。
私はフリッツおじさんとベラおばさんに声をかけた。彼らなら、私の伝える細やかな作業工程を再現してくれると思えたのだ。
二人に自分の研究結果を説明し、栽培方法や加工の仕方を見直したいのだと告げる。ヨハンとエマも、そばで真剣に耳を傾けていた。
「学校で薬師の先生に習っている内容を自分なりに応用して、何度も試した結果がこれなの。これまでよりも少し面倒な工程にはなるけれど、成果は大きいと思うわ。ローゼン男爵領全体の利益が上がれば、領民たちの生活もきっと見違えるはずよ。協力してくれる?」
研究を重ねながらこれまで書き留めてきた成果をまとめた資料を見せると、彼らは目を丸くした。
「なるほど……。たしかにこれまでよりはかなり精密な工程で、手間がかかりそうですが……」
フリッツおじさんが眉間に皺を寄せ、真剣な眼差しで資料を見る。すると、その隣のベラおばさんが目を輝かせた。
「お嬢様のおっしゃっていることは、もっともです。加工品の量が多少減ったとしても、こんなに上質なものが本当に作れるんだったら、それに越したことはありませんよ! やってみようよ、あんた」
「ああ、そうだな。お嬢様の考案したやり方で、少し作ってみるか」
「あ、ありがとう二人とも……!」
前向きな彼らの言葉に嬉しくなっていると、ヨハンの顔が少し曇った。
「ですが、領主様は何とおっしゃいますかね……。あのお方は工程に時間をかけることを好まれません。とにかく早く摘んで薬を量産しろと、いつも我々を急かしておいでなので……」
彼の言葉に、他の三人の表情も曇る。父の顔色が気になる彼らの気持ちは、よく分かる。両親も妹も、領民たちに対する態度は常に傲慢だった。もちろん、屋敷の使用人たちにもそうだ。あの人たちが全員王都に行ってからというもの、皆笑顔が増えたし、溌溂と働いている。そして彼らが屋敷に戻ってきている期間は、打って変わって暗い顔で、静かに過ごしているのだ。目立った行動をとり怒鳴られることを避けているのだろう。
「心配しないで。まずは少量を実験的に調整してみて、成果が大きく出るのを確認したら、本格的にやり方を変えていきましょう。その時には、全て私が主導したことだと父にきちんと説明するわ。利益が大きくなることが分かれば、きっと納得するはずよ」
私がそう力説すると、フリッツ一家は覚悟を決めたように頷いてくれた。
まずは領内で最も多く採れる、扱い慣れた薬草を選んで始めた。
私が決めた採取時間を厳守し、傷んだものは丁寧に取り除いた。乾燥棚に並べる際にはしっかりと間隔を空け、湿気がこもらないよう注意し、風の通り道を作った。
一つ一つの工程の合間に、細かな確認をすることも怠らなかった。手触りを確かめ、匂いを嗅ぎ、刻み方を見極め、じっくりと煮出す。これまでの研究から導き出したやり方で、私は慎重に新しい薬を作り、フリッツ一家にもそのやり方を伝授した。
数日後、最初の薬が出来上がった。
それを、軽い怪我を負っていた作業員の一人に使ってみる。
いつもなら塞がるまでに何日もかかると言っていたその傷は、翌日にはすでにほとんど塞がっていたのだ。
「おお……!」
「全然効きが違うじゃないか……!」
怪我をしていた本人も、ガーゼを外した傷口を、私と一緒に覗き込んでいた他の作業員たちも、皆目を丸くして喜んだ。
私やフリッツ夫妻の指示で、新しい作業工程を他の作業員たちにも少しずつ教え、皆の協力を得て新薬作りを始めた。少量生産が安定した頃、私は王都の父に手紙を書き、領内の薬の生産工程を本格的に変えてみたいと提案した。もちろん、今回のやり方や表れた成果もまとめ、手紙に添えた。
けれど、数週間後ようやく父から帰ってきた返事には、『これまで通りで十分。余計な真似はするな』とだけ記してあった。
(……領地の仕事を手伝わせるために、私を平民学校に入れて知識をつけさせたんじゃないの? なぜそれを、領地のために活用させてくれないのかしら)
面倒がって、考えることを放棄しているとしか思えない。領主なのだから、もっと真剣に検討してもらえないものだろうか。領民の暮らしが潤っているならまだしも、皆決して楽な生活をしているわけではないのに。
腹を立てながらも、私は再度筆をとり、父を刺激しないよう根気強く説得した。
工程の変更によって生まれる利点を一つずつ丁寧に書き出し、それによって薬の効能が安定すること、特産品の評判が上がること、質が変わることによって単価を上げられる可能性があること。
何度もそれらを説き、失敗した場合は私が責任をとるとまで書いた。
何度目かの手紙を送った後、ようやく父が折れた。『失敗に終わった場合は、以後一切の口出しを禁ずる。学校も退学させる。また、お前にとってどんな悪条件の縁談であっても、私が指示した時には黙って了承し嫁ぐこと』。そんな内容が記してあったけれど、私は意に介することなく、すぐさま作業現場へと駆け付けた。そして協力してくれる作業員たちとともに、私のやり方での薬の生産にとりかかったのだった。
数ヶ月後。出来上がった数種類の新しい薬は、領内での需要が格段に増えていた。
怪我や病気の時に使った者たちが、その効き目を口々に語り、皆が以前より多く求めてくれるようになったのだ。
さらに、近隣の領地の治療院や、薬師たちからの注文が入るようになった。
「ローゼン男爵領で開発された薬は効き目が良く、以前より長期の保存がきくようになった」との評判は、瞬く間に広まった。
やがては周辺領地の下位貴族たちからも声がかかりはじめ、まとまった量の注文が入るようになったのだ。
ローゼン男爵領の利益は、たちまち伸びていった。
屋敷で帳簿を見ている私に、家令のオットーが紅茶を出しながら、声をかけてくれる。
「素晴らしい成果です。ようございましたね、リエラお嬢様」
「ええ。あなたたちの協力のおかげよ、オットー。たくさん助けてくれて本当にありがとう」
私はそう心からのお礼を伝えた。
「私ね、この薬の生産がちゃんと軌道に乗ったら、他にも試してみたいと思っていたことが、いくつかあるの」
「ほお。それは、さらなる新薬についてのお話でございますか?」
怪訝そうにこちらを見つめるオットーを見上げ、頷く。
「ええ、まぁ、そうね。薬の研究を続けながら、いろいろなことを思いついていたのよ。でも一度にいくつも取りかかる余裕はないから、様子を見ているの。いずれ父とゆっくり話す機会があったら、相談してみようと思うわ」
王都の父には、定期的に成果の報告をしていた。けれど、向こうから何かしらの連絡が来ることはなかった。もちろん、労いの手紙なども一切ない。
オットーの話では、売上はいくらになっているのか、薬の在庫は十分にあるのかなどは尋ねてきているらしい。
父にとって重要なのは、新しい薬がどう作られているのか、私や作業員たちがどんな働きをしているのかではなく、いくらの儲けが出ているのかということだけのようだった。
こうして領地改革を続けながら平民学校に通い続け、十七歳になった頃、私はついに卒業した。
長年誰よりもお世話になっていたテオ先生が、私の卒業を祝ってくださった。
「おめでとう、リエラさん。あなたはこの六年間、本当によく頑張った。まさかこの若さで、領地経営の新たな基盤となるほどの素晴らしい薬を作り出すとは……」
「テオ先生のおかげです! たくさんのことを親身に教えてくださり、本当にありがとうございました。……お会いできなくなることが、寂しいです」
ついそう本音を漏らすと、先生はいつもの陽だまりのような笑顔を見せた。
「何を言うんですか。あなたは私の大切な教え子ですよ。そして、私は今後もまだこの学校にいます。何か困ったことがあれば、いつでも相談に来てください」
「あ……、ありがとうございます、先生……!」
心強い言葉に胸がいっぱいになり、私は満面の笑みでそうお礼を伝えた。
テオ先生は優しく頷いてくださった。
「私もこのままリエラさんに会えなくなると、寂しいですから」
卒業から数日後、父が領地に戻ってきた。一人とは珍しいな、と思った。これまで年に二度ほど帰宅する時は、大抵家族全員が揃っていたから。しかも今は別に、マチルダの長期休暇のタイミングでもない。
不思議に思っていると、帰宅したその日に父から「話がある」と呼び出された。
居間に顔を出した私に、父は淡々と告げる。
「リエラ、お前の婚約が決まった。お相手は、フェルナー伯爵家の嫡男だ」