軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

80 目潰し

「おい、捕まえてくれっ!ひったくりだっ!!!」

(ひったくり!?)

突然、街のざわめきを切り裂くように大きな叫び声が響いた。

我に返って声がする方を振り向けば、無精ひげを生やした大男が鞄を抱えて、私に向かって突進してきていた。

すぐに避ければいいものを、ぼんやりしていたせいで、思うように足が動かない。

男の汚らしいシャツと汗じみた匂いが嫌で、一瞬目を瞑ってしまったからかもしれない。

咄嗟に動けない私をダニエル様が庇うように背に隠し、大男がきた瞬間、顔面を蹴り上げた。

「・・・・・・・!!!」

男の顔から、小さくパキリと骨の折れた嫌な音がしたが、男は頑丈なのだろう。

鼻を押さえてよろめき、呻きながらも、ダニエル様に向かってきた。

「この野郎!何しやがんだ!!!」

鼻血を出し、口汚くダニエル様を罵りながら向かってくるその男の腹を、ダニエル様が回し蹴りをして地面に沈める。

いや、男の押さえた箇所から察するに、蹴った場所は腹ではなく、胸だったのかもしれない。

「誰か、誰か来てください!泥棒を捕まえました!!早く!!!」

何があったのかとざわめく周囲に、とりあえず大声で叫んでおく。

こうしておけば、被害者と見回りの騎士が来てくれるだろう。

案の定、「早く騎士を呼べ」「探してくる」と周りの人たちが口々に言い、騎士を探しに行ってくれたようだ。

「ダニエル様、大丈夫ですか?」

「ええ、問題ないですよ。アンナ様にお怪我はありませんか?」

「はい。ダニエル様が庇ってくださったおかげで、大丈夫です」

ダニエル様に駆け寄れば、ダニエル様は涼しい顔で私を振り返った。

騎士団にいたというのは、伊達ではないらしい。

ダニエル様は、相当強いのだろう。息一つ乱していない。

(・・・でも、見かけは物語に出てくる王子様みたいに優しげな顔なのに、やることはえげつないのね)

男は痛みのためか、ハッハッと苦しそうに喘ぎながら、まだ蹲っている。

助けてもらって言うのもなんだが、虫も殺さないような顔のダニエル様が、容赦なく男を蹴り倒したことに驚く。

ほんの少し、男に同情してしまった。

だが、ダニエル様が助けてくれなければ、私がそうなっていた可能性もあるのだ。

すぐにダニエル様に向き直り、謝罪とお礼を伝える。

「私がぼんやりしていたせいで、ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。助けていただき、ありがとうございました」

「いえ、お安いご用ですよ。最近治安が良くないんですよ。アンナ様も、夜は特に気をつけないといけませんよ」

「はい、わかりました。これからは気をつけます」

「すぐに警備中の騎士が来てくれるでしょう。騎士が来て、このひったくり犯を引き渡したら、アンナ様を宿屋まで送りますね」

「あ、ありが・・・」

お礼を言おうとした時、ダニエル様の後ろに転がっていた男が起き出した気配がして目を向ければ、男は手にナイフを持って、立ち上がろうとしていた。

「ダニエル様っ、危ないっ!!!」

思いっきり力を入れてダニエル様を突き飛ばし、男のすぐ前に躍り出る。

男は興奮しているのか、それとも鼻が折れて息ができないのか、口から荒い息を吐いている。

ダニエル様に痛めつけられた怒りのためか、目が血走っていた。

(ええい!ままよ!!)

風向きまで考えている時間はなかった。

ポケットから持ち歩いていた袋を出して、男の顔に思いっきりぶちまける。

オリバー特製の目潰しだ。

絶対に効くはずだと信じて、自分も目を覆って、被害を防ぐ。

「・・・・・・うわっ!!目が、目が、目がぁぁ!!!」

その途端、男が手で目を押さえながら、地面を転がりまわる。

どうやら上手く男の目に入ったらしい。

男性に比べて力の劣る私は、危険を感じたら、相手のことは気にせずに急所を攻撃しろとスタンリー先生に教わった。

目は、人間の急所の一つだ。

これで男は、しばらくは立ち上がれまい。

「・・・・・・アンナ様、今、何をしました?」

ダニエル様を助けた高揚感でいっぱいになっていると、ダニエル様が、男が目を押さえて呻く様を、呆然と眺めながら聞いてきた。

「あ、ああ、目潰しを。護身用に持ってきたんです。オリバーが考えた唐辛子入りの粉ですが、随分効いたようですね」

灰と塩も混ぜて作った目潰しは、思ったよりも効果抜群だった。

オリバーからの手紙に、目潰しを作って王都に持って行くようにと書いてあったのだ。

王都の治安を不安に思って、私の身の安全を案じてくれたのだろう。

先に必要な物を見越して教えてくれるとは、さすが頼りになる弟だ。

だが、暴漢を撃退したというのに、ダニエル様は怒りを含んだ顔で、私の両肩を掴んでくる。

いつも柔らかい笑みを浮かべているダニエル様なのに、珍しいことに真顔だ。

「そういうことを言ってるのではありません。何故、私を押し退けて、男の目の前に立ったんです?」

「え?だって、ダニエル様が危ないと思ったので」

あの時、ダニエル様は暴漢に背を向けていた。

私の方が早く暴漢を倒せると思って動いただけなのに、どうしてダニエル様が怒っているのかが、よくわからない。

正直に返答したものの、ダニエル様にますます強く肩を掴まれて、かなり痛い。

よほど怒っているのか、ダニエル様の手が小刻みに震えている。

「よく考えてみてください。貴女のような、か弱い女性が、暴漢に立ち向かったら危ないでしょう?」

「危ないのは、ダニエル様だって同じことでしょう?それに私、別に『か弱く』ないです」

「『か弱い』でしょう!?」

「いえ、昔、護身術を習ったことがあります」

オリバーたちと同じ教育を受けたため、私もスタンリー先生から護身術を習った。

実際に使ったことはないが、先生も褒めてくれたし、悪くはないと自分では思っている。

「でも、実際には、使えませんでしたよね?」

「まあ、今回はぼんやりしていたのでダメでしたが、次は・・・」

「『次』って、何ですか、『次』って!!」

「・・・いや、まあ、もし、また何かあれば」

「『次』に何があろうとも、絶対に、こんなことをしてはいけませんよ」

青筋を立てながら注意してくるダニエル様が、説教をしてくる第二のアルバート様に見えてきた。

どうもダニエル様も、アルバート様と同じく保護者感がある。

「え、いや、でも・・・」

「『でも』って何ですか、『でも』って!」

(・・・・・・ううん、アルバート様より酷いわね)

ダニエル様は、私に対してまだ説教してこようとする。

私は大人なのに、まるで子ども扱いだ。

「アンナ様、いい機会だから言っておきますが、貴女は無茶しすぎなんですよ」

「いえ、そんなことはないですよ」

「していますよね!?」

「無茶なんてしていません」

「いいえ、しています。怪我してからでは遅いんですよ」

「ダニエル様、私も大人なので、そんなこと言われなくてもわかっています」

「わかっていないから言ってるんです。大人と言うなら、大人らしい振る舞いをしてください!」

(・・・・・・そこまで言う?)

ひったくり犯はやっつけたし、私たち二人共無事だったからいいじゃないか。

さすがにダニエル様に反発を覚え、強く言い返そうとした時、どすどすとした足音が近づいてきた。