軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

73 腹黒ダニエル

「素敵ですね」

舞台を観るのは、初めてなのだろう。

アンナ嬢は、2階のボックス席から、珍しそうに客席や舞台を眺めている。

「劇場がこんなに豪華なものだとは、思いませんでしたわ」

アンナ嬢が豪華と言うのは、天井から吊るされているシャンデリアのことだろうか。

それとも、靴が沈むほどの赤絨毯を指して言っているのか。

(あまり裕福な暮らしはしていないな)

アンナ嬢の野暮ったい服装からもわかるが、そう余裕のある生活でもないのだろう。

「それに、こんないいお席を用意していただいて良かったのですか?」

どうやら初めてでも、この席の価値はわかるらしい。

半個室の特等席だ。

長椅子やサイドテーブルといった調度品もあり、豪華な造りになっている。

人の視線を遮る重厚なカーテンまでついていて、1階のぎっしりと間を詰められた狭い客席とは大違いだ。

「ええ、知人から譲り受けたのものなので」

(嘘だけどな)

この席は顧客のために、アスター家が年単位で借り上げている。

商談のために、顧客を「貴方様のために特別に用意しました」と招待して、いい気分にさせるためだ。

アンナ嬢は恐縮するタイプだから、知人から譲り受けたと言ったまでだ。

「よかったら、軽食をお持ちしますよ」

「あ、いいえ。先ほど食べたアップルパイでもう十分です」

控えめにアンナ嬢が断る。

俺にとって、これはなかなかポイントが高い。

大抵は折角だからと、腹も空いていないのに卑しく注文してくる。

何を勘違いするのか、偉そうに酒や食事を頼む奴もいる。

勿論こういう奴には、後日商品に値段を上乗せしてやるが、本人は自分の卑しい行動で、結局損をしているなんて思ってもいないだろう。

「もうすぐ始まりますよ」

まだ物珍し気に客席を見渡すアンナ嬢に声をかけ、俺もゆったりと腰をかけながら、アンナ嬢の横顔を観察する。

(美人ではあるな)

古びた服を着ているせいでわかりにくいが、顔立ちは整っている。

着飾れば、それなりの美人になるだろう。

『貴方も、そろそろ身を固めないと』

何度も俺に苦言を呈する母の顔を思い出す。

それに、最近は父も見合い話を頻繁に持ってくるようになった。

アスター家の家訓は、『産めよ増やせよ』と『敵を作るな』だ。

家に利益をもたらす有力者の娘と結婚し、沢山の子どもを作り、同族で経営する。

同族で経営すれば、裏切られることはない。

沢山出来た子どもたちを国内外に散らばせ、その国の情報や産業を学びとらせて商売に生かす。

そうやってアスター家は大きくなってきたのだ。

6人いる兄のうち、すでに4人は結婚して、子どもを何人も作っている。

残り2人も婚約中だ。

俺も誕生日を迎えれば、24歳になる。

女なんて面倒だと思っていたが、そろそろ結婚しないわけにはいかないだろう。

(ここに、丁度いいのがいたな)

もう一度アンナ嬢を見る。

美人で賢い。そつがない。人当たりがいい。

アンナ嬢は、商売人に向いている。

先ほど、俺にもルーシーにもいい顔をしてきた。

『お二人の気持ちはわかります』

なかなかいい言葉だ。好感度を上げるには、まず共感だ。

アンナ嬢は、相手の懐に自然と入ってきて、すぐに人と仲良くなる。

それに、バランス感覚もいい。

商売人が、一方に肩入れしてはならない。

共倒れを防ぐため、常にリスクを分散する必要がある。

コウモリのようだと揶揄されるが、そうしなければ、家を守れない。

商売に敵はいらないのだ。

見下した相手が、数十年後に出世する場合もある。

もしくは意外なところで、有力者と繋がっている。

馬鹿にした方は覚えていなくても、一度虚仮にされた人間は、いつまでもしぶとく覚えている。

偉くなった時に擦り寄っても、足蹴にされるのがオチだ。

商売のコツは、誰もを平等に、そして、相手には特別扱いをしてもらっていると思わせることだ。

本人がわかってやっているかはわからないが、どうもアンナ嬢には、素質があるような気がする。

(・・・ルーシーも、アンナ嬢が好きみたいだしな)

ルーシーが、人懐っこいなんて嘘だ。

あの子は人との関わりで嫌な思いをしたから、そう見せて自分を守っているだけだ。

アンナ嬢が見抜いたように、ルーシーは、傷つけられないよう初めから人と距離を取る。

あのルーシーが、アンナ嬢を気に入っていた。

ルーシーが、自分のお気に入りのカフェに他人を連れて行くことはない。

アンナ嬢は無自覚かもしれないが、なかなかの手腕だ。

嫁にすれば、顧客に気に入られ、アスター商会の利益を更に押し上げるだろう。

(本当に理想的な嫁だよな・・・)

アスター家に嫁入りすれば、優雅に暮らせると思っている女が多いが、それは間違いだ。

嫁ともなれば、自ら率先して、社会の動向に目を光らせながら動く必要がある。

現に、最近客の好みが、変わりつつある。

劇場の客を見てもわかるが、高価で高品質のものから、手軽に買えるものを求めるようになっている。

アスター商会が、これからも利益を上げ続けるためには、情勢を見極める賢い目が必要だ。

舵取りを失敗すれば、凋落の一途を辿るだけだ。

だから結婚に、愛だの恋だの、金にならない感情は必要ない

勿論、贅沢で楽な生活を夢見るような女は、問題外だ。

アンナ嬢は妙に現実的なところがあるし、何より自分で領地を経営をしている。

結婚するなら、アンナ嬢みたいに、共に家のために働けるような女がいい。

これだけ大きな商会ともなれば、多くの人員が関わってきている。

彼らを路頭に迷わす真似などしてはならないのだ。

(・・・それに、アンナ嬢は人を見る目がある)

大抵の女は、俺のこの甘いマスクのみてくれに騙される。

『優しそう』『物語に出てくる王子様みたい』

女たちの期待する俺は、常に優しく微笑みをたたえ、自分の願いを何でも聞いてくれる都合のいい人形だ。

自分はアスター家や俺を値踏みして、損得勘定を働かせるくせに、俺には無償の愛を期待する。

(アホか。わが身を振り返れ)

同じことを女に要求したら憤慨するだろうに、何故か俺には理想を押し付けてくる。

『ダニエル様って、思ってた人と違うのね』

女から、まるで俺が悪いと言わんばかりに泣かれ、別れを告げるのが俺のいつものパターンだ。

女の望むような理想像でいることに疲れ、後腐れなく遊べる女としか付き合わなくなった。

(段々本当の自分がわからなくなるよな・・・)

常に相手の顔色を窺いながら、相手の望むように自分の顔を変えていく。

最近では、顔を変えすぎて、どれが本当の自分なのかもわからない。

もう、いい加減疲れてきた。

だが、アンナ嬢は、どうも俺の本質に気がついている。

俺が微笑めば、大抵の女は頬を染めて俯くか、ぼうっとしたまま俺の笑顔に見惚れる。

それなのに、アンナ嬢は、俺が偽の笑顔を作って微笑めば微笑むほど、顔を強張らせて逃げていく。

(面白い・・・)

男慣れしていないから照れているだけかと思って、試しに顔を近づけたら、本気で嫌がっていた。

結婚してまで、女の望むような王子様の仮面を被る気はさらさらない。

最初から俺の本性に気付いてる女の方が、楽に決まっている。

(見過ぎたか・・・?)

わからないように見ていたつもりだったか、観察されたことに気が付いたのか、アンナ嬢が戸惑いながら俺を見てきた。

(もう一度、試してみるか・・・)

偽の笑顔を作って微笑んでやれば、案の定アンナ嬢は微妙な顔で会釈して、すぐさま舞台の方に目をむけた。

(これで決まりだな。アンナ嬢は、俺の裏の顔に気付いている)

サウスビー家は、歴史と伝統のある家だ。

金に余裕がないのはいただけないが、俺の手腕をもってすれば、すぐに黒字だ。

嫁にするのに、問題はない。

ヘンリーという邪魔者もいなくなったことだし、さっさと俺が手に入れよう。

元々アンナ嬢の優秀さには目をつけていた。

真面目なアンナ嬢を靡かせるのは多少時間がかかるかもしれないが、婚約を破棄されて、傷ついている今なら、優しく慰めて、愛の言葉を囁いてやれば、すぐに俺に落ちるかもしれない。

(・・・・・・いや、時間がかかってもいい)

宝石と同じで、価値があるものほど時間がかかるものだ。

手に入れた時の喜びはひとしおだろう。

正直お堅い女は面倒だが、結婚するなら身持ちが固い方がいい。

(そういえば、さっきのアンナ嬢の焦る様子が、可笑しかったな)

こみ上げてくる笑いを誤魔化そうと、咳込む振りをした。

別に手を出す気はなかった。

ただ、手の早いヘンリーの婚約者だったし、尻軽女はごめんだから、ちょっと馬車でアンナ嬢の貞操観念を試そうと思っただけだ。

俺の目論見を察知したのか、アンナ嬢は焦りながら断ってきた。

(まあ、あの様子を見る限り、まだ子どもだけどな・・・)

誰かに入れ知恵されたのか、あざとい仕草で俺に頼みを聞いてもらおうとしたくせに、全然できていなかった。

あの恥ずかしがり方は可愛かったが、それぐらいで男の心を動かせると思ったら大間違いだ。

俺がこんなことを考えているとも知らずに、アンナ嬢は何か面白いものでも見つけたのか、好奇心を抑えきれないように身を乗り出して舞台を見ている。

舞台が見にくかったのか、無邪気にカーテンを開けるアンナ嬢には、この分厚いカーテンの意味など知る由もないだろう。

(男は勝手だよな・・・)

遊ぶなら手軽さを求めるくせに、結婚となると、途端に保守的になる。

きっとヘンリーもそうだろう。

散々酒場の女と浮名を流したくせに、ヘンリーが結婚するのは、きっと純情可憐で、男を知らないタイプだ。

(ヘンリーの奴、自分に自信がないからな)

ヘンリーは、常に自分が優位に立てる女しか相手にしていなかった。

優秀なアンナ嬢は、ヘンリーの好みの範疇外どころか、劣等感を抱かせる存在だっただろう。

ヘンリーから婚約を破棄されたのも頷ける。

ジリリリリリリリリリー

客席に開演を知らせるベルが鳴り響く。

そろそろ客席も暗くなり、アンナ嬢は舞台に集中するだろう。

もう何十回と、客に付き合って観た舞台だ。

観なくとも、内容は頭に入っている。

寝るわけにはいかないが、目を閉じているだけでも疲れが取れるだろう。

(・・・それにしても、アンナ嬢は、随分と成長したよな)

初めて会った時は緊張して震えていたくせに、今日は堂々と俺に意見してきた。

考え方は、まだまだ甘ちゃんだったが、腹を括った人間特有のいい顔になってきている。

領主としての責任や覚悟が芽生えたのだろう。

それと同時に、世の中の理不尽さや、結果の出せない自分に葛藤してきたことが見て取れた。

(・・・・・・何かあったのかもしれないな)

お人好しで、人を信じて疑わないアンナ嬢が、自分から使用料のことを持ち出してきた。

後から言いがかりをつけられて訴訟を起こされたら敵わないから、明日の契約書には使用料のことを明記していたが、まさかアンナ嬢から言いだすとは思わなかった。

(あんなに、世間知らずだったのにな・・・)

目を閉じれば、アンナ嬢に出会った頃のことが、昨日のように思い出された。