軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

71 ダニエル様と観劇?

「全く、あの子には困っていて」

ダニエル様がため息をつく。

レオ様に強制的に連れ去られていくルーシー様を二人で見送り、大通りへ向かって歩き出す。

「やればできるくせに、やらないものだから成績が悪くて」

「勉強に興味がないとおっしゃっていましたものね」

自分の子供の頃の刺繍の練習を思い出す。

興味がなかったし、やる気もなかったから、いつまで経っても上達しなかった。

「でもドレス作りに興味があるならいいではありませんか。ルーシー様の作られたドレスは、本当に素敵ですよ」

「そうは言ってもですね。ルーシーの頭の中はお洒落のことばかりで、本の一つも読みませんよ」

「あら、刺繍のデザインの参考にしたいからと、本屋では花の図鑑を手に取ってましたよ?」

「・・・・・・そうですか」

ダニエル様は不満そうだ。

「興味が出ると、また次、その次と、次々に知りたいことが増えていきますものね。知識がどんどん増えるから、いいではありませんか」

「言いたいことはわかりますが、好きな知識だけでは、生きていけませんからね。あの子は『井の中の蛙、大海を知らず』ですよ」

自分の狭い知識にとらわれて、広い世界を知らずに得意になっているという、うちの国に古くからある諺だ。

「ええ、そうかもしれませんね。でも、その諺に、サイレニアはこう付け加えたそうですよ。『されど、空の深さを知る』と。狭い世界にいるからこそ、その分野を深く突き詰めて、知見の深さを得るそうです」

まさしくオリバーだ。

いや、剣の道に進むセオドアも同じか。

もしかしたら、ルーシー様もそうなるかもしれない。

ある程度何でもできるが、「これだけは負けない」「これが大好き」というものがない私には、彼らは眩しく見える。

「しかし、ある程度は常識的な学力は必要ですよ。成績だって、あまりに悪いと困ることもでてくるでしょう。現にあの子は、卒業だって危うい」

「確かにそうですね。常識的な学力がなければ、生活にも困りますしね」

読み、書き、計算。

それさえもできない平民の仕事は限られてくる。

いや、仕事だけではない。

簡単に人に騙されるから、生活自体が脅かされる。

「それに、学歴は人を測る便利な物差しですしね」

学歴の有無で判断されることは多い。

ヘンリー様は、学院に行っていないせいで、仕事が出来ない同期に隊長の座を取られたと溢したことがあった。

私だって、貴族令嬢なのに学院も出ていないと馬鹿にされることもある。

スタンリー先生のおかげで、それ相応の知識はあると自負しているが、初対面の他人にはわからない。

悔しい思いをすることだってある。

私の態度に疑問を持ったのか、隣を歩いているダニエル様が不思議そうに私を見てきた。

「アンナ様は、ルーシーの味方だと思っていましたが?」

「どちらの味方ということもありませんよ。ダニエル様の言うように学院での勉強も必要ですし、ルーシー様の、興味があることのみを勉強したいという気持ちもわかりますし」

「・・・どちらにもいい顔をするんですね?」

「そういうわけではありません。ただお二人の気持ちはわかる、というだけです。私は他人なので、好き勝手にルーシー様を応援できますが、身内であるダニエル様は、将来のことを考えて厳しいことを言わなければなりませんしね」

ベスがいた時に、私も色々学んだ。

甘やかすだけが愛情ではないのだ。

本人のことを大切に思うからこそ、苦言を呈しないといけない時もある。

でも、それと同時に本人の気持ちを尊重する大切さも学んだ。

「努力しても、必ず結果がついてくるとは限りませんし、思い描いていた未来と、現実の差に苦しみますよね」

「そうですよ」

「それに、若い方には、世間の目がどんなものかわかりませんしね」

「何ご自分を年寄りみたいに言ってるんですか。アンナ様は、ルーシーとほぼ同じ齢ですよね」

「うふふ、そうでした」

ルーシー様が思っている以上に、世間は甘くないのだ。

今まで善意にしか囲まれてこなかったルーシー様は、社会に出た時に、いかに自分がダニエル様から守られていたかを知るだろう。

ルーシー様が大事だからこそ、ルーシー様に辛い思いをさせたくなくて、デザイナーの道を諦めさせたいダニエル様の気持ちはよくわかる。

「でも、ダニエル様、人生は一度きりですよ?年老いたルーシー様に『お兄様のせいで、デザイナーになれなかった』と言われたらどうされます?」

「・・・・・・」

「ルーシー様の人生ですからね。失敗しないようレールを引きたい気持ちもわかりますが、社会経験のある年長者の意見と、本人の意見を擦り合わせてもいいんじゃありませんか?」

ダニエル様のルーシー様を案ずる思いと、本人のやりたい気持ち。

社会的安定と自由。

どれを優先すれば正解なんて、誰にもわかりはしない。

でも、人の意見に左右されて後悔するくらいなら、自分で選んで後悔する方がいいような気がする。

「私は、親兄妹は手助けをするだけで、人生の責任は、本人が取るものだと思っています」

「・・・・・・まあ、そうですね」

ダニエル様は、微妙に眉を寄せて考え込んでいる。

・・・これ以上、ダニエル様とルーシー様の問題に立ち入るべきではないだろう。

ルーシー様のことは好きだが、私はルーシー様の将来に責任はとれない。

話を切り上げることにする。

「ダニエル様は、本当に妹さん想いですね。ルーシー様のために、忠告してくれる優しいお兄様がいて、ルーシー様が羨ましいですわ」

「そう言っていただけると嬉しいのですが。でも、ルーシーには、私が心配している気持ちは全く伝わっていませんがね」

私の慰めに、ダニエル様は苦い顔だ。

ダニエル様は、ルーシー様の将来がより良くなるために忠告をするのだろうが、ルーシー様にはうるさい兄としか思われていないようだ。

「ダニエル様の気持ちをルーシー様がわかるのは、きっとご自分が子どもを持ってからでしょうね」

「・・・・・・そんなに長い年月が経たないと、わからないものですかね」

「多分、ご自分が同じ立場にならないとわかりませんよ」

私だって、ベスと一緒に過ごさなければ、母たちの大変さや思いを汲み取ることはできなかっただろう。

でも、ダニエル様は、がっかりしている。

「兄というのは、報われないものですね」

「心中お察しいたします」

丁度大通りに着いたので、ダニエル様にさっきのお茶代を渡そうと財布からお金を取り出した。

「送っていただき、ありがとうございました。これは先ほどのお茶代です。どうぞお受け取りください」

ダニエル様はびっくりしたのか、慌てて私の手を押し戻してきた。

「お金は受け取れませんよ。これぐらいご馳走させてください」

「いえ、そんなわけには・・・」

ダニエル様とは、単なる取引先相手だ。

対等でいなければならないだろう。

なおも払おうとする私に、ダニエル様が困ったように微笑む。

「いえいえ、本当に。アンナ様は大事な取引先です。どうかご馳走させてください」

その瞬間、お金を渡そうとした手が止まってしまった。

(やっぱり、ヘンリー様と婚約を破棄したことは言わないといけないわよね・・・)

別に人に吹聴する話ではないが、ダニエル様には婚約を破棄されたことを黙っておくべきではないだろう。

ダニエル様は、ヘンリー様の友人だと聞いている。

それに、ホランド伯爵の人脈に期待して私との取引きを申し出たかもしれないのだ。

「あの、実は私、ヘンリー様との婚約を破棄されたんです。それでもダニエル様にとって、大事な取引先と言えますか・・・?」

「えっ、婚約を破棄されたのですか?」

案の定、ダニエル様は驚いている。

半年後に結婚をすることをダニエル様には伝えていたから、尚更だろう。

「ええ。ヘンリー様は、明後日、別の方と結婚されます」

「それはまた急なことで・・・」

何ともいえない沈黙が落ちる。

「・・・それで、その、明日の取引は、やはり無効になりますか?」

「えっ?いいえ。そんなことはありませんよ。勿論アンナ様との取引は継続いたしますよ」

恐る恐る聞いたが、ダニエル様は当たり前のように断言してくれた。

「ありがとうございます。あの、それでしたら、明日の契約書に、私たちサウスビー家からのアイディアを商品化した場合は、使用料をお支払いいただけると追加で記載して欲しいのですが」

「ああ、そうですね。では、書いておきますね」

アルバート様の助言を思い出して頼めば、ダニエル様は、何でもないことのように受け入れてくれた。

この様子だと、私たちを騙す意図はなかったらしい。

「ありがとうございます。あの、でも、それとこれとは別なので、どうかお茶代をお受け取りください」

「いいえ、アンナ様、勘弁してください。どうか私の顔を立てて、これぐらいご馳走させてください」

ダニエル様は本当に困り顔だ。

この場合、ご馳走してもらってもいいのだろうか。

あまり何度も言うのも失礼かと思い直し、財布を鞄にしまう。

「ではお言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございました。それでは、また明日アスター商会に伺うので、よろしくお願いいたします」

「お待ちください、アンナ様。最近王都は治安が良くないので、宿屋までお送りしましょう」

「あ、いえ、今から行きたいところがあるので、ここで失礼します」

「良かったらご一緒しますよ。王都には慣れていらっしゃらないのでしょう?案内しますね」

頭を下げて別方向に行こうとしたが、ダニエル様が通せんぼをするように私の前に立つ。

親切にしてくれようとしているのはわかるが、さすがにセオドアたちのお土産を一緒にみてもらうわけにはいかない。

第一、ダニエル様に気を遣いながら買い物をしたくない。

だが、私の気持ちなどお構いなしに、ダニエル様はにこにこと微笑みながら話しかけてくる。

「ご家族の方にお土産ですか?良かったら、アスター商会の品はいかがでしょう。アンナ様にお勧めしたいものもありますので、ぜひうちに」

「い、いえ、お土産ではないので・・・」

ダニエル様は善意で言ってくれているのだろうが、アスター商会の高級品をお土産として気軽に買えるわけがない。

本当はセオドアのお祝いの品をアスター商会で見てみたかったが、ダニエル様が側にいては、勧められて断りきれずに買ってしまう自分を容易に想像できる。

買いたい気持ちはあっても、値段を確認して熟考してからでないと買えない。

つい、及び腰で逃げの態勢になる。

「では、何でしょう?」

ダニエル様が、薄く目を閉じながら笑いかけてくる。

その瞬間、全身に鳥肌が立った。

(そう、この方の、この笑い。この笑いが怖いのよ)

薄く目を閉じながら笑う時のダニエル様の目の奥は、笑っていない。

本人も心から笑っていないのを隠すつもりなのか、まぶたを半分ほど下げる。

優しく微笑んでいるように見えるが、私には、ダニエル様が本心を隠すために演技しているように見える。

(宿屋に帰ると言えば良かった。失敗したわ)

この笑い方をされると、不安を感じてどうも気持ちが落ち着かなくなる。

どうやって断ろうかと考えていたら、手がスカートに触れ、ポケットのチラシを思い出した。

「あ、そう、えっと、舞台!ええ!舞台を観に行こうと思っていまして」

「舞台?」

「ええ、『真実の愛』の舞台です。ルーシー様から流行っていると聞いたんです。この舞台が観たいので、失礼しますね」

(これで無理についてくるとは言わないでしょう?)

我ながら、いい言い訳を思いついたものだ。

ポケットからチラシを取り出して、劇場の場所を確認しながら歩き始める。

湿気の抜けた乾いた風が吹いてきて気持ちが良かった。

だがその風に乗って、秋の蜂蜜のように甘く濃密な声が、突然耳の奥に絡みついた。

「それは良かったです。丁度知人から、チケットを二枚譲ってもらってたんですよ。ぜひご一緒しましょう」

びっくりして後ろを振り向けば、ダニエル様が舞台のチケットをひらひらさせながら、ゆっくり近づいてきていた。

柔らかな微笑みを浮かべながら、まぶたを半分閉じ、私の顔を観察するように見ている。

揺れる2枚のチケットが、獲物を狙う時のヘビの舌を思わせた。

(何で都合よく、舞台のチケットなんか持っているの!?)

あまりの恐怖に、足がすくんで身体が動けなくなってしまう。

何となく「ヘビに睨まれたカエル」の気分がわかったような気がした。