軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

64 セオドアの迷い

(あの無自覚天然、馬鹿女!!)

アンナから遠く離れた場所で馬を止め、心の中でアンナに呪詛を吐く。

まだ夏の熱がこもった日差しのせいなのか、それとも自分の怒りのためか、顔が熱い。

何が『入団のお祝いに』だよ。

そんなの貰ったら、アンナへの恋心を諦めようとしていたのに、諦めきれなくなる。

貰ったら最後、後生大事に身に着けて、死ぬまで離さない自分の姿が容易に想像できた。

(しかも俺のために『へそくりを貯めて』、だ!?)

金がなくて自分の物は全く買わないアンナが、俺のために金を貯めていたのかと思うと、嬉しいような、アンナ本人のために使ってくれと願うような、複雑な気分になる。

(頼む、頼むから。誰かあいつに、男心というものを教えてやってくれ)

あいつはピンポイントで、俺の心を打ち抜いてくる。

このままでは、もう一生アンナのことを想い続けてしまうような気がする。

自分の想像に、思わずブルブルっと首を振る。

(いや、俺だって、まだ若いんだ。可愛い恋人の一人ぐらい欲しい)

できれば亡くなった旦那様のように、明るく楽しい家庭を築きたい。

家族全員仲の良いサウスビー家は、俺にとって理想の家庭だ。

いつかはアンナと、そんな家庭を持つことを夢見ていたが、無残にも打ち砕かれた。

(だって、アルバートだぜ!?相手が悪すぎるだろ!)

アルバートがアンナに気があるのは明々白々だったし、アンナも何となくアルバートに好意を抱いていることは気が付いていた。

ただ、アンナに関しては、友人としてアルバートに好意を抱いているに過ぎないと思っていた。

・・・・・・アンナが泣くまでは。

アンナの泣き顔が甦る。

『・・・アルバート様にも、何も言えなかった。あんなに、お世話に、なったのに』

あの時、俺にはアンナの気持ちが手に取るようにはっきりとわかった。

アンナは自分では気が付いていないが、あいつはアルバートに友人以上の感情を抱いている。

(俺って、だめな奴だよな・・・)

アンナの恋心を、咄嗟に感謝という言葉に言い換えてしまった自分の器の小ささに、情けなくなる。

だからといって、アンナの背中を押してやる勇気はなかった。

せめてアルバートとアンナの仲を邪魔せず、アンナに対する想いを諦めることにした。

「もう、ホント、いい加減にしてほしいぜ」

思わず口から愚痴がついてでる。

邪魔者ヘンリーがいなくなったと思ったら、今度はアルバートだ。

最低クズ野郎か、最上級の王弟か。

(あいつに寄ってくる男には、真ん中っていうものがないのかよ!?)

神様のふざけた采配に文句を言ってやりたくなる。

アルバートは完全無欠だ。

顔、金、名誉、権力、全てを兼ね備えている。

そして勿論中身だって、いい男だ。

多少気持ちを表すのは不器用だが、誠実だし、包容力もあるし、真面目で甘え下手なアンナには、うってつけの相手だろう。

旦那様たちが生きていたら、涙を流して喜んだだろう。

いや、身分違いの王弟に見染められたと泡を吹いて倒れたか。

(・・・・・・そうなんだよ、王弟、だしなぁ)

そこだけが問題だ。

アンナとアルバートは、あまりにも身分が違い過ぎる。

子爵家のアンナが嫁として嫁げるのは、せいぜい伯爵家ぐらいか、頑張って侯爵家までだろう。

それに王族は、国内有力貴族か、外国の王族と政略結婚することが普通だ。

そう考えると、アルバートと、子爵家で金も後ろ盾もないアンナとの結婚は難しいのかもしれない。

(いや、でも、あいつなら、何とかしそうな気もするんだよなぁ・・・)

王都に戻ったアルバートがどう出るかはわからないが、ただ、あいつは確かにアンナに惚れていた。

本当にアンナを想うあいつなら、身分差があっても、何とかしそうな気がする。

アンナのためを思うなら、俺が今下手に告白して、アンナの気持ちをかき回さない方がいいだろう。

そう思って、諦めようとしていたのに。

『だってセオドアに見せたかったから』

(そんな俺を叩き起こして、ドレス姿を見せに来る奴がいるかぁ!?)

再度頭に血が上り、顔が熱くなってくるのが自分でもわかった。

(何だよ、それ、可愛いすぎんだろ)

もうアンナが可愛すぎて、アンナの顔をまともに見れなかった。

(俺だから良かったようなものの、他の男に同じようなことしてみろ、どうなっても知らねぇぞ)

ホントにアンナは、アホすぎる。

理性を保つために顔を逸らし、毛布を必死に握りしめて自分の感情を抑えた俺を褒めてほしい。

『姉さんの淑女教育は、12歳で止まっているからね』

以前オリバーが、気の毒そうな目をしながら俺に言ったが、あれは12歳じゃない、7歳だ。

ベス以下だ。

母さんは何も思っていないようだが、タイラーが俺を時々不憫そうに見ているのも知っている。

(・・・タイラーにも、気を遣わせちまったなぁ)

思わず長いため息が胸から漏れる。

タイラーは、アンナがヘンリーの披露宴の招待を受けた翌日に、口元を歪めながら俺に相談してきた。

『セオドア、ちょっといいだろうか?』

『何だよ改まって?』

『お嬢様は、一人で披露宴に出席されるおつもりだが、私は心配だからアルバート殿下に相談しようと思う。セオドアはそれでもいいかい?』

『いいも何も、それが一番いいだろ。何で俺に相談すんだよ』

『私がアルバート殿下に手紙を出してしまえば、お嬢様とアルバート殿下が再会することなる』

二人の再会がどういう結末になるかは、馬鹿な俺でも想像がつく。

目を伏せて、申し訳なさそうに俯くタイラーには、俺の気持ちがわかっていたらしい。

(だが、大切なのは俺の気持ちじゃなくて、アンナだ)

アンナは軽く考えているかもしれないが、ホランド伯爵は腹黒い。

あいつは、白を黒に変えることを平気でする奴だ。

どんな言いがかりをつけてくるかわからない。

例え言いがかりをつけなくても、アンナを侮辱し、恥をかかせようとするに決まっている。

アンナを一人で披露宴に出席させることは避けたかった。

(だって、それしか方法はねぇだろ・・・)

唯一披露宴に出席できるのは、身内であるオリバーだが、卒業がかかっているテストだから披露宴には出席できない。

当然俺のような使用人は、披露宴会場となるホランド伯爵家の側にも近寄れもしない。

その点王族のアルバートなら、理由をつけて披露宴に出席できるだろうから、アンナの弾除けになってくれるはずだ。

その前に、アンナが披露宴に出席しなくて済むように手を打ってくれるかもしれない。

(頼むぜ、アルバート)

俺と嫌そうに握手をしたあいつだが、信頼はしている。

あいつがアンナの側にいるなら、俺も安心だ。

俺がアンナを失うことになったとしても、アンナがヘンリーの披露宴で、嫌な思いをしなければそれでいい。

元々アルバートに、王都に戻ったら好きにしろと言ったのは自分だ。

アルバートが自分の気持ちを告白して、アンナがそれに応えるのが、アンナの一番の幸せになる。

(でもなぁ・・・)

・・・そうは思うが、いつかアンナが戻ってくるのではないかと、いつまでも未練たらしく思う自分がいる。

「あああ!!、くそっ」

自分の女々しさに腹が立ち、頭をがりがりと掻きむしれば、落ち着けと言わんばかりに涼しい風が吹いてきた。

それと同時に俺を励ましてくれた、スタンリー先生の威勢のいい声が甦ってくる。

『セオドア!「待てば海路の日和あり」だっ!!!』

スタンリー先生のこの言葉のおかげで、腐らずに努力して、騎士団に合格できたと思っている。

今回も、辛抱強く待ってれば、その内いい風も吹いてくるのだろうか。

(だが先生、今回は難しいかもしれないぜ・・・)

ヘンリーの時にも、その言葉を思い出して3年待った。

確かにチャンスは巡ってきたが、今度はアルバートという太刀打ちできそうもない相手だ。

アンナがアルバートへの恋心に気付かないうちに、告白して自分に振り向かせようとも考えたが、アンナの本当の幸せを考えるとできなかった。

(先生、今どこにいるんだよ。旦那様だったら、アンナとアルバートのことをどう思うかな?・・・なぁ、俺はどうしたらいいか教えてくれよ)

人生経験豊富な先生や旦那様なら、どう答えるのだろうと空を見上げれば、カラスが数羽、そんな俺を嘲笑うかのように、頭上を鳴きながら飛んでいくのが見えた。

お互い速さを合わせて飛んでいるため、仲が良さそうに見える。

声が高く、甘えているように鳴いているのは子どもだろうか。

(・・・・・・カラスのヒナって、確か巣立ち後も、しばらくは家族で行動するってオリバーが言ってたよなぁ)

そういえばヒヨドリも、巣立ち後しばらくは親がヒナの面倒をみていはずだ。

出発前に、『口煩く注意させていただきます』と言ったタイラーの顔が思い浮かんだ。

俺も、大人ぶっているアンナも、きっとタイラーから見れば、まだ巣立ち直後の子どもなのだろう。

アンナは、サウスビー家に帰ってくるだろうか。

(俺、これからどうしようかな・・・)

アンナを諦めるために、可愛い恋人でも作るべきなんだろう。

その方が、このやり場のない気持ちもスッキリしそうだ。

(でもなぁ、まだアンナのことは放ってはおけないよなぁ・・・)

やっぱりアンナのことが気になって仕方がない。

あいつが辛い時に側にいてやれるのは、俺しかいないような気もする。

アンナが辛くなった時にいつでも戻ってこれるよう、この気持ちを捨てずに、アンナを待っていた方がいいのだろうか。

(あぁぁ、どうしよう!)

いつまで考えても堂々巡りで、気持ちがシーソーのように揺れ動けば、先ほどの風がもう一度吹き、甘えたようなカラスの鳴き声を運んできた。

「カァー、カァー・・・」

「カァ、クゥッ、クゥッ」

(さっきのカラス、やっぱりまだ子どもか?)

カラスの姿を探せば、カラスは寄り添いながら屋根の上で毛づくろいをしていた。

大きいカラスが、もう一羽の羽を丁寧にくちばしで整えてやっている。

(そう簡単に、独り立ちはできないよな・・・)

カラスの毛づくろいをぼんやりと眺めていれば、もう一度涼しく、やわらかい風が吹き抜けてきた。

季節の移り変わりを告げるような風が、火照った頭と顔を冷やしてくれるようで心地よかった。

「・・・・・・うっしゃっ!考えても仕方がないな!!『明日は明日の風が吹く』だ!!!」

片手を開き、もう一方の拳をその手のひらに叩きつければ、「パチン」と小気味よい音がした。

アンナが、アルバートにどんな答えを返すのかはわからない。

でも、辛い思いをした時は、必ず家に帰ってくるだろう。

意地っ張りで人に頼るのが苦手なアンナを慰めてやれるのは、まだ俺の役目だ。

アンナが辛い時には、俺が側にいてやろう。

今は、それでいい。

「家に帰ろう!!!」

きつく握りしめていた手綱を緩めれば、馬も早く家に帰りたかったのか、力強く石畳を蹴って走り出した。