軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51 狼煙と旗

「とりあえず、セオドアに知らせますね」

ベスと話すことに必死で、セオドアに知らせるのを忘れていた。

少しでも早く知らせるために、ポケットを漁る。

「何をしているのだ?」

「狼煙をあげるんですよ。セオドアにベスの無事を知らせないと。はい、ベスのワンピースも綿だから、ポケットから糸くずを掻き出して。よく燃えるのよ」

「・・・小枝を集めてこよう」

ベスはポケットからハンカチを取り出し、中の綿ぼこりを掻き出した。

指でほぐしてマッチで擦ると、一瞬で火がつく。

その火種を小枝の下へ置くと、ほどなく炎が広がり、狼煙が立ち上った。

「ポケットのゴミって、役に立つのね」

「ええ、すごいでしょう。覚えておくと便利よ」

あっという間に白く細い煙が上がっていくのを見ながら、ベスが感心している。

ベスの賞賛が嬉しくて、思わず得意げに言ってから、アルバート様の何か言いたそうな視線に気が付いた。

「あ・・・えっと、」

「いや、合理的だな」

(・・・ベスに変なことばかり教えて、ごめんなさい)

心の中で、アルバート様と見も知らないベスの両親に謝っておく。

貴族令嬢のベスが、この先狼煙をあげることなんてないだろう。

でも、知っていて損ということはない。

それに、私に微妙な顔をしたアルバート様だって、無駄な知識を『いつか役に立つ時が来るかもしれないよ』と言ったじゃないか。

ベスの教育が少々変な方向に行ったかもしれないが、そこは目を瞑って欲しい。

「さあ、合図も済んだし、消火して家に帰りましょうか」

「そうだな」

だが、煙が面白いのか、ベスはまだ黙って空を見上げている。

風が穏やかだったこともあり、煙はまっすぐ天に向かって伸びていっている。

煙を見上げているベスの顔に、柔らかい微笑みが戻っていた。

◇◇◇

屋敷に戻れば、合図の狼煙を見たのか、タイラーとクララが玄関の外で今か今かと待ち構えていた。

二人とも、よほど探し回ったのだろう。

クララの髪はもちろん、あのポマードべったりのタイラーの髪さえ、ぼさぼさになっていた。

『ベス様!』

まだ二人のいる場所から遠いというのに、二人ともベス目掛けて一目散に走ってくる。

クララはまだしも、タイラーが走るなんて今まで見たこともない。

二人とも普段走り慣れていないから、足がもつれて転びそうでハラハラする。

ベスは駆け寄られたクララに、ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられている。

大粒の涙を流すクララに頬ずりまでされて、ベスはちょっとだけ苦しそうだ。

そんなクララにベスはどうしていいかわからず、助けを求めるように私を見てくる。

「いいですか。皆にこんなに心配かけるから、そんな目に遭うんですよ。なぜ、一言ぐらい私たちに声をかけなかったのですか。ベス様は、本当に考えなしですな」

タイラーは、そんなベスの側に仁王立ちになって見下ろし、苦言を呈している。

だかそう言いつつも、タイラーの目は涙で潤んでいる。

「でも、本当に、本当に、無事でようございました」

ついに涙を抑えきれなくなったタイラーが、ベスに顔を背けてしきりに涙を拭っている。

もう二人とも、安堵の涙でぼろぼろだ。

(・・・本当に、みんなにどれだけ心配をかけたことか)

クララは、まだベスをしっかりと抱きしめたまま離さない。

いつまでそうしているつもりだろうか。

クララの気持ちもわかるが、流石にずっと抱きしめられたまま身動きが取れないベスが可哀想になってきて、クララに声をかける。

「クララ、ベスが少し苦しそうよ。それにみんな走り回って疲れたでしょう?部屋に戻って、お茶でも飲みましょうか?」

「そ、そうですね。私としたことが、失礼しました。ベス様も喉が渇きましたよね。美味しいお茶をお入れしましょう」

ようやくクララが涙を拭いて、ベスを解放した。

クララが屋敷に向かおうとベスから離れた瞬間、今度は大きな蹄の音と共に、セオドアが火花でも散らす勢いで駆けてきた。

あの速さと持久力を誇る黒毛の馬が、息を切らしている。

よほど黒毛に無理をさせて、森の中を駆け抜けてきたのだろう。

額に汗を浮かべたセオドアが、そのまま馬から勢いよく飛び降り、ベスに駆け寄ると同時にベスの頬を叩いた。

「パチン!」

鋭いが音が響き、何が起こったのかわからないベスが、目を見開いている。

「ちょっと、セオドア!ベスに何するのよ!!」

慌てて二人の間に入ろうと走りかけた瞬間、身体が後ろに引っ張られ、がくんと身体が傾いた。

腹立つ思いで振り返れば、アルバート様が私の右手を掴んでいた。

「何するんですか!?」

噛みつく私に、アルバート様が黙って首を振る。

「この馬鹿!馬鹿、馬鹿、馬鹿!!どれだけ心配したと思ってるんだ!この馬鹿!馬鹿!!ベスの馬鹿!」

セオドアは「馬鹿」を連呼しながら、ぎゅうっとベスを抱きしめている。

セオドアに叩かれて、ぽかんとしていたベスだったが、すぐにセオドアに抱きついて、わぁわぁと大きな声で泣き出した。

「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・」

「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿・・・!!」

――セオドアには「馬鹿」以外の語彙がないのだろうか。

「・・・本当にもう、心配かけて」

「そうだな」

ベスが落ち着いたら、どれだけ皆に心配をかけたかを伝えるつもりだったが、もうこれで十分だろう。

抱き合いながら怒るセオドアと泣くベスは、昔の私とオリバーのようだ。

「まるで兄妹ですね」

「ああ。兄妹っていいものだな」

アルバート様もしみじみと言う。

きっとアルバート様も何か思うことがあるのだろう。

タイラーもクララも、何も言わずに抱きしめあう二人を見ていた。

どれくらい時間が経ったのだろう。

セオドアの罵倒が収まってベスの泣き声も小さくなったとき、不意にクララが何かを感じたのか、北を見ながら不思議そうに指さした。

「お嬢様、あれは何でしょうか?」

「えっ?」

クララの指す北を見れば、土埃がもうもうと舞っている。

泣きじゃくるベスに気を取られて気付かなかったが、かすかに地鳴りもしている。

すぐに私の立つ地面が微妙に揺れ始め、馬が大量に押し寄せてきているのが、ここからでもわかる。

「な、何かしら?」

「・・・・・・お嬢様、旗が見えます」

「旗?」

タイラーの言葉を受けて土埃の中を見ようと目を凝らせば、確かに土埃の中には、旗が何十本も立っている。

「土埃でよく見えないわね」

幼い頃から山を遊び場とした私の視力は、格段に良い。

目を凝らせば、少しずつ紋章が見えてきた。

「えっと、赤い薔薇?白が混じっているようにも見えるわね」

「お嬢様、もしやそれは赤い薔薇の中に白の花びらが入っているということですか?」

「ああ、そうね。そんな感じ。旗は青地ね。紋章は、赤薔薇と白薔薇の組み合わせみたい」

「・・・お嬢様。おそらく、第一騎士団の旗章でございます」

タイラーの顔が真っ青だ。

クララは地鳴りが怖いのか、震えて座り込んでいる。

「第一騎士団?」

(第一があるとすれば、第二や第三もあるの?)

一瞬アホな考えが頭に浮かんだが、その土埃を巻き上げる軍団は、どう見てもうちに向かってきている。

ベスも泣き止み、濛々と舞い上がる土埃を見ている。

だんだんと大きくなる蹄の音が怖いのか、セオドアに抱きついたままだ。

「ええ。第一騎士団でございます!王族を守る、王族直轄の騎士団です!!!」