軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50 続 ベスの告白

「だって同じ様な事をして、怒られなかった私がいるわ」

「・・・え?」

「私なんて、ご先祖様が建国の時に功績をあげたとかで国王様から貰った家宝の壺、わざわざお父様たちの目の前で割ったわよ」

「・・・なんで、そんなことしたの?」

そんなこと、考えもつかなかっただろうベスに、肩をすくめてみせる。

「弟がいるって言ったでしょう?両親がね、オリバーにだけ家庭教師の先生をつけようとしたの。私だって同じ子どもだと思ったら、それが我慢ならなくて。で、ガチャンと勢いよく割ったのよ」

ベスがあの時の両親と同じように、信じられないという顔をしている。

わざと割っている分、私の方が質が悪い。

「でも、家庭教師の話はきっかけに過ぎなかったのよ。両親はオリバーばかり可愛がってると思って、我慢の限界だったの。それこそ『お姉さんなんだから』ってよく言われてたし」

両親は、私たちを平等に扱っているつもりだっただろう。

男の子であるオリバーは跡継ぎだから、家庭教師を。

私は女の子だから、お嫁に行くために母から淑女教育を。

でも、私は弟と同じことがしたかった。

私にだって、男の子と同じことができると証明したかった。

立派に出来る私を見て、認めて欲しかった。

そう言えばいいものを、察してくれない両親に腹が立って大事な壺を割った。

「で、そのまま家出したの。壺を割ったその足で山まで駆けて行ったわ」

「・・・え?」

ベスがますます信じられなという顔をしたが、ベスだって、自分の意志かどうかは別として、状況は同じだ。

親と喧嘩して、行方不明。

「一晩中山にいたの。怖かったわ。よくわからない動物の鳴き声が聞こえるし、暗いし、寒いし、お腹も空くし。領民総出で探してくれたみたいなんだけど、その松明の明かりが、また怖くて」

暗い中ゆらゆらと動く明かりが、お化けのようで怖かった。

「それでも、自分のしたことを責められるほうが、よっぽど怖くてね。ずっと暗闇の中隠れていたわ」

あんなことをした自分を両親が許すとは、到底思えなかった。

両親に自分を拒否されるのが怖くて、動けなかった。

「結局見つかって、翌朝には家に連れ戻されたんだけど。でもお父様もお母様も怒らなかったわ」

「・・・本当に?」

「ええ。二人とも泣いてた。私の身を心配して、一晩中泣いていたみたい。オリバーは、泣きじゃくりながら私を叩いてきたわね。いつも冷静なあの子が、あんなに取り乱したのを見るなんて、初めてだったわ。皆一睡もしてなくて、ずっと泣きながら探し回っていたみたい。・・・だからきっと、ベスのお母様たちも、今頃心配で泣いてると思うわ」

さっきベスがいないと分かった瞬間のあの気持ちを思えば、ベスの両親の気持ちが痛いほどわかる。

いや、我が子なのだ。私の比ではないだろう。

「そして帰って、お母様たちにベスの思っていることを全部言えばいいわよ」

「思ってること?」

「『うちの子じゃない』って言われて悲しかったとか、『リチャードばかり贔屓しないで』とか。思っていること、全部」

自分はできなかったくせに、ベスには言ってしまう。

両親に、オリバーばかりじゃなく私を見てと言えなかった。

ヘンリー様に気に入られようと、自分の気持ちを何一つ伝えることができなかった。

自分を否定されるのが怖くて、辞めていくみんなに理由を聞けなかった。

「そんなの、言えないわ」

「あら?どうして?」

「だって、言ったら嫌な子だと思われちゃうし」

ベスの言うことは、すごくよくわかる。

素の自分を見せて、嫌われるのは怖い。

嫌われるぐらいだったら、相手が望む仮面を被ってやり過ごした方がいい。

きっと、その方が楽だ。

でも、それだと最終的に自分が苦しくなる。

心の中に溜まった澱は、いつまでも沈んでいてはくれない。

度々勝手に浮かび上がってきては、私の心を大きく揺さぶってくる。

おかげで今でも、もやもやとした暗い気持ちを引き摺って生きている。

「いいじゃない。嫌な子でも。それも含めてベスよ」

「・・・・・・でも」

「言わないとわからないわよ」

まさしく自分に特大ブーメランだ。

自分で言っておきながら、耳が痛い。

「でもお母様よ?お母さまは、何も言わなくてもわかってくれるわ」

「お母様でも、よ。ベスはお母様の気持ちが、全部わかるの?」

「・・・・・・わからないけど、お母様は大人だわ」

子どもの時は、大人は全部物事がわかっていると思っていた。

大人にわからないことなんてないと、本気で信じていた。

「大人だから何でもわかるわけじゃないわよ。前に言ったでしょう?『大人はただ齢を重ねた子ども』だって。ベスが思っているほど、何でもわかってるわけじゃないのよ」

「そんなの・・・」

「言わないと後悔するわよ。私みたいに」

ベスは不思議そうに私を見てくる。

きっとベスは、大人の私に色々思い悩むことがあるとは思っていないに違いない。

「アンナは後悔してるの?」

「そうね。言えば良かったと思うことは、いっぱいあるわね」

本当に後悔だらけだ。

話せばわかることも、いっぱいあっただろう。

それなのに、勝手にわかってくれるはずと期待し、言わなくても察してくれるだろうと、人の好意を当てにしているうちに、皆いなくなってしまった。

お母様たちに、本当はもっと「ありがとう」を伝えたかった。

ヘンリー様に、一度くらい「私を大事にして」と訴えたかった。

去って行くみんなに、「どうして」と聞いて、側にいて欲しかった。

素直になれなかった私には、後悔しか残っていない。

まだ幼いベスには、こんな胸を掻きむしりたくなる気持ちはわからないだろうし、これからもわかって欲しくない。

うふふ、とベスに笑ってみせる。

「ずっと我慢ばかりしていると、そのうち私みたいに、感情を爆発させて家出するはめになるわよ」

「・・・・・・家出は嫌かな」

ベスが、ちょっとだけ考えるように眉を寄せた。

ベスはきっと夜、山の中で一人で過ごすことを考えたのだろう。

それでいい。胸を締め付けられるような思いとは、無縁でいてほしい。

「・・・でも、そんな子は、『うちの子じゃありません』って、また言われたら?」

それでもまだ不安そうにベスが言うが、そんなこと、ベスの両親が言うわけがない。

素直で優しいベスを見たらわかる。

ベスは、両親の愛情をいっぱい受けて育っている。

ベスが何を言おうと、ベスの両親は、ベスの気持ちを受け止めてくれるだろう。

「その時はうちにいらっしゃい。お金はないけど、ベス1人ぐらいなら何とかなるわよ。ただし、働いてもらうけどね」

私の言葉に少しだけ元気が出たのか、ベスが笑いながら石を拾って立ち上がる。

「・・・ねぇ、アンナはオリバーのこと、好き?」

「ええ、好きよ。今も仲が良いわよ。ベスはリチャードのことを好きじゃないの?」

ベスが拾った石をポーンと池に向かって投げる。

まだ身体が小さいからか、飛距離が短い。

これから大きくなり、身体の使い方を覚えるようになったら、もっと遠くまで投げれるようになるだろう。

「・・・わかんないわ。可愛いけど、時々憎らしく思う時もあるし」

「そうね。多分姉弟って、そういうものかもね」

私とオリバーだって、沢山遊びもしたが、くだらないことでよく喧嘩をした。

ベスにお手本を見せるように、私も石を拾って投げる。

運動神経抜群のセオドアほどじゃないが、私も結構遠くまで飛ばせる。

「アンナは弟がいて良かった?」

「ええ、良かったわ。うち、両親が早くに亡くなったでしょう。だからお母様たちの思い出話が出来るのは、オリバーだけだからね」

今まで母たちが関わってきた人からも、思い出話は聞ける。

でも、1番深く思い出話ができるのは、オリバーしかいない。

「・・・そう。そうなのね。でも、やっぱり私にはわからないわ」

「わからなくていいわよ。ベスはまだ子どもだから」

姉弟なんて、ありがたみがわかるのは、長い年数が経ってからだろう。

ゆっくりと長い年月をかけて、お互いを理解するのだ。

今のベスにはわかるまい。

ロバも水を飲み終わって満足したらしい。

まるで笑っているように「イーヨー」と特徴的な鳴き声をあげた。

「ベス、これからどうする?ベスがお家に帰るのが嫌なら、私のうちにこのままいてもいいわよ」

ベスが静かに首を振る。

水面に映った横顔は、少しだけ大人びて見えた。

「お家に帰るわ。お母様たちに謝らないと。きっと心配してるし」

「そうね、帰りましょうか」

ロバの手綱を取ろうと振り返ると、アルバート様がすぐ近くで、苦笑いを浮かべながら私たちを見ていた。

私たちがアルバート様がいることに気が付くと、アルバート様はベスの側に行き、しゃがみこんでベスの両手を握った。アルバート様も目が潤んでいる。

「ベス、とても心配したんだよ。一人で怖かっただろう?怪我はないかい?大丈夫か?」

「・・・・・・ごめんなさい、おじ様」

怒りもせず、ただひたすらにベスを案じているアルバート様に、ベスはしょんぼりと項垂れている。

「頼むから、勝手にいなくなるのだけは止めてくれ。私の心臓は止まりそうだったよ。お願いだから、もう、こんなことは二度としないでくれ」

「・・・本当にごめんなさい」

反省して、ますます項垂れるベスに、アルバート様が優しく慰めている。

「いいよ。ベスが無事だったからね。・・・それから、申し訳ないが、図鑑の話を聞いてしまったよ。ベスが言っているのは、兄上と私が子どもの頃に大事にしていた『身近にいる生き物図鑑』だろう?」

「・・・・・・ごめんなさい」

「気にしなくていいんだよ。形あるものはいつか壊れるからね。私や兄上にとって、一番大事なのはベスだ。ベス以上に大切な物なんてないのだから、そのことをよく覚えていてほしい」

アルバート様がベスの頭を優しく撫でれば、ベスは図鑑がよほど大事な物だと思っていたのか、気まずそうに頷いている。

「それに、わざとじゃないからな」

アルバート様が、何故か私に視線を送る。

(今こっち見る必要あった!?アルバート様は、何か私に言いたいことでもあるんですかね!?)

アルバート様に文句を言いたかったが、ベスの手前、黙っておいた。

ここで大人同士が喧嘩しては、みっともない。

「さあ、帰ろうか」

アルバート様に促されて、帰る準備をしようと馬の手綱を握りかけた時に、大事な事を思い出した。

「すみません、ちょっと待ってください」