軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

123  イザベラ様との契約

「あの赤いドレスを着た女性、ご存じ?この方は、うちの国の方なんだけど」

「いいえ、不勉強で申し訳ありません。存じ上げません」

「まあ、知らなくて当然よね。昔の人だしね。彼女は、9日間だけ王位に就いた人なの」

頭の中で歴史書を紐解いてみたが、まったく記憶にはなかった。

自分の記憶力には自信がある。

もしかしたら、歴史から抹消された人物なのかもしれない。

「彼女には、ほんの少しだけ王家の血筋が流れていたのよ。それを舅が権力欲しさに王位を簒奪しようと目論んだの。彼女はそんな企み、何も知らなかったみたいなんだけどね。知らない間に、いつの間にか女王になっていたのよ」

「それは・・・」

「結局、王位は元の第一王位継承者が奪い返したわ。彼女は何とか許されたけど、今度は実父が王家に反旗を翻したせいで、またもや彼女も捕まったの。彼女自身に反逆の意思はなかったのよ。でも、生かしておいたら、またいつよからぬ輩に利用されるかわからないでしょう?処刑されたわ」

(なにそれ?血生臭すぎて、さすがに怖すぎるんだけど!?)

私の恐怖で引き攣った顔を見て、イザベラ様は楽しそうに笑った。

何がそんなに可笑しいのか、全くわからない。

「ね、すごいでしょう?彼女は家族に殺されたのよ。舅に、父に、そして王位第一継承者である従姉によってね」

「そ、そうですか・・・」

「わかった?優しいだけじゃだめなのよ。王族になるということは、常に情報を張り巡らせて生きていかないといけないの。国の中でも、外でも、家庭でも」

「・・・すみません。正直アルバート様と結婚するのが、怖くなってきました」

「うふふ、だから言ったでしょう?『よく考えてね』って」

(イザベラ様、貴女の忠告はわかりにくいんですよ)

たとえ宮廷が陰謀渦巻く場所でも結婚する意志は固いが、それでも心の中でイザベラ様を罵っておく。

「もう船に乗ったんだもの。今さら降りられないわよ。お兄様にも、貴女たちが結婚することは報告済みよ」

(貴女は伝書バトですか!?)

私たちが結婚することを知った瞬間に、ライアン様にも報告していた。

この方の手に情報が渡れば、あっという間に広まってしまうだろう。

「私を恨めしそうに見るのはやめてよね。きっとアルバートも、喜び勇んで報告したはずよ」

「えっ・・・」

「逃げられないように、外堀は早く埋めておかないとね」

「・・・・・・・・・」

(・・・・・・他に言い方はないの?)

にやりと薄笑いを浮かべるイザベラ様を見て、これからのことが不安になってきた。

「あら、そんな心配そうな顔をしなくていいのよ。アルバートのことだもの、貴女が宮廷で生きていけるように、完璧に用意を整えているはずよ。すでに家庭教師も手配していると思うわ。あの子自身も、貴女を助けるだろうしね」

「・・・それは、ありがたいです」

学ぶことは好きだが、命がけの学びになりそうだ。

私は、思わぬ大変な場所に足を踏み入れてしまったのかもしれない。

「それでも心配なら、私が貴女の後見人になってあげる。どう?元王族の私が後見人よ。誰にも文句を言わせないわ。それに、私は面倒な人間だからね。面倒な人間には、誰も関わり合いになりたくないでしょう?私が後ろにいるってわかったら、誰も貴女に手を出せないわよ」

にっこりと口角を上げて、イザベラ様が微笑んだ。

なんとなく目の奥が笑っていない気がするが、この申し出をありがたく受けていいのだろうか。

(・・・悪い人でないのはわかっているけれど、本当に信用していいの?)

後見人の存在は重要だ。

先ほどの話のように、後見人が権勢を振るえば、思わぬ悲劇を招くこともあるのだ。

宮廷での立場を守ってくれる一方で、私に影響力を及ぼし、重要な情報を握られる危険性も伴う。

無条件に信頼できるほど、私はまだイザベラ様を知らない。

「・・・・・・失礼ですが、なにか裏がありませんか?」

「別にないわよ。でも、私が否定しても疑うんでしょう?」

「いえ・・・」

「うふふ。アンナ様は正直ね。嘘のつき方を教えてあげたでしょう?使わないの?」

「イザベラ様には、使いたくありません」

「ふふっ。本当に面白い人ね。どうして?使えばいいじゃない?」

「・・・イザベラ様とは、これからも長くお付き合いをしたいと思っているので」

「あら。嬉しいことを言ってくれるのね。じゃあ、取引しましょうか?それなら安心できる?」

瞼を深く下げたイザベラ様の目は、細く糸のようになった。

瞳の奥を覗きたくても、深く閉じられた瞼のせいで何も読み取ることができない。

「・・・・・・・・・内容によります」

「慎重なところも、貴女の美点の一つよね。いいこと、それこそが宮廷で生きていくコツよ。よく覚えておいてね」

「・・・はい」

先ほどまで笑みを絶やさなかったのに、イザベラ様は突然表情を引き締め、私をじっと見つめた。

その視線に心臓が小さく跳ねたと同時に、低く、落ち着いた声が部屋に静かに響いた。

「セインとダイアナの味方でいて」

「え?」

「それが私が貴女の後ろ盾になる条件よ。どうもあの子は、頼りなくてね」

「それは、まだ小さいから・・・」

「ええ、そうよ。セインは、これからどんどん変わるでしょうよ。そのために、惜しみなく教育に力を注いでいるのよ」

イザベラ様は、壁に並ぶ肖像画の一枚一枚に丁寧に目を遣った。

その視線は、まるで過去の人たちの思いを確かめるかのようだった。

不意にイザベラ様の視線が、暗い石壁に囲まれた場所で兄弟が不安気に寄り添う絵を見て止まった。

(あの絵は、行方不明になった王子たちを描いた作品よね?)

歴史的に有名な事件だったから、多くの画家がこの王子たちをテーマにして描いている。

王位継承争いに巻き込まれて、歴史上姿を消した王子たちだ。

殺害された可能性が高いとされているが、真相は今でも闇の中だ。

「でもね。世の中、何があるかわからないじゃない?お兄様の平和な治世が続くことを願っているけど、何かあれば、セインたちにお鉢が回ってくることがあるかもしれないでしょう?私はね、無用な争いに巻き込まれたくないのよ。ただ、家族仲良く、静かに平穏に暮らしたいの」

「今のロズモンド王家は、兄弟仲がいいと伺っています。イザベラ様は、心配しすぎではありませんか?」

「ええ、そうね。私たちの仲は、すごくいいわよ。だから、セインたちのことを頼んでるのは、貴女だけじゃないわ。アルバートにも、お兄様にも頼んでいるわよ」

「それなら、私に頼む必要はないのではありませんか?」

自分で責任を取れないことに、軽々しく頷くわけにはいかない。

安請け合いは、命取りになりかねない。

「でもね、保険は多いほうがいいじゃない?先々のことを考えて、損はないのよ。別に難しいことは頼んでいないはずよ」

「・・・・・・イザベラ様は、すごく用心深いんですね」

「だってアンナ様、思い出して?私のお母様の出身は、どこだったかしら?」

「・・・ドルネイル、でしたね」

北の大国ドルネイル。

ワシの紋章を掲げるドルネイルは、国王が亡くなると同時に、「王冠か、死棺か」を合言葉に、兄弟で王位継承争いを始める。

強い者が統治してこそ、国が発展するという考えに基づいているのだが、渦中にいる王族の子女たちは、生きた心地がしないだろう。

「そう、ドルネイル。兄弟殺しで有名なワシの紋章を掲げるドルネイル。ねぇ、ワシって、兄弟殺しをするんでしょう?」

「・・・エサが豊富にある時は、兄弟殺しはしないそうですよ」

「ふふっ、さすがアンナ様ね。本当に何でもよくご存じね。でも、いつまでもエサが豊富にあるなんて、誰にもわからないじゃない?」

「・・・・・・そうかもしれませんね」

「私はね、お母様から人の欲望の怖さを散々聞かされて育ったのよ。だから悪いけど、目に見えない人の気持ちは、あまり信用できないの。だから、モノや条件を介在させるの」

「・・・・・・・・・」

「アンナ様ったら、そんな困ったような顔をしないで。大丈夫。私たち、兄弟仲はとてもいいのよ。兄はまだ若いし、ベスとリチャードもいるわ。王位継承争いなんて、起こりっこないのよ」

「じゃあ、どうして・・・」

「単に私が臆病なだけよ。自分の心の安定を図るために貴女に頼んでいるだけだから、心配しなくていいわ。貴女は何もしなくていいのに、最強の後ろ盾を得ることができるのよ。いい条件でしょう?」

どう返事をしようと目を彷徨わせば、先ほどのヤモリがちょろちょろと動いて、天井に移動していた。

ヤモリはトカゲと一緒で、自分の身が危うくなると、しっぽを切って逃げる。

「・・・わかりました。でも、私にとって一番大事なのは、アルバート様です。イザベラ様がアルバート様に味方する限り、私はずっとセイン様をお助けします」

イザベラ様が裏切ることはないと思うが、私にとって一番大事なのは、アルバート様だ。

あどけない笑みを浮かべて花を渡してくれたセイン様は可愛いが、そこだけは譲れない。

イザベラ様は、口元に手を当てて可笑しそうに笑った。

「アンナ様のそういうところ、本当に好きよ。下手に安請け合いしないところが、信頼できるわ」

「私も、本当のお気持ちを知ることができて、イザベラ様のことが好きになりました」

「そう?嬉しいわ、ありがとう」

「ただ、もう少しわかりやすいと嬉しいです。失礼ですが、イザベラ様は、かなり捻くれていますよね?」

「仕方がないじゃない?浮気する父に、それを嘆き悲しみながら、延々と人の怖さを説いてくる母に育てられたのよ。そんな両親を全く気にしない天真爛漫の兄に、何を考えているかわからない異母弟までいるのよ。おまけに、絶対ないと思っていた王位継承争いには巻き込まれそうになるしね。これで捻くれない方が、不思議よ」

「・・・・・・・そうですね」

(私、自分だけが苦労を知っているつもりになっていたけど、違ったわね)

何不自由なく暮らしているように見えたイザベラ様だって、色々な苦労を背負っていた。

人それぞれに、見えないところで大変な思いを抱えているのかもしれない。

イザベラ様はホットミルクを満足そうに飲み干すと、テーブルに置いた。

私も、残っていたホットミルクを全て喉に流し込む。

ホットミルクは、冷めてしまったせいか、喉を通るときにほんの少し重みを感じた。

「さあ、もう寝ましょう。明日、披露宴に行かないといけないんでしょう?肌の調子を整えて、美しくして行ってきなさいよ。そして、自分が捨てた女がどんなに美しくて、いかに勿体ないことをしたのか、後悔させてあげるといいわ」

「・・・・・・はい」

ルナ様に夢中のヘンリー様が、私を惜しむことはないだろう。

同じく幸せの絶頂にいるルナ様も、私なんて眼中にないはずだ。

でも、私だって、自分で選んだ幸せを掴み取った。

大変なことが待ち受けているかもしれないが、アルバート様のそばにいることができれば幸せだ。

もう、二度と私がヘンリー様に対して心を動かすことはないだろう。

部屋を出ようと扉に手をかけ、イザベラ様を振り返る。

ほんのわずか迷ったものの、私は口を開いた。

「お伝えしていなくて、すみませんでした。スタンリー先生は、海の近くで大きな犬を飼っていらっしゃると思います」

「・・・・・・そう、ありがとう」

(・・・これで、よかったのよね)

スタンリー先生の楽しい老後の生活を邪魔して申し訳ないが、まだまだお元気だったのだ。

可愛い元教え子のために、もう少し働いてもらってもいいだろう。