軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

120 カイコ

「ドレス代のことは気にしなくていいわよ。アルバートに払わせるから」

「えぇ!?」

「アルバートは、アンナ様の婚約者ですもの。気にしなくていいのよ。当たり前よ」

「いえ、だからといって、こんな高価な物を買っていただくわけにはいきません」

イザベラ様は呆れたようにため息をつき、青のドレスに目を向けた。

「何を言ってるのよ。貴女、王族になるのよ?みすぼらしい格好をして、周辺諸国や家臣に舐められる気?私たちの装いは、権威の象徴でもあるの。貴女が質素なドレスなんか着ていたら、それこそアルバートの顔を潰すことになるわよ」

「・・・・・・・あまりにも高価すぎて」

「大丈夫よ。これぐらい、決められた予算の範囲内で買えるわよ」

(・・・そんなものかしら)

私の金銭感覚とはあまりに違い過ぎて驚いたが、確かにイザベラ様の言うことにも一理あった。

しぶしぶ頷く私を横目で見つめながら、イザベラ様はロイヤルブルーのドレスに手を伸ばした。

「この青のドレスの生地、『ミカドシルク』って言うんですって。こんなに光沢とハリがあるドレスなんて、初めて見たわ」

「私も初めて見ました。ただ、シルクと言うなら原材料はカイコでしょうけれど、きっと織り方が違うのでしょうね」

「・・・・・・カイコ?」

意味がわからなかったのか、イザベラ様が問いかけるように私の顔を見てきた。

「ああ、シルクの原料は、カイコという『ガ』のマユから作られますから」

「・・・・・・『ガ』」

虫嫌いのイザベラ様が何を想像したのか、ドレスから距離を取り、ついでに自分のドレスにも嫌そうな視線を落とした。

もちろん、イザベラ様のドレスにもシルクが使われている。

「カイコはミツバチと一緒で、人の手で育てるから家畜みたいなものですよ。シルクを作るために育て

て、糸を取るために殺すんです」

「殺す?えっ、使うのはマユなんでしょう?殺す必要はないわよね?」

「成虫になったら、マユを破って出てきてしまいますからね。そうなると、糸が途中で切れて使えなくなるんですよ。だから、マユをゆがいて成長を止める必要があるんです」

「・・・『ゆがく』って、『煮る』ってことよね?」

「はい、そうです」

「命を奪ってる、のよね・・・?」

「ええ、そうですね」

(・・・考えてみたら残酷よね)

カイコは、逃げることも、拒むこともできず、羽化目前で命を奪われる。

人間側の都合で、命の価値を決められるカイコにしたらたまったものではないだろう。

「そ、そうなのね。そう聞くと、なんだか可哀想ね」

「確かに可哀想ではあるのですが、カイコは、人の管理なしでは生きていけないんです。野性に戻そうとしても、生きる力が弱いから、すぐに死んでしまいます。人間はカイコを美しい糸を取るために利用しますが、カイコもまた、人間に頼らないと生きていけないので仕方がないと思います」

一度可哀想に思って、クワの木に置いたものの、脚の力が弱くてすぐに木から落ちてしまった。

たとえカイコを外に逃がしても、クワの葉さえ見つけられずに死んでしまうだろう。

もしエサにありつけたとしても、カイコの白い体は天敵に見つかりやすいから、野生では生き伸びることは難しい。

「・・・大事に育てすぎてもだめなのね」

「人間にとっては、飼い慣らして糸を取るのが目的ですからね。むしろ、野生で生きられないほうが都合がいいんですよ」

うちの養蜂事業のミツバチだってそうだ。

ミツバチが家族のために集めた蜜を取る代わりに、ミツバチにとって過ごしやすい環境を提供している。

彼らだって、人間の手を離れて野生で生きていくのは難しいだろう。

「・・・・・・貴女、学院も出ていないのに、色々なことを知っているのね。やっぱり、スタンリー先生に学んだからかしら」

イザベラ様が頬に手を当て、感心したように言った。

一言余計だと思ったが、イザベラ様に悪気がないことはもうわかったので、そこまで腹は立たない。

「そうかもしれません。それに、うちは母が割と自由にさせてくれたので、その影響も大きかったと思います」

「お母様が?」

「スタンリー先生の教えは自由奔放で、一般の貴族家庭からすると驚くことばかりだったと思います。でも、母が私を止めることはありませんでした」

男子であるオリバーとセオドアだけならまだしも、私には全く関係のないことも沢山あった。

いや、関係ないことだらけだったかもしれない。

「その驚くような教えって、なんなの?」

「・・・野宿の仕方とか、野生動物を捕まえる罠の作り方、とか、ですかね。あとは、食べられる木の実や生き物について、とか」

早く狼煙をあげる方法を教えてくれたのもスタンリー先生だ。

そういえば、アルバート様は片腕が使えない時の身体の使い方を習ったと言っていた。

アルバート様も言わないだけで、王族としては要らない知識が沢山あるはずだ。

「そ、そう」

「もし母が私を止めていたら、私がこんなに色々な知識を得ることはなかったと思います。無駄と思われるかもしれませんが、意外な時に役に立ったりします」

(まあ、ほぼ使わないけどね)

知っていて損はないが、令嬢としての学びの優先順位としては低いだろう。

きっと母もそう思っていただろうに、私たちが興味を持ったことを止めることはしなかった。

「いいお母様だったのね」

「そうですね。虫嫌いの母でしたが、弟が生き物に興味を持った時は、悲鳴をあげながらも容認していました。おかげで弟は今でも虫が好きだし、将来の仕事に活かせそうです」

「・・・・・・すごいわね」

「ただ、本人は好きでやっているだけですけどね。成果は二の次です」

「違うわよ。すごいのは、貴女のお母様よ。お母様は虫が嫌いなのに、どうしてやめさせなかったのかしら」

「親が嫌いな物は、子どもも苦手になりますからね。多分、自分のせいで、子どもの可能性を狭めるのが嫌だったのでしょう」

母はアリの脱走事件後に、家で虫を飼うことを禁止した。

だが、虫を家に持ち込みさえしなければ、オリバーのやることに口を出さなかった。

研究好きな父にそっくりなオリバーには何を言っても無駄だと諦めていただけかもしれないが、寛容ではあった。

でも、母が自由にさせてくれたおかげで、虫や植物に興味を持ち続けたオリバーは、肌に良いクリームを開発することができた。

オリバーの作った目潰しは、商品化されるだろう。

もしかしたら、これからも商品化できるものを開発するかもしれない。

でも、例えお金にならなくても、本人はすごく楽しそうだ。

あれほど夢中になれるものを見つけられたのだ。

それだけで、オリバーの人生は価値あるものになったに違いない。

「・・・・・・セインも、虫に興味を持っていたわ」

「ああ、そうでしたね。虫が好きな子どもは多いですよね」

カマキリが見たいと言ったセイン様のキラキラした瞳を思い出す。

どこにでもいて、小さくて動く虫は、子どもを惹きつけてやまない。

私たちも小さい頃は、走り回ってよく捕まえたものだ。

「・・・・・・アンナ様、カマキリって、どこに行けば見られるのかしら?」

「え、カマキリですか。植物が沢山生えている場所ならどこにでもいると思いますが、今日見たオオカマキリなら、草むらや畑なんかでよく見ますよ」

「そう。じゃあ、私、セインを連れて、今からカマキリを探してくるわ」

「え、ええ?」

イザベラ様は廊下に顔を出して、見えもしない執事に呼びかけている。

「ジョシュア、ジョシュア、今からセインを連れてカマキリを探しに行くから、準備してちょうだい!」

「え、イザベラ様、今からですか?」

「ええ、そうよ。思い立ったらすぐに行動しないとね」

「も、もう夕方ですけど?」

カマキリは、気温が高い日中の活動が中心だ。

もちろん、夕方に見つけることもできるが、動きが鈍くなるから見つけにくいかもしれない。

「『善は急げ』って、言うでしょう?そろそろセインの勉強が終わる時間だから、丁度いいわ」

「そ、そうなんですか?ずいぶんと急ですけど・・・」

「いいのよ。『時は金なり』って言うからね」

「あの、でも、虫、苦手なんですよね?」

「大丈夫。『なせば成る』よ。強い意志があれば、何でもできるわよ!」

(本当に大丈夫なの?)

カマキリを見て、腰を抜かさんばかりに驚いていたイザベラ様が、自ら虫を捕まえに行くなんて。

気でも狂ったのだろうか。

イザベラ様は、お出かけに必要な物をぶつぶつと呟いている。

「ダイアナのおむつ、おしぼり、それに着替えもいるわよね。帽子と上着も必要だわ。ああ、飲み物も持って行かないと!それにお腹が空いた時用に、おやつも必要かしらね・・・」

「あ、あの・・・」

「子どもが小さいと、ちょっと出かけるだけでも大荷物になるのよ」

「え、ええ、そうですよね。あ、あの、では、私も一緒に・・・」

「ああ、気にしなくていいわよ。フランシス隊長にお願いするからいいのよ。アンナ様は、明日のために英気を養う必要があるからね。ゆっくりしてて」

(フランシス隊長に、荷物持ちをさせる気!?)

部隊全体を指揮する立場の隊長に、まさか荷物持ちをさせるつもりだろうか。

護衛の仕事に、その仕事が含まれているとは到底思えない。

「いや、でも・・・」

「大丈夫、大丈夫。アンナ様のことは、ジョシュアに頼んでおくから。旦那も忙しくて家に帰ってこないし、なにも気にすることはないわよ」

「いえ、あの・・・」

「何か欲しいものがあれば、ジョシュアに言えばいいから。心配しなくても大丈夫よ。ジョシュアは、呼べば勝手に来るからね。じゃあ、ちょっと行ってくるわね」

執事の名を叫びつつ、イザベラ様はまるで風のように去ってしまった。

(呼べば来るんじゃなくて、イザベラ様の大声に仕方なく応じているだけじゃないの・・・?)

これからひとりで、何をすればいいのだろう。

ひとり取り残された部屋で、私は呆然と立ち尽くしてしまった。