軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

111 アンナの不満

ふかふかのベッドに、ビロード生地のような手触りのいい毛布。

ぼんやりと目を開けた私の視界に、この世の者とは思えないほど美しいアルバート様の顔が映った。

まだ、夢の中なのだろうか。

「・・・・・・・・・夢?」

「いや、現実だよ」

「!!!!!!!!!!!!」

声にならない悲鳴をあげて身体を起こすと、心配そうに覗き込むアルバート様の顔があった。

私はいったいどうしてしまったのだろう。

頭が混乱して、状況がうまく飲み込めない。

「え、えっと、すみません、私・・・?」

「君は具合が悪くなってになって倒れたんだ。過呼吸というらしい」

「過呼吸・・・?」

「姉上がそう言っていた。念のために医者も呼んだが、同じ見解だった。君は不安や恐怖といった精神的ストレスが原因で倒れたらしい」

「・・・・・・・・」

ロズモンド王国広しといえども、求婚されて、パニックになって倒れる女性もなかなかいないだろう。

恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。

「あの、本当にすみません」

「いや、いいよ。私の方が君に迷惑をかけてしまった」

いつも威風堂々としているアルバート様が、今は力を失ったように萎んで見える。

つい自分のことばかり考えてしまったが、アルバート様は、求婚した相手にその場で気絶されたのだ。

私よりショックは大きいだろう。

「本当に、本当に申し訳ありませんでした」

頭を下げても下げたりない。

どうして私はこうなのだろう。

アルバート様を傷つけてばかりのような気がする。

「私のことは気にしなくていい。無理をさせて悪かった」

「いえ、こちらこそ、本当に申し訳ないです」

「いや、君は悪くないのだから、謝らなくていい。水でも持ってこようか?」

「いえ、大丈夫です、本当に、本当に、本当に申し訳ございません」

自分の失態に頭を抱えたい。

なんとかしてアルバート様に、結婚したくてもできない自分の気持ちを伝えたかったのに、倒れるなんてあり得ない。

どうしていいかわからず顔を覆っていると、アルバート様は思いもよらぬことを言いだした。

「それより、ヘンリーの披露宴のことを考えようか」

「それより!?」

(『それより』って、何?今、アルバート様は『それより』って、言ったわよね!?)

ヘンリー様の披露宴は、私の求婚の返事より大事なことなのだろうか。

先ほどまで沈んでいたアルバート様が、今は冷静で事務的な仕事の顔をしている。

その感情の切り替えの早さにびっくりしてしまう。

「ああ。披露宴は明日だしな」

「え、あの、ちょっ、ちょっと待ってください」

「いや、時間がない」

「時間って・・・」

「いつまでも二人で頭を下げ続けても、意味はない。時間の無駄だ」

(いや、わかるけど!?)

謝罪の応酬をしていても話は前に進まないから、私だってすぐに切り上げる。

でも、私が話そうとしているのは、人生が大きく変わる「結婚」の話なのだ。

アルバート様が忙しいのはわかるけど、もう少し時間を取ってくれてもいいのではないだろうか。

まるで仕事をこなすかのように話を続けるアルバート様についていけない。

呆然とする私に、アルバート様は更に驚くことを言ってのけた。

「だからアンナ嬢、私と偽装婚約しないか?」

「は?さっきまで、結婚を申し込んでくださっていましたよね?なんで婚約を偽装する話になるんですか?」

(どういうこと!?)

アルバート様の意図が全然わからない。

詰問するように問いかけたのに、アルバート様は感情を見せることなく、淡々と話し続けた。

焦ってパニックになっている自分が、ひどく馬鹿らしく感じる。

「そうしないと、君は一人で披露宴に出席しないといけないだろう?披露宴会場にエスコートできるのは、身内か婚約者だけだ」

「・・・・・・それはそうですが、別に大丈夫ですよ。二時間程、会場の隅にいるだけだからいいって、先ほども言ったじゃないですか」

「そんなわけにはいかないだろう。ホランド伯爵が、わざわざ君を披露宴に呼んだということは、何か考えがあると思うよ。ホランド伯爵は、あまりいい噂を聞かないからね。君に何を仕掛けてくるかわからない」

「本当に平気です。貰った慰謝料は相場より高かったですが、法律的に問題がないことを確認しています。私が責められるようなことは、何もありません」

貰った慰謝料の金額は高かったが、法律的には何の問題もない。

いくら力のあるホランド伯爵でも、法律という壁を完全に無視することは不可能だ。

「君は、まだまだ甘い。法律は万能ではない。例外規定や抜け穴だってある」

「でも・・・」

「それに、ホランド伯爵が法律を必ず守るとは限らない。他人が自分と同じ考えを持つと思うな。ホランド伯爵がどのような手段を取ってくるかわからない以上、盾になってくれる人間が必要だ」

(・・・わかるわよ。アルバート様の言いたいことはわかるわ)

自己中心的なホランド伯爵だ。

どんな言いがかりをつけてくるかはわからない。

でも、これは私の問題であって、アルバート様は関係ない。

「・・・・・どうしてそれを、アルバート様が引き受けないといけないんですか?アルバート様に得になることなんて、一つもないですよ」

「別にいいじゃないか。私が君の役に立ちたいんだ」

「アルバート様、そんなに他人のためばかりに行動していると、利用されて、いつか馬鹿を見ますよ」

「利用されても構わない」

(今、なんて言った!?)

思わず怒鳴り返しそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。

『利用されてもいい』だなんて、どうしてそんな自分を安売りするような言い方ができるのだろう。

あまりにも自分のことを軽んじるアルバート様に、怒りで指先が震えてくる。

「・・・・・・じゃあ聞きますけど、偽装婚約をしたとして、披露宴に出席した後は、どうするつもりですか?」

「すぐに婚約を破棄すればいいだろう」

「は?」

「私に原因があって、君から振られたことにすればいい。正式に発表しているわけでもないから、君に傷はつかない」

「・・・アルバート様。それではアルバート様は、二回も婚約を破棄されるほど問題のある人だと、周囲に思われてしまいますよ。周囲の人がアルバート様を見る目も変わってくるでしょうし、嫌な思いしかしませんよ」

「私は男だからね。平気だ」

「傷つくのに、男も女も関係あります?」

「関係あるだろう」

「ないですよ」

きっぱりと言い切ってやる。

傷つくのに、男も女も関係ない。

性別を問わず、誰だって傷つくのだ。

「・・・・・・そういえば、アルバート様は、婚約を破棄されたことを仕事から逃げる口実に使ったと言いましたよね?今度は、私から振られたことを口実に王都から逃げるおつもりですか?」

「いや、そのようなことはしない」

「そうですよね。だって、それ嘘でしたよね。イザベラ様から、アルバート様が王都にいたら、クーデターの旗印にされる危険があったと聞きました。私には仕事から逃げるためなんて言ったけれど、本当は陛下の御代を安定させるためだったじゃないですか。ご自分が王都にいたら、陛下に迷惑がかかると思ったんでしょう?」

「あ、いや・・・」

「別にそれはいいですよ。王都から距離を取ることは、賢明な判断だったと思います。でも、嘘をつくのはどうかと思います」

「嘘をついたわけでは・・・」

「『嘘』でしたよね?陛下には、『婚約を破棄されたから、恥ずかしくて王都に居られない』って言ったのでしょう?どうしてそんな自らの評判を落とすような真似ばかりするんですか。アルバート様がそんな嘘をついたら、人はアルバート様のことをどう思います?アルバート様は全然悪くないのに、『情けない』とか『責任感がない』って、言われるんですよ。どうして自分で、自分の価値を貶めようとするんですか」

「私は、人からどう言われようと構わない」

(私が嫌なのよ!!!)

何だろう。

アルバート様の自己犠牲的な在り方に、抑えきれない苛立ちが込み上げてきた。

思いきり睨むと、私の剣幕に押されたのか、アルバート様は一瞬たじろぎ、視線を下に落とした。

「私のことは気にしなくていい。私は君の友人だろう?友人というのは、困った時に手を差し伸べるものだ」

「・・・都合のいい時だけ、『友人』を持ち出さないでください。アルバート様は私をお人好しだと言いましたが、アルバート様の方が、よほどお人好しですよね。自分のことは顧みずに、いつも人のためばかりじゃないですか」

「・・・・・・・・・」

お人好しもほどほどにしてほしい。

自分を大事にしないアルバート様に、腹が立ってしかたがない。

「アルバート様、だめだめじゃないですか。損ばっかりしていますよ。私のため、陛下のため、きっとベスやイザベラ様に何かあったら、自分の身を犠牲にして、また庇うんでしょう?」

「別にそんなことは・・・」

「そんなことあります」

実際、自分の身を顧みずに川に落ちたベスを助けた。

それなのに、ベスの身を危険に晒したと陛下に謝ったアルバート様。

誇るべき瞬間さえ、恐縮していた。

(どうして?どうしてアルバート様は、自分を大事にしないの?)

自分を犠牲にして、人のために尽くすアルバート様が悲しかった。

まるで贖罪をするかのように、献身的に人に尽くすアルバート様。

尽くして、尽くして、尽くして。

その先にあるのは、いったい何なのだろう。

アルバート様にとって、そこから得られるものなど、本当にあるのだろうか。