軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■第32話 そして手を取り合う

謝る私に、今代の聖王だという青年は気さくに笑った。

「ええよー」

聖王様は教会で一番偉い人だから、何となく髭が長くて威厳の溢れるお爺さんを想像していたのだけれど、皇帝陛下より少し年上くらいの青年だった。独特の話し方も気になるけれど、それ以上に何と言うか、その、ノリが軽い。

「おふたりさんが取り込み中の間、このワンコちゃんが相手してくれてたし。主人に似んと愛想の良い子やで」

「きゃん」

聖王様は膝の上で撫でていたポメコを降ろす。放置されていた聖王様にきちんと癒しをお届けするポメコ。できた犬である。

「ええっと……申し遅れました、聖王様。リーニャ・コールです」

「改めましてどうも、りーにゃん。今代の聖王や」

この部屋に私が飛び込んでまもなく、追いかけてきた人たちも雪崩れ込んできてあわや大騒動となりかけたのだけれど、皇帝陛下がしれっと「聖王、彼女は客です」と言い、聖王様がすかさず「そういやこの子に犬の散歩頼んでたわあ」と話を合わせ、事態を収拾してくれたのだった。

「そこの皇帝とはマブダチってとこかな。こいつ帰すの遅くてごめんな、話長いの先代譲りやねん。本題前についつい無駄話してもうて。そうそう、ボコボコにはしてへんから安心してな」

「そ、それは忘れてください……」

皇帝側と教会側は伝統的に不仲だと聞いていたけれど、どうやら今代の「皇帝」と「聖王」同士は、そうではないらしい。そして「りーにゃん」という謎の呼称が地味に気になるのだけれど突っ込んでいいのか分からない。

「いやー、それにしても、聖王の間に突っ込んでくるとか度胸あるシスターやね。しかも……ふっ……犬連れて大勢に追われて全力疾走って……ぶふっ……ネタやわあ……」

皇帝陛下のみならず、聖王様にまで笑われる始末である。帝国で一番偉い人と教会で一番偉い人に、揃って笑われるというこの状況。穴があったら入念に深堀りしてから入りたい。

「っていうかりーにゃん、よく本部に入れたな? いくら可愛いシスターでも、門番が通さんと思うねんけど……」

「あ、えっと……知り合いの神官様に、紹介状をいただきまして。それで通れました」

「紹介状?」

怪訝な顔をする聖王様に、おずおずと紹介状を差し出す。聖王様は目を通し、「ああ」と苦笑した。

「ブレイズめ、こっちが呼んでものらりくらりと来んくせに。銀星印入りの紹介状なら、そりゃ門番も通すか」

聖王様はけらけらと笑いながら、私に紹介状を返した。ぎんせいいん、が何かは分からないけれど、どうやら聖王様は神官様のことを知っているような口振りだったので驚いた。まさか下町のおんぼろ教会のしがない一神官のことを聖王様が知っているとは。

「あの、私が力尽くで無理やり神官様にお願いして、脛を蹴るぞと脅して紹介状を書いてもらったので、神官様のことは、怒らないでいただけると……」

不法侵入を手伝ったことで神官様が罰を受けたら大変だと焦り、慌てて言い添える私に、聖王様はまた笑った。

「あはは、別にブレイズを咎めたりせんよ。要約すると『うちのシスターが遊びにいくからよろしく』みたいな感じやから嘘は書いてないし。りーにゃんのことは犬の散歩を頼んでたシスターってことで通すから大丈夫」

「それは、ありがとうございます……」

聖王様、いい人である。お礼を言って頭を下げると、「ええ子やわあ。飴食べる?」と、可愛い包み紙に入った飴玉を差し出された。いい人である。受け取ろうと手を伸ばしたら、皇帝陛下が不機嫌そうに聖王様の手をべしっと叩いた。

「聖王、リーニャを餌付けしないでください。リーニャ、知らない人から食べ物をもらうなと言ったでしょう。飴なら帰ってからいくらでもあげますから」

「心狭いわ皇帝……」

「もう知らない人じゃないですもん……」

皇帝陛下は両者からの非難をさらりと無視し、不機嫌な顔を上機嫌に戻すと、両手を広げるようにして「ほら座ってください」と言った。膝の上に戻れと言いたいらしい。

さっきは気が動転していたから流されるままに膝の上での抱っこ状態を受け入れてしまったけれど、今は冷静なので、空いている椅子に座った。「遠慮しなくていいのに……」と残念そうに言われたが取り合わない。

「リーニャが冷たい……」

「どこの世界に皇帝陛下の膝に座って聖王様の話を聞く一般人がいますか……?」

そんな皇帝陛下と私の様子を、聖王様はテーブルに肘をついて愉快そうに眺め、そして言った。

「ええで皇帝、今回の件に協力したる」

「ありがとうございます、聖王」

何の話だろう、と思って皇帝陛下の方を見ると、「今日はリーニャとの結婚について相談に来ていたんです」と返ってきた。

そもそも皇帝陛下はどうして聖王様のとこにいるのだろうと思っていたら、まさかの私のことだった。

「えっ。どうして聖王様に結婚の相談を……?」

「皇族は代々、四大貴族もしくはそれ相当の貴族から嫁を取る。そこに平民のりーにゃんやから、貴族からは反対意見が必ず出るやん?」

「そこで、聖王に口添えのお願いをしにきたんです。聖王の推薦した人物であれば、四大貴族でも反発し難くなりますから。表面は祝福、内心では渋々、滞りなく認められるでしょう。まあそういうことをしなくても、反対意見なんて無視で押し通すこともできますが……リーニャは穏便な方がいいかなと思って」

「陛下……」

私が穏便にお願いしますと言ったことを、流さずに受け止めて、聖王様に根回しすることを考えてくれたのか。

いやだから正式な婚約すらしていない段階で結婚の根回しをするんじゃない、と思う前に、もはや率直に嬉しいと思ってしまったから、どうやら私も相当に末期らしい。

「でも、あの、聖王様……」

嬉しい気持ちは一旦置いておき、聖王様に向き合って、恐る恐る口にする。

「正直、私は聖王様に推薦されるほどの偉業を成し遂げた人間ではないのですが……」

「犬と一緒に大聖堂を全力疾走」

「それを偉業に数えないでください」

偉業か恥かと問われれば間違いなく後者である。

「その、偉業どうこうの前に、まず、ごめんなさい。大聖堂に入っておいて何ですが、私は本物のシスターではないんです。これはバイト先の服を借りただけなんです。なので不法侵入なわけで……」

「知っとるよ。ブレイズの教会のとこの、懺悔室のシスターやろ。もはやお悩み相談室と化しているという。おんぼろ教会のお悩み相談シスターって、けっこう噂になってるの知らん?」

「えっ」

普段はほとんど人の来ない目立たない教会なのに、懺悔室には毎週人が来るなとは思っていたけれど、知らないうちに噂になっていたらしい。

「皇帝からりーにゃんのことは前々から相談されててな。この目の死んだ男が惚れた言うのがどういう子かなと思って、仕事中の姿をこっそり見にいったこともあるねん」

「え。聖王様、来てたんですか。え。どこにいたんですか」

「普通に屋根裏やけど」

だから普通に屋根裏に潜むんじゃない。

「それで、ええ子やなって思ったよ。相手が子供でも大人でも真剣に話を聞いて、自分の考えで答えてて。これが推薦理由の一つ」

「……」

「それと、この皇帝はこのままやと駄目になるんちゃうかと思ってたけど、りーにゃんと関わってから目に生気が戻ったから。それも推薦の理由。……百を救うために十を殺す判断を厭わない者は、いずれ簡単に千を殺す。こいつがそうなったら潰そうかなーって思ってたけど」

聖王様は一瞬だけ鋭い目になって、それからすぐに楽しそうな目に戻った。

「りーにゃんとのやりとりを見てたら、そうならなさそうかなって。血染めの皇帝っていうより恋に浮かれる浮かれ皇帝や」

「浮かれ皇帝」

たった今新しい(そして最高に格好悪い)異名を付けられたご本人をちらりと見たら、なんだか真剣な眼差しでこちらをじっと見つめていたのでドキッとした。私と目が合った皇帝陛下は、「間近で見るリーニャのシスター姿を堪能しているだけなのでお気になさらず」と真剣な声で言った。うん。確かに浮かれ皇帝であると納得して、聖王様に向き直す。

「つまるところ、今後も皇帝を支えてやって欲しいってとこかな。っていうか、りーにゃんが手に入らんかった場合のこの男の鬱具合を考えたらもう何かアレやから人身御供的にむしろ万難を排して結婚してもらいたい帝国の未来のためにも」

後半は早口の長文だったから、いまいちよく聞き取れなかったのだけれど、聖王様が私を推薦に足ると思ってくれていることは分かった。エオルスさんのように、私が皇帝陛下といることを望ましいと思ってくれる人がいること。今はそれが、素直に嬉しい。

「あとぶっちゃけた話、この推薦は『今代の聖王と皇帝は友好関係ですという宣伝の材料になる』っていう、下心も多分に含まれてるから」

「……宣伝?」

「皇帝と教会が組織的に長年対立してるのは本当やねんけど、そういうの、この代から改善していきたいなと思ってて。もとは同じ血筋なんやし、遠い親戚同士仲良くしたいやん? 幸いこの皇帝はその方針に賛同してくれたから、こうしてマブダチなわけやけど。だから政治目的に利用されたと思って諦めてな?」

と、悪人っぽく笑う聖王様。私に気負わせないようにと気を遣って偽悪的に振る舞うあたり、なんとなく神官様に通じるものを感じる。つまり、いい人である。

「さて、聖王の推薦も取りつけましたし、これで話は終わりです。帰りましょうかリーニャ」

と、皇帝陛下が席を立ち、手を差し伸べる。その手を取って、私も立ち上がった。空気を読んだポメコが聖王様の膝から降り、私たちの足元に来る。

「えーっ。もうちょい、りーにゃんと喋りたいねんけど。なあ、りーにゃん?」

「えっと、聖王様がそうおっしゃ……」

「リーニャ。今日のおやつ、まだですよね。帰りにリーニャが以前話していたクレープ屋に寄りましょうか」

「すみません聖王様、火急の用があるためここで辞去いたしたく……」

「おやつの威力」

最後まで愉快そうに笑っていた聖王様に、感謝の言葉とお別れの挨拶をし、皇帝陛下と手を繋いだまま、ポメコを連れて大聖堂を後にした。

こうして、「皇帝陛下が帰って来ない事件」は幕を閉じたのだった。