軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■第27話 パン屋の娘は気の早い心配をする

お城で迎える朝も今日で三日目。

物思いに沈んだ顔で皇帝陛下に挨拶をして朝食の席に着いた私が、食後の紅茶の段になっても浮かない表情のままだったので、皇帝陛下と三メイドたちが俄かにざわついた。

「深刻な病では」

「間違いなく医者案件」

「この中にお医者様はいませんか」

「どうしたんですかリーニャ。一昨日も昨日も朝食の後はこの世の楽園を見たみたいな顔をしていたリーニャがそんな深刻そうな顔をして、一体何があったと言うんですか」

えっ、私、いつも朝食の後そんな顔してたんだ……。恥ずかしい……。

「いえ、その……」

気持ちをシリアスに切り替えて。

昨日の座学では、基礎知識としてハイドラの皇族についてのあれこれを聞いた。

そこで、皇帝陛下は皇族であるという当たり前の事実を改めて認識して、求婚を受け入れた場合に将来的に待ち構える重大な問題に今さら気が付いて、ずっと悩んでいる。

「あの、陛下……」

「……なんでしょうか」

私が深刻に切り出したものだから、皇帝陛下も表情を硬くして応じる。いつもの優しい眼差しが、すっと研ぎ澄まされたように鋭くなる、それだけで室温が少し下がったような気がする。

朝日の射し込む爽やかな食堂には似つかわしくない重々しい雰囲気の中、膝の上で拳を握り、おずおずと切り出した。

「陛下は私との子供、欲しいですか……?」

「………………………………………………」

皇帝陛下は謎の間を置き、そして冷えた刃のような雰囲気を一変、輝くような美しさで微笑んだ。

「分かりました。明日でリーニャが帰るので今夜こそ枕投げをと思っていましたがもうそっちはどうでもいいです。リーニャから許可が出たので夜這いにします」

「何が分かったんですか。というかまだ枕投げを諦めてなかったんですか。そして今のどこに許可の要素がありましたか。あと今日こそは寝室に鍵を掛けてバリケードも築いておこうと決意しました」

さきほどまでの重い空気が雲散霧消、一瞬で和やかムード、皇帝陛下は「リーニャは気が早いんですね」と照れ、三メイドたちは無表情ながら感慨深そうに拍手。

いや、恥じらわれても祝われても困る。シリアスさせてくれ。

「ああよかった。リーニャに離婚を切り出されるのかと思って身構えてしまいました」

「いや離婚も何もまず結婚してないですよね」

「そうですよね、結婚どころかまだ婚約すらしていないのにリーニャはもう子作りのことを考えていたなんて……積極的なんですね嬉しいです」

「いやあの全くそういう話ではなくてですね」

「そうだ子供の名前。ちょっと早いですけど今のうちに名前を考えておかないと」

「ちょっとどころではないです落ち着いてください陛下」

「俺はたくさん子供がいると嬉しいなと思うのですがリーニャはどうですか」

「そこ! そこです!」

「?」

やっと軌道修正できそうだったので大声で止める。首を傾げる皇帝陛下に、昨日から悩んでいたことを話す。

「その、結婚したら子供ができたりもするんでしょうけれど、その、もしも、子供が一人じゃなかった場合には、皇帝の子同士ですから、最終的には、こっ……殺し合いに、なるんですよね……?」

恐る恐る口にしたら、「え、そんなことさせませんけど」と、きょとん顔で言われた。

「そんなアホみたいな慣習、廃止するに決まっているじゃないですか」

「……。……。えっ、そんな、陛下の一存であっさり廃止していいものなんですか?」

「この国で皇帝の一存以上に何か要りますか?」

無邪気とさえ言える微笑みで、この上なく覇者の言葉を口にする皇帝陛下。

でも、確かにそうなのだった。

だってこの人は、一存で帝国を動かせる唯一の人なのだから。

「まあ、実際には一部の貴族が反発するでしょうし、あと聖王側への報告も発生しますが、そのあたりの細かいことは任せてください。決してリーニャに悲しい思いはさせませんから」

皇帝陛下は私を安心させるように言って、それから何気ない調子で「自分がして嫌だったことを家族にさせるのも嫌ですし」と続けた。

たぶん本人は特に意図せず口にしただろうその言葉は、それだけに本心だと分かって、胸が詰まった。血の繋がった兄弟姉妹で殺し合わずに済む環境。当たり前のように思えるそれは、彼にとっては当たり前ではなく、皇帝の地位を使って初めて叶うものなのだ。

そんなこちらの感傷など知らない皇帝陛下は、「そういうわけですから安心してください。俺としてはこの食堂の座席が全て子供たちで埋まるくらいの大家族だと賑やかで素敵だなと思います」と、きらきらした瞳で言った。夢いっぱいの眼差しで家族計画を語る姿は何というか正直いじらしいのだけれど、その、けっこう無茶な内容なので、後でエオルスさん辺りに説得してもらおう。

しかし昨日から深刻に憂鬱だった自分は何だったんだと思うくらい、あっさりと解決の道を示されてしまった。すっかり安堵して、急速に緊張が解けていく。

「……もう、そういうことなら早く言ってください」

「だってリーニャが婚前交渉の許可をくれるとは思ってなかっ」

「いやだからどこに許可の要素がありましたか」

「あ、ほらリーニャそんな細かいことよりも後ろ」

皇帝陛下に言われ、食堂の扉の向こうからカリカリと小さな音がするのに気が付いた。ライズさんが扉を開けると、「きゃん!」と一声、白いふわふわが元気よく入室してくる。

「ポメコ!」

近頃のポメコは匂いを辿って私の現在地を探し当てるという芸当ができるようになったのである。賢い。しかもミッシェルベル様との特訓で私があまりポメコに構えないことを早くも悟って朝食の直後などの間隙を狙って遊びに誘いに来るのである。健気。ちなみに入室前に扉を前肢でカリカリ引っ掻くのはポメコなりのノックである。可愛い。

てちてちと駆け足のポメコは、まずはご主人様である皇帝陛下の足元に行って一礼(できた犬である)、回れ右をして私の方に来た。椅子から降り、屈んで出迎える。

「よしよし。よーしよし。いいこいいこ」

「きゃん。きゃん?」

ポメコは「おはようございます。ところで朝の手慰みにブラッシングなどどうでしょうか?」みたいな瞳で見上げてくる。もう。この。させていただきます。

「可愛いが毛玉になったみたいな生き物なんだからもう」

「リーニャはポメコ相手だとちょっと何を言っているのか分からないことを口走りますね。リーニャは天使じゃないかと薄々思っていたのですがもしかして天使語ですか?」

「ちょっと何を言っているのか分かりません陛下」

ふと、皇帝陛下がポメコに最初に付けた情緒の欠片もない名前を思い出した。さっき子供の名前がどうとか言っていた皇帝陛下だけれど、うん、心配だ。子犬に「リーニャ陥落1号」などと命名するこの人には絶対に名付けを任せてはならない。ここは至極真っ当なネーミングセンスを持った私が名前を考えるしかあるまい。

そんな心配と決意したけれど、皇帝陛下の言う通り気が早い自分が恥ずかしくなり、ポメコを撫でながらひとりで赤くなった。ちらと顔を上げると、三メイドが無言で感慨深そうに目頭を押さえていた。人の胸中を読むことに長け過ぎである。

こんな平和な朝だったから、これから起きる一騒動を予感すらしていなかった。

今日も昨日と同じように、体幹と筋肉の訓練、テーブルマナー講習を兼ねた昼食、体幹と筋肉の訓練を兼ねたポメコの散歩、見識を深めるためであって別に騎士団長の姿をこっそり網膜に焼き付けるためではない騎士団の訓練の覗き見までを恙なく終えた。

次の細かな作法の勉強に入る前に、休憩を挟む。そろそろ皇帝陛下とのおやつの時間である。

ミッシェルベル様は「講師役である以上は教え子よりも更に見識を深めなくてはいけないのでわたくしはもう少しだけ長く騎士団の訓練を眺めていきますわ」とのことだったので、ひとりで先に訓練場を後にして、部屋に向かう。私に熱い指導をくれるだけでなく、己の研鑽にも手を抜かないミッシェルベル様。さすがである。

本日の皇帝陛下は多忙そうで、昨日と違って昼食の席に姿を現さなかった。皇帝陛下のいない食事は寂しい。おやつの時間は一緒に過ごせたらいいなあと思いながら応接室を目指していると、慌ただしく駆けるエオルスさんが横切った。

「あっ」

と、エオルスさんは私に気が付いて踵を返すと、狼狽した様子でこう訊ねてきた。

「シルヴィス見なかった?」

「え。一緒に朝食を取ってからは、見かけていませんが……」

「そっか。そうだよね。変なこと聞いてごめんね」

エオルスさんは途中で我に返ったように急いで笑みを浮かべたけれど、全く普段通りを装えていなかった。

いつもふわふわと笑っているこの人がこんなに慌てているのは、弟が冷たいとか、弟に怒られたとか、弟に忙殺されるほどの仕事を振られたとか、とにかく弟絡みのことでしか見たことがない。

「陛下に何かあったんですか?」

去ろうとする後ろ姿に問うと、エオルスさんは立ち止まった。振り向いたその顔は、私に言うか言わないか逡巡している様子だ。

「陛下に何があったんですか?」

少し言い方を変えて再度訊ねると、エオルスさんは観念したように口を開いた。

「……シルヴィスが帰ってこないんだよ」