軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■3章おまけ パン屋のコール夫妻

パン屋のコール夫妻は、娘に絶賛メロメロである。

数か月前、夫妻が心から尊敬する眼つきの悪い神官が、里親を探しているのだと言って連れてきた、六歳の女の子。女の子は神官の後ろにぴったりとくっついたまま、「リーニャです」と名乗った。

夫妻は結婚して数年を経た今も、毎日が新婚一か月の如き熱々の仲であったが、なかなか子宝に恵まれなかった。そこに来て、この出会い。

「運命だわ!」

「運命だな!」

夫妻は喜んで、女の子の里親になった。

リーニャは大変、いい子だった。

初日、リーニャは朝が早いことに定評のあるパン屋を営む夫妻よりも先に起きていて、ぺこりと頭を下げて「おはようございます」と挨拶をした。六歳児にあるまじき礼儀正しさ。夫妻、感激である。

「ええ子やあ……」

「ええ子やあ……」

その後、日中にうつらうつらしているリーニャの様子から、別に早起き体質なわけではなく、単に昨晩よく眠れなかっただけではないかと推測した夫妻は、リーニャにお昼寝を勧めた。リーニャは「ぎんぎんにさえています」と断った。コール家では最年少者のお昼寝が法律で定められていると言ってみたら、「わかりました」と素直に応じてベッドに行き、秒で寝落ちしてくれた。夫妻、一安心である。

その日の夜、夫妻はリーニャに寝る前のホットミルクを作り、ラベンダーのポプリを枕元に置き、寂しさ対策に手作りのぬいぐるみを渡した。それらが功を奏したのか、ここが安心して眠れる環境であると悟ったのか、リーニャは朝までぐっすりと眠ってくれた。夫妻、ハイタッチである。

なお、ぬいぐるみは制作者である夫曰く「焼く前のパン生地の妖精」だったそうだが、リーニャが受け取った際に「あいけんにします」と言ったことから、その事実は伏せられ、白くてふわふわな子犬として運用された。何にせよ愛犬認定されて、夫、鼻が高い。

リーニャは大変、いい子だった。

洗濯や掃除を進んで手伝い、夫妻の言う事をよく聞き、コール家の法律に従って粛々とお昼寝をし、日中はパン屋業に精を出す夫妻の邪魔にならないよう、神官のもとへ読み書きを習いに行くか、部屋で一人遊びを極めており、お菓子や玩具を欲しがることもなく、というか何一つ要求を口にしなかった。

それは「いい子」を通り越して、ちょっと異様と言える振る舞いだったけれど、夫妻は異様だとも何とも思っていなかった。まるで深読みしなかった。夫妻は物事を深く考えないタイプなのである。「リーニャちゃん爆裂いい子」という感想が全てである。毎日がべた褒めである。夫妻が褒め言葉を口にする時、笑顔の類を見せたことのないリーニャの口元が、ちょっとだけ緩む。

この大変いい子な振る舞いは、新しい家の人たちに失望されないようにと、懸命に編み出された結果である。ゆえに、「もう少し子供らしくしてもいい」、「たまには我儘を言ってもいい」等々の言葉を投げかけられていたら、それすなわち渾身の処世術の否定であり、リーニャは自分に失望して人生に絶望していたかもしれない。

けれど上述の通り、まるで深読みをしない夫妻がリーニャに対して口にする言葉は「リーニャちゃん爆裂いい子」それに類するものが全てである。それがどれだけリーニャに幸福を与えたか、夫妻は知らない。

そして、半月ほど経った頃。

リーニャは未だに笑顔を見せないけれど、食器洗いを手伝ってうっかり皿を割った時にこの世の終わりみたいな顔をすることはあったけれど、それでもコール家に来た当初に比べ、その表情は遥かに柔らかくなっていた。

が、今日は随分と暗い顔である。「ここ最近なんだかしょんぼりしているなあ」とは夫妻も思っていたけれど、一段と暗い顔である。

「あの……」

夫妻は身構えた。挨拶以外で、リーニャから話しかけてくることは珍しい。しかもこんなに言い辛そうに。すわ恋人か。早くないか。彼氏を連れて来るのか。まさか玄関の向こうにスタンバイしているのか。早くないか。心の準備が。夫妻はハラハラしながら、しかし努めて平静を装って「なななな何かな?」と訊いた。

「ほんとうにわたしで、よかったのでしょうか」

夫妻は同時に首を傾げた。覚悟していた彼氏紹介じゃなかった上に、全く予想していなかった質問だった。

「……だって、わたしの、かみとめのいろ……」

「髪?」

「目?」

リーニャは気まずそうに、夫妻の顔を見た。顔立ちは当然、どちらとも似ていない。何より夫は金髪に灰色の瞳、妻は黒髪に緑の瞳。リーニャは髪も瞳も栗色。夫妻のどちらの色でもない。誰から見ても、ふたりの実子には見えないだろう。

「せけんのみなさまに、ふぎのこだと、おもわれるかも……」

「不義の子」

「不義の子」

六歳児の口から出たまさかの単語に、夫妻は大笑いした。

「リーニャちゃん難しい言葉を知ってるのね!」

「リーニャちゃん将来は偉い学者さんだなあ!」

とても深刻に悩んだ末に切りだした話がめちゃくちゃウケて、リーニャは困惑した。娘の困惑をよそに、夫妻は「賢い」「天才」「しかしどこでそんな語彙を」「神官様の本棚のラインナップに原因が」等々、大盛り上がりである。

ついに困惑を通り越して呆然としているリーニャに、夫妻はにこにこしながら言った。

「リーニャちゃんの髪と目の色なら、誰もが一目でうちの子だと認めるから大丈夫よ。だって、いい感じに焼き上げたパンの色と同じなのよ」

「もはや焼きたてパンの妖精と言っても過言ではない。焼きたてパンの妖精なんだぞ? 誰がどう見てもこれ以上ないくらいパン屋の娘だぞ」

「……」

栗色の髪と瞳の人間など、この国にはたくさんいる。そんなことを言い出したら、焼きたてパンの妖精だらけである。パン屋の娘で溢れかえってしまう。

けれど。

「……そういう、ことなら……」

リーニャは夫妻の謎理論を受け入れた。頬を緩ませながら。

自分たちの謎理論が、どれだけリーニャに幸福を与えたか、夫妻は知らない。

「おとうさんとおかあさんが、そういうなら……」

なお、リーニャが「おとうさん」「おかあさん」と口にしたのは、これが初めてだった。夫妻、感激である。

「天使!」

「女神!」

「ようせいはどこへ……」

パン屋のコール夫妻は、本日も娘に絶賛メロメロらしい。

リーニャはパン屋の娘に生まれたことを、心から幸福だと思っている。