軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■第22話 そして陥落を自覚する

顔を上げる。皇帝陛下と目が合う。

覚悟していた落胆の色は全くない、いつもと変わらない目と。

「……そんなこと、どうして分かるんですか」

「思ってもいないことを適当に口にしているかどうかくらい、声で分かりますから」

「声?」

「実しやかに嘘を吐き、呪う相手に笑顔を向けて、もてなすように陥れる。そういう世界で過ごしていると、自然と他人の本心を読めるようになるものです」

皇帝陛下は歌うようにそう言って、そして、愛おしそうな眼差しを向ける。

「リーニャは本心で言ってくれました。行動は非情でも理由は非情ではないと。責められる状況ではないと。……そう思ってくれる人がいて、嬉しかったですよ」

「……。……。それでも、陛下のことをそう思う人は、私以外にもきっといます。私じゃないと駄目な理由は、ないです……」

「そうですね。きっと他にもいるんでしょう。でも、リーニャじゃないと駄目です」

肯定を重ねた懺悔室と打って変わって否定を続ける私を、なお彼は肯定する。

「あの時、あの教会の懺悔室にいたのはリーニャでした。あの時、話を聞いてくれたのも聞きたかった言葉をくれたのも、リーニャでした。過去に戻りでもしない限り、それは他の誰にもできないことです」

皇帝陛下は「ほら」と笑う。

「リーニャじゃないと、駄目でしょう?」

その姿がいつかのように、きらきらと輝いて見える。やめてほしい。今きらきらするのは反則である。心臓に悪い。なんでこう、皇帝陛下は初回から今に至るまで、あの手この手で私の心臓を脅かしにかかってくるのか。

「でも、それは偶然、その時そこにいたのが、たまたま私だったというだけで……そん、それだけのことで、す、好きになりますか。何なんですか。惚れっぽいんですか」

もはや情緒が迷子になって、最終的にはキレ気味になった。しかし皇帝陛下は腹が立つくらい余裕の態度で、むしろ楽しんでさえいる表情で、逆に訊き返して来た。

「リーニャはどうしてポメコが好きなんですか?」

「えっ。それは……あんな可愛さの暴力みたいな生き物、好きにならない方が無理な話です」

「その言葉をそっくりそのままお返しします」

「……」

何を言っておるのかこの人はという気持ちを如実に表情に表したのが私、言い返さない私にしたり顔なのが皇帝陛下である。

「ああそうそう。以前リーニャは『なぜ自分なのか』と聞く時に、こう言いましたね。『身分も平民ならパン作りの才能も微妙なら取り立てて美しくもないのですが』と。思えばちゃんと答えていなかったので、今答えますね」

一か月以上も前に私が口走った言葉を一言一句違えずに再現し、皇帝陛下は指を一本立てる。

「まず身分。皇妃になればその時点で帝国における最も尊い身分の女性になりますから何の心配もいりませんね。はい解決」

「な、なん、何なんですかその暴論は。順序がおかしくないですか」

皇帝陛下はこちらの突っ込みを優雅な微笑みで封殺し、二本目の指を立てる。

「次にパン作りの才能ですが……えっとまあ確かにリーニャのパン作りの才能は無し寄りの微妙ですが、リーニャが焼いたパンという時点で国宝級なので問題ありませんね。はい解決」

「無し寄りの微妙ってほぼ無しじゃないですかそこは微妙でいいじゃないですか」

失礼な物言いに対する当然の抗議はやはり封殺、そして三本目の指を立てる。

「最後に取り立てて美しくもないとのことでしたが、そんなことはないですね。それこそ思い違いです。リーニャが美しくないと言うのならこの世に美しいものなんて存在しませんから。リーニャは世界で一番美しいです。この世で最も可愛い存在です。このまま野に放っておくのも心配になってきたので最近では幽閉も検討しているくらいです。閉じ込めるための部屋ならありますしね。リーニャの可愛さにこちらの心配は募るばかりです。とにかくリーニャは可愛い。はい解決。ああ、三つすべて解決ですね」

ふんわりと監禁予定が聞こえた気がするけれど、もはや物申すどころではなかった。今までだって可愛い可愛いと連呼されたことはあるというのに、今日の可愛いに限ってどういう訳だか攻撃力が高かった。あのきらきらには火力上昇の効果でもあるのか。一気に顔に熱が昇ってきて死にそうだ。ちょっと酸素の濃い部屋に行かせてほしい。冷たいレモン水を飲ませてほしい。

「かっ、かわ、可愛くないです」

「口元にクリームを付けて睨んでも可愛いだけです」

「……」

どうやらメロンのケーキを食べ終えた段階から、ずっとクリームが付いていたらしい。速やかに死にたい。

「なん、なんで、なんですぐに言ってくれないんですか!」

「どのタイミングで教えると一番恥ずかしいかなと思って、つい」

悪魔か。

人間が恥ずかしさで死ねるなら即死しているレベルの羞恥に愕然としている僅かな間に、皇帝陛下は席を立ってこちらの長椅子に移動、すぐ隣に腰を降ろした。だからなぜ距離を詰める。

「こんな可愛さの暴力みたいな生き物、好きにならない方が無理な話ですよね?」

皇帝陛下はそう言って、私の口元を布巾で優しく拭った。無邪気な笑顔でにこやかに追い打ちをかけてくる。魔王か。

「リーニャに心底惚れているということを、今度こそご理解いただけたでしょうか」

魔王はそんなことを問うてくる。

初めて面と向かった時と同じ、熱量過多の眼差し。

それを至近距離で真っ直ぐに向けられて、あの時は返事をしなかったけれど、今度はちゃんと、頷いた。

「ご理解、しました」

真っ赤な顔で呻くように返事をしたら、皇帝陛下は恭しく私の手を取り。

「俺に『落とせ』と言ったのはリーニャですから」

握られているのは手ではなくて、心臓かと思うような。

「責任を取って、ちゃんと落ちてくださいね」

そんな、心奪われる笑顔を見せた。

言われるまでもなく、もうすでにだいぶ落ちてしまっているのだけれど、そんなことを口走ったが最後、この人はたぶん秒で婚姻届けを持ってくるに違いないから。

「……善処します」

聞こえるか聞こえないかの小さな声で返事をするに留めた私を、皇帝陛下はにこにこと眺めているのだった。

第3章 終