軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■第19話 餌付けの効果

「陛下……そんな……嘘……?」

「嘘ではありません。これが今日のおやつです」

メロンのケーキだと言うからメロンが載ったケーキなのだと思っていたら、メロンをくり抜いた中に果肉とスポンジとクリームが詰められた珠玉の一品が出てきて瞠目した。

今、私は理解した。ああ。これこそが、真の。

「ばえ……!」

震えながら声を漏らす私に皇帝陛下は「ばえ……?」と首を傾げつつも、「さあ遠慮なく召し上がってください」と嬉しそうに目を細めて促す。

「はい、いただきます……」

恐る恐るフォークを伸ばし、丸く切り取られた宝玉のような果肉と、雪を思わせる純白のクリームを口に含めば、芳醇なメロンの甘みとクリームのコクの二重奏が舌に広がる。

「んんー……!」

席に着くまでは、私はちゃんと「今日は淑女らしく振る舞う」と決めていた。何度飲んでも驚くほど美味しい紅茶を一口飲んだ瞬間に淑女たらんとする意志がまろやかに溶けかけたけれど、そこを強靭な精神力で立て直し、今日はケーキを食べても呻き声を上げないぞと決めていた。なのにこの体たらく。

至高の宝玉を飲み込んで、一息つく。うっかり天を仰いで唸ってしまったことに気が付いて恥ずかしくなりながら、おずおずと目の前の皇帝陛下に視線を移した。よかった。皇帝陛下は皇帝陛下でメロンのケーキに感動しているようで、俯いて片手で口許を押さえた状態で肩を震わせていた。これなら私が天を仰いで唸った姿は見られていまい。危ないところだった。

「……リーニャ、今日のおやつはどうですか?」

感動をやり過ごせたらしく、顔を上げて幸せそうな微笑みでこちらを見る皇帝陛下に、心からの賛辞を返す。

「はい、陛下。今日のおやつも最高です」

お互いファーストインパクトを無事に乗り越えたので、二口目からは仰け反ったり震えたりせず、お上品に食べ進める。

世間で言う「お茶会」とは、お菓子は添え物で歓談が主目的だと思うのだけれど、皇帝陛下と私のお茶会では、本日のメインお菓子を完食するまではあまり会話がない。でも時折お菓子から視線を移動させれば、にこにこと至極楽しそうにしている皇帝陛下と目が合うし、私の方も全身全霊で幸せに身を浸しているので、静寂の中にあっても特に気まずさは無い。ただただ至福の時間である。

ゆっくりとメロンのケーキを食べ終え、タイミングよく供される食後の紅茶に口を付ける。一通りの給仕を終えると三メイドの皆さんは退室するので、応接室には皇帝陛下と私のふたりきりになる。

「……」

「……」

メロンのケーキに夢中になっている間は大丈夫だったのだけれど、至福の時間の余韻が溶けるとともに、徐々に今朝から感じていた謎の緊張が舞い戻って来た。

部屋に皇帝陛下と私しかいないという厳然たる事実を把握すると、余計に、こう、気まずいわけではないのだけれど、何なんだろう。なぜさっきまで平和にケーキを堪能できていたのか分からない。

今までのお茶会だと、このあたりでようやくお茶会らしく世間話(ポメコの換毛期がどうとか、まだ見ぬ料理長の話とか)が始まる。いつも通り何か話さなくてはと焦って、そうだエオルスさんからの依頼をこなさなくてはと思い出し、若干見切り発車で口を開いた。

「ところで陛下のお兄さんっていい人ですね」

「……」

会話の無い状態で「ところで」と切り出すと最高に不自然だということが身に染みて分かったけれど、皇帝陛下の方は脈絡の無さに言及することなく、なんだか遠い目になった。

「リーニャは食べ物をくれる人間にはすぐ懐くんですね……」

「そ、そ、そんなことは」

人を餌付けしやすい野生動物のように言わないで欲しい。

「シュークリーム一個で初対面の人間をいい人判定して……」

「ち、違います。ハーブティーもいただきましたから」

皇帝陛下は遠い目を憂いの眼差しに変え、そして真面目な顔になって、小さな子供を諭すような口ぶりで「いいですかリーニャ」と言った。

「世の中は物騒なんです。お菓子で釣るような相手を信用してはいけません。相手がリーニャの好物で油断を誘う狡猾な誘拐犯だったらどうするんですか。リーニャに食べ物を与える人間には必ず裏があると思って警戒して欲しいです」

「割と深めの墓穴を掘ってませんか陛下」

「なのに、何の警戒もせずに見知らぬ相手からお菓子を受け取って……。たまたま今回の相手は脳内が平和な兄さんだったからよかっ……よくない。兄さんと。仲良く食べたんですよね。シュークリーム。きっとリーニャのことですからそれは美味しそうに食べたのでしょうね。俺の知らないところで」

穏やかに、しかしそこはかとなく冷気と怨念の籠った声(特に後半)で紡がれた言葉に、ハッとした。

やっぱり皇帝陛下、私とエオルスさんが美味しく食べた期間限定の桃のシュークリームを自分だけ食べられなかったことを悲しんでいるのだ。シュークリームで拗ねる皇帝。それを狭量だと誰が責められよう。帝国の頂点だって人の子である。ましてや彼は、おやつ愛の深い青年である。気持ちはとても分かる。

「陛下……!」

使命感に駆られて謎の緊張が吹き飛び、ついでに淑女たらんとする意志も吹き飛んだ私は、だんとテーブルに両手をついた。

「今度お茶会に来るときに、絶対にシュークリームを買ってきますから。絶対に期間限定の味を入手しますから。ぜひ一緒に食べましょう。必ず陛下にも桃のクリームのシュークリームを食べてもらいますから……!」

「……」

身を乗り出す勢いでシュークリームをお土産に持ってくる宣言をすると、こちらの情熱に反して、ぽかんとした表情を返された。あれ。何か対応を間違えただろうか。