軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お茶会

その後、わたしの記憶が戻ったことは侍女や家令などのごく限られた使用人達にのみ伝えられた。

わたしの呼び方も『シア』や『お嬢様』のままにしてもらった。

この見た目で『エリシア』と呼ばれても違和感が強いので、それなら『シア』のほうがいい。

「君は『シア』の記憶もあるのか?」

と、公爵に訊かれて頷いた。

「はい、あります」

「そうか。……もし、君が望むなら『シア』として過ごせばいい。もちろん、記憶を取り戻しているのだから『エリシア』としても過ごしても構わないが……」

「しようにんたちをこんらんさせたくないので、このまま『しあ』としてすごしたいとおもいます。……わたしも、こどものころをやりなおしているようでたのしいので」

「分かった。……ここでは好きに過ごすといい」

その言葉は素っ気なく聞こえるかもしれないが、表情はとても優しかった。

それから、公爵が懐から何かを取り出した。

「ああ、そうだった。……これを今後は常に身に着けておくように」

「……ねっくれす、ですか?」

「ああ、結婚祝いの箱に残っていた黒魔術を解析し、それから作られたものだ。このネックレスを着けた状態で、君が黒魔術をかけた犯人に触れるとネックレスの石が光るようになっている」

しかし、そんなものを身に着けていても犯人を探し出せるのだろうか。

「……あ、しゃこうきだから……?」

これから、王家主催の夜会が社交期の幕開けとして開かれる。

そこから四ヶ月ほどの間、貴族達は社交を行う。

地方の貴族達も社交のために王都に来るため、毎年、この時期は忙しくなる。

……わたし、こんな状態だけど……。

「あえて、君の状態を公開する。こういう場合、黒魔術をかけた犯人は『魔術がどの程度効いているか確認するために』大抵、近づいてくるものだ。君はネックレスが光った時に触れていた相手を覚えておいて、後で私に教えてくれ」

「わかりました」

ジッと公爵に見つめられる。

伸びてきた手が、わたしの頬に触れた。

「クリームがついている」

口元のクリームを取った手が離れ、公爵がナプキンで手を拭う。

……こ、子供っぽいことしちゃった……!

恥ずかしくて、照れくさくて、でも公爵の優しい微笑みは全く嫌ではない。

「こうしていると、君はシアでもあり、エリシアでもあるのだと実感する」

「どちらもわたしですから」

公爵様が眩しそうに目を細める。

「ああ、そうだな」

そうして、頭を撫でられた。

……本当に分かっているの?

シアの時と変わらない子供扱いは嬉しいような、少し不満なような気持ちになる。

でも、どうして不満なのかわたし自身もよく分からなかった。

* * * * *

社交期となる直前、一通の手紙が公爵家に届けられた。

それは貴族派の最有力家であるフェネオン侯爵夫人からの、お茶会の誘いだった。

同じ貴族派のヴァンデール伯爵家出身のわたしは招かれて当然だが──……この状態のまま出ることになる。

……毒婦の次はなんて言われるかしら。

行けば確実に好奇の視線にさらされるだろう。

「嫌なら欠席と伝えよう」

と、公爵は言ってくれたけれど、いつ元に戻るか分からないのに欠席し続けるのは難しい。

それなら、確かに公爵の言う通り犯人探しも兼ねて出席したほうがいい。

「いいえ、いきます」

「父上、それなら僕もついていきます。女性だけのお茶会ですが、子供を連れていく者もいるそうですから、僕が一緒に行っても不思議はないでしょう」

「そうだな。……シア、どうせなら『記憶がないまま』で過ごせばいい。途中でお茶会に嫌気が差したらユリウスと遊んで、時間を潰して帰ってくることもできる」

……大胆なことを言うわね。

でも、その提案は面白そうだと思った。

今のわたしは毒婦として演じることはできないし、もう演じる意味もない。

それならば、記憶のない少女のふりをしていたほうが無難だろう。

「はい、そうします」

「シアと一緒に出かけるのは初めてだね。すごく楽しみだよ」

「わたしもたのしみ」

「せっかくだから、お揃いの色で揃えた服で行こう」

ユリウスの楽しそうな様子に公爵様が、仕方ないな、というふうに微笑んでいた。

………………………………。

………………………………………………。

………………………………………………………………。

そうして、お茶会の当日。

わたしとユリウスはお揃いの色合いで服を合わせた。

髪と同じ赤色のドレス姿のわたしに、同じく赤を主体にした装いのユリウス。

二人で並ぶと色を合わせているのがよく分かるだろう。

玄関に向かうと公爵がいて、その姿を見て驚いた。

「こーしゃくさま……?」

公爵まで赤を主に使った装いだった。

「お茶会まで送ろう。手紙で伝えてはいるが、私が直接シアについて伝えたほうがいいだろう」

「そうですね。……父上に送迎を頼んだほうがいいよ」

と、ユリウスも言うので、任せることにした。

「こーしゃくさまとゆりうす、いっしょなの、嬉しい!」

ユリウスと公爵と手を繋げば、しっかりと握り返してくれる。

二人の穏やかな微笑みを見ると心が温かくなった。

馬車に三人で乗って、目的地のフェネオン侯爵家に向かう。

「シアはフェネオン侯爵夫人との関わりはどの程度だ?」

「おちゃかいにはしょうたいしていただいていました。でも、どくふとしてふるまっていたので、いつもおちゃかいではすきかってしてしまっていて……」

「あまり良い関係ではないということか」

「はい……」

公爵が、ふむ、と呟く。

「今後は王家派と貴族派の関係のためにも、ヴァンデール伯爵家と繋がりを持たなくても済むように、夫人とは良い関係を築いておきたい」

「どりょくします」

フッと公爵が微笑んだ。

「そう気負わなくとも、今のシアなら大丈夫だろう」

「うん、シアはシアらしくしていればいいよ」

……そうだよね。

今は毒婦エリシアではなく、シアなのだから『初めまして』のふりをすればいい。

それに子供だから、多少のことは見逃してもらえると思う。

馬車が侯爵家の敷地に入り、到着する。

ユリウスと公爵が降りて、公爵に抱えられた。

出迎えた侯爵家の家令にユリウスが招待状を渡す。

「ようこそ、お越しくださいました」

「お茶会の場まで案内を頼む。この通り、まだ息子達は子供なのでな」

「かしこまりました」

家令の案内で、ユリウスと公爵、公爵に抱えられたわたしで進む。

外でのお茶会なので、建物を回った庭園に案内された。

ユリウスと公爵がお茶会の場に現れた瞬間、キャーッと小さいけれど甲高い声がいくつも重なる。

面と向かって話すのは怖くても、遠目に見る分には二人とも見目が良いので楽しいのだろう。

侯爵夫人が席から立ち上がり、近づいてくる。

「アルヴィス公爵、公爵令息、ようこそお越しくださいました。……もしかして、そちらが?」

「ああ、妻のエリシアだ。……不快なことだが、結婚祝いに紛れ込んでいた怪しい品により、黒魔術にてこのような姿になってしまった。記憶も失っているが、以前のような振る舞いはしないから安心してくれ」

公爵に促されて侯爵夫人と顔を合わせる。

フェネオン侯爵夫人はおっとりとした優しい性格の女性で、穏やかな人物だ。

わたしは笑顔で挨拶をした。

「はじめまして、えりしあ・あるゔぃすです。よろしくおねがいします」

それに、周りから小さいけれど騒めきが広がった。

以前の毒婦だった頃とは全く違うからだろう。

「まあ、お可愛らしい。初めまして、レリーシャ・フェネオンといいます。今日は楽しんでいただけると嬉しいです。……公爵様、このような状況の中でお招きしてしまい、申し訳ありません」

「いや、いつまでも隠し通すことはできない。むしろフェネオン侯爵夫人のお茶会ならば、問題も起こらないだろう。シアを初めて出す場所としては最適だ」

「そう言っていただけますと幸いです」

公爵がわたしを地面に下ろし、頭を撫でる。

「ユリウス、後は頼んだぞ」

「はい、父上」

「それでは侯爵夫人、失礼した」

言って、公爵が来た道を戻っていく。

その背中を見送り、顔を戻せば、侯爵夫人と目が合った。

「さあ、席にご案内いたしますね。事情は伺っておりましたので、令息のお席もご用意してあります」

「ありがとうございます」

ユリウスが返事をして、わたしと手を繋いで歩き出す。

テーブルまでの少しの距離だけれど、突き刺さるような、探るような視線を全身に感じた。

しかし、子供なので気付かないふりをして席に着く。

わたしとユリウスは隣り合っており、その席には侯爵夫人と他の令嬢が二人座っていた。

……ナタリアがいない?

いつもなら、こういったお茶会には率先して参加しているのに。

目が合うと令嬢達が微笑んだ。

「こちらはアルヴィス公爵家のエリシア様とご子息のユリウス様です」

「はじめまして、えりしあです。こんにちは」

「初めまして、ユリウス・アルヴィスです。本日はシア共々よろしくお願いいたします」

侯爵夫人の紹介で挨拶をする。

「こちらはランバート侯爵家のシシリー様、ユウェール伯爵家のアメリア様です」

「シシリー・ランバートです。お可愛らしい方々とご一緒させていただけて嬉しいですわ」

「アメリア・ユウェールですわ。よろしくお願いいたします」

先に事情を伝えたからか、貴族派の中でも比較的温厚な性格の人達と同席にしてくれたようだ。

貴族派にも穏健な家とそうでない家があり、ヴァンデール伯爵家は表向きは穏健とされているが、実際はかなりの強硬派だ。選民意識も強い。周りを見回せば、そういう家からは離れていた。

「ケーキはいかが? 公爵令息は甘いものは大丈夫かしら?」

「ユリウスとお呼びください、フェネオン侯爵夫人。僕はあまり甘いものは得意ではありませんが、シアは大好きなのでいただきます」

「あら、ふふふっ」

フェネオン侯爵夫人が小さく笑い、使用人にケーキを取り分けさせる。

ユリウスが受け取り、わたしの前に皿を置いた。

「僕の分もあげるよ」

「ありがと、ゆりうす」

「どういたしまして」

さすがにお茶会で以前のように食べるわけにはいかないので、フォークを持ち、慎重に食べる。

たっぷりのクリームに甘酸っぱい果物の味、柔らかなスポンジ部分の控えめな甘さが丁度いい。

「美味しい?」

「うん」

「良かったね。……フェネオン侯爵夫人、ありがとうございます」

食べているわたしの横で、ユリウスが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

そんな様子にフェネオン侯爵夫人が微笑んだ。

「お気に召していただけて何よりですわ。ですが、そのお姿では今年の社交はお休みされるのでしょうか?」

フェネオン侯爵夫人の問いにユリウスが首を横に振った。

「いいえ、シアはこのまま出席します。どんな姿でも、アルヴィス公爵家の一員ですから。父にとっても、僕にとっても、シアは大切な家族です」

「では、夜会の招待状を送らせていただきますね」

「はい、僕はまだ成年前なので出席できませんが、父とシアが行くことになると思います」

それからも色々な話を振られたけれど、ユリウスが全て答えてくれた。

わたしはケーキやお茶を楽しんでいるだけだったが、きっと、周りからは本当に記憶を失って子供になってしまっているように見えるだろう。

……ん……。

ユリウスの服を少し引っ張り、耳打ちする。

「すみません、シアが化粧直しをしたいそうです」

「使用人に案内させましょう」

「少し、失礼します」

当たり前のようにユリウスも席を立ち、使用人の案内に二人でついていく。

手を繋いで歩きながら話をする。

「フェネオン侯爵夫人、良い方だね」

「うん、やさしくて、きれい」

「そうだね」

化粧室に着き、使用人とユリウスが少し離れた場所で待つ。

使用人が「お手伝いいたしましょうか?」と声をかけてくれたが、さすがに一人で大丈夫だ。

……この小さい体だとみんな優しいのよね。

やはりエリシア・ヴァンデールのあの派手な容姿も近寄りがたい原因だったのかもしれないが、毒婦として振る舞うことで、女性から嫌われていたというのもあるだろう。

用を済ませて身支度を整え、扉を開けると誰かとぶつかった。

「きゃっ」

「わっ」

転びそうになり、思わずぶつかった相手に抱き着いてしまった。

顔を上げると銀髪に水色の瞳をした、儚げな印象のご令嬢がいて、驚いた顔でわたしを見下ろす。

「まあ……!」

慌てて令嬢から離れれば、近くにいたユリウスが駆け寄ってくる。

「シア」

そのまま何故かユリウスに抱き上げられた。

「申し訳ありません、シアがご迷惑をおかけしました」

「いいえ、こちらこそ失礼いたしました。……突然扉を開けてしまってごめんなさい」

令嬢に声をかけられ、わたしは首を横に振った。

「わたしも、だきついちゃって、ごめんなさい」

「大丈夫ですよ。ご令嬢に怪我がなくて何よりです」

そうして、令嬢は化粧室に入り、わたしはユリウスに抱かれたまま庭に戻る。

しかし、戻ってすぐにユリウスがフェネオン侯爵夫人に言う。

「せっかく招待していただいたのに恐縮ですが、僕達はそろそろお暇しようかと。……シアはこの通り小さいので、初めてきた場所で疲れてしまったようです」

と、ユリウスが言い、わたしを見下ろしてきた。

……よく分からないけど、話を合わせて、という雰囲気を感じる。

わたしも、ふぁ……、と小さく欠伸をして目元をこすってみせると、フェネオン侯爵夫人が「あら」と言い、使用人を呼ぶと馬車の用意を申しつけた。

「気付かなくてごめんなさいね。エリシア様がお可愛らしくて、時間がすぎるのを忘れてしまいました」

「いいえ、こちらこそ僕まで参加させていただき、ありがとうございました。ほら、シアもご挨拶して」

ユリウスに促されて、眠そうにしながら小さく手を振る。

「ありがと、ございました……」

それにフェネオン侯爵夫人が「またご招待いたしますね」と微笑んだ。

使用人の案内で玄関に戻り、準備が整っていた公爵家の馬車に乗り込む。

座席に寝かせられ、ユリウスが上着をかけてくれて、外から扉が閉められる。

馬車がゆっくりと走り出し、フェネオン侯爵邸の敷地を抜けて少し経ってから、わたしは起き上がった。