軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

特定

「ユリウス、きゅうにかえるなんてどうしたの?」

そう声をかければ、ユリウスが珍しく難しい顔をしていた。

伸ばされたユリウスの手が、わたしのネックレスに触れる。

「シアが化粧室から出てきた時、ネックレスが光ったんだよ」

「え?」

首元のネックレスを見るけれど、特に変わった様子はない。

「人目の多いお茶会の場で何かされる可能性は低いだろうけど、あの令嬢がシアに黒魔術をかけた犯人なら、警戒しておいて損はないからね」

……全然気付かなかった。

少し離れたところにいたユリウスからは、わたしがあの令嬢とぶつかった時にネックレスが光ったのが見えたそうだ。

だから駆け寄ってきたのだろう。ぶつかったわたしを心配したのかと思っていたけれど、どうやらわたしが思っているより危ない状況だったのかもしれない。

化粧室にはわたししかいなくて、そこにあの令嬢は入ってこようとした。

他に誰もいないあの場所なら、わたしに危害を加えることはできるだろう。

「あんなにはかなげなひとだったのに……」

思わず呟くと、ユリウスが言った。

「外見と性格が必ずしも一致するとは限らないよ。シアだって、そうだったんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「毒婦が実はそうじゃなかったように、か弱そうに見えて実はしたたか……なんて令嬢がいても不思議じゃないってことだよ。父上に急いで報告しないと。……どこの家の令嬢だろう」

ユリウスはまだ成人していないから社交界にも出ていない。

今回はフェネオン侯爵夫人の厚意でお茶会に参加させてもらっていたが、同年代ならともかく、歳上の令嬢達の名前などはさすがに分からないだろう。

……銀髪に水色の瞳……。

記憶を辿り、ふと似た人物を思い出した。

「ばるふぇっとこうしゃく……」

「バルフェット侯爵?」

「うん、あのごれいじょうににた、きれいなぎんぱつにみずいろのめの、ひと。たしか、ばるふぇっとこうしゃくはおうけはで、でもふじんはきぞくはのいえのごれいじょうだったの」

「なるほど、母親の繋がりで今日のお茶会に参加していたんだね」

そんな話をしているうちに公爵邸に到着し、ユリウスと一緒に馬車を降りる。

そのまま、公爵の書斎に向かった。

今は着替えなどよりも、急いでこの情報を伝えたほうがいい。

書斎に着くと公爵が驚いた顔で席を立った。

「二人とも、もう帰ってきたのか? もしや、何か問題が?」

「父上、シアに黒魔術をかけた犯人を見つけました」

「なんだって?」

ソファーに座り、ユリウスがフェネオン侯爵邸での出来事を侯爵に話した。

わたしはネックレスが光っていたのに気付かなかったので、話が終わるまで黙っていた。

それほど長くはない話を終え、ユリウスが言う。

「令嬢の名前は分かりませんでしたが、銀髪に水色の瞳でした。シアが言うにはバルフェット侯爵と色彩が似ているという話です」

それに公爵が眉根を寄せた。

「バルフェット侯爵……アレン、私に届いていた婚約打診の 身上書(しんじょうしょ) を持ってきてくれ」

「かしこまりました」

公爵の侍従が下がる。

わたしとユリウスは首を傾げた。

「身上書……ですか?」

身上書とは、お見合いの際に相手に送る自己紹介文のようなもので、貴族の間では婚約打診を行う際に手紙と一緒に送られることが多い。

娘や息子の肖像画に名前や性別、生年月日、性格や長所などが書かれたものが一般的だ。

「ああ。確か、何年か前にバルフェット侯爵家から婚約の打診があった……と思う」

「父上には多くの婚約の打診があったのに、よく覚えていらっしゃいますね」

「普通は一度断れば諦めるんだが、バルフェット侯爵家は三度、婚約の打診をしてきた。……娘が社交界で私を一目見て慕っているから、是非にと言われたが結婚しても特に利益はないので断った」

「父上の婚約打診は全てそうでしたね」

「断っても頻繁に令嬢から手紙が届いていたが、全て送り返した」

……元より再婚するつもりもなかったのでしょうね。

それが王家のために貴族派の令嬢、それも毒婦と呼ばれたわたしと結婚することになってしまい、公爵も困ったことだろう。

わたしが口を挟むのは気まずくて黙ってしまった。

部屋の扉が叩かれ、侍従がいくつかの身上書を持って戻ってくる。

「お探しのものはこちらでしょうか?」

と、侍従が公爵に手渡し、公爵が中身を確認する。

「ああ、合っている」

そして、公爵が開いた身上書をローテーブルの上に置いた。

分厚い身上書は本のようになっていて、そこに小さな肖像画が入っているのが普通である。

肖像画を見て、ユリウスと二人で「あっ」と声を上げた。

すぐにユリウスが顔を上げて頷いた。

「この令嬢で間違いありません」

柔らかく透き通った銀髪に水色の瞳をした、物静かで儚げな雰囲気の令嬢だ。

瞳と同じ水色のドレスがよく似合っていて──……そういえば、今日も水色のドレスだった。

ユリウスの言葉に公爵が頷き返し、わたしを見る。

「バルフェット侯爵令嬢と付き合いはあるか?」

「いいえ……おうけはときぞくはのいえどうしなので、こうりゅうはほとんどありませんでした」

「もし交流があったとしても、何故バルフェット侯爵令嬢がシアに黒魔術をかけたのでしょう?」

「そうだよね……」

ほとんど関わりなかったのだから、恨みを買う理由なんて──……。

顔を上げ、公爵と目が合って、その理由に思い当たる節があることに気付く。

「……あ、もしかして……」

公爵が小さく息を吐いた。

バルフェット侯爵令嬢は公爵を慕っており、三度も婚約を断られ、諦めずに手紙を送ってきた。

それなのに公爵とわたしが結婚することになったのだ。

……好きだった人が毒婦と結婚なんて、認めたくなかったのかしら……。

「恐らく、君と私の婚姻を解消させるために黒魔術を使ったのだろう。結婚祝いなら本人が開ける可能性も高く、そうでなかったとしても使用人が開ける際に近くにいればかかっていたはずだ」

「なるほど、シアがいなくなれば自分が結婚できると思っているわけですね」

「たとえシアとの婚姻が解消されたとしても、もう一人のヴァンデール伯爵令嬢か貴族派の家の令嬢との結婚になるだけだ。……王家派の貴族との婚姻では意味がない」

「その辺りを理解していないなんて残念な方ですね」

「まったくだ」

……ユリウスって意外と辛辣ね……。

いや、原作では冷淡で細かな性格だったので意外ではないのかもしれないが。

そっくりな顔が二つ、頷き合っている。

「むしろ、黒魔術のおかげで私達はシアの本当の姿に気付けた。そういう意味では礼を言わないとな」

「そうですね、父上」

……性格が悪い……。

それにわたしは苦笑して誤魔化しておいた。

「さて、犯人かもしれない人物は分かったが、どうするか」

公爵が考えるように自身の顎を撫でる。

「踏み込まないのですか?」

「それをするには証拠が足りない」

ユリウスが僅かに不満そうな表情をした。

公爵が顎から手を離すと「アレクセイを巻き込むか」と何でもないことのように呟いた。

……アレクセイってまさか……。

公爵の知り合いで、問題事に巻き込めて、アレクセイという名前の人物など一人しかいない。

「王太子殿下を? 良い案ですね」

……ユリウスッ、そこは止めて……!

「そうだろう? 元々シアとの結婚は王家からの願いでしたものだ。シアに黒魔術をかけて、この婚姻を解消させようとするというのは王家の意向に反意を示すようなものだとは思わないか?」

「ええ、確かにそうですね」

このまま話を進めようとする二人にわたしは戸惑った。

「あ、あの、ですが、おうたいしでんかをまきこむなんておそれおおい……」

「心配することはない。アレクセイも君のことは気にしていたし、君のこれまでについても伝えてある。それにアレクセイは問題事に首を突っ込むのが好きな 質(たち) だから、喜んで手伝ってくれるさ」

「そ、そうなんですね……」

王太子殿下がそういう性格だとは知らなかった。

原作小説では国王になっていたし、ヒーローの王太子はまさしく『王子』という感じのまっすぐで明るく、国や民を思い良き王族という雰囲気だったから尚更、想像がつかない。

「とにかく、アレクセイに手紙を送ってみよう。やる気があるならすぐに来るはずだ」

という公爵の言葉にわたしは頷くしかなかった。

……なんだかすごく大事になりそうな予感がするわ。

* * * * *

「やあ、招待ありがとう、レオンハルト」

公爵の言葉通り、手紙を送ってから数日後に本当に王太子殿下は公爵邸を訪れた。

手紙の返事がくるのかと思っていたが、本人がやって来たのである。

応接室で、公爵とユリウス、そして公爵の膝の上に抱かれてわたしがいる。

……段々、慣れてきたわ。

記憶を取り戻したということになって、公爵からの触れ合いは減ると思っていたのだけれど、何故か逆に多くなった。こうして膝の上にわたしを乗せるのも、もはや習慣化しつつある。

そんなわたし達を、王太子殿下が面白そうな顔で見つめてくる。

王太子殿下は金髪に金の瞳で、ナタリアと色彩は似ているが、ナタリアよりもずっと鮮やかで美しい金髪だ。恐らく二人が並んだらナタリアのほうがくすんだ色味に見えるだろう。

目が合うとニコリと微笑みかけられた。

「正確には初めましてではないけれど、こうして話すのは初めてだね? この国の王太子、アレクセイ・ティエル・ルーヴェニスだ。よろしく、可愛らしい毒婦さん」

「アレクセイ」

どこか意味深な笑みを浮かべる王太子殿下を、公爵が咎めるような口調で呼んだ。

「そう怒るなよ。エリシア・ヴァンデールについては王家でも調査を行なっている。確かにレオンハルトの言う通り、彼女は『毒婦』を演じさせられていただけのご令嬢ということが分かっているし、陛下ともその情報は共有済みだ」

それに、わたしはホッとした。

ほんの僅かだったとしても、誰かに真実を知っていてほしかった。

そうでなければ本物のエリシア・ヴァンデールが浮かばれない。

わたしも背筋を伸ばし、王太子殿下に挨拶を行った。

「あらためまして、えりしあ・あるゔぃすでございます。このたびはごめいわくをおかけしてしまい、もうしわけありません。……これまでの、しゃこうかいをみだれさせるようなふるまいも、しゃざいいたします」

「君に全く罪がない……とは言わないが、貴族のご令嬢が当主や家の意向に逆らうことができないことはよく理解している。そこに暴力や抑圧的な家人の態度が加わり、君は生きていくためにそうするしかなかったというのも調査から推察できる」

どう答えていいか分からず、わたしはつい目を伏せてしまった。

だが、大きな手がわたしの頭にそっと触れた。

「シア、君が俯く必要はない」

「そうだよ、シア」

ユリウスがわたしの手を握る。

……どうして、この二人はこんなにわたしに優しいのだろうか。

あんまりにも優しいから、時々、記憶を失ったふりをしていたことに罪悪感を覚える。

「王家は君の振る舞いについて触れるつもりはない」

「伯爵家についてもか?」

「残念だけど、そういう家は少なからずあるものだからね」

令嬢を、家を盛り立てるための道具として見ている家……ということだろう。

貴族社会ではそういうのはむしろごく普通のことで、令嬢は父親や母親が決めた相手と政略結婚し、後継ぎを産み、嫁いだ家のために社交などを行うのが当たり前だ。

だから、わたしの件も多少度は過ぎているが、王家が介入するほどではないというわけだ。

「でも『公爵夫人に黒魔術で呪いをかけて幼くした件』は問題にできる」

「それは当然だ」

「そうだね、王家が決めた婚姻を潰そうとするなんて正直不愉快だよ」

王太子殿下は笑みを深めるけれど、どこか威圧感がある。

……公爵と友人になれるわけね。

この人が公爵を恐れる姿なんて想像がつかなかった。

「この件については僕のほうから、バルフェット侯爵に伝えるよ」

「侯爵家で秘密裏に処理されてしまわないか?」

「それは難しいね。公爵夫人がこの通り小さくなっているし、この間、フェネオン侯爵夫人のお茶会に出席したんだろう? あれで公爵夫人の現状について広まった。誰もが『公爵夫人に黒魔術をかけた犯人』に興味を示している。ああ、あとレオンハルトとユリウスが、小さくなった公爵夫人を溺愛しているって話もね」

おかしそうに王太子殿下が笑い、公爵がわたしを抱え直す。

「シアはもう、私達の家族だ。大切にして何が悪い」

うんうんとユリウスが横で頷く。

「その様子だと、夫人は君達を怖がらないんだね」

「ああ」

「それはとても稀有なことだ。そして、素晴らしいことでもある」

「その通りだ」

公爵が頷き、またわたしの頭を撫でた。

「それじゃあ、こちらから侯爵に手紙を送るよ。きっと侯爵は慌てて娘を差し出すだろうね」

「まあ、家の今後を考えればそうなるだろうな」

王太子殿下と公爵が悪い笑みを浮かべている。

ユリウスがわたしに耳打ちしてきた。

「シアはああいう笑い方を覚えちゃダメだよ」

……わたし、これでも中身は大人なのだけれど。

ユリウスはわたしの記憶が戻ってからも小さいわたしを見た目そのまま、幼い妹のように扱っている。

元の姿に戻った時、どういう対応をされるか考えると少し怖い。

しかし、いつまでもこの姿のままでいるわけにもいかない。

……そう、いつかは『エリシア』に戻る日が来る。

子供のまま、公爵夫人ではいられないのだから。