軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幼女はチャンス?

「調査結果は?」

どこか苛立った様子でアルヴィス公爵が専属魔術師達に問う。

「結婚祝いの品の一つに黒魔術が仕込まれておりました。贈り物の蓋を開けた際、その近くにいる者にかかるように設定されておりました。現在解析中ですが、恐らく対象の体を一時的に若返らせるものかと……」

チラリと専属魔術師達がわたしに視線を向ける。

「解くことは可能か?」

「普通の魔術であればともかく、黒魔術のほとんどは『呪い』なので……解析を続ければ解呪方法も判明するかもしれませんが、本来『呪い』はかけた者にしか解くことはできません。もしくはかけられた側のほうが強ければ自らの力で解くことも可能です」

「……どう見ても無理そうだな」

公爵に視線を向けられ、わたしは小首を傾げてみせた。

この世界には魔術というものがあり、いわゆる魔法みたいなものだ。

その中でも黒魔術は特殊な部類で、このアルヴィス公爵家は攻撃系の黒魔術に特化している。

……黒魔術に特化してても『呪い』には明るくないのね。

だが、これはある意味ではチャンスだった。

こうして幼くなったわたしは、毒婦エリシア・ヴァンデールではない。

記憶を失った幼い女の子である。これを活かさない手はないだろう。

いっそ、このまま幼い女の子として過ごすのもありだ。

公爵とは政略の白い結婚なので、後継ぎを産む必要もないし、記憶を失ったというふりをすればヴァンデール伯爵家の言いなりになる必要もない。

……そもそも、もう伯爵家を出た身だから父の命令に従う理由もないわ。

そんなことを考えているとクシャミが出た。

「っ、くち……っ!」

それに公爵がピタリと動きを止めて、まじまじとわたしを見た。

もう一度クシャミをすると公爵が家令に顔を向けた。

その顔は少し眉尻を下げて、戸惑っているふうだった。

「レオンハルト様、奥様はドレスの大きさが合わず、今は毛布に包まっているだけのご様子です。まずは入浴して体を温め、ドレスの用意ができるまではユリウス様の幼少の頃の服を着て過ごしていただくのはいかがでしょうか」

「そうだな。……新しく侍女とメイドをつけろ」

「かしこまりました」

家令が下がり、魔術師達が待機している。

その中の一人、若い女性が近づいてきた。

「検査を」

「はい」

公爵と若い魔術師の女性が短くやり取りを交わし、魔術師の女性がわたしのそばで膝をつく。

「初めまして、奥様。エイナ・フーヴェンと申します」

「……エイナおねえちゃん?」

「どうぞ、エイナとお呼びください」

「うん」

穏やかで優しい声に少しホッとする。

今までエリシア・ヴァンデールに、下心なく優しくしてくれた者はいなかった。

だが、目の前の魔術師──……エイナはそういった目的はないだろう。

落ち着いた緑色の髪を肩口で切り揃え、メガネをかけた優しそうな人に見える。

「奥様、ご自分のお名前を覚えておられますか?」

「なまえ……わたし、おくさま、ちがう? ……わかんない……」

毛布の下で自分の腕をつねれば、痛くて涙がにじむ。

それにエイナが慌てた様子で「大丈夫ですよ」と声をかけてくる。

「奥様……あなたの名前はエリシア様といいます。このアルヴィス公爵家……あちらにいらっしゃるレオンハルト・アルヴィス様とご結婚されました」

「わたし、えりしあ?」

「はい、そうです」

「けっこんって、ずっといっしょにいます、のやくそくすること?」

「……ええ、その通りです」

エイナが少し苦笑する。

幼いわたしに政略結婚について伝えるかどうか、悩んでいる様子だった。

公爵のほうを見れば複雑そうな顔をしている。

「エリシア様、何か覚えていることはございますか?」

と、訊かれてもわたしには黒魔術のことなんて何も分からない。

「ううん……」

「先ほどいたお部屋のことは覚えていますか?」

「うん」

「そのお部屋でのことを教えてくれますか?」

恐らく、記憶があるか、黒魔術の手がかりになるものがあるかの確認をしたいのだろう。

……覚えてることって言っても……。

「あのね、まっくろだったよ」

「まっくろ?」

「うん、まっくろぐるぐる、こわかったの。ぱってなって、くろいのきえたよ。きえたら、さむいさむいなの。しらないひとがぽかぽかくれて、おじちゃんきたよ」

「そうなのですね。……エリシア様、こちらの方は『公爵様』とお呼びください」

「こーしゃくさま?」

「そうです、よくできましたね」

エイナが微笑み、わたしの手にそっと触れる。

「少し、調べさせていただきますね」

ふわっと淡い緑の光に包まれたかと思った瞬間、全身に激痛が走った。

思わずエイナの手を払い除け、ソファーに倒れ込む。

「やぁああぁっ!? いたっ、いたぃ、いたいよぉっ……!!」

まるで全身に太い針を刺したような痛みに、涙が出る。

エイナも驚いた様子で硬直していたが、公爵が「反発か」と呟く。

それにエイナが頷き返す。

「はい、全身が強い黒魔術で覆われています。……無理に調べるのはやめたほうがよろしいかと」

「そうだろうな」

ふわりとエイナがわたしを抱き起こし、背中を撫でてくれる。

「申し訳ありません、エリシア様。まだ痛いですか?」

頷くとエイナがもう一度わたしの手に触れたが、今度は全身に感じていた痛みがスッと引いた。

「……いたい、なくなった……」

「良かった……」

エイナが安堵した様子で微笑み、立ち上がる。

「奥様の全身を包む黒魔術のせいで、他の魔術は全て拒絶されてしまうようです。公爵様やご子息様の魔術にも強く反応してしまうかもしれませんので、奥様に魔術を使わないようにお気を付けください」

「治癒もか?」

「恐らくは……残った祝いの品のほうは調査を続けます。何か分かり次第、ご報告いたします」

「ああ」

エイナが静かに下がる。

代わりに扉が叩かれ、家令とメイド達が入ってくると公爵が立ち上がり、魔術師達を連れて部屋の出入り口に向かう。

「こーしゃくさま、さよーなら」

と、声をかけると公爵が立ち止まり、物言いたげな顔で振り返った。

しかし公爵は何も言わずに部屋を出ていった。

その後、メイド達にお風呂に入れてもらい、男物の子供用の服に着替えて、ベッドに寝かされた。

完全に子供扱いされたけど、思惑通りなので素直に従った。

……このまま無害な子供アピールでいこう!

そうすれば、公爵からも義理の息子からもこれ以上は嫌われないだろう。

* * * * *

夜、レオンハルトはエリシアの寝室を訪れた。

新しい侍女が控えの間におり、問うと「入浴後に就寝されました」と言った。

あの後に入浴したのだとしたら、随分と早く休んだことになる。

……いや、子供なら不思議はないか?

ユリウスが幼い頃も就寝時間は早かった。

侍女を控えの間に残し、レオンハルトは寝室に繋がる扉を静かに開けた。

室内は暗く、カーテンの隙間から僅かに漏れる月明かりでほのかに照らされている。

レオンハルトは黒魔術で己の目を強化させ、暗闇の中でも十分に見通せるまで視力を上げた。

足音を立てずに室内に入り、ベッドに近づく。

昼間のことは悪い夢だったのではと思いながらも覗き込むと、そこには幼い少女が眠っていた。

燃えるような赤い髪も、緑の瞳も同じはずなのに、昼間はあのエリシア・ヴァンデールとは思えないほど純粋そうに見えた。

魔術師の解析魔術に痛みを覚えて泣き叫ぶ姿はさすがに哀れだった。

まるで魔術で攻撃された小動物のような姿は、見ていてあまり気持ちの良いものではない。

熟睡しているのか幼い少女は気持ち良さそうに眠っている。

……毒婦エリシア・ヴァンデールならば絶対にしないだろう表情だな。

ふにゃりと顔を緩ませ、幸せそうに眠る姿は毒婦とは似ても似つかない。

「……今のお前は一体、何者だ……?」

エリシア・ヴァンデールなのは確かだが、記憶を失ってしまっていた。

魔術師達の見解では『体年齢が無理に若返らされたことにより、記憶が混濁したのだろう』というものだった。

もしかしたら突然記憶を取り戻すかもしれないし、取り戻さないままかもしれない。

少なくとも呪いをかけた犯人を見つけ出さない限り、この幼い少女のままだ。

……それは私にとって都合が良すぎるか。

毒婦より、まだ幼い子供のほうが扱いやすく、子を生ませない理由としても十分だ。

既に後継者であるユリウスがいるものの、新たに子が生まれないことで、また貴族派があれこれと口出しをしてくる可能性は高い。

それならば子供のままでいてくれたほうが……と考え、レオンハルトはあまりに自分本位な己の考えに嫌気が差した。

昔から友人に「君は少し合理的すぎるよ」と言われていたが、まさに今がそうだ。

このままを望むなら魔術師達に任せた黒魔術の解析と調査をやめさせればいい。

原因不明、犯人不明、本人でも解呪できないからと適当に理由を並べればいい。

この幼い少女も毒婦として生きるより、今の純粋なほうが幸せに生きられるかもしれない。

「……本当に、嫌になる……」

昔から刷り込まれた『公爵家の利益を第一に考えろ』という意識が消えない。

前公爵──……父も氷のような人物だった。感情では流されず、合理主義で、家が最優先だった。

それは絶対的な悪ではないが、合理的な思考しかしなかった父は人間とは思えなかった。

息子のユリウスへの愛情はあまり分からないものの、父と同じことは絶対にしない。

……当主となる最後の試験として『親殺し』をさせるような父親にはなるまい。

ふと顔を上げれば、幼い少女の緑の瞳と目が合った。

……しまった、起こしたか。

すぐに眠らせようと手を伸ばしかけ、幼い少女が魔術に反応して苦痛を感じることを思い出す。

空中で固まったレオンハルトの手に、小さな手が触れた。

「こーしゃくさま」

高く澄んだ声が言う。

「よるは、ねんねするの」

「ねんね……? 眠るということか……?」

「あそぶのは、あした……」

ふあ、と小さな口が大きく欠伸をする。

眠たいのか欠伸の後に何かを言ったが、聞き取れない。

「……おやすみ……」

と、だけ言って幼い少女はまた眠りに落ちる。

すぅすぅ……と気持ち良さそうな寝息が静かに響く。

幼い少女が眠ったことで、レオンハルトは小さく安堵の息を吐いた。

相手は幼く、記憶もない子供だ。年頃の淑女でもないのに、後ろめたさを感じる。

そっと捲れた毛布をかけ直してやり、レオンハルトはエリシアの寝室を出た。

……私も相当、混乱しているようだ。

放っておけばいいのに、つい、見に行ってしまった。

触れた小さな手は温かく、柔らかく、息子が生まれたばかりの頃を思い出した。

まっすぐに見つめてくる緑の瞳は純粋で、無防備で、欠片も警戒心がなかった。

……いや、記憶がないからこそ、警戒するということも分からないのだろう。

書斎に戻り、椅子に座り、息を吐く。

普段は溜め息など吐かないというのに、今日は数えきれないほど吐いている気がする。

「……しばらくは静観するしかあるまい」

もう一度、レオンハルトは小さく息を吐いたのだった。

* * * * *