軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

触れ合う心

仕立て屋を呼んでから数日後、今日は公爵と出かける予定だ。

持っているドレスの中でも手直しが終わり、落ち着いた雰囲気の装いになっているものを選んだ。

出かけるので髪も少し編み込んでもらい、薄く化粧をして、ドレスの雰囲気に合わせる。

玄関に向かうと公爵が先にいた。

何故かユリウスもいて、二人で話していたようだ。

「お待たせしました」

と、声をかければ二人が振り向く。

「いや、私も先ほど来たところだ」

「父上、エリシア、いってらっしゃい」

どうやらユリウスは見送りにきてくれたようだ。

「はい、いってきます。ユリウスにも何か買ってきますね」

「うん、楽しみにしてる」

公爵が差し出した手に、自分の手を重ねる。

「それでは行ってくる」

ユリウスに見送られつつ、公爵邸を出て馬車に乗り込む。

馬車がゆっくりと走り出したところで公爵に訊いた。

「今日はどちらに出かけるのですか?」

「まずは宝飾品店に行き、その後に甘味が美味しいと有名な店に行く予定だ。良ければ、最後に両親の墓参りができればと思っている。……君を妻としてきちんと紹介したい」

そう言われて驚いた。

けれど、すぐに嬉しいと思う。

わたしは甘いものが好きだけれど、公爵はユリウスと同じで甘いものはあまり好みではない。

それでも甘味のお店に行こうと誘ってくれた。

そして前公爵夫妻の墓に共に行こうと言ってくれた。

……本当に、わたしとやり直したいと思ってくれているのね。

「ありがとうございます。……是非、ご挨拶をさせてください」

「ああ」

公爵が微笑む。その優しく、どこか困ったような表情が不思議だった。

しかし、それについて訊く前に公爵が窓の外に視線を向けた。

「そろそろ着くな」

その言葉の通り、馬車の揺れる間隔が広がっていき、ゆっくりと停車する。

店の前に到着して公爵が先に降り、その手を借りてわたしも降りる。

……公爵様が宝飾品店に買い物なんて珍しいわね。

公爵家に来るよう伝えれば、どの店だろうと喜んで来そうなものだが。

店先の男性使用人が扉を開けてくれて中に入る。

「いらっしゃいませ、公爵様、公爵夫人」

事前に伝えていたようですぐに店のオーナーだろう人物が対応する。

「どうぞ、こちらに」

と、促されて店の奥に進む。

扉の前で手袋を渡された。

「こちらをご着用ください」

商品を直に触るのは確かによろしくない。

わたしも公爵も白い手袋をつけてから、部屋に入った。

室内にガラスのショーケースがいくつも並び、中に華やかなネックレスやブレスレット、ピアス、髪飾りなど様々なものが飾られている。

……あら? 全部女性ものばかり……。

公爵に促されてショーケースに近づく。

「エリシア、気に入ったものがあれば言ってくれ」

「え?」

「お詫びと言えば聞こえは悪いかもしれないが……君に贈り物がしたいんだ」

少し困ったように微笑む公爵を、ついまじまじと見つめてしまった。

「そんな、これほど高価なものをいただくのは……」

「君は公爵夫人だぞ? 私の妻だからこそ良いものを贈りたいし、身に着けていてほしい」

さあ、と促されてショーケースを眺めていく。

……どれも値札がついていないわ……。

触れても良いとオーナーに言われたけれど、現代の記憶があるわたしは怖くて触れない。

しばらく見て回ったが、欲しいと思うものはなくて、オーナーも公爵も残念そうな顔をする。

「公爵様、それでしたら店頭のものを見てもよろしいでしょうか?」

「構わないが……あちらでいいのか?」

「はい。……一点物の高価な贈り物も嬉しいですが、せっかく贈っていただけるのであれば、常に身に着けられるよう、手頃な値段のものをいくつかにしたほうが普段使いもできますので」

「なるほど」

公爵が振り向き、オーナーが「では、店頭に戻りましょう」と案内をしてくれる。

店先に戻り、公爵と二人で店内に並べられている商品を見て回った。

値札がついていて、正直に言えばどれもかなりお高いのだが、先ほどの値段が一つも書かれていないものに比べたら怖くはない。

「君は紫も似合いそうだ」

と、公爵がケースから出した紫の宝石がついたピアスをわたしの耳に当てる。

「紫も嫌いではありませんが……黒が欲しいです」

「黒? 少し地味ではないか?」

「公爵様とユリウスの色は地味ではないと思います」

公爵が目を瞬かせ、そして笑った。

「では、私も赤い宝石を使ったものを買おうか。……君の鮮やかな髪と同じ美しい色のものを」

そして、公爵と二人で小さく笑い合う。

オーナーが気を利かせて黒い宝石と赤い宝石を使ったものを用意してくれる。

……どれも素敵すぎて、逆に迷ってしまうわね。

宝飾品を眺めていると美しくカットされた黒い宝石があり、オーナーに声をかける。

「すみません、これは?」

「おお、さすが公爵夫人! お目が高い! こちらはブラックダイヤモンドでございます。重厚感がありながらも、宝石としての輝きを失わず、少々お値段は張りますが当店自慢の一品でございますっ」

「そ、そう……」

オーナーの勢いに若干気圧されていると、公爵がヒョイとケースを覗き込んだ。

「気になるのか?」

「え? ええ、まあ……公爵様とユリウスの髪に色も艶も似ているなと思って……」

「……そうか?」

公爵が不思議そうに自分の前髪を摘み、首を傾げる。

公爵やユリウスの綺麗な黒髪は美しく、現代のわたしの記憶ではその色に親近感を覚える。

不思議そうにしながらも公爵が言った。

「このブラックダイヤモンドのネックレスと、向こうのピジョンブラッドを大小一つずつもらおう」

「ありがとうございます!」

「他に気になるものはあったか?」

公爵に訊かれて首を横に振ると、ふむ、と公爵が少し考えるような仕草をした。

「……それから、女性向けに黒い宝石、男用に赤い宝石で普段使いができそうなものも何点か見繕ってくれ。赤い宝石を使ったものは息子も欲しがるだろうから、多めに頼む」

「かしこまりました!」

オーナーが即座に指示を出し、店員が慌ただしく動き出す。

「そういえば、ピジョンブラッドとは……?」

「ああ、君の髪色によく似た美しい宝石だ。……購入したものは公爵家に送ってくれ」

「はい! すぐにお届けいたします!」

オーナーが嬉しそうなホクホク顔で返事をする。

……もしかしてブラックダイヤモンドってすごく高いのでは……?

そういえば値段が出ていなかったと振り向こうとしたけれど、公爵の手が差し出された。

「次は美味しい甘味の店に行こう。……きっと、気にいる」

結局、値段を訊く暇もなく、オーナーと店員総出でお見送りされた。

購入してしまった以上、そう簡単に返品はできないだろう。

……大切に使わないと……。

でも、公爵やユリウスの色がそばにあれば、きっと気分が上がる。

エリシア・ヴァンデールを受け入れてくれた人達の色だから。

公爵のエスコートで外に出ると、扉のそばにいた男性使用人と誰かが言い争っていた。

「どうして中に入れないのっ?」

「ですから、本日はご予約のない方はお引き取り願っておりますと何度も申し上げて──……」

そこにいたのは異母妹のナタリア・ヴァンデールだった。

目が合うと、ナタリアが「お姉様!」と表情を明るくする。

「私は公爵夫人の妹ですわ! 中に入ってもいいでしょう?」

「それは……」

男性使用人が迷った様子を見せたが、公爵が言う。

「妻は公爵家に嫁いだ以上、伯爵家とは別の家の者だ。入れる必要はない」

「こ、公爵様……っ!?」

ナタリアが驚いた顔をするけれど、公爵は無視してわたしの肩を抱き、共に馬車へと乗り込む。

扉が閉まるまでナタリアのわたしを呼ぶ声がしたが、馬車は走り出した。

公爵に背中を撫でられ、そこでようやく自分の体が震えていると知った。

「大丈夫だ、エリシア」

公爵の低い声に体の震えが落ち着いていく。

でも、もう少しだけそのままでいたくて公爵に寄りかかれば、公爵に優しく抱き締められた。

* * * * *

「……美味しい……」

ほぅ、と溜め息を吐き、頬に手を添えてエリシアが呟く。

先ほどヴァンデール伯爵令嬢に会ってしまい、怯えた様子だったけれど、落ち着いたらしい。

アレクセイや使用人、騎士達に『ここは絶対に外さない』という店を訊いておいて正解だった。

チョコレートを使ったケーキをエリシアは食べているが、ラズベリーソースがかかっていて、美味しいのだろう。嫌な気分はもう消えたようで、レオンハルトは内心でホッとした。

レオンハルトも今日はエリシアに付き合おうとチーズケーキを注文したが、外側をあえて黒く焦がしたそれは香ばしさと濃厚なチーズの風味がして、レオンハルトも食べやすかった。

まだ一口目だというのに、エリシアはとても満足そうな表情をしている。

エリシアはしばらく余韻を味わった後に、紅茶を飲んだ。

「こんなに美味しいチョコレートケーキがあるなんて知りませんでした」

と、感慨深そうに言うものだから、レオンハルトはつい笑ってしまった。

「そんなに気に入ってもらえたなら良かった」

「許されるならお腹いっぱい食べたいくらいです」

「君がそうしたければ、そうすることも可能だが?」

しかし、エリシアは首を横に振った。

「いいえ、わたし達が買い占めてしまったら他の方々の楽しみを奪ってしまうことになります。……でも、夕食後のデザート用に少しだけ購入してもよろしいでしょうか?」

控えめながら、それでも食べたいという気持ちが表れている言葉にレオンハルトは頷いた。

「構わない。私もこのチーズケーキが美味しかったので、ユリウスに買おうと思っていたところだ」

「普通のチーズケーキより、表面が少し黒っぽい気がしますが……」

「ああ、しっかり焼いてあるようで香ばしくて濃厚な味がする」

「それは美味しそうですね」

ふふふ、と楽しそうにエリシアが笑う。

甘味の店だが意外にも男性客も多く、男女両方からの視線を強く感じたが気付かないふりをした。

エリシアはケーキに夢中で気付いていないようだ。

……愛らしい人だ。

シアの時は子供の可愛らしさを感じていたが、エリシアの姿に戻ってからは、穏やかで優しく、でも少し抜けているところがあるらしいエリシアの柔らかな性格が可愛らしく思う。

これが本来の彼女だとしたら、社交界の毒婦の姿は本当に演技だったのだろう。

生きるために、命じられて逆らえず、人生をかけて毒婦のふりを演じ続けるというのがどのような気持ちなのか、レオンハルトには想像もつかないが──……伯爵家と顔を合わせた時のあの拒絶反応から見る限り、相当つらかったということは分かる。

レオンハルトはチーズケーキを一口大に切り、エリシアに差し出した。

「食べてみるか?」

エリシアが目を瞬かせ、すぐに気恥ずかしそうにその目を伏せた。頬がほのかに赤く染まる。

「い、いただきます……っ」

何故か意を決した様子でチーズケーキを食べた。

だが、すぐにその表情がパッと明るくなる。

口の中にケーキが入っていて話せないのだが、明らかに嬉しそうだ。

「美味しいだろう?」

エリシアが小さく、何度も頷いた。

「……ええ、とっても! 濃厚で、ずっしりしていて、でも香ばしさがあるからくどくありません」

エリシアが微笑み、チョコレートケーキを一口大に切ると、こちらに差し出してくる。

「お返しです」と言ったエリシアが、しかしすぐに何かに気付いた様子で手を引こうとした。

「あ……すみません、甘いものは苦手でしたよね……」

「いや、一口くらいなら問題ない。……ありがとう」

その手を掴んで止め、ケーキを食べる。

濃厚なチョコレートの甘みとほろ苦さ、ケーキの柔らかさにラズベリーソースの酸味がさっぱりとして思いの外、食べやすかった。

「……美味いな」

呟けば、エリシアが「そうなんです」とニコニコと笑顔になる。

「甘いけれど、ほろ苦くて食べやすいですよね」

「ああ」

「公爵様はお店選びも完璧なのですね」

目を細めて笑う、その柔らかな表情にレオンハルトの鼓動が跳ねる。

どこか幼さを感じる純粋な笑顔に好感を抱いた。

貴族の令嬢や夫人としては『いつでも淑やかに微笑んでいるべき』というのが当たり前だが、シアだった名残りなのか、エリシアはレオンハルトや息子の前では素直に感情を出すことが多い。

そういう姿を見る度に、レオンハルトは己がエリシアに惹かれていく自覚があった。

恐らく、息子もレオンハルトの想いに気付いているだろう。

「公爵家の情報網で探せないものはないさ」

冗談めかして言えば、エリシアがおかしそうに笑った。

エリシアがフォークでケーキを切り分け、口に運ぶ。

その様子を見て、レオンハルトはふと それ(・・) に気が付いた。

先ほど、ケーキを差し出した時にエリシアが照れていたが、考えてみると互いに一度口をつけた食器をそのまま使ってしまった。

……もしかして、それで照れたのか?

それに気付くと、レオンハルトは顔が熱くなるのを感じた。

結婚もして、息子もいて、再婚までした身なのに、この程度のことで照れるとはレオンハルト自身も思わなかった。

だが、ここで食器を替えるのも、食べないのもおかしい。

一瞬悩んだものの、レオンハルトも気にせず食事を続けることにした。

「何か探し物がある時は公爵様にお願いしようかしら」

と、エリシアも冗談めかして言う。

……公爵、か……。

「……レオンハルト」

「え?」

「名前で呼んでほしい。……今更だとわかっているが……」

エリシアが二度瞬きをして、そして嬉しそうに笑った。

「分かりました、レオンハルト様」

その瞬間、ずっとレオンハルトの中に渦巻いていた罪悪感が薄れていく。

これまで胸の中にわだかまっていたものが解け、昇華し、軽くなる。

「ありがとう、エリシア……」

手を伸ばせば、当たり前のように細い手が重ねられる。

「……私は、君を愛したいと思っている」

驚いた表情をしたエリシアの手が離れようとして、レオンハルトはそれを掴んだ。

ジッと見つめれば、緑の瞳が揺れ、伏せられ、躊躇うように見つめてくる。

「君を愛することを、許してもらえないだろうか?」

エリシアが困ったような顔をした。

「……誰かが誰かを愛することに、許しは必要ないでしょう」

「だが、私は君の許しが欲しい」

エリシアがしばし悩んだ様子で黙っていたが、やがて、その手が控えめに握り返される。

「……許します」

視線を上げたエリシアがもう一度、まっすぐに見つめてくる。

「わたしも、レオンハルト様を愛してもいいですか?」

「っ……ああ、もちろんだ」

それは予想外だったが、嬉しい意味でのものだった。

エリシアが幸せそうに微笑む。

「でも、きっと、わたしはもうあなたを愛し始めています」

……ああ、きっと私ももう君を愛し始めている。

この胸の高鳴りは、心満たされる想いは、勘違いなどではない。

「やり直そう」

「はい、やり直しましょう」

ここから、もう一度レオンハルト達は夫婦になる。

* * * * *