軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夫婦 / 息子

元の姿に戻って数日が経った。

わたしの心配を他所に、公爵邸の人々は今まで通りに接してくれている。

もしかしたら事情を説明してくれたのかもしれない。

公爵とユリウスもそうだ。

「おはよう、エリシア」

「エリシア、おはよう」

シアの時と同じく、朝食と夕食は三人で摂る。

穏やかで、優しい、家族の時間といった様子でわたしも楽しい。

「おはようございます、公爵様、ユリウス」

席に着くと公爵が口を開いた。

「エリシア、今日か明日の予定は空いているか?」

「ええ、空いております」

「仕立て屋を呼ぶから、ドレスを作ろう。今までの嫌な思い出しかないドレスより、自分が着たいと思える、エリシアの好きなものを仕立てるといい」

「まあ……」

驚いて公爵を見れば、微笑み返される。

「それにもうすぐ社交が始まる。今の君がこれまでとは違うということを、皆に広める良い機会だ」

ドレスは今までの華やかなものを着ればいいと思っていたが、公爵は考えてくれていたようだ。

確かに毒婦と呼ばれていた時に着ていたものはどれも派手で、少し下品だと感じていた。

……これからは好きなドレスが着られる……。

「公爵様……ありがとうございます」

……それは嬉しいけど……。

「あの、よろしければドレス選びを手伝っていただけませんか? これまで自分でドレスを選んでこなかったので、どのようなドレスが似合うか、流行りの形はあるのか……分からないんです」

「私で良ければ付き合おう」

「是非よろしくお願いいたします」

公爵が付き合ってくれるということでホッとする。

「僕も一緒に見たいけど、勉強があるから……」とユリウスが残念そうにしていた。

ドレスを作るのはこれきりというわけではないので、そのうちまた作る時にユリウスにも手伝ってもらうという約束をした。

「ついでに今までのドレスも手直しをしてもらおうと思います。色や生地には問題がないので、デザインを少し変えていただければ着られるでしょう」

「……大丈夫か?」

心配そうに公爵に問われて、頷き返す。

「はい。お気遣いありがとうございます。……どんなものでも作った人がいる以上、安易に捨てるなんてよくありませんから。手直しをして着られるなら、それが一番良いのです」

「君がそう決めたならいい。仕立て屋は今日、呼ぼう」

「分かりました」

……前世のわたしからするとドレスはちょっと窮屈だけれど。

それでも、あちらでは着られなかったものだから楽しいという気持ちもあった。

* * * * *

その日の午後、仕立て屋を呼び、到着したと公爵自らわたしを迎えにきた。

部屋を出ると目の前に公爵の手が差し出される。

「……良ければ、エスコートをしても?」

視線を逸らし、どこか照れたような様子の公爵にドキリとした。

大きな手にそっとわたしも自分の手を重ねる。

シアの時よりかは大きく感じないが、それでも、わたしの手より随分と大きい。

ゴツゴツとしていて、指や掌の皮膚が固くなっている男性の手だ。

「はい……」

意識すると、わたしも照れてしまう。

コホン、と公爵が小さく咳払いをして微笑んだ。

「では、行こう」

そうして、二人で応接室に向かう。

それほど遠くはない距離だけれど、エスコートをしてもらいながら歩いている間、ずっとドキドキと心臓が高鳴っていた。

……わたし、この人と夫婦なのよね……?

今更になってその事実に驚いている。

前世では結婚していなかったし、気付いたら結婚式の真っ最中であったし。

公爵が立ち止まり、応接室の扉を叩いて、開ける。

仕立て屋の人々が礼を執り、わたし達は入室した。

「楽にしていい」

顔を上げた仕立て屋は、シアの時にドレスを作ってもらったお店の人々だった。

「今日は妻のドレスを頼みたい。もうすぐ社交時期になるから、急ぎで用意してもらうことになるが、額の上限はつけない。エリシアに似合う、素晴らしいドレスを作ってくれれば、それに見合うだけのものは払おう」

「かしこまりました」

採寸を、と仕立て屋に声をかけられ、シアの時と同じく衝立の向こうに移動する。

ついてきていた侍女も手伝ってドレスを脱ぎ、下着姿で採寸を行う。

……それにしても、エリシアは本当に美人だわ。

清楚とはいえないが、華やかで人目を引く容貌だ。

それ故に派手で下品にも見えるドレスを着ても、華やかな顔立ちとメリハリのある女性的な体型のおかげでどんなドレスも着こなせていたのだろう。

採寸を終え、元のドレスを着て衝立から出る。

公爵が仕立て屋とドレスのデザイン画を見ながら熱心に話していた。

しかし、こちらに気付くと公爵が微笑み手招きをした。

「エリシアもこちらに」

「はい」

促されて、公爵の横に腰掛ける。

そうして、テーブルの上のデザイン画を確認した。

「奥様はフリルやリボンよりもレースや刺繍などの繊細なもののほうがお似合いになるでしょう」

「そうだな。だが、以前のようなスリットの入ったものはやめてくれ。これまでの装いは彼女の家族が選んでいたもので、エリシアの好みではない」

「かしこまりました」

どのドレスも綺麗で、華やかだけど派手ではなく、上品だ。

……上品だけど……。

「あの、できれば胸元をあまり見せないデザインはありませんか? このドレスもそうですが、胸元や肩、背中が大きく開いているものは少し恥ずかしくて……」

夜会用のドレスはデコルテや胸元が出ているものが多い。

中には背中まで開けているドレスもあって、エリシアのドレスはそういうものばかりだった。

……男性を誑し込むためだったのでしょうね。

前世の記憶があるわたしからすれば、胸元や背中が大きく開いているものは恥ずかしい。

自分の鎖骨辺りに触れつつ、公爵を見上げれば、何故か視線を逸らされた。

「っ、ああ、確かに今のドレスは少し開きすぎているな」

「では、こちらのデザインはいかがでしょう?」

仕立て屋が示してくれたデザインは、首から胸元までを刺繍入りのレースで覆うものだった。

夜会ではデコルテ部分を出した華やかな装いが好まれるが、これなら、完全に隠しているわけではないので日中に着るドレスとは異なるし、露出も少ない。

「素敵ですね」

「手袋も同じ刺繍入りのレースをご用意いたしますので、きっとお美しいかと」

「そうだな、これを頼む。それから、エリシアと私で同じ色合いのものを作りたいんだが……」

「公爵閣下が今期お仕立てになられました衣装につきまして、ご共有していただいておりますので、お作りすることは可能でございます」

「では、そちらも決めよう」

公爵がこちらを見て、悪戯っ子のように笑う。

「社交期の最初と終わりに行われる王家主催の夜会に、同じ色の装いで行こう。そうすれば、誰もが私達の仲が良好だと分かる。そうして、今の君と接したら驚くだろうな」

「ふふっ、公爵様は意外と悪戯好きなのですね」

思わず、わたしも小さく笑った。

ずっと、ドキドキと心臓が高鳴っている。

……わたしはきっと、この人を好きになるだろう。

そんな予感があった。

「それでは、他のデザインにつきまして──……」

「ああ、肩周りが出るものについては小物も使って──……」

と、仕立て屋と公爵が話しているのを横で聞く。

時々、わたしに好みを訊いてくれるが、ドレスについて詳しくないのでほぼお任せである。

横を見れば、公爵様が楽しそうにドレスのデザインを話していて、無表情だと冷たく見える顔立ちも今は少し幼く見えて、かっこいいけれど可愛らしくもあった。

ぼんやり見つめていると視線に気付いた公爵がこちらを見る。

「どうした?」

「いえ、公爵様にいていただけて良かったと思いまして……」

「私も、エリシアに似合うドレスを選ぶのは楽しくて良い気分転換になる。いつもは書斎に引きこもっているから、また次も声をかけてほしいくらいだ」

公爵の手がわたしの頬に伸びて、そっと撫でられる。

シアの時はよく頭を撫でていたけれど、エリシアの時は何故か頬を撫でられる。

……頭だと手を上げるのが大変だからかしら?

「だが、次はユリウスも呼ばないと拗ねてしまいそうだな」

するりと大きな手が離れていくと、少し寂しい。

「そうですね、次は公爵様とユリウスで選んでいただければ嬉しいです」

「ああ、次はそうしよう」

そして、ドレス選びについて終わり、公爵と応接室を出る。

部屋まで送ってくれるというのでエスコートをしてもらい、戻った。

公爵はまだ仕事があるだろう。

それでも忙しい中でこうして時間を作ってくれたことが嬉しかった。

「エリシア」

「公爵様」

声をかければ、お互いに重なってしまう。

顔を見合わせ、小さく笑う。

「すまない、君から言ってくれ」

公爵も笑っていて、やっぱりその表情にドキリとする。

「今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。公爵様が選んでくださったドレスを着るのが楽しみです。……それに、色を揃えた衣装についてのご提案も嬉しかったです」

「私も君のドレス姿が楽しみだ。色合わせについては、シアと私達も揃いの装いがあるのだから、エリシアと私達も揃いがあってもいいと思ってな」

「また落ち着いたら、時々シアに戻って過ごしたいです」

「いいんじゃないか? 特にユリウスは喜ぶだろう」

ユリウスはシアだった時、まるで妹のようにわたしを可愛がっていた。

今は『エリシア』として見てくれているものの、たまに『お兄さん感』が出ている時がある。

わたしにとってもシアの姿は気が楽なので、社交時期が落ち着いたら、シアの姿で過ごす時間を作ってもいいだろう。

「その時は公爵様も一緒に遊んでくださいますか?」

見上げれば、公爵がキョトンと目を瞬かせ、そして笑顔で頷いた。

「ああ、もちろん」

公爵の手が、わたしの手を取る。

「エリシア、元の姿に戻る際にも伝えたが、君とはもう一度やり直したい」

真剣な眼差しの公爵に見つめられて、少し緊張する。

「今度こそ君をしっかり見て、感じて、私自身も考えて、少しずつ夫婦になっていけたらと願っている」

「……はい」

「結婚した翌日、君に言ったことは全て間違いだった。……本当にすまなかった」

「気にしておりません。わたしだって、もし公爵様の立場であったなら同じことを言ったでしょう」

公爵は困ったように微笑み、わたしの手を優しく握る。

「今度、出かけよう。……共に過ごして、君のことをもっと知りたい」

「わたしも、あなたのことをもっと知りたいです」

* * * * *

中庭を、父・レオンハルトとエリシアが並んで歩いている。

その様子を上階の窓から見かけたユリウスは、二人の背中を眺めた。

父とエリシアの結婚式に参列したものの、きちんと話をする暇もなく、エリシアはシアになった。

シアは父のことも、ユリウスのことも恐れず、まっすぐに見つめて笑いかけてくれた。

公爵家では父以外、誰もがユリウスに頭を下げたし、友人と呼べる者達であってもユリウスに対してどこか一線を引いている。ユリウス自身もそうであるから、仕方ないことだった。

……僕も、父上も、アルヴィス公爵家は恐れられる。

魔術の中でも黒魔術といえば『邪悪』という固定概念があり、更に攻撃に特化しているとなると恐れられても当然だ。特に父もユリウスも魔力量が高いため、魔力を感じ取れる魔術師達は己と比較して恐れることが多い。

貴族も魔力持ちが多いため、自然と魔力の高い父やユリウスを恐れる傾向にある。

それは、大切なことでもあった。

アルヴィス公爵家は代々、この攻撃に特化した黒魔術の使い手として国の剣であり続けた。

決して折れることのない剣。王家に忠誠を誓った、信頼厚い公爵家。

だからこそ黒魔術の使い手であっても非難されることがない。

……父以外の人に、あんなにまっすぐに見つめられたのは初めてだった。

緑の瞳がジッと見つめてくれることがユリウスは嬉しかった。

シアがエリシアに戻る時に記憶を失うのではと心配はあったものの、それは杞憂で、エリシアに戻ってもシアの記憶は残っているようだった。

美しい大人の女性に戻ったエリシアも、ユリウスをまっすぐに見つめた。

……シアも、エリシアも、同じ人間だ。

眼下では、父とエリシアが楽しそうに花を眺めて、何やら話し込んでいる。

父はエリシアと向き合い、関係を修復しようと積極的にエリシアと接する時間を作っていた。

エリシアは継母だ。ユリウス自身、エリシアが母となることに異論はない。

ただ、まだ心の準備はできていなかった。

ユリウスにとっては『エリシア』よりも『シア』のほうが身近だった。『シア』は妹のような存在になり始めていたため、突然大人の姿になって継母に戻った『エリシア』に対して戸惑いもある。

だが、エリシアとシアが同一人物であることも理解している。

エリシアは、ユリウスが『母上』と呼べなくてもいいと言ってくれた。

呼び方ではなく、ユリウスがエリシアやシアを家族と思うなら、それで家族になれるのだと。

「……は、母上……」

試しに呼んでみると不思議な気分がする。

少し照れくさいような、落ち着かない気分だ。

ふと眼下にいたエリシアが顔を上げ、ユリウスに気付く。

そうして、エリシアが嬉しそうに微笑んで手を振ってきた。

気付いた父もこちらに振り返る。

二人が並び立つ姿はとても似合っていて、綺麗だった。

ユリウスも窓越しにエリシアに手を振り、自室に向かって歩き出す。

……やはり、今はまだ呼びにくい。

でも、いつかはエリシアを母と呼び、喜ばせてあげたい。

幸せそうな父とエリシアの姿を見て、ユリウスは強くそう思った。

* * * * *