軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ディシーの悩み(1)

* * * * *

最近、ディシー=バルビエは悩んでいた。

その悩みがいつからあったのか、実はディシー自身もよく分かっていない。

しかし気付いた時にはもうそうだった。

その人を見ると嬉しくて。

その人と話すととても楽しくて。

その人が笑うと、幸せな気分になる。

それが恋だと気付いたのも、流行りの恋愛小説を読んでからだった。

そうして一度気付いてしまうと意識してしまう。

きっと、その人にとってディシーはまだまだ子供なのだろうし、きっと、恋愛対象になんて見られていない。

仲は悪くないけれど、友人という間柄でもない。

それでもディシーはその人を好きになってしまった。

優しくて、格好良くて、誰に対しても真面目で、そしてとても強い。

思い出すだけでもドキドキと胸が高鳴る。

「はあ……」

でも、同時に悲しい気持ちになる。

その人はディシーを好きになってはくれないだろう。

年齢差もあって、種族の違いもあって、この恋はどう考えても上手くいくはずがなくて。

だけど気持ちを簡単に消すことなんて出来ない。

好きな気持ちを我慢するのはつらいと初めて知った。

ディシー=バルビエ、十六歳は、恋をした。

* * * * *

ヴァランティーヌさんの家に遊びに行った。

前に、魔獣討伐の際に預かってもらって以来、時々こうしてヴァランティーヌさんの家へ遊びに行くことがある。

セレストさんも当たり前だが一緒だ。

それまでヴァランティーヌさんは殆ど家に誰かを招いたことがなかったそうで、わたしが泊まりに来た時に、人を招くのもなかなか良いものだと思ったらしい。

たまに人を招くようになったそうだ。

あと、ディシーの料理の腕を自慢したいみたいだ。

「ディシーはアタシの可愛い娘だからね。娘について自慢をしたくなるのは親の 性(さが) ってものさ」

と言っていて、ヴァランティーヌさんなりに親として、子供であるディシーのことを可愛がってくれている。

そんなヴァランティーヌさんをディシーも慕っているようだ。

……親子というより友人みたいだけどね。

でもそれが二人なりの親子関係なのだろう。

もしかしたらあまり近過ぎるよりも、そういう関わり方のほうが良いのかもしれない。

「いらっしゃい」

「いらっしゃい!」

ヴァランティーヌさんとディシーが出迎えてくれる。

ディシーにギュッと抱き着かれた。

ふわ、と甘い匂いがした。

クッキーなどの食べ物の匂いではなく、香水のような、爽やかな柑橘系にほんのり甘さが混じったいい匂いだった。

……香水かな? 珍しい。

少なくとも、ディシーが香水をつけているのを知ったのは今日が初めてだ。

「招いてくださり、ありがとうございます」

セレストさんが来る途中で買ってきたお菓子の箱をヴァランティーヌさんへ差し出せば、嬉しそうに「ああ、ここの菓子は美味しいよねえ」とヴァランティーヌさんが笑う。

それを見たディシーがわたしから体を離した。

「お茶持ってくるね」

そう言って、ディシーは奥へ消えた。

ヴァランティーヌさんに促されて、セレストさんとわたしは一階の居間に通してもらう。

ソファーへ座ると立っていたヴァランティーヌさんに「ユイ」と呼ばれたので顔を上げる。

内緒話をするようにヴァランティーヌさんが口元に手を添えたので、耳を寄せれば、声を落として話しかけられる。

「良かったら後でディシーの話を聞いてやってくれないかい? 最近、何か悩んでいるみたいなんだけどね、訊いても『なんでもない』って言うんだよ」

「そうなんだ」

ディシーは明るくて活発で、誰とでもすぐに仲良くなれるし優しいけど、ちょっと頑固というか負けん気の強いところがある。

誰かが困っていたらすぐに助けてくれる。

だけど、自分が困っていても、自分で何とかしようとするのだ。

奴隷の時もそうだった。

自分だって怪我をしてつらいのに、わたしの手当てを優先してくれたり、怪我が痛いだろうに「大丈夫」と笑顔で接してくれたり、もしかしたら弱いところを他人に見せたがらないタイプなのかもしれないが。

「大したことがないならいいんだけど、心配なんだ。アタシに話し難いことでもユイになら話せるだろうし、話さないなら無理に聞き出さなくていいから」

親子だからと言って何でも話せるわけではないし、話さなくてはならないわけでもない。

ヴァランティーヌさんはただ心配なのだろう。

「分かりました。でも、もしディシーの悩みを聞けても、内容によっては話せないかもしれないです。一応、聞けた時にはヴァランティーヌさんに相談するよう様子を見て、言ってみます」

「ああ、ありがとう、悪いけどよろしく頼むよ」

ディシーが何かで悩んでいるというのなら気になるし、わたしで力になれることがあるというのであれば協力したいと思う。

ヴァランティーヌさんがもらった箱を開けて、お菓子を取り出しているとディシーが来て、全員分のお茶をテーブルに並べてくれる。

箱の中のお菓子を見たディシーが目を輝かせた。

「わあ、美味しそう!」

ニコニコしているディシーはいつも通りに見える。

しかし、一緒に暮らしているヴァランティーヌさんが言うのであれば、きっとそうなのだろう。

四人でお茶とお菓子を楽しみながら、のんびりとお喋りをして過ごす。

わたしとセレストさんも勧められて買ってきたお菓子を食べたが、なかなかに美味しかった。

それからしばらくするとヴァランティーヌさんとセレストさんが仕事の話を始めたので、わたし達はディシーの部屋で遊ぶことにした。

焼き菓子をいくつか持って二階へ上がる。

ディシーの部屋に来て、わたしは鞄から本を出した。

「ディシー、これ貸してくれてありがとう」

お菓子をテーブルに置いたディシーが振り返る。

本を受け取りながら「どうだった?」と訊かれた。

この本は、兎族の獣人の少女・リリアナと、孤独なエルフの騎士・シークがくっつくまでのいわゆるラブロマンス小説らしい。

これは第一巻のようで、物語としてはまだ序盤だ。

兎族の獣人である主人公・リリアナは明るく働き者で、優しく、子供の頃から治癒魔法が使えた。

孤児院で育った彼女は成人を迎えるのと同時に働くことを決意し、自分の治癒魔法を活かそうと、国の騎士団が募集する治療士に応募した。

試験と面談を経て、無事、リリアナは騎士団の治療士として配属されることとなる。

その配属先で出会ったのが騎士・シークである。

シークは常に無表情で、他者に冷たく、己にも他人にも厳しい性格の騎士で、そして自身の命を微塵も惜しまない戦い方をする人だった。

そのため魔獣との戦いでは誰よりも先に戦闘に身を投じ、怪我を負っても戦うことを優先して、己のことなど二の次なのである。

しかも彼は治療を後回しにしてしまう。

だからリリアナはシークを追いかけ回して治療するようになった。

治療する中で、リリアナはシークが魔獣を酷く憎んでいることを知る。

何故と問いかけてもシークは答えない。

まるで死に急ぐように戦うシークの手当てをしていくうちに、リリアナは次第に彼のことが気になり、その戦い方を変えさせようと説得する。

けれどもシークはリリアナを拒絶した。

冷たく突き放し「関わるな」とリリアナは言われてしまう。

それでもリリアナは諦めずにシークに話しかけ続け、シークはそんな彼女を無視するという日々が過ぎていく。

だが、ある日、魔獣討伐でシークは腕を代償に仲間の騎士を守り、魔獣を倒して意識を失った。

なんとか数名の治療士と共にリリアナは力を合わせてシークを治療し、腕を繋ぎ、なんとか命も繋ぎ留めた。

しかし、シークは数日目を覚まさなかった。

シークという男は家族がいなかった。

幼少期に魔獣に家族を食い殺され、魔獣を討伐に来た騎士達にギリギリで助けられたものの、彼は唯一の生き残りであった。

その時からシークは魔獣への憎しみに囚われ、それ以外の感情を失ってしまった。

ただ、一匹でも多く魔獣を殺す。

彼はそのためだけにずっと生きてきた。

そのせいで死んでしまっても良いと考えていた。

意識を失っている間、シークは夢を見ていた。

家族が殺される夢だった。

苦しみ、嘆き、怒り、憎しみ。

それらで体が、頭が支配される。

それはシークにとって精神的につらいものだった。

けれど、それ以外を彼は知らなかった。

魔獣への憎しみに支配された彼の耳に声が届いた。

少女の声は、聞き覚えのあるものだ。

ふと、彼は顔を上げた。

暗闇の中で少女の必死に自分を呼ぶ声がする。

その声に、彼はふらりと暗闇の中を歩き出し、そして小さな光に手を伸ばした。

シークが目を覚ますとベッドの上だった。

そばには目元にクマの出来た少女が眠っていた。

少女を見た時、シークの胸の内にたとえようのない感情がほんの僅かに生まれたのだ。

そうして、リリアナは目を覚まし、起き上がっているシークを確認すると涙を流す。

シークを治療し、目覚めるのを待ちながら、リリアナは気付いてしまった。

自分はこの騎士が好きなのだ、と。

……ここで、この巻は終わっている。

「面白かったよ。リリアナは好感が持てる子だし、この作者さん、感情描写がすごく丁寧で読んでて登場人物の気持ちが想像出来る。あとシークはリリアナにもう少し優しくてもいいと思う」

わたしの感想にディシーが大きく頷いた。

「うんうん、そうだよね、私もこの作者さんの書き方がすごく好き! でも、シークの気持ちも分かるなあ。家族をみんな魔獣に殺されてつらくて、苦しくて、魔獣を憎むことでしか自分の心を守れなかったのかもって思うとね」

ディシーが本の表紙を撫でる。

幸い弟は生き残ったが、それでも、両親を殺されて、奴隷にさせられて、ディシーだって一歩間違えばシークのように憎しみと怒りに支配されていただろう。

第二警備隊に助けられなかったら、もしかしたら、ディシーも自分の命を捨てても復讐してやると考えたかもしれない。

ディシーが苦笑してわたしを見た。

「まあ、私にはユイがいたから孤独にはならなかったけど」

立ち上がったディシーが本棚に歩み寄る。

以前は中身の少なかった本棚だけれど、最近は流行りの小説を読むようになり、結構数が増えている。

そこから一冊取り出すと、持ってきた。

「はい、これが続き」

「ありがとう。セレストさんも続きが気になってたし、わたしも読みたかったから嬉しい。ディシーはもう読んだ?」

「うん、読んだよ。というか、ユニヴェールさんも読んでるの?」

ディシーが驚いた様子で訊き返してくるので頷いた。

「うん、えっと『黄昏の鐘の音は』って本を前に貸してもらったでしょ? あれから一緒に読んでるよ」

「それってほぼ最初から……。ちょっと意外。ユニヴェールさんってこういうもの、あんまり読まなさそうだし」

「買っては読まないね。でも最近は『なかなか興味深いですね』って言って、結構楽しみにしてるみたい」

ディシーが「想像つかない」と呟く。

「セレストさんもわたしも、恋愛についてディシーから借りた本で勉強中」

「ふふ、何それ、ユニヴェールさんって長生きだけど恋愛したことないの?」

わたしは首を傾げた。

「そういう話は聞いたことないかな」

受け取った本を膝の上へ乗せれば、ディシーがわたしの横に座る。

それからギュッと抱き締められた。

「ディシー?」

名前を呼ぶと更に腕の力が強くなる。

痛いほどではないが、なんだかそれは縋りつかれているような感じがした。

わたしもディシーの背中に腕を回して抱き締める。

「どうかしたの?」

試しに訊いてみる。

ディシーが深呼吸をするのが分かった。

「あのね、ユイ」

ディシーのどこか緊張した声音にわたしは出来る限りいつも通りに「うん」と返事をした。

顔は見えないけれど、揺れるディシーの気配から、一生懸命出す言葉を探しているのが分かった。

ややあって、ディシーが言う。

「その、聞いてほしいと言うか、相談に乗ってほしいことがあるの」

「うん、いいよ」

それがここ最近のディシーの悩みかは分からないけれど、わたしはなんだって聞くし、相談にも乗ろう。

でも、ディシーは躊躇っているようだった。

「大丈夫だよ、ディシー。焦らなくていいから」

ディシーの背中をさすると、少しだけディシーの体から力が抜けた。

「私、最近恋愛小説をよく読むでしょ?」

「うん」

「好きだからっていうのも、あるんだけどね」

「うん」

途切れ途切れのディシーの言葉に相槌を打つ。

ディシーなりにどう言うか悩んでるのだろう。