軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

旅の同行者(3)

「ユイ、そろそろ寝る時間ですよ」

セレストさんに声をかけられて、顔を上げる。

王都を出て一週間、これも恒例になりつつある。

この二週間は野宿が多い。

騎士団にくっついて王都まで行ったあの時は駆け足だったため、野宿のあったものの、村や街に泊まることのほうが多かった。

でも今は馬車でゆっくりと進むので、どうしても次の村や街まで毎日着くというわけではなく、野宿の日のほうが多い。

でも、これはこれで面白い。

雨が降ると、みんなで荷馬車に入って寝るのでかなり狭いのだけれど、そのギュウギュウな感じも野宿という雰囲気がある。

晴れている日は焚き火のそばでみんな眠る。

一応、防御魔法をかけてあるらしいが、外で、それも屋根のない場所で眠るというのは何度経験しても不思議な感じがする。

向かい側に座っていたシリルが紙を纏める。

「じゃあ今日はここまでだな」

シリルは足し算も引き算も出来るようになり、今は倍算を勉強している最中だ。

九九の表をあげたらとても喜んでいた。

暇な時は表を見て覚えようとしてるらしい。

今日はそれをどれだけ覚えたか確認していたのだが、寝る時間になったらいつも、そこで勉強は切り上げる。

「うん、そうだね」

あまり夜更かしするとセレストさんが心配する。

それに翌日も眠くなってしまう。

だから決まった時間になったら終わる。

「おやすみ」と道具を片付けたシリルに声をかけられて、わたしも「おやすみ」と返す。

それからわたしはセレストさんの横に戻った。

「お疲れ様です、ユイ」

セレストさんに頭を撫でられる。

「彼の勉強具合はどうですか?」

「がんばってる。もしかしたらグランツェールにつくころには、ばいざんもわりざんもできるようになるかも」

「ユイも頑張って教えていますし、そうなると良いですね」

言いながら、薄手の毛布に包まれる。

夏場と言っても夜は時々少し涼しいこともある。

今日は少し涼しい日だった。

先ほどまでは焚き火のそばで勉強していたので気にならなかったが、離れると、やはり少し肌寒いような気がする。

かけてもらった毛布の前をしっかり閉じながら頷いた。

ヒョイとセレストさんがわたしを抱え、足の上に下ろされる。

野宿の時は、セレストさんの胡座をかいた膝の上に横向きに座ってセレストさんの胸元に寄りかかって眠るか、セレストさんに膝枕をしてもらって眠る。

セレストさんはいつも座って眠る。

疲れないのか訊いたところ、座っていてもきちんと休めている、とのことだった。

肌寒いのでセレストさんにくっつくと暖かい。

セレストさんも肩に毛布を羽織っており、わたしを抱えたまま、その毛布の前を閉じたので更に暖かく感じる。

今日は近くに川があって、アズヴェラさん達数人の女性と水浴びをした。

外で裸になる経験というのはそうないだろう。

物凄く落ち着かなかったし、日が沈んだ後だったので、ちょっと寒かった。

……焚き火で大分あったかくなったけど。

セレストさんはわりと体温が高いらしく、毛布の中でくっついているとすぐに温もりが伝わってくる。

「グランツェールまで、あといっしゅうかん?」

「ええ、もう旅程の半分まで来ました」

「はやくディシーとヴァランティーヌさん達に会いたい」

わたし達の会話にウィルジールさんが言う。

「オレも早く帰りたいな。旅も悪くないけど、やっぱ、グランツェールが『帰る場所』って感じがする。それに行きつけの店で仲間と酒も飲みたい」

それにわたしとセレストさんも頷いた。

旅も楽しいし、王都も面白かったけれど、じゃあずっとそうしていたいかと言われたらそうでもない。

やはりグランツェールにある家に帰りたい。

「ユイは帰ったら何がしたいですか?」

考えてみる。

「おゆにはいって、きれいにしたい」

この一週間は殆ど体を洗えていない。

川で水浴びをするか、濡らした布で体を拭くくらいで、王都を出てから湯を使えたのは一度だけだ。

それだって村の宿屋に泊まった時に、大きな桶に張ったお湯に入っただけなのでお風呂とは言い難い。

思わず自分の服の襟を引き寄せて匂いを嗅いだ。

……うん、ちょっと汗臭い気がする。

セレストさんが苦笑する。

「確かに身綺麗にしたいですね」

そう言ったセレストさんからも僅かに汗の匂いがした。

でも、それは嫌な匂いではなかった。

* * * * *

それ(・・) が起こったのは、王都を出て十日目のことだった。

山に入ってすぐ、アズヴェラさんが異変に気付いた。

「……静かすぎる」

辺りを警戒し始めた『新緑の息吹』に、エルデンさん達アルバレスト商会の人達にも緊張が走る。

アズヴェラさんの言う通り、確かに山は異様に静かだった。

鳥の声も、動物の駆ける音もしない。

ざあ、と葉擦れの音がいやに大きく聞こえる。

セレストさんがわたしを膝の上から静かに下ろす。

「『障壁よ、内と隔てよ』」

見上げれば、セレストさんが微笑んだ。

「今、防壁を作りました。もし何かあっても、この荷馬車は安全ですよ」

セレストさんがわたしの頭を撫でる。

けれどもセレストさんはすぐに外へ顔を向けた。

緊張を保ったまま街道を進んでいく。

それからしばらくして『新緑の息吹』の一人の声が鋭く響いた。

「グレイウルフだ!!」

その声に反応して荷馬車が留まる。

ウィルジールさんが剣を片手に飛び出していった。

同時に通り過ぎたばかりの道の左右の茂みから、濃い灰色の生き物が飛び出してきた。

それを『新緑の息吹』の人達が切り伏せたり、魔法で攻撃したりする。

……狼だ。

セレストさんも荷馬車を降り、守るように立つ。

しかし狼達は数匹はわたし達に向かって来たけれど、半分近くはわたし達のいる荷馬車を通り過ぎて駆けて行く。

それに『新緑の息吹』もセレストさんも訝しげな顔をした。

けれども、すぐにその理由は分かった。

バキバキと音を立てながら道の脇から大きな影が出てくる。

赤黒い色合いをした、随分と大きなクマだった。

「くそ、あいつらレッドベアに襲われてたのか!」

気付けば前方をグレイウルフに、後方をレッドベアという赤黒いクマの魔獣に挟まれてしまった。

「レッドベアは俺が相手をする!」

ウィルジールさんが大きな声で宣言すると、聞いていた『新緑の息吹』の人達が下がった。

「一人でやれるのかっ?」

「ああ、これくらい楽勝さ!」

アズヴェラさんに問われてウィルジールさんが返す。

「レッドベアの肉は美味いんだ」

そんなウィルジールさんの声がする。

どこか嬉しそうな声にセレストさんが苦笑した。

しかし、そのセレストさんの目もレッドベアをしっかりと見つめている。

「ウィル、魔法での攻撃は風だけですよ」

セレストさんの言葉にウィルジールさんが「分かってる」と返事をして、レッドベアに向かって駆け出した。

レッドベアが片手を上げて駆けて来たウィルジールさんを引っ掻こうとするが、ウィルジールさんは直前で飛び上がり、両手で持った剣を振り下ろす。

ザク、とレッドベアが振り下ろした腕が切れた。

そこそこ大きな剣だが、あれで更に大きなレッドベアの腕が切れたことに驚いた。

レッドベアが叫びながらもう片手をウィルジールさんへ振り下ろそうとした。

「『風の刃よ、切り刻め』」

セレストさんの手からぶわっと風が吹き抜けた。

その風はレッドベアへ向かい、ウィルジールさんに振り下ろされようとしていた太い腕に何本も深い傷を刻む。

片手を切り落とされ、もう片手も深く傷つけられ、レッドベアが恐れた様子で後退る。

「逃すかよ!」

ウィルジールさんがレッドベアへ向かう。

ほぼ同時に背後からキャンと甲高い声がした。

振り向けば、馬車の前方で『新緑の息吹』がグレイウルフ達と戦っている。

しかも戦い方に余裕がある。

『新緑の息吹』は強そうだと思っていたけれど、わたしの想像以上に強い人達のようだ。

だけどグレイウルフが飛び上がった。

風が強く吹き、小さな竜巻が複数起こる。

それが荷馬車の一つを襲う。

その荷馬車には幸い人は乗っていなかったが、御者が慌てた様子で荷馬車から逃げ出した。

「ウェインツ!」

シリルが叫んで荷馬車から飛び降りた。

「シリル!」とエルデンさんが呼んだものの、シリルは振り返らずに駆け出してしまう。

荷馬車から何とか逃げ出した御者だが『新緑の息吹』はそばに一人しかおらず、数匹のグレイウルフに囲まれて、怯えている。

シリルがそこへ突っ込んで行く。

「うわぁあああっ!!」

いつの間にか、その手に太い木の棒が握られていた。

……でも、あれじゃあ勝てない。

そう思った時には体が動いていた。

狭い荷馬車の中から飛び出し、馬の背中を足場に跳躍する。

シリルが振り下ろした棒がグレイウルフにぶつかるのがゆっくりと動いて見える。

力いっぱい振り下ろしたのだろう。

棒がグレイウルフにぶつかり、けれど、ただの木の棒は簡単に砕けてしまう。

グレイウルフが唸り、咆哮を上げ、鋭い牙と爪がシリルへ襲いかかる。

「シリル……!!」

御者の声か、エルデンさんの声か。

シリルの悲鳴が重なった。

グレイウルフの爪があと少しでシリルに届く。

「シリル、ばか」

だけどそういうバカは嫌いじゃない。

足の裏に硬い弾力を感じながら、全体重をかけ、その頭を地面へ踏みつけた。

……ダメ、わたしじゃあ力負けする。

踏みつけた足に力を入れて飛ぶ。

空中で一回転してシリルのそばに着地した。

「ユ、ユイ……?」

シリルが呆然としている。

「シリル、さがって」

キャウンと甲高い声がして『新緑の息吹』の一人がグレイウルフを一匹倒す。

それを横目にわたしも構える。

わたしには武器もない。身を守るものもない。

だから勝とうなんて思わない。

飛びかかってきたグレイウルフをギリギリで躱す。

くるりと回って躱した勢いで、グレイウルフの脇腹に蹴りを入れる。

…………硬い。

人間の体より、ずっと硬くて重い。

ずしりと足に重みが伝わってくる。

蹴り飛ばしたグレイウルフは一度地面に転がったものの、すぐに跳ね起きて体勢を戻す。

やっぱり大した傷にはならないようだ。

次に飛びかかって来たグレイウルフに、落ちていた棒を蹴りつければ、それは顔面にぶつかった。

想定外だったのか、ギャウ、と 哭(な) く。

「ユイ!」

セレストさんの声がした。

それにホッとする。

セレストさんが来たなら、もう安心だ。

「『炎よ、 穿(うが) て!』」

声とほぼ同時に、声の方から飛んできた鋭い炎の矢が、わたしに飛びかかりかけたグレイウルフの一匹を貫いた。

自然と笑みが浮かぶ。

「『氷の柱よ、立ち塞がれ!』」

セレストさんの声に続いて、グレイウルフとわたし達との間に分厚い氷の壁が現れる。

ヒンヤリと冷気が漂って夏場なのに涼しいほどだ。

「ユイ!!」

駆けて来たセレストさんに抱き締められる。

少し痛いくらいなのに、嫌じゃない。

むしろそれが心地好い。

……こんなにも心配してくれる。

「大丈夫ですか? 怪我はありませんか? 武器もないのに一人で飛び出して行くなんて……!」

体を離したセレストさんがわたしの顔や肩、腕に触れて傷がないか確認をされる。

わたしはされるがままにした。

「けがしてないよ。ごめんなさい、セレストさん」

わたしの言葉にセレストさんが安堵の息を吐く。

「……良かった……」

もう一度、ギュッと抱き寄せられる。

氷の壁の向こうでキャインとグレイウルフ達の悲鳴がしたので、誰かが倒してくれたようだ。

「お願いですから、もう、二度とこんなことはしないでください。……心臓が止まるかと思った」

「……ごめんなさい」

もうしない、とは言えなかった。

シリルがディシーの弟なら、死なせたくないと、死なせてはダメだと思った。

わたしはディシーが悲しむ姿を見たくない。

そうして、もしもシリルではなく、あそこにいたのがディシーだったとしても同じことをしただろう。

この先もきっと、大切な人が危険な目に遭っていたらわたしは飛び出して行くだろう。

わたしを抱き締めるセレストさんの手が冷たい。

いつもは温かいセレストさんの手が、こんなにも冷たくて、強張っていて、わたしを抱き締めるというよりも、わたしに縋っているみたいで。

「ごめんなさい」

グォオオオッと雄叫びがして顔を動かせば、レッドベアの首から大きな血飛沫が上がり、それを避けるようにウィルジールさんが飛び退いた。

レッドベアはそのままばったりと後方へ倒れる。

「これで全部終わったぞ!」

ウィルジールさんの声が響く。

他のグレイウルフは『新緑の息吹』が倒していた。

荷馬車からエルデンさん達が降りてくる。

他のアルバレスト商会の人達も降りて来て、慌てた様子でシリルと御者に駆け寄って行く。

「大丈夫か!」「怪我はっ?」と囲まれてシリル達もやっと自分達が助かったという自覚が出てきたのか、安堵したように笑った。

エルデンさんが近付いて来る。

「お嬢さん、ユニヴェール様、シリルとウェインツを助けてくださり、ありがとうございます」

エルデンさんの言葉にセレストさんがようやくわたしから体を離した。

「協力するのは当然のことです。それよりもあの少年にきちんと戦闘時の教育をさせていただければと思います」

セレストさんにエルデンさんが頭を掻いた。

「申し訳ございません。これまで何度か戦闘もありましたが、このようなことは初めてで……」

「……いえ、すみません、これは彼自身に言うべきですね。失礼しました」

そうしてセレストさんがわたしの前に膝をつく。

「ユイ、荷馬車に戻っていてください」

優しいけれど有無を言わさぬ雰囲気があった。