作品タイトル不明
旅の同行者(2)
* * * * *
シリル=フェネオンが王都を出て、三日が経つ。
この三日間、シリルはユイという同じ人間の女の子から計算を教わっていた。
綺麗な亜麻色の髪に、質の良い紅茶のような、オレンジかがった赤色の目をした小柄な女の子だ。
あんまり表情が変わらない女の子で、一緒にいる青い髪の竜人の 番(つがい) だと聞いている。
自分より小さな女の子に教えてもらうのには少し思う所はあるものの、計算を出来るようになることのほうがシリルには重要だった。
シリルは三年前に家族を失った。
暮らしていた村が奴隷商に襲われて、年嵩の両親は殺され、姉と共に連れて行かれたのだ。
しかし、シリルと姉は別々の場所に売り払われた。
姉がどこに連れて行かれてしまったのか、シリルには分からなかった。
シリルは王都の奴隷商へ送られて、そこで、たまたま下働きを探していたアルバレスト商会の商会長に買ってもらえた。
商会長である大旦那様は人間にも優しく、子供で奴隷にさせられていたシリルを「若くて健康そうだから」と購入し、その場で奴隷から解放すると、商会の下働きとして正式に雇い入れてくれた。
しかも同じ村の者達も買い、雇い入れた。
奴隷の、それも人間となれば安い買い物ではないはずなのに、大旦那様は購入した者全員を奴隷からは解放した。
それから三年、シリルは下働きとして必死に働いて大旦那様より受けた恩を返そうと思った。
そうしながらも姉のことを忘れた日はなかった。
商人である大旦那様は自ら各地に向かい、商いを行い、シリルもそれについて行った。
もしかしたら、どこかの村や街で姉を見つけられるかもしれないという期待もあり、それと同時に大旦那様のような商人になりたいと願った。
商人となり、各地を回って姉を探しながら金を貯めて、もし姉が奴隷のままだったならその時は自分が買って解放したい。
大旦那様がそうしてくれたように。
だから計算が出来るようになりたかった。
「たしざんはかんぺきになったね」
ユイがゆっくりした口調で言う。
その言葉が嬉しかった。
計算は出来るようになりたいと思っていたけれど、下働きの仕事は忙しく、計算を教わったこともあったけれど、なかなか思うようにいかなかった。
それが、出来るようになった。
ユイが計算を教えてくれることになって、大旦那様も同じ使用人のみんなもシリルの目標を知っているからか勉強する時間があるように気を遣ってくれた。
シリルもその気遣いに応えたくて頑張った。
ユイは教えるのも上手いけど、同じくらい厳しくて、間違っていると指摘されるし、どこを間違えたのか、どうして間違えたのか、正しい解き方と答えが出るまで付き合ってくれた。
逆を言えば、計算が正解するまで何度でも同じ問題をさせられるので、なかなか大変で、でもおかげで自分が間違えたところが分かって、正しいやり方も覚えられる。
番の竜人はいつもユイを見ている。
大切な者を見る目だ。
……父さんが母さんを見るみたいな。
大旦那様に注意されたが、竜人は番をすごく大事にして深く嫉妬するので、番に他人が触れるのを嫌がるらしい。
ユイもそれを知っているみたいで、この三日間、勉強を教えてもらっていても一度でも手が触れるということはなかった。
それに一定の距離を置かれている。
それがシリルは少し寂しかった。
計算を教えてくれるユイに感謝しているし、友達になれたらいいなと思っているが、どうやらユイはあんまりそう思っていないようだ。
どうしてかは知らないけれど計算は教えてくれる。
だけど友達という雰囲気ではない。
多分、良くて知り合いというくらいだろう。
「じゃあつぎはひきざんのもんだいをつくるね」
出会って三日しか経っていないのは分かっている。
それでもシリルはユイと友達になりたかった。
しかし、友達になれないままだ。
「なあ、なんでオレに計算を教えてくれるんだ?」
ユイは番の竜人の足の上に座って、紙に問題を書きながら首を傾げた。
「……ともだちににてたから?」
「友達?」
「うん、シリルににてる。ディシーっていうんだけど、かみとめのいろがそっくり」
その言葉にシリルはハッとした。
「そんなに似てるのか? その友達って何歳?」
姉とシリルは髪も目の色もよく似ている。
シリルを見て似てると感じたということは、顔立ちや雰囲気も似ているのかもしれない。
「ディシーはいま十四さいだよ。わたしの一つうえで、おなじにんげんなの」
姉と名前は違うけれど、年齢は同じだ。
同時にユイが自分より一つ歳上だということにも驚いた。
ユイは三年前の姉より少し大きいくらいだったから。
シリルよりも歳下かもしれないとすら思っていたので、歳上だと言われて驚いたのだ。
「……その友達って女の子? もしかして、奴隷?」
シリルの言葉にユイが顔を上げた。
驚いた顔をしていた。
そして、ユイがまじまじとシリルの顔を見る。
「……もしかして、シリル、おねえちゃんがいた? にんげんのむらにすんでて、三ねんまえに、むらがおそわれた?」
「あ、ああ、そうだけど……」
「おねえちゃん、シリルににてる?」
「髪と目の色は同じだ」
ユイが番の竜人を見上げた。
竜人も驚いた様子でシリルを見て、それから、ユイを見て頷いた。
それを見たユイがこっちを見る。
「あのね、わたしのともだちもおなじなの。三ねんまえにむらがおそわれて、どれいになって、たすけられたの。いまはグランツェールでエルフにひきとられて、だいにけいびたいでうけつけのしごとをしてるよ」
もしもそれが姉だったなら。
「でも、ディシーって名前なんだろ?」
「それはひきとられてからのなまえ。わたしもそう。どれいだったときは、ばんごうでよばれていたから」
……じゃあ、もしかしたら……。
そう思うと泣きそうになる。
姉は生きて、無事でいるかもしれない。
シリルのように助けられて、働きながら、グランツェールの街で暮らしているのかもしれない。
「グランツェールに着いたら警備隊にご挨拶に行く予定だ。お前の姉かもしれないなら、一緒に会いに行こう」
そばで話を聞いていたのだろう大旦那様の言葉に、シリルは何度も頷いた。
* * * * *
シリルはディシーの弟かもしれない。
髪や目の色が似てるなとは思っていたけれど、もし本当にそうなら、きっとディシーは喜ぶだろう。
生き別れになってしまった弟を探しに行きたいと以前言っていたから。
実はシリルも同じだったようだ。
シリルはエルデンさんに奴隷として購入されたけれど、すぐに解放され、そこからアルバレスト商会の下働きとして働いているそうだ。
商人になれば色々な村や街に行く機会がある。
シリルもそうして生き別れになった姉のことを探しに行きたいと思っていたらしい。
こうしてエルデンさんについて旅に出ているのも、もしかしたらどこかで姉を見つけられるかもしれないと考えてのことだったのだとか。
「もし、そのディシーって子がオレの姉ちゃんだったらいいな。ずっと気になってたんだ。オレは大旦那様に助けてもらったけど、姉ちゃんはどうなんだろうって心配だったから」
セレストさんが口を開いた。
「大丈夫ですよ。ディシーを引き取ったエルフ、ヴァランティーヌというのですが、彼女は気さくで世話焼きな人なので、ディシーもいつも楽しそうにしていました」
それにわたしも頷く。
「うん、ディシーはいつもあかるくてげんきだよ。それにディシーもおとうとがいて、おとなになって、おかねがたまったらさがしにいきたいっていってた。きっとディシーはシリルのおねえちゃんだよ」
「ああ、そうだといいな……」
シリルが泣きそうな顔で笑った。
ディシーとシリルが姉弟なら、二人の両親は既に亡くなっていて、家族はお互いしかいないはずだ。
たった二人の家族だ。
お互いがどうなったのか気になるのは当然だ。
それからシリルは更に計算の勉強をもっとしたいと言った。
姉かもしれないディシーに会うまでに、計算が出来るようになりたいのだそうだ。
「姉ちゃんががんばってるならオレもがんばらないと」
それに、本当にシリルはディシーの弟なんじゃないかと思う。
ディシーもよく「ユイががんばってるから私もがんばるね」と言うのだ。
「じゃあ、こんどはひきざんをがんばろう?」
わたしが差し出した紙をシリルが受け取った。
眉を寄せながらも一生懸命、問題を解こうとしているシリルをエルデンさんが穏やかな表情で眺めている。
シリルも良い人に助けられたのだろう。
そうして荷馬車に揺られ、村に到着した。
ここまでも野宿したり、小さな村に泊まったりもしたけれど、ここは少し大きかった。
そのおかげか大きな宿があり、全員泊まることが出来た。
相変わらず、わたしとセレストさんは同室だ。
部屋に荷物を置いて一息吐く。
わたしは行儀が悪いと分かっていても、ベッドに寝転がった。
やっぱり荷馬車で何時間も揺られての移動は疲れる。
しかも今はシリルに計算を教えているから、余計に気疲れもあるのかもしれない。
ふあ、と欠伸をしたわたしにセレストさんが微笑んだ。
「夕食までまだ時間がありますから、少し眠ってもいいですよ。時間になったら起こします」
と、言ってくれたので甘えることにした。
靴を脱いでベッドにもう一度寝転がる。
疲れていたからすぐにわたしは眠りに落ちた。
* * * * *
夢を見ている。
夢の中でこれは夢だと気付くのは珍しい。
周りを見回して、そこがグランツェールの家であることはすぐに分かった。
もう見慣れた家の中をぼんやり眺める。
……ここがわたしの帰る場所。
もうあと二週間もかからずに帰れるだろう。
「ふんふんふふ〜ん」
女の子の鼻歌みたいな声がした。
誰だろうと思っていると階段から足音がする。
振り向けば、階段から足音の主が下りてくる。
亜麻色の髪に紅茶色の瞳の、でも、背中まで長い髪をした女の子だった。
………………わたし?
でも、それにしては成長してる気がする。
わたしらしき女の子が、わたしの横をすり抜けて厨房へ向かう。
なんとなく、その後を追いかけた。
厨房ではセレストさんが食事の用意をしていた。
「おはようございます、ユイ」
「おはよう、セレストさん」
中へ入ったわたしにセレストさんが声をかける。
セレストさんの見た目は今と全く変わらない。
成長したわたしはセレストさんにくっつくように、その手元を覗き込んだ。
それから成長したわたしが食器を用意する。
「ユイの分は少し多め、でしたよね?」
料理を食器へ移しながらセレストさんが言う。
「うん、これ大好き」
成長したわたしが笑うとセレストさんも笑った。
その笑顔にドキリとする。
いつもの微笑みとは違う、甘い笑顔だった。
「そう言うと思って、セリーヌに沢山作ってもらいました。今日の昼食も食べられますよ」
「やった」
セレストさんの言葉にわたしが喜んでいる。
それから二人で食堂へ食事を持って行って、二人で朝食を食べ始めた。
でも席の位置が違う。
今のわたしとセレストさんはお互いに向かい合って座っているけれど、夢の中のわたしとセレストさんは横に並んで座っていた。
食事を始めるとすぐにセレストさんがわたしのパンを切り、チーズを乗せて焼く。
わたしは頬杖をつきながら、それを眺める。
パンとチーズが焼けたらそれをもらう。
「今日は何をしましょうか?」
セレストさんの問いにわたしが「うーん」と、とろけるチーズのかかったパンにかじりついた。
それを咀嚼して、飲み込み、言う。
「今日は家でゆっくりしようよ。いつも仕事で離れてるし、休みくらいは家で二人で一緒にいよう?」
「ふふ、ユイがそう言ってくれるなら喜んで」
嬉しそうにセレストさんが破顔した。
……これは未来、なのかな?
わたしとセレストさんのこれからなのか。
それとも、わたしがこうなることを実は望んでいて、それを夢に見ているのだろうか。
でも、正直に言って羨ましかった。
セレストさんと幸せそうに笑い合っているわたしが、セレストさんに甘えているわたしが、羨ましい。
今のわたしは悩んでいるのに。
……難しく考えすぎなの?
わたしはセレストさんの 番(つがい) で、番は伴侶であり、半身であって、そしてセレストさんはわたしの番。
それを受け入れたら、こんなふうに幸せになれるのだろうか。
セレストさんは笑顔になってくれるのだろうか。
……わたしは、セレストさんを……。
そこで誰かの声がした。
わたしの名前を呼ぶ声だ。
「──……ィ、ユイ」
そこで目が覚めた。
目を覚ますとそばにセレストさんがいた。
「よく眠れましたか?」
セレストさんは穏やかに微笑んでいる。
でも、夢で見た笑顔ではない。
どうしてかあの笑顔が見たかった。
「……うん、よくねた」
セレストさんの手がわたしの頭を撫でる。
「ふふ、寝癖がついてしまっていますよ」
大きな手に触れられると安心する。
この手は絶対にわたしを傷付けないと知っている。
この人は、わたしを大切にしてくれる。
……わたしの、大切な人。
カチリと何かが噛み合うような感じがした。
そう、セレストさんはわたしの大切な人で、きっと、いつか、夢みたいに好きになれる。
恋がどういうのかなんて分からないけれども、わたしはセレストさんを大事に思っていて、セレストさんもわたしを大事にしてくれている。
必要なのはそれだけではないだろうか。