軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

竜王陛下

翌日、わたし達は午前中を部屋で過ごした。

庭園を見て回ることも出来るそうだけれど、初めて来た場所だし、あまり歩き回って疲れてしまっては午後の謁見に響くかもと思って静かにしていた。

セレストさんが旅の間に出た汚れ物を洗濯するというのでそれを見たり、部屋のテラスから外の景色を眺めて過ごすだけでも楽しい。

だからつまらないということもなかった。

昼食後にわたしもセレストさんも服を着替えた。

いつもより質の良い、華やかな服だ。

さすがに国王陛下と会うのにいつもの格好というわけにはいかないからだ。

着替えて部屋に戻るとセレストさんが微笑んだ。

「よく似合っていますよ、ユイ」

そうしてセレストさんが髪を編み込みにしてリボンを結んでくれる。

セレストさんはいつも通り緩く髪を三つ編みにして、肩へ流している。

でも少し首元を気にしていた。

いつものゆったりしたローブに似ているけれど、今着ている服のほうが首元が詰まった形らしく、それが落ち着かないようだ。

「セレストさんもかっこいい」

「ありがとうございます。ユイにそう言っていただけるなら着た甲斐がありました」

ソファーに座ったセレストさんは格好良い。

元より容姿が良いので何を着ても似合いそうだけれど、今日の華やかな装いはセレストさんによく似合っている。

わたしの言葉に少し照れた様子でセレストさんが頬を掻いた。

「あの、おうさまとあうときに、きをつけなきゃいけないことって、ありますか? わたし、さほうとかわからない」

そう訊けばセレストさんが教えてくれる。

「男性なら右手をこう、胸に当てて、浅く上半身を傾けます。女性はスカートの裾を両手で摘んで軽く広げて見せ、右足を後ろへ下げて膝を曲げ、同じく上半身を浅く傾けます。メイドがしていた礼を真似てください」

「……こう?」

立ち上がって、言われた通りにする。

スカートの両側を両手で少し摘んで広げて見せつつ、右足を後ろへずらし、膝を曲げて、浅く上半身を前へ傾ける。

昨日と今朝、そして昼食の時に見たメイドさん達の綺麗な礼を真似てみる。

それにセレストさんが頷いた。

「はい、それで良いと思います。竜王陛下は穏やかで気さくな方だと伺っておりますし、竜人は元々あまり作法にうるさくないので大丈夫ですよ」

「そうなの?」

「ええ、そもそも竜人は 番(つがい) 以外に膝をつくことはなく、頭を下げるのも族長、つまり竜王陛下にしかしません」

竜人は本能が強く、自尊心も強い。

それ故に自ら膝を折る相手は番のみで、頭を下げるのは一族で最も強い竜王陛下だけ。

たとえ自分より強い相手でも屈しない。

だから人間の国の作法が行えないそうだ。

「人間の国の作法では上位の者に 首(こうべ) を垂れなければいけませんが、竜王国では竜人達がそれを行わないため、基本的に浅く体を傾ける程度で良いのです」

右手を胸に当てるのと、スカート部分を広げるのは『武器を持っていません』『敵意はありません』という意思表示だという。

言われてみれば、セレストさんやウィルジールさんが誰かに頭を下げているところは見たことがない。

謝っていても頭は下げない。

そんな話をしていると部屋の扉が叩かれた。

「ユニヴェール様、番様、お迎えに参りました」

セレストさんが対応すれば、昨日、この部屋まで案内してくれた男性が立っていた。

王城の中は複雑なので案内がなければ、きっと目的地に辿り着くのは難しいだろう。

差し出されたセレストさんの手に、わたしは手を重ねて、男性の後をついて行く。

内装や造りが似ているので自分がどこにいるのかも分からなくなってくる。

進んでいるのか、戻っているのか。

何度も曲がったり、上り下りをしたりして、しばらく歩くと一つの扉の前で男性が立ち止まった。

「こちらで陛下がお待ちです」

そう言われて緊張する。

セレストさんの手を握り直せば、セレストさんがわたしを見下ろした。

「ユイ、大丈夫ですか?」

「……うん」

実際は緊張していて全く大丈夫ではないのだが。

男性が微笑んだ。

「竜王陛下はお優しい方ですよ」

そう言って、扉を叩いた。

ややあって中から使用人らしき人が出て来て対応し、部屋の中へ入れてもらえた。

小さな部屋があって、更にその奥へと通される。

もう一枚の扉を抜けた先に竜王陛下とウィルジールさんがいた。

セレストさんが礼を執った。

でもセレストさんの左手とわたしの右手は繋がったままなので、わたしも左手だけスカートを摘み、右足を下げて教えてもらったばかりの礼を執る。

「顔を上げてくれ」

セレストさんが礼をやめたのでわたしもやめる。

応接室だろうか。ソファーやテーブルが置かれており、壁際には飾り棚などが並び、広々としていた。

「遠いところから呼び出してすまない」

竜王陛下を見て、ちょっと驚いた。

……ウィルジールさんに似てる。

ウィルジールさんがもっと歳を取ったら、こんな感じになるだろうという感じだった。

綺麗な緑色の長い髪に、金の瞳、顔立ちは端正で、でもウィルジールさんよりかは柔らかな印象があった。

並ぶとウィルジールさんのほうがちょっと目元が鋭い。

「竜王陛下と第二王子殿下にご挨拶申し上げます。私はセレスト=ユニヴェールと申します。こちらは私の番です」

「はじめまして、ユイといいます」

竜王陛下が苦笑する。

「楽にしてくれ。堅苦しいのは嫌いなんだ。さあ、そちらへ座って。寛いでくれて構わない」

そちら、と竜王陛下の斜め前のソファーを示される。

セレストさんが頷き、手を引かれて、わたしはセレストさんと一緒に大きなソファーへ座る。

ウィルジールさんは竜王陛下の斜め後ろにいて、なんと、陛下の座っている椅子の背もたれに寄りかかっている。

目が合うとヒラヒラと手を振られた。

全くもって王子様らしくない態度である。

先ほど中へ入れてくれた使用人がお茶を用意してくれた。

「ありがとうございます」

そう言ったら、その人は少し驚いた後に、ニコリと微笑んで壁際に下がっていった。

紅茶を飲もうとして、それがミルクティーだと気付いて、なんで知っているのだろうと疑問に思いつつ口をつけた。

……うん、美味しい。

目の前のテーブルには美味しそうなお菓子も並べられている。

昨日と同じくフレーズが多く使われていた。

「セレスト、ユイ、改めて、遠くから来てくれたことに礼を言う。それにウィルジールも連れて来てくれてありがとう。もし二人が来てくれなければ、これも帰っては来なかっただろう」

竜王陛下が苦笑した。

それについ首を傾げてしまう。

……家族仲があんまり良くないのかな?

セレストさんが首を振る。

「いえ、我々は何もしておりません」

「だが友人だという君がいたからこそ、今回は来てくれたのだろう。これまで何度手紙を送っても、顔を見せに来てはくれなかった」

竜王陛下がチラとウィルジールさんを見上げる。

ウィルジールさんがそっぽを向いた。

「俺はいないほうが兄貴のためにいいんだよ。それにこっちより、グランツェールのほうが自由に動けて楽しいし」

それに竜王陛下もセレストさんも苦笑をこぼした。

そういえばウィルジールさんが旅の間に言っていた。

貴族の中には第一王子派と第二王子派があって、ウィルジールさん自身は王位に興味がないのに、ウィルジールさんを次の国王にと推す声もあるのだとか。

そういう権力争いに巻き込まれるのが嫌で、王都より離れたグランツェールの街に来たらしい。

「それに、どうせ親父も兄貴も元気なのは分かってるしな。もう子供じゃないんだし、俺も向こうで仕事があるから、そう簡単にはこっちに帰って来られないんだよ」

ウィルジールさんが頭を掻きながら言う。

確かに往復で四週間近く、王都に数日滞在すれば一ヶ月ほどは時間がかかってしまうので、その間は休暇を取らなければならなくなる。

第二警備隊も忙しいので一ヶ月も抜けるのは気が引けるだろう。

「分かっている。せめてもう少し頻繁に手紙を返してくれ。王妃はいつもお前を心配している」

「あの人は心配性なんだよ。俺もうすぐ三百だぞ? 仕事だってしてるし、友人も仲間もいるし。まあ、気が向いたらもう少し手紙は書くよ」

「ああ、そうしてやってくれ」

……別に家族仲が悪いわけではなさそうだ。

そんなことを思いつつ、お菓子に手を伸ばす。

フレーズのジャムたっぷりのクッキーだ。

可愛い花の形で見た目も良い。

食べるとサクリとして、甘酸っぱいフレーズのジャムの香りと味が口に広がって行く。

「ああ、そうだ、それだよそれ」

ウィルジールさんがこちらを見た。

「それでこの間、フレーズ食べた分はチャラな」

言われて目を丸くしてしまう。

もしかして昨日と今日とでフレーズがよく出てきたのは、それのせいだろうか。

言われてみれば、王城に着いたらフレーズを食べさせてくれる的なことを言っていた気もする。

なるほどと思いながら頷いた。

「それで、本題だが……」

竜王陛下がこちらを見た。

「二人を呼び出した理由だが、番に関する話だ。過去に君達同様に竜人の番が人間だったこともあるが、それは何千年も前の話だ」

セレストさんが頷いた。

「昔話のことですね」

「ああ」

……昔話?

首を傾げたわたしに竜王陛下が微笑んだ。

そうして、とある竜人の話が始まった。

今よりずっとずっと昔、一人の竜人の女性がいた。

彼女は王都で生まれ育った竜人で、騎士だった。

高潔で、誇り高く、騎士という立場を重んじていた。

しかしある日、竜人は任務で地方へ向かう。

そこで一人の人間の青年と出会った。

出会った瞬間に竜人は青年が自分の番なのだと分かり、二人はすぐに親しくなり、そうして青年もまた恋に落ちた。

青年は竜人について王都へ来て、二人は幸せに暮らしていた。

だが、五年、十年と時間が経ち、竜人は恐ろしくなった。

このままでは愛する人を失ってしまう。

人間は長生きしても百歳前後。

長命の竜人とはあまりに寿命が違い過ぎた。

共に老いることすら叶わない。

それを人間も気にしていた。

二人はただ、共に幸せでありたいだけだった。

竜人と青年は魔法の研究を始め、そして、とある魔法を応用すれば、他人に己の寿命を分け与えられることを発見した。

二人は喜び、その魔法を発動させた。

竜人の人生の半分を青年に分け与えることに成功した。

共に年老いて、同じ時間を生きていける。

最初、二人はその奇跡を喜んだ。

けれども、その幸福は長くは続かなかった。

五十年、百年と時が経つにつれて、青年の様子はおかしくなっていった。

親しい友人や家族を失い続け、時間の感覚すら分からなくなり、段々と気が狂っていったのだ。

これを境に知られるようになるのだが、竜人と人間では時間の感覚が全く異なり、人間の精神では数百年という時間はあまりに長く、耐えられない。

竜人がそれに気が付いた時には何もかもが遅かった。

数百年を生きて、精神をすり減らし、狂ってしまった人間は竜人が魔法を解除する前に自ら川へ身投げして死んでしまった。

それに竜人は嘆き悲しみ、己を憎んだ。

安易に寿命を延ばそうと望んでしまったせいで、愛する人を苦しめ、狂わせ、そして死なせてしまった。

竜人は悲しみと憎しみのあまり理性を失った。

暴れまわる竜人を抑えられるのは同族の竜人しかおらず、多くの竜人が止めるために立ち向かう。

しかし感情に支配され、もはや理性のない竜人は強かった。

死者こそ出なかったものの、竜人だけでなく、王都に住む多くの種族が負傷した。

それに竜人が暴れたことで街も破壊された。

「それから、たとえ種族の違いで寿命に差があったとしても、絶対に魔法で延命してはならないと法で定められた」

シンと室内が静まり返る。

セレストさんを見上げれば、沈痛な面持ちだった。

……竜人の気持ちが分かるんだろうな。

わたしとセレストさんも、その青年と竜人と同じだから。人間と竜人で、寿命に差がありすぎる。

「ここまで来てもらったのは、誓約書を書いて欲しいからだ。法に反しないと、決して寿命を延ばさないと、約束をしてもらいたい。……また、同じ悲劇を繰り返さないために」

竜王陛下が目を伏せる。

「残酷なことを言っているのは分かっている」

共に生きる方法があるのに、それを行うなと言う。

そっとセレストさんの手を握る。

ハッとこちらを見たセレストさんが、キュッとわたしの手を握り返して微笑んだ。

悲しそうな笑みだった。

「分かりました」

頷いたセレストさんに竜王陛下がホッとした様子で「感謝する」と言った。

ウィルジールさんが気遣わしげにセレストさんを見たが、多分、わたしと同じでかける言葉が見つからなかったのだろう。

……わたしはどう頑張っても先に死んでしまう。

わたしが死んだ後、セレストさんはどうするんだろう。

ウィルジールさんやヴァランティーヌさん達、友達や仲間はいてくれるだろう。

でも、番のわたしはいない。

あの竜人と人間の青年の話を聞いて、そうしてこれまでのセレストさんを見ていて思う。

竜人は番への情が深い。

もしわたしを失ったらセレストさんもそのようになってしまうのだろうか。

……それは、なんだか嫌だな。

セレストさんを悲しませたくない。

だけどわたしの寿命は延ばせない。

誓約書にセレストさんとサインをしながら考える。

……わたしはどうしたいんだろう。