軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王城にて

そうして王都までの一週間の旅は過ぎていった。

途中で魔獣に遭遇することもあったようだったが、わたしはセレストさんと一緒にウィルジールさんの馬車に乗っていたので危険もなく、馬の背に乗るよりずっと快適な旅だった。

王都へ入る時にはグランツェールを出た時と同じく、ウィルジールさんの馬車のカーテンは閉めきられていた。

王子様なのだから国民に顔を見せる、というようなことはないらしい。

「俺も親父達と軽く顔を合わせたら、セス達と一緒に帰るつもりだ。それに第二王子が王都に戻って来たって聞いて騒ぎ出す奴もいるだろうしな」

とのことだった。

ウィルジールさんは第一王子であるお兄さんが王位を継げばいいと思っているそうだ。

そんな面倒臭いものはやりたくないのだとか。

……まあ、王様になったら窮屈そうだし、忙しそうだし、大変だろうからやりたくないって気持ちは分からなくもないかも。

閉めきられたカーテンの向こうからは歓声が聞こえてくる。

戻って来た使節団を出迎える民の声らしい。

ちなみにわたし達の乗っている馬車は荷物が収められたもの、ということで前任の使者が乗った馬車の更に後ろについている。

「こえ、すごいです」

小声で言えばウィルジールさんが頷いた。

「使節団っていうよりかは、騎士達の隊列を見たいって奴のほうが多いんだろ」

「王城勤めの騎士は人気がありますからね」

……だから、やたらと女性の声がするのか。

キャアキャアと若い女性の声が多く感じるのは気のせいではないようだ。

ゆっくりと馬車は王都の中を進み、王城へ向かう。

わたし達は竜王陛下から呼び出されて来ているので、お客様として、王城の客間が用意されているらしい。

やっと馬車が停まる頃には、さすがのわたしも少し飽きていた。

ウィルジールさんもちょっとげんなりしていた。

でも馬車はまた動き出して、それから少し走った後、もう一度停まった。

ややあって外からコンコンと叩く音がする。

「着いたみたいだな」

外から扉が開けられて、まずセレストさんが降り、わたしが降りて、最後にウィルジールさんが出た。

「やっと背が伸ばせるな」

ウィルジールさんが両手を上げて背筋を伸ばす。

気持ち良さそうだったのでわたしも真似をすれば、セレストさんがそれを見て小さく笑った。

見上げたお城は石造りの堅牢そうな外観だ。

前世のテレビで見た西洋のお城である。

「ウィルジール殿下、お帰りなさいませ」

出迎えてくれた男性が口を開いた。

やや年嵩の男性で、赤みがかった金の瞳に尖った耳からその人も竜人なのだと分かった。

ウィルジールさんがそれに軽く手を上げて応える。

男性の視線がわたしとセレストさんへ向く。

「ユニヴェール様、番様、ようこそお越しくださいました。長旅でお疲れでしょう。さあ、どうぞ中へお入りください」

男性が脇へよけて、王城の中へ入る道を示す。

ウィルジールさんが「また明日な」と言い、他の使用人と騎士を伴って別の方向へ歩いて行った。

わたし達は男性に案内されて王城へ入った。

中も石造りで、そこかしこにランタンが設置されているものの、中にライトの魔法が入っていて廊下をほんのりと照らしている。少し薄暗いかな、といった感じだ。

絵画が多く、意外と調度品は少ない。

赤い絨毯が敷いてあり、壁は石造りが剥き出しで、外観と同じく中も堅牢で静けさに包まれている。

しかも造りが複雑らしく右に行ったり左に行ったり、階段を上がったかと思えば下りたりして、きっと一人で歩いたら迷ってしまう。

セレストさんもそう感じたのか、しっかりとわたしの手を握っていた。

「王都に滞在中はこちらの部屋をお使いください」

そう言われて通された部屋は広かった。

部屋の中に更に扉が四つある。

「鍵をどうぞ。こちらの机にある呼び鈴を鳴らせば使用人が参りますので、何か御用がございましたら遠慮なくお呼びください」

「ありがとうございます」

セレストさんが鍵を受け取った。

「竜王陛下との謁見は明日の五つ目の鐘が鳴る頃に行われる予定です。その頃にお迎えに参ります。それまではご自由にお過ごしください。庭園の見学をご希望でしたら、使用人が案内いたします」

男性の説明にセレストさんが頷いた。

「分かりました」

そうして男性は下がって行った。

広い部屋はテーブルとソファーがあり、ゆったりと寛げるようになっていた。

わたし達は扉を開けて部屋を確認し、どうやらここには寝室が二つあるようで、わたしとセレストさんはそれぞれの部屋に荷物を置きに行った。

寝室は窓があり、バルコニーもあって、窓から見た感じはわたし達がいるのは三階か四階くらいだろう。

特に荷解きをする必要はないため、荷物を寝室の隅に置いて、上着を脱いでから戻る。

セレストさんも丁度戻って来た。

セレストさんはソファーへ腰掛ける。

手招きされてわたしもソファーへ座った。

「のどかわいた」

「そうですね、何か飲み物でもいただきましょうか」

テーブルにあったベルをセレストさんが持ち、軽く振ると、チリリンと小さく鳴った。

こんな小さな音で聞こえるのだろうかと疑問に思っていると、すぐに部屋の扉が叩かれる。

セレストさんが「どうぞ」と声をかければ、黒いワンピースドレスに白いエプロン姿のメイドさんが数名入って来た。全員獣人だった。

「何かご入り用でしょうか?」

セレストさんが頷く。

「飲み物と、もし良ければ軽く摘めるものをいただけるでしょうか?」

「かしこまりました。ご用意いたしますので、少々お待ちください」

半分ほどが部屋を出て行く。

だが思ったよりも早く飲み物と軽食が運ばれてきて驚いた。

テーブルの上には三段のタワーみたいなものが置かれ、そこには軽食などが綺麗に並べられており、飲み物は果実水が用意された。

しかも並べ終えるとメイドさん達は「御用がございましたら何なりとお呼びください」と言って一礼し、静々と部屋を出ていく。

パタンと扉が閉まるとセレストさんが苦笑する。

「なんだか落ち着かないですね」

わたしもそれに頷いた。

二人で恐る恐る軽食に手を伸ばす。

見た目にも綺麗なそれらはとても美味しかった。

フレーズをふんだんに使ったものが多い。

互いに顔を見合わせ、わたし達は思わず笑ってしまった。

王都に入ってからずっと緊張していたが、美味しいものを食べたらなんだか緊張が解けていった。

セレストさんに頭を撫でられる。

「軽食をとお願いしましたが、これで夕食になってしまいそうですね」

沢山の軽食やお菓子がまだテーブルに並んでいる。

夕食を食べることを考えると、これ以上は胃に入れないほうが良さそうだ。

頷きながら、わたしも果実水を飲む。

「そうだ、ユイ、動けるようでしたら先に汚れを落として来てください。私は後で使いますので」

「わかった」

グラスをテーブルに戻し、席を立つ。

確かに疲れているし、お腹も満たされて、このままだと眠ってしまうかもしれない。

寝室へ行って荷物から着替えを引っ張り出す。

それから戻って浴室へと向かう。

浴室は広く、猫足のバスタブがあり、既に湯が張ってあった。触ってみるとお湯は温かい。

服や下着を脱いで、まずはシャワーを浴びる。

……しっかり洗わないと。

旅の途中はお風呂に入れなかったので、石鹸を泡立ててしっかり体を洗っていく。

泡がちょっと汚れていた。

そうして顔や髪も洗い、さっぱりしたところで湯船に浸かる。

……本当にお城の中なんだな……。

浴室内まで内装が綺麗だった。

湯船から上がり、置いてあった大判のタオルを使って体と髪の水気を拭く。

夏場なので、少し暑いくらいだ。

ほかほかになって元の部屋へ戻れば、セレストさんに手招かれる。

「綺麗になりましたね」

言いながら、魔法で髪を乾かしてくれる。

ふわっと温かな風が髪を撫でて心地好い。

……王様との謁見は明日かあ。

ふあ、と欠伸がこぼれ落ちた。

* * * * *

ユイが小さく欠伸をこぼす。

続いて、小さな頭がこっくりこっくりと揺れる。

初めての旅でユイもかなり疲れただろう。

髪を乾かし終える頃にはユイは眠ってしまった。

寄りかかってくる小柄な体を静かに抱え上げ、セレストはユイのほうの寝室へ向かった。

そしてベッドへユイを下ろし、靴を脱がせてやってから毛布をかける。

……夕食を食べていないけれど仕方がない。

どうやら熟睡しているようで目を覚ます気配はなく、セレストはベッドに座ると、しばしユイの寝顔を眺めた。

馬車の旅と言ってもよく我慢したものだ。

何時間も馬車に乗っているのも疲れるし、何もすることがないので暇だっただろうし、慣れないこと続きで精神的にも疲れているはずだ。

ユイは我慢強い。

旅の間、一言も愚痴や不満をこぼさなかった。

それどころか手伝うことが出来ないと気にしていて、とにかく迷惑をかけないように周りの邪魔をしないようにいい子にしていた。

子供が一週間も自由に出来ないのはつらかっただろう。

でもユイは全くそんな素振りを見せない。

しかし、目的地に着いて気が緩んだらしい。

「……よく休んでくださいね」

毛布を肩まできちんとかけてやって、ベッドから立ち上がる。

起こさないように静かに寝室を後にした。

部屋に戻るとセレストは椅子に腰掛けた。

つい癖で後ろに少し体重をかけた後、それが揺り椅子でないことを思い出した。

……私もグランツェールが恋しいみたいだ。

グラスに残っていた果実水を飲み干して席を立つ。

セレストも自分に割り当てられた寝室へ行き、荷物から着替えを取り出して浴室へ向かう。

浴室は先にユイが使っていたからか、ほんのりと石鹸の良い匂いがした。

服を脱ぎ、体を洗い、湯船に浸かる。

……良い魔道具を使ってる。

それに、このバスタブには魔石の粉が混ぜてあるようだ。

湯が冷めていないのは状態固定魔法の類いか。

王城だけあって、金も技術もかけられている。

……恐らく竜王陛下に呼ばれた理由は 番(つがい) のユイが人間だからだろうな。

竜人の番が人間だったという話は、父から竜人族に伝わる昔話として教えられたもの以外に聞いたことがない。

今回呼ばれたのは確認のためか。

もしかしたら昔話のようになる可能性もある。

……今なら昔話で出てきた竜人の気持ちが分かる。

見つけた番が、自分のただ一人の半身が、愛する人が、自分の寿命の十分の一も生きられないなんて。

共にいられる時間があまりにも短過ぎる。

セレストだってそれを完全に受け入れられたわけではない。

今はただ、目を逸らしているだけなのだ。

セレストの外見が変わらないうちにユイは年老いて死んでしまうだろう。

この幸福な日々がたった百年も続かない。

二千歳までセレストが生きるとしたら、ユイが死んだ後にまだ千六百年ほどを一人で生きねばならなくなる。

番に出会えたことは幸福だ。

ユイのことを知る度に、セレストはユイが番であることに喜びと誇りを感じる。

番贔屓かもしれないがユイは本当に良い子だ。

……毎日を大事に生きるだけだ。

ユイの寿命を延ばそうなどとは思わない。

それは生き物の在り方を変えてしまうということであり、セレストの自分本位な気持ちのためにユイに苦痛を感じさせては意味がない。

そんなことをしてもユイは幸せになれない。

あの子の幸せを願うならば、寿命を延ばすよりも、あの子がその人生を心穏やかに過ごせるように気を配るべきだ。

それに、長生きというのは悪いことでもない。

ユイのほうが先に年老いてしまうが、セレストがユイを遺して死んでしまうよりもずっといい。

あの子の人生を見守ることが出来るのは僥倖だ。

そんなことを考えながら湯船から上がる。

身支度を整えてから浴室を後にする。

部屋に戻ると扉が叩かれた。

出ると、メイドの一人が立っていた。

「お夕食はいつ頃お出しすればよろしいでしょうか」

それにセレストは首を振った。

「すみません、夕食は要りません。旅で疲れてしまったので今日はもう休みたいと思います。せっかく用意をしていただいたのに……」

「お気になさらないでください。かしこまりました。夜食もございますので、いつでもお呼びくださいませ」

メイドは一礼して下がっていった。

セレストが扉を閉めれば、今度はココンと窓のほうから小さな音が響いてくる。

ややあって、また、コンと音がした。

何かが窓に当たっているようだ。

窓に歩み寄り、開けると、見慣れた姿がそこにあった。

「廊下から来てください、ウィル」

窓の外にウィルジールが立っていた。

「仕方ないだろ。あんまり城内をうろうろしてて、第二王子派の貴族に見つかったら面倒だ」

脇へ避けてウィルジールを室内へ招き入れる。

ウィルジールは勝手知ったる我が家という風にソファーへどっかりと腰を下ろした。

「あれ、番は?」

室内を見回したウィルジールに、セレストは口元に指を当てた。

「疲れたようで寝てしまいました」

寝室を指差すとウィルジールも「ああ」と納得した様子で頷く。

「いくら馬車で来たって言っても、今回はちょっと駆け足だったからな。子供にはきつかったよな」

朝早くに出発して、日が暮れるギリギリまで走り、夜は休むという旅だった。

立ち寄った村々を観光する暇もない。

子供には退屈な旅になっただろう。

「ああ、そうだ、フレーズを使ったものを出すように連絡しておいたんだが、どうだった?」

ウィルジールの問いに、なるほど、と思う。

グランツェールにいた時、ユイが最後に食べようと残していたケーキのフレーズをウィルジールが食べてしまったのだ。

ユイはそれをずっと引きずっていた。

……だからフレーズが沢山使われていたのか。

「何も言っていませんでしたが、いつもより、沢山食べていました」

「そうか。それなら、もう恨まれずに済むかな」

ははは、と笑うウィルジールにセレストは苦笑した。

ユイはあまり物に執着しないが、食べ物のこととなると別らしい。

それに関してはユイが言い出すまで気付かなかったが、これに関しては他人が食べているものに手を出したウィルジールが悪い。

「まあ、でも、番が寝てるなら丁度いいや。一杯、付き合えよ」

ウィルジールが持っていたものを掲げる。

そこには酒のボトルが握られていた。

その程度ならば、飲んでも翌日に響くことはない。

「ええ、構いませんよ」

旅の間は強い酒を控えていたので、セレストとしても嬉しい誘いだった。

* * * * *