軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

準備 / 旅立ち

あれからセレストさんがセリーヌさんに王都へ行く旨を説明し、セリーヌさんが急いで旅の準備をしてくれた。

着替えの衣類に下着に、髪を梳くためのブラシや小さな容器に移し替えてくれた化粧水などの細々とした日用品、旅用の上着はいつものポンチョでいいようで、靴は同じものを履く。一応メモ用のノートとインク、ペンも。

わたしはそういうものだけでいいらしい。

他に必要なものはセレストさんが持って行くそうだ。

衣類は全部新しいのを買った。

軽装で動きやすくて、でも丈夫なもの。

あと竜王陛下に会う時のための可愛くてオシャレな服も持って行く。

王都への道はグランツェールから馬で駆けて一週間半、王都に数日留まり、帰りは行きよりもゆっくり戻ることを考えれば一ヶ月くらいかかるようだ。

セレストさんがわたしの分も合わせて休暇届を出してくれた。

一ヶ月も仕事を休むのは気が引けるけれど、竜王陛下から召喚状を受け取ったとなれば行くしかない。

「ほら、ユイ、そんなに硬直しなくても大丈夫だよ」

頭上からヴァランティーヌさんの声がする。

それに意識が引き戻された。

旅に出るまで後、二日。

セレストさんは休みがないが、わたしは丁度一日休みがあったため、一緒に第二警備隊に出仕して、今日はヴァランティーヌさんに乗馬を教えてもらっていた。

……正確には馬に乗る練習だけど。

操るのはセレストさんがするから、とにかく、今日は馬に慣れることが優先された。

馬には一度触ったことがあるものの、直に乗るのは初めてで、今はヴァランティーヌさんと馬の背中につけた鞍に乗っている。

慣れない高さと揺れに体が固まっている。

「たかい……」

予想以上の高さだった。

それにわたしは跨るのではなく、横向きに座っているので体が安定しない。

「アタシに寄りかかってもいいから、もう少し体の力を抜きな。あんまり緊張してるとそれが馬にも伝わるんだよ。馬は敏感な生き物だからね」

ヴァランティーヌさんの言葉に肯定するように、馬が少し落ち着かない様子で首を軽く振って足踏みする。

……そう言われても……。

ヴァランティーヌさんにしがみついたまま動けない。

背中を撫でられる感じがした。

「落ちないから、ゆっくり体を起こしてごらん」

諭すような声に促されて少し頭を上げる。

先ほど、乗る時に見た高さはかなりあった。

一応落ちたとしても受け身を取れる自信はあるけれど、それでも、痛いものは痛い。

じりじりと体を起こして行く。

よほど気の良い馬なのか、動かずにジッとしてくれていて、それがありがたい。

なんとか体を起こすとヴァランティーヌさんの声がする。

「前を見てみな」

言われるまま、首を動かして前を見た。

ふわっと風が吹く。

それに一瞬目を閉じ、瞼を開ける。

「……たかい……」

馬の上は高い。

けれど、最初に見た時よりは怖くない。

位置が高い分、視界が普段よりもずっと開け、遠くまで見通せる。

「どうだい、いい景色だろう?」

ヴァランティーヌさんが後ろで笑う。

頷けば「ゆっくり歩くよ」と言われ、ヴァランティーヌさんが手綱を操ると馬がゆっくりと歩き出した。

カポ、カポ、と人が歩くよりも遅い。

揺れるけれど、ヴァランティーヌさんがしっかりとわたしの腰を支えてくれているし、お尻の下の鞍の更に下にある馬の体の安定感がある。

辺りをその調子で一周回った。

「どうだい?」

ヴァランティーヌさんに訊かれる。

「そんなにこわくない、です」

「そうだろう? 馬は乗り手の感情を読み取るのが上手いんだ。アタシ達がこうして穏やかにしていれば、馬だって不安を感じない」

なるほど、と思いながら揺られる。

「少しずつ歩調を早めて行くよ」

そうして、その日は何周も厩舎の広場を回った。

最初はゆっくりと、それから、最後は走るくらいまでなら何とか乗れるようになった。

でも少しお尻が痛くなった。

慣れないとそうなるらしい。

次の日ヴァランティーヌさんに言ったら「みんなそうさ」と笑っていた。

セリーヌさんにも言うと「擦り傷に効く軟膏を持っていったほうがいいかもしれませんね」と返されて、やっぱりこれは誰もが通る道なのだと知った。

さすがにお尻のことなのでセレストさんには黙っていたけれど、知られているような気がする。

わたしが王都に行くと言うとディシーは羨ましそうな顔をした。

「いいなあ、私も王都に行きたい。結局騎士様達も見られなかったし……」

受付のタイミングが悪かったらしく、ディシーは使節団の騎士達を見ることが出来なかったようだ。

イヴォンさんとシルヴァンさんにわたしは会ったけれど、騎士様という感じはあまりなかった。

ディシーに「どうだった?」と訊かれてとりあえず「いいひとそうだった」と答えたが、気のいいお兄さん達という雰囲気だった。

……お兄ちゃん呼びを頼まれた時はちょっと驚いたけど、悪い人達ではなさそうだ。

「おみやげかってくる」

「ありがとう! 楽しみにしてるね!」

ディシーが嬉しそうだったので、お土産は絶対に王都で流行っているものにしようと思った。

日程的に食べ物は無理だろう。

何か、装飾品がいいかもしれない。

ディシーは受付に立つようになって、見た目にかなり気を使い始めたこともあって、以前よりもずっと綺麗になった。

あと一年もすればディシーも十六になるそうだ。

ディシーの誕生日は、わたしのお給料から綺麗なリボンをいくつか買って贈ったらすごく喜んでくれた。

毎日使ってくれているのがわたしも嬉しい。

そうこうしているうちに使節団が国境から戻り、またイヴォンさんとシルヴァンさんが来て、家の近くのお店でウィルジールさんやヴァランティーヌさん、ディシーなど、二人の知り合いも呼んでちょっとした飲み会みたいなこともした。

イヴォンさんとシルヴァンさんはグランツェールでは有名な双子だったそうで、知り合いが多く、二人に話しかける人も多かった。

何より、セレストさんがすごく飲んでいて驚いた。

たまに仕事終わりにウィルジールさんや他の警備隊の人に誘われて飲みに行くけれど、その時でも、そこまで飲んでいなかった。

それこそ中身は本当は水なのではと思うくらいスルスルと飲んでいて、でも、酔った雰囲気はあまりなくて。

ビックリしていたらイヴォンさんがこっそり教えてくれた。

「竜人は酒に強いんだ。竜人が二人いたら店の酒がなくなるって言われるくらいだぞ」

つまり、普段は抑えているらしい。

ちなみに翌日の朝も普段通りにわたしを起こしに来たので、竜人は二日酔いになるのだろうかと疑問も湧いた。

きっと飲み過ぎればなるのだろうけれど、そこまで飲む前にお店のお酒のほうがなくなってしまうから、そうそうないのかもしれない。

そんな風にあっという間に一週間は過ぎていった。

* * * * *

旅立ちの朝、わたしとセレストさんは騎士達の宿泊している宿へ向かった。

そこも出発の準備をしていて、慌ただしい雰囲気に包まれていた。

わたし達が行くと既に話が通されていたようで、馬も用意してあり、セレストさんが馬の状態を確認する。

どうやら王都から連れて来た馬らしい。

かなりがっしりした大きい馬だ。

顔つきもキリッとしていて格好良い。

でも大きな体とは裏腹に気性は穏やかというか、人懐っこいみたいで、わたしやセレストさんに頭を擦り付けてくる。

可愛くて撫でていると声がかかった。

「セス兄、ユイ、おはよ!」

「セス兄、ユイちゃん、おはよう」

綺麗に被った二つの声に振り向けば、イヴォンさんとシルヴァンさんがいた。

……騎士っぽい。

白と金、そして青が基調の服の上から、白銀の鎧を着て、腰に剣を携えている。マントは赤い。

思わずまじまじと見てしまう。

……本当に騎士なんだ……。

「出発までまだ二時間はあるけど、もう来たの?」

シルヴァンさんの言葉にセレストさんが頷いた。

「ユイがそわそわしていて。それに馬の状態も確認したかったし、騎士達への挨拶もしておきたかった」

「なるほど」

ちなみに騎士達への挨拶は先に済ませてある。

この使節団の護衛の指揮を預かっている、第三騎士団の団長様とも会った。

てっきり団長と聞いたので男性だと思っていたら女性だったので少し驚いたが、堂々として、男性にも負けないくらい格好良い感じの人だ。

でも優しい人だった。

「馬がつらくなったら馬車に乗るといい。やや駆け足で戻るので子供には少々負担がかかる旅だ。荷物用の馬車なら二人くらい乗る空きはある」

と、気にかけてくれた。

敵意も感じなかった。

むしろ、心配してくれているようだった。

馬車もあると聞いてセレストさんはホッとしていた。

やっぱり初めての旅でずっと馬に乗りっぱなしというのはなかなかに大変なのだろう。

いざとなったらお願いすることにした。

なんとはなしに街の景色を眺める。

この街とも一ヶ月のお別れだ。

今日もディシーやヴァランティーヌさん達は仕事があるので、昨日のうちに挨拶は済ませておいた。

ディシーが今生の別れみたいに泣くので困ってしまったが、わたしも少し泣きそうになったのは秘密だ。

「よっ」

軽い調子の声に振り向いて驚いた。

「ウィル?」

そこにはウィルジールさんがいた。

いつもと服装も髪型も違うので一瞬別人かと思った。

「言ってなかったっけ? 俺も一緒に王都へ行くんだ」

「聞いてません」

「そうだっけ。二百年も戻ってなかったせいか、たまには顔見せに来いって親父が言うからさ」

ウィルジールさんは白地に金の、騎士服に似た、けれどもそれよりも豪華な装いに赤いマントをつけている。

イヴォンさんとシルヴァンさんが一歩引いて、胸に手を当てて礼を執った。

それにウィルジールさんが軽く手を上げて応える。

そのやり取りに首を傾げた。

セレストさんが「ああ」とわたしを見た。

「そういえばユイには話していませんでしたね。ウィルは竜王陛下の子であり、この国の第二王子なんですよ」

……………………え?

「だいに、おうじ?」

「そうだぞ」

「ウィルジールさんが?」

相槌を打つウィルジールさんがニッと口角を引き上げた。

「俺の名前はウィルジール=エル・アルナルディ。この竜王国の現国王の子で、こう見えても第二王子だ」

「よろしく」と言われてわたしはポカンとした。

……ウィルジールさんが王子……?

イヴォンさんとシルヴァンさんを見ると頷かれた。

セレストさんを見上げれば、苦笑される。

「本当にウィルは第二王子ですよ」

驚きすぎて言葉が出てこなかった。

セレストさんとウィルジールさんの顔を交互に見るわたしに、ウィルジールさんがプハッと吹き出した。

「驚きすぎだろ!」

ははは、とウィルジールさんが笑う。

「だって、おうじさま、おもってたのとちがう。おうじさまってもっとキラキラ、かっこよくて、やさしい」

王子様というのはもっと、こう、キラキラしていて、格好良くて、優しくて。

そう、言うなればセレストさんみたいな感じ。

少なくともウィルジールさんは想像と違う。

「俺だってキラキラで格好良くて優しいだろ?」

「ウィルジールさんいじわる。おととい、わたしがのこしてたフレーズとった」

「なんだ、まだ怒ってんのか?」

一昨日、国境から帰還したイヴォンさんとシルヴァンさんとみんなで家の近くのお店で飲み会をした。

その時にデザートを食べていて、好きだから最後に食べようと残していたフレーズをあろうことかウィルジールさんが「お、美味そう」と食べてしまったのだ。

あれにはさすがのわたしも怒った。

珍しく声を上げて怒ったわたしにウィルジールさんもセレストさんも驚いて、ウィルジールさんは謝ってくれたけど、モヤモヤした気持ちは消えなかった。

「たべもののうらみは、やまよりおおきい」

「あー、そんなに好きだったのか。城に着いたら美味いフレーズ食えるように言ってやるから」

「……それならゆるす」

ウィルジールさんがまた、はははと笑った。

「君は俺が王子って知っても変わらないな」

その表情はどこか嬉しそうだった。

「たべものはたいせつ。とるのはゆるさない。おうじさま、かんけいない。だれでもおこる」

「そうだな、悪かったって」

ウィルジールさんが降参するように両手を上げた。

それにわたしは頷く。

王子様だろうと他人の食べ物を横取りするのは許せない。食べ物は大切だし、好物ならなおさらだ。

セレストさんがふふと笑うと身を屈めて、わたしに耳打ちした。

「ウィルは第二王子という身分が嫌でこのグランツェールに来たんですよ。ここならウィルが王子だと知る者は少ないですからね」

それにウィルジールさんが頷く。

「そ、 王都(むこう) だと第二王子だからってすり寄って来るのが多くてさ。中には次の王を兄貴と俺とどっちにするかって騒ぎ出すのもいて、俺は王なんて面倒臭いのは嫌だったし、兄貴の邪魔になりたくなくてこっちに来てたってわけだ」

……うん、大変だったんだろうなあ。

ウィルジールさんが嫌そうな顔をするなんて初めて見た気がする。

「まあ、とりあえず今回の旅は俺も一緒に行くからよろしく。……馬での移動がきつくなったら俺の馬車に乗せてやるよ」

そういうことでウィルジールさんも共に旅立つこととなった。

イヴォンさんとシルヴァンさんは仕事に戻って行って、ウィルジールさんとしばらく話していたが、他の騎士に呼ばれると離れていった。

わたし達はそこでしばらく過ごした。

それから使節団の準備が整ったのは三つ目の鐘が鳴った頃だった。

街の大通りは見送りに出た人々で賑わっていた。

「街を出てしばらくは目立つし馬車に乗っていけよ」

と、戻って来たウィルジールさんに言われて、セレストさんがそれに頷いた。

ウィルジールさんの馬車はカーテンがかけられていて外からは見えないように出来るらしく、確かにわたしとセレストさんが騎士達に混じっていたらすごく目立つだろう。

街を出て一回目の休憩地点までは馬車に乗せてもらうことになったのだった。