軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セレスト=ユニヴェール

あの一件以降、わたしとセレストさんの関係はちょっと変化した。

以前よりももっと話すようになった。

つっかえつっかえ話すわたしをセレストさんは急かすことはなく、お互い、少しずつだけど自分のことを話すことが増えた。

主に話すのは家に帰ってから。

夕食を終えた後、二階の居間で、暖炉の火にあたりながらゆっくりと話をするのが日課になりつつある。

話は大体、セレストさんが自分のことについて教えてくれた。

セレストさんはこのグランツェールで生まれた。

当時、旅をしていたセレストさんの両親が、身重のままでは旅は出来ないからとこの街にしばらく居つくことになったのがきっかけだったそうだ。

セレストさんの父親も第二警備隊に所属していた。

それもあってセレストさんの両親はヴァランティーヌさんとも友人で、セレストさん自身もヴァランティーヌさんとは子供の頃からの知り合いなのだとか。

「ゔぁ、らん、てぃーぬ、さん、ず、っと、この、まち、に、いる?」

「ええ、私が生まれる前、第二警備隊が設立された当時からなので恐らく四百年ほど前にはこの街にいたようです」

「なが、ぃき」

セレストさんが頷いた。

「確かヴァランティーヌは七百歳を超えていると聞いたことがあります。若いうちにエルフの里を出て来たのでしょう」

……何度聞いても年齢に驚いちゃうなあ。

でもエルフや竜人からしたら普通なのだろう。

わたしはセレストさんの話に頷いた。

* * * * *

セレスト=ユニヴェールは二百七十六年前、このグランツェールの街で生まれた。

竜人の父親にエルフの母親の下、長男となった。

セレストは水属性が強い竜人で、同じく水属性に最も適性のある父親の血を受け継いでいた。

母一筋で家族を大事にする父。

物静かで優しく、けれども時には厳しい母。

そんな両親に愛されてセレストは育った。

竜人は人族の中で最も成長速度が緩やかな種族で、獣人やドワーフの多い街の子供達はセレストよりも成長が早い。

特に獣人は二十年ほどで成人を迎えるため、セレストが大人になるまでに、彼らは先に大人になって、子を成していった。

番とまではいかずとも、良き結婚相手を見つけた者も多くいる。

子供の頃、どうして自分が成長がこんなにも遅いのかと両親に泣きついて、困らせてしまったこともあった。

両親は種族の違いだと教えてくれた。

セレストはそれが悲しかった。

他にもこの街にはそれなりに竜人がいるけれど、竜人の子供もエルフの子供も数が少ない。

幼馴染であり友人であるウィルジールですら、セレストが百歳になる少し前に王都からやって来て、それから親しくなったくらいである。

セレストと同年代の竜人はこの街に数名ほどしかいない。

竜人は長命なので、その分、子が出来難いのだ。

最初の百年のうちにセレストは友人の子の、更に子を抱くという経験もあった。

しかも自分に双子の弟が出来て、セレストは兄弟という未知の存在に戸惑ったりもしたが、破天荒なウィルジールに振り回されて、そちらで忙しかったような気がする。

ウィルジールとは百歳ぐらいの頃からの付き合いだ。

「お前、竜人なのに静かだよな」

と、ウィルジールに言われたこともある。

本能が強い竜人は血の気の多い者も少なくない。

子供の頃のセレストもなかなかにやんちゃだったと思う。

ウィルジールは当時、街の子供達の先頭にいた問題児を片っ端から力技で倒していって、街の子供達の頭領になっていたが、セレストもそれに付き合った。

百五十近くまでは、第二警備隊の真似事をして、問題のある子供達を更正させてきた。

……実際はただ子分にさせていただけだったが。

子供達で自警団を作って、ルールを作って、それをこの街の子供達はいまだに守っている。

ウィルジールとセレストが作ってから既に百年以上経っているが、子供達の自警団は、大人達にもそれなりに好評らしい。

種族で差別をしない、年下の子の面倒は年上が見る、いじめはしない、盗みはしない、などルールはどれも分かりやすいものばかりだ。

……さすが竜王陛下の子と言うべきか。

ウィルジールの本名はウィルジール=アルナルディといって、この竜王国を統べる竜王陛下の二番目の子である。

しかしウィルジール自身は王の子という立場を鬱陶しく思っているようで、それを明かすことは滅多にない。

王都を離れたのも王の子だと周囲がうるさいので、王都から離れたこのグランツェールの街に来たという。

セレストもウィルジールが竜王陛下の子だと知っても、だからといって何かが変わるわけではなかった。

これに関してはセレストはユイに黙っていた。

勝手に話すことをウィルジールは良しとしない。

「私は第二警備隊に入ろうと思います」

下に弟も生まれたからだろうか。

父のように誰かの役に立つ仕事をしたいと考えた。

成人したセレストがそう言うと、ウィルジールはあっさりと頷いた。

「それいいな、俺も第二警備隊に入る」

と、言ったので共に第二警備隊の試験を受けた。

竜人のセレストとウィルジールが落ちるようなこともなく、二人は無事、第二警備隊に配属となった。

体を動かすことが得意で、攻撃魔法がうまいウィルジールは出動の多い一班に。

水属性で治癒魔法や防御などの魔法に長けたセレストは治療士が多い三班に。

班は分かれてもセレストとウィルジールの仲は変わらず、時折飲みに行ったり、休日に街を散策したり、たまに傭兵達と共に魔獣を狩りに出かけることもある。

新人教育ではヴァランティーヌが色々と教えてくれた。

穏やかで、他種族にも好意的な珍しいエルフだが、やはり厳しいところも多かった。

あのウィルジールでさえ、ヴァランティーヌの言うことには従うくらい、ヴァランティーヌは昔から強かった。

警備隊に入ったことで、セレストの両親も「もう大丈夫だろう」と第二警備隊に入ってから数年後、双子の弟達を連れて旅立って行った。

最初に母の生まれ故郷であるエルフの里に寄ると言っていたけれど、それからはあまり連絡は来ていない。

大体、五十年に一度くらいの頻度で手紙が来るものの、毎回所在が違うので、手紙を送り返すことはなかった。

両親が街を出てから百年経った。

セレストは日々を穏やかに過ごしていた。

子供の頃に仲の良かった獣人の子供達は皆、寿命を迎えて逝ってしまった。

ドワーフの子供達も立派な大人になった。

街の顔ぶれは少しずつだが、確実に変わっていき、何度か行った店が潰れていたり、新しい店が出来たりと色々あった。

友人達が先に年老いていくのは少し寂しいが、もう慣れた。

誰かが亡くなる度にウィルジールと共に偲んだ。

百年も同じ生活を送っていると飽きも来る。

それでも、街から出ようという気は起きなかった。

セレストはこのグランツェールの街が好きだった。

弟達が王都に住んでいると知ったのも、ここ数年の話で、どうやら今は王城で騎士として働いているようだ。

まだ幼かった頃の弟達しか記憶にないため、あの小さな暴れ馬みたいな双子が騎士として過ごしている姿は想像もつかないが、手紙のやり取りだけはかなり頻繁にしている。

つい先日も、番を見つけたことを綴って送った。

……ああ、そうだ。

番を見つけてからセレストの生活は一変した。

それまでの穏やかだけど単調な日々が終わり、今は毎日、以前よりも楽しく過ごせている。

「せれ、す、と、さん、の、おと、うと、さん、ど、んな、ひと?」

揺り椅子に座るセレストの足元。

毛足の長い柔らかな絨毯の上に座って、番であるユイが訊いてくる。

暖かな炎の明かりに照らされた顔はまだ幼い。

セレストの番は十二歳の少女だった。

それも生まれてからずっと戦闘用奴隷だった。

「小さい頃のことですが、それはもう手を焼く弟達でしたよ。風魔法が得意で、家の中で使って遊び出してしまうのでめちゃくちゃになって、母によく叱られていましたね」

そう言えば、ユイの紅茶色の瞳が細められた。

奴隷としての人生が長かったせいか、ユイはあまり表情が豊かではないものの、性格はそうでもない。

実は好奇心旺盛だと最近知った。

初めて見るもの、見る人、触るもの、食べるもの。

いろんなことについて訊いてくる。

たまにセレストの考えもしなかった質問をされたり、思いもよらない考え方を口に出されたりして驚くこともあるが、ユイとの生活はセレストの暮らしを色鮮やかにしてくれる。

セレストにとっては当たり前のものが、ユイには新しいことばかりで、いつも目を輝かせている。

「げ、んき、な、ひと?」

「そうですね。元気過ぎるくらい元気です」

「ディ、シー、み、たぃ?」

ユイと共に保護された、同じく戦闘用奴隷だった少女。

セレストが請われて名前を与えたもう一人の人間。

ディシーというその少女は、今はヴァランティーヌの下で保護されている。

勉強が好きなユイと違い、ディシーは座っていることよりも体を動かすことのほうが好きらしく、ここ数日はよく訓練場にいるのだとか。

リザードマンのシャルルと仲良くなり、相手をしてもらっているそうだ。

その間、ユイはヴァランティーヌと勉強をするらしい。

ユイは勉強の中でも計算が一番得意である。

足し算や引き算だけでなく倍算や割り算まで完璧に出来るようになっており、最近はもう少し難しい計算もやり始めている。

……本当に警備隊の事務員になるかもしれない。

読み書きと話す練習もしていて、毎日、日記を書いているそうだ。

寝る前にも本を読むことで話す練習もする。

喋ることに関してはまだ途切れ途切れだけれど、最初の頃に比べて話し出すまでの時間が短くなった。

きっと、この小さな頭の中では話す前に一生懸命口に出す内容を考えているのだろう。

「ふふ、ディシーよりも私の弟達は問題児ですよ」

戦闘用奴隷だったからか、ディシーは人間にしてはかなり強く、もしかしたら第二警備隊に入るかもしれない。

毎日シャルルから特訓を受けている。

ユイもたまに体を動かしに出るようだが、戦うのはディシーか女性隊員だけらしい。

どうしても体の接触があるため、ユイは男性隊員との手合わせは避けてくれているようだ。

……それは私のためだろう。

私が嫌なことを訊かれたことがあった。

その話をした時、ユイはこう言った。

「ぜ、んぶ、きを、つけ、る、むず、か、しぃ」

大勢の人が暮らす街では人との接触は避けられない。

だから仕方のないことだと思った。

「でも、で、きる、こと、する」

……その言葉がどれほど嬉しかったか。

拒絶されるかもしれないと思っていたため、セレストは驚いて、そして自分のために気を付けてくれると言ったユイの気持ちが嬉しかった。

実際、ユイはセレストの言葉を覚えていた。

異性と直接触れ合わない。

異性から物をもらわない。

食べ物を差し出されても食べない。

ユイの行動を制限するものばかりなのに、ユイはそれを気にして、あまり人と接触しないようにしてくれている。

シャルルの件以降、男性の匂いは一切ない。

「そういえば、事務のほうからユイに声がかかるかもしれませんよ」

「こえ?」

「はい。ユイが計算が得意だという話が事務の者達にまで届いているらしく、事務員はいつも人手不足なのでユイも手伝いをして欲しいと頼みに来る可能性がありますね」

ユイが目を丸くした。

「おし、ごと、でき、る?」

その頭を優しく撫でる。

最初は怯えられていたが、今はそのような反応もなく、たまにセレストに抱き着いてくるくらいには懐いてくれている。

すぐに心を開くのは難しいだろう。

今はユイに合わせてゆっくりと待てばいい。

「ユイはそんなに仕事がしたいのですか?」

「はぃ。し、ごと、する。お、かね、も、らう。せれ、すと、さん、お、かね、わ、たす」

「私に渡す?」

ユイがまた頷いた。

「わ、たし、お、かね、か、かる。せ、れす、と、さん、たぃ、へん。お、かね、わ、たす」

……なるほど。

ユイと話すようになって気付いたのは、ユイは思ったよりも真面目な子で、責任感が強い。

頼まれたことはきちんと最後までこなすし、物を与えれば大事に扱うし、時折、こうして金に関して気にすることもある。

「お気持ちは嬉しいですが、それは受け取れないですね」

セレストが微笑めば、ユイが首を傾げる。

「な、んで?」

「ユイには国から保護名目の補助金が出ているという話は前にしましたね?」

ユイが頷いた。

「その補助金でユイの生活費は足りています。ですから、あなたがもし仕事を始めても、そのお金はユイの好きなように使っていいんですよ」

ユイはあまり金銭的にも、生活面でも、手のかからない子だ。

最初に必要なものを揃えていたのもあってか、殆ど買い物をしていない。

買ったのは衣類や靴などといったものくらいだ。

ふとユイを見て気が付いた。

「ユイ、その服には確か、揃いで頭につけるリボンがあったと思ったのですが……」

今日一日感じていた違和感に気付く。

今ユイが着ている服には、頭に差し込む独特な形のリボンの飾りがあったはずだ。

ユイが着る服は全て一度試着して、それを見ていたので大体は覚えている。

けれどもユイは首を傾げた。

「な、かっ、た、です?」

自信がなさそうにユイが言う。

「もしかしたら高い所に置いてしまって、見つからなかったのかもしれませんね」

「一緒に見に行きましょうか」と言えばユイが頷いて、絨毯から立ち上がる。

セレストも揺り椅子から腰を上げた。

そうして手を差し出せば、ユイの小さな手が重なった。

これもセレストの我が儘なのにユイは付き合ってくれている。

ユイはセレストに甘えることが落ち着かないらしいが、実は甘えているのはセレストのほうなのかもしれない。

内心で苦笑しながら、ユイの部屋へと向かったのだった。

* * * * *