軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番について

* * * * *

職場である第三救護室へ戻る道すがら。

セレストは爪が掌に食い込むほど、手を握り締めていた。

ユイはセレストの番だが、今現在、ユイがそれを受け入れたわけではない。

そもそもユイは番を理解していない。

それに人間なので感じ取ることも出来ない。

……そう、分かっていたはずなのに。

ユイに抱き着かれた時、ユイから漂ってくる自分以外の男性の匂いに一瞬、頭が真っ白になった。

怒りというより衝撃だった。

ユイから男の気配がしたことがショックだった。

だが、訊いてみれば相手はシャルルであり、ユイが興味を示したことで触らせてくれただけだという。

それに安堵しつつも、ユイの興味を引けたシャルルのことが羨ましくもあった。

ユイはセレストにそれなりに懐いてくれている。

しかし心を開いてくれているかと言われたら、正直に言ってまだよく分からない。

ユイは話すことが得意でないせいか、感謝の言葉はよく口にするものの、あまり自分の気持ちを言うことがない。

……本当は、もっと知りたい。

ユイのことを色々と知りたい。

嬉しいこと、楽しいこと、好きなもの、好きな色。

嫌いなもの、苦手なもの、されたら嫌なこと。

ユイのことなら何でも知りたい。

「……それは我が儘なのでしょうね……」

気付けば立ち止まっていた。

これは竜人の本能だと分かっている。

この執着心も、この普通ではない干渉も。

ユイがセレストの番だから。

……私自身はどうなのだろう。

番だからとユイをそばに置いているけれど、セレスト自身はユイのことを殆ど知らず、今のところ、番だからという理由しかセレストにはない。

本能を抜きにした時、セレストは分からなくなった。

ユイを知りたいと思いながらも、セレストはユイにそれ以上踏み込むことが出来ずにいた。

そうすることでユイに嫌われるのではないか。

その執着を見せることで、ユイがセレストを鬱陶しく思うのではないか。

その不安からセレストは踏み込めずにいる。

ユイはユイで、恐らくまだ自分の状況を理解していない。

それを理解するには時間がかかるだろう。

生まれた時から奴隷として生きてきたから、何も知らないだろうし、そのことに関しては仕方がない。

理解してくれるまで待つことは構わないと思っている。

そう思っているが、同時に、早く理解して欲しいとも願ってしまう。

理解した上でユイの返事を聞きたい。

でも、聞きたくないと思う自分もいる。

……拒絶されたら自分でもどうなるか分からない。

「……竜人というのは、本当に厄介な生き物ですね……」

ふう、と小さく息を吐く。

セレストはユイを待つ。

だけどその前にユイときちんと話をするべきだ。

……さっきは思わず席を立ってしまった。

あのまま、あそこにいてもユイにも自分にも良くないと感じて離れてしまったが、ユイを不安にさせてしまっていないだろうか。

心配しながらも足を動かす。

……後で謝らないと。

苦笑をこぼし、セレストは第三救護室へ向かったのだった。

* * * * *

「ユイは番についてどこまで知ってるかい?」

ヴァランティーヌさんに訊かれて答える。

「かみ、さま、の、きめた、うん、めぃ、の、あ、いて。りゅ、じん、じゅ、じん、つ、がぃ、とく、べつ」

「ああ、そうだ、竜人と獣人にとって番は特別な存在だよ」

それにわたしも頷いた。

「で、も、つ、がぃ、どう、とく、べつ?」

ハッキリ言っていまいちよく分かっていない。

番は神様が決めた相手で一緒になると幸せになれるとディシーが言っていた。

そして、竜人や獣人は番を本能的に分かって、番を特別大事にするらしい。

……でも、何で?

と言うか、そもそも番ってどういう存在なのか。

そこからしてわたしには理解出来ていない。

「どう特別、かあ」

「難しい質問をするねえ」とヴァランティーヌさんが顎に手を添えて考える。

訊いてみると、どうやらヴァランティーヌさん達も感覚的なもので番を見ているそうだ。

言葉として説明するのは難しいらしい。

「そうだねえ、まず神様の決めた相手っていうところから話さないといけないかね」

神様の決めた相手とはつまり、運命の相手。

運命の相手とは、共に添い遂げることで一生を幸福に過ごせる相手のことだ。

その決め方はどうなっているかは分からない。

しかし、番を見た瞬間に分かるそうだ。

エルフやドワーフは竜人や獣人ほど番を本能で感じ難いため、その『番と分かる感覚』をヴァランティーヌさん自身も本当の意味では理解出来ていないらしい。

「番を見つけた竜人や獣人は雷に打たれたみたいな衝撃だってよくたとえているけどね」

そもそも番とは、昔は半身とも呼ばれていた。

この世界のどこかにいる自分の片割れ。

魂で繋がることが出来る唯一の人。

そう言われてもあまりピンとこない。

首を傾げれば、ヴァランティーヌさんが言う。

「考えてみてごらん」

世界にたった一人だけ、自分に幸福感を与えてくれて、自分が大切にしたいと思える相手を見つけたとしたら。

その相手がそばにいるだけで心が満たされる。

誰よりも大事に感じる人。

「ユイにも、もし、そんな人がいたとしたら一緒にいたいと思わないかい?」

……それは、多分、そう思うだろう。

前世では、父と母がよく病院に来てくれて、二人の顔を見るだけでつらい闘病生活も頑張ることが出来た。

好きの意味は違うかもしれないが、何にも代え難い大切な人という意味では同じだろう。

そういう人と一緒にいたいと思うのは自然なことだ。

うん、と頷いた。

「その気持ちがね、竜人や獣人はとても強いのさ。そして特に竜人にとっては番は特別だ。そばにいるだけで強くなれる」

「つ、よく?」

「ああ、そうだよ。能力値が上がって、精神的にも安定して強くなる。番は竜人からすれば逆鱗のようなもの」

番を得た竜人は強くなる。

本来の能力を開花させる。

体が更に頑丈になったり、魔力が上がったり、それは個々によるらしいが、一様に能力が上がるそうだ。

それもあって、竜人にとって番とは特別な存在なのだという。

「せれ、すと、さ、ん、わ、たし、つ、がぃ、だ、から、す、き」

番だからとセレストさんは優しくて。

番だからと大事にしてくれて。

「今のところは、そうなんだろうねえ」

……今のところは?

「番っていうのはね、神様が決めたものだけど、逆を言えば、神様がこの二人なら幸せになれるだろうと思うくらい、相性がいいということでもあるんだよ」

「そ、う、なの?」

「ああ、ユイはセレストと一緒にいてどうだい? アイツのこと、嫌だと思うことはあったかい?」

訊かれて、すぐにわたしは首を振った。

セレストさんを嫌だと思ったことはない。

むしろ命の恩人であり、その後も引き取って、色々と良くしてくれて、感謝こそすれど嫌うなんてありえない。

……でも、なかなか受け入れられない。

番だからという部分に引っかかってしまう。

それではわたしの気持ちはどうなるのだろう。

もしも、わたしがセレストさんを好きになったとしても、受け入れずに番でなくなったらセレストさんはわたしを嫌うのだろうか。

「わ、たし、せれ、す、とさん、つ、がぃ。でも、つ、がぃ、なく、な、った、ら、すて、られ、る?」

番ではなくなるかもしれない。

受け入れられなかったら捨てられるかもしれない。

そういう不安もある。

「番じゃなくなるなんてことはないよ。番は生涯に一人きりで、そして竜人が番を間違えることもない」

「そ、なの?」

「セレストの番はユイだけだよ」

番は生涯に一人きり。

何故か、そのことにホッとした。

「でもね」とヴァランティーヌさんが続ける。

「もしユイがセレストを少しでも好きだと思ってくれるなら、セレストと一緒に生きる道も考えてみて欲しいとアタシは思ってるよ」

そっと頭を撫でられる。

……セレストさんと生きる道。

それはきっと、わたしにとっては穏やかで生きやすい道なのだろう。

今ですらセレストさんと一緒の暮らしは、わたしにとって幸せなことばかりだ。

「それに竜人の番ってのはいいものさ。夫は甲斐甲斐しく世話してくれるし、優しいし、まあ少し過保護だけどそれも愛してるからこそさ」

……やけに詳しいなあ。

「ゔぁ、らん、てぃー、ぬ、さん、く、わ、しぃ」

「セレストの親を知ってるからね。あの二人も竜人とエルフで種族は違ったけど、いつ見ても幸せそうな夫婦だったよ。竜人の番になれば死ぬまで生活にも困らないしね」

肩を竦めるヴァランティーヌさんにわたしはつい、それでいいのかと思ってしまった。

それは、前に会ったウィルジールという人が言っていたのと同じである。

わたしが生きるためにセレストさんを利用する。

「うぃる、じー、る、さん、いう。わ、たし、せれ、す、と、さん、り、ょう、する。せ、れす、と、さん、のぞ、む」

ヴァランティーヌさんが目を瞬かせた。

「なんだ、ウィルジールも似たようなことを言ってたのか。アイツはセレストと幼馴染らしいけど、友情が行き過ぎてちょっと捻くれているだろう?」

捻くれているかどうかは分からないけれど。

「……へん、で、こわ、ぃ」

怒らせたら危険なタイプなのは確かである。

ヴァランティーヌさんが苦笑した。

「ああ、確かにね」

そうしてヴァランティーヌさんが言う。

「それで話は戻るけど、セレストにとってはユイはこの世界でただ一人の特別な存在なんだ。番とは自分の半身のようなもの。竜人にとっては害されたくない逆鱗。そして最愛の伴侶。だから自分以外の匂いがつくことを嫌うんだ」

……うん、まあ、それはさっきの説明で分かった。

付き合ってはいないけど、自分の好きな人から他の異性の気配を感じたら、それは嫌だと思う。

「他にも異性から物をもらうのもやめたほうがいいだろうね」

うん、と頷く。

「セレストとの関係をどうするかはユイの自由さ。でも、少しだけセレストの気持ちも考えてやってくれると、セレストの友人としてアタシも嬉しいねえ」

……セレストさんとの関係、か。

まだそれをどうしたいのか、わたしも分からない。

将来どう生きたいのかも分からない。

だけど、とりあえずはセレストさんとのことは保留にして、きちんと考えていきたいと思う。

「わ、たし、かん、が、える」

セレストさんと話し合わなければ。

ディシーが「頑張って!」と応援してくれた。

* * * * *

終業の鐘が鳴った。

その鐘が鳴って、しばらく経つとセレストさんが食堂に迎えに来てくれた。

セレストさんはわたしのところへ来ると、そばで膝をついて、目線を合わせてくれた。

「先ほどはすみませんでした」

開口一番に謝られてわたしは首を振った。

「つ、がぃ、ゔ、ぁ、らん、てぃーぬ、さん、に、き、いた。わ、たし、せれ、すと、さん、の、つ、がぃ」

「ええ、そうです。ユイは私の番です」

セレストさんの言葉に頷き返す。

「わ、たし、まだ、せ、れす、と、さん、すき、わか、ら、なぃ」

今度はセレストさんが頷いた。

「そうでしょうね。ユイはまだ外に出たばかりですし、分からないことだらけでしょう」

「は、ぃ。だ、から、いま、は、ま、って」

「ええ、もちろん、そのつもりです」

セレストさんが微笑んだ。

「私はユイに選んで欲しいと思っていますが、それは私の気持ちであって、ユイの望みとは違います。だからユイがきちんと自分がどうしたいのか分かるまで待つつもりです」

「竜人は長生きですから、十数年くらい待てますよ」と言った。

……そこまで待たせるつもりはない。多分。

でも待ってもらえるのは嬉しい。

「それに、私もユイのことを知りたいです」

セレストさんに手を握られる。

「これからユイのことを私に教えてください。番だからではなくて、ユイ自身を知って、私はあなたを好きになりたいのです」

それにわたしも頷いた。

「わ、たし、も、せれ、す、と、さん、しり、たぃ。も、っと、し、って、かん、が、える」

「では、お互いに、自分のことを教え合いましょう」

わたしも頷き返す。

「お、し、える」

まずはお互いのことを知っていこう。

わたし達の関係はそこから始まるのだろう。

「焦らなくていいですからね」

「時間は沢山ありますから」と言われて頷いた。