軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談:蜜月期

* * * * *

セレスト=ユニヴェールは今、人生で一番浮かれている自覚があった。

ユイと結婚し、正式に 番(つが) い、本当の意味で伴侶となった。

竜人が番を得ると蜜月期に入るため、その間の仕事は休暇扱いとなる。

無理に仕事へ出たとしても番を手放さないし、他の者を威嚇したり傷付けたりすることもあり、それならば家で過ごさせたほうが色々な意味で安心・安全ということなのだろう。

自身の支度を整えつつ、そばにいるユイの身支度も手伝う。

正直に言えば、ユイの世話は全てセレストがしたいくらいだ。

だが、ユイは元から自立心が強いので、自分でできることは自分でやりたがる。

それでも、こうして釦を留めたり、髪を整えたりということはセレストがやっても嫌がらないので、ユイなりに譲歩してくれているのだと推察できる。

結婚式の翌日からセリーヌとレリアは来てくれているけれど、こちらの邪魔をしないように気を遣ってくれていて、食事とお茶の時以外は顔を合わせない。

結婚式の翌日だけはセリーヌがケーキを焼き、レリアが料理を作って祝ってくれた。

ユイはとても嬉しそうで、幸せそうで、そんな姿にセレストも幸せを感じていた。

「さあ、朝食にしましょうか」

セレストが声をかけると、ユイが自然に手を繋いでくる。

家の中にいる時のほとんどを共に過ごしており、常に手を繋いだり抱き締め合ったり、とにかく触れ合ったままだ。こうしていないとセレストは不安で仕方がない。

蜜月期とは番との仲を深め合う期間である。

竜人にとってはずっと肌を重ねていたがることもあるようだが、セレストは夜はともかく、昼間はユイと穏やかに過ごすほうが好ましかった。

ただし、家には誰も訪ねて来ないし、セリーヌとレリア以外は極力入れるつもりもない。

……今はディシーやヴァランティーヌであっても嫉妬してしまいそうだ。

それをユイに伝えたところ、ユイは手紙を書いて二人に伝えてくれた。

そのおかげもあってか今のところ、来訪者はない。

両親や弟達も理解しているので来ることはないだろう。

二人で階下の食堂に行けば、朝食が用意されていた。

「おはようございます、ユイ様、セレスト様」

「おはようございます、セリーヌさん」

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

椅子にセレストが座り、ユイがその膝の上に横向きに座る。

二人分の朝食はセレストの席の前にまとめられており、セレストがユイに食べさせる。

最初は少し戸惑っていたユイだが、蜜月期はセレストの好きにさせてくれるようだ。

美味しそうにセレストの手から朝食を食べるユイを見ているだけで充足感に包まれる。

ユイに朝食を食べさせてから、セレストも手早く食事を済ませる。

膝の上のユイがウトウトと眠そうにしていた。

昼間は普段通りのんびりと過ごしているが、夜はつい求めてしまうので、どうしてもセレストより体力の少ないユイは昼間は眠くなってしまう。

そういう時は好きなだけ眠らせている。

ユイもセレストの膝や膝枕で寝たり、一緒にベッドで横になったりとそばにいてくれている。

だからユイが寝てしまっていてもセレストは嫌ではないし、ユイの寝顔を眺めながら穏やかに過ごす時間もとても愛おしいと思える。

朝食を終えるとユイを抱き上げて上階の居間に戻る。

自室に戻りたい気持ちはあったけれど、このままだとまたユイを求めてしまいそうだった。

居間の暖炉の前に敷かれた絨毯の上に座り、揺り椅子にかけてあった膝掛けを取ってユイにかける。

暖炉に火も灯っている。時期的に必要ないかもしれないが、ユイの体調が何よりも大事だ。

抱え直しているとユイが目を開けた。

眠そうな、ぼんやりとした眼差しである。

「すみません、起こしてしまいましたね。……眠っていていいですよ」

そう声をかければ「ん……」という返事と共にユイがすり寄ってくる。

その仕草が可愛くて、安心した様子で身を委ねてくれていることが嬉しくて、笑みが浮かぶ。

何もできないけれど、腕の中に妻となったユイがいるこの時間が幸せだった。

母から、父との蜜月期の時の話は聞いていたけれど、セレストは父ほど派手ではないらしい。

他の者を威嚇することもないし、ずっと番を求めて無理を強いることもない。

セレスト自身も驚くほど、穏やかで優しい蜜月期である。

もちろん、夜はユイを求めてしまうのだが……。

そこまで考えて、慌てて頭の隅に欲望を追いやる。

ユイは今休んでおり、今日も朝方まで無理をさせてしまったと思う。

できるだけユイはセレストに付き合ってくれようと頑張っているが、人間と竜人では基礎となる体力自体がそもそも異なるので、そこはセレストのほうが気を配らなくてはいけない。

それでも、つい、ユイに触れて構いたくなってしまう。

眠っているユイを起こさない程度に抱き寄せ、その額に口付ける。

腕の中に番がいる幸福感と満足感に包まれ、ずっと心のどこかに感じていた孤独感が癒えていく。

やっと自分の大切な半身を得られたという喜びを感じる。

何よりも──……自分の命よりも大事な存在がいることへの喜び。

こればかりは言葉で表現できない。

あふれそうなほどの喜びと幸福感、満たされた気持ち。

番を見つけた竜人が、番だけを求め、愛し、全てを捧げてしまう理由をセレストは理解した。

番と心から愛し合い、想い合い、添い遂げることがいかに素晴らしいか。

ユイと共に過ごしながら、セレストは自身の魔力が安定するのを感じていた。

番を得た竜人は強くなる。

確かに、今のセレストはユイと出会う前よりも、番う前よりも強くなっている。

「……ユイ……」

愛おしい存在が腕の中にいる。自分だけの宝が、ここにいる。

愛でたくて仕方がなくて、大切で、大事にしたくて、そして求めてしまう。

理性的と言われるセレストですらこうなのだから、他の竜人の蜜月期は番にとってかなりの負担になるだろう。竜人は見目も良く、高給取りだが、番が苦労することも多い。

セレストが優しく頭を撫でれば、ユイが手にすり寄ってくる。

目を開けなくても相手がセレストだと理解しているのだろう。

セレストが頬に触れると、ほう……、と小さな息がその口から漏れる。

どこか満足そうなその吐息に導かれるように小さな唇に口付ければ、ユイが目を覚ます。

オレンジがかった赤色の、紅茶のような綺麗な瞳が好きだ。

その瞳にセレストだけを映してくれているこの状況に歓喜している。

心が震えるほどの喜びと多幸感、愛しさ、ユイとの更なる繋がりを欲してしまう。

「……セレスト、さん……」

夢現(ゆめうつつ) といった様子でセレストの名前が呼ばれる。

まだ出会った頃の言葉がたどたどしい頃のユイを思い出す。

あれから六年。竜人からすればたったの六年だ。

その六年の間にユイは心身共に一気に成長していった。

それをそばで見守ることができただけでも、喜ぶべきことだろう。

ユイは己の秘密をセレストに教えてくれた。

今のユイになる前の記憶。ない、と言い切ることはできなかった。

むしろ、ユイに別の人生の記憶があることに納得した。

ユイは昔から頭が良くて、物覚えも良くて、要領も良くて、全く手のかからない子供だった。

戦闘用奴隷として生まれて育ってきた子供とは思えないくらい日常に順応していった。

生前の記憶があり、中身はもう少し大人なのだと分かって安心した。

ユイが無理をしていないか心配だったから。

秘密を教えてもらってからは、ユイが大人びた様子を見せても気にならなくなった。

それどころか、セレストだけにその秘密を打ち明けてくれたことが嬉しかった。

隠していることもできたはずなのに、ユイは正直に伝えてくれた。

セレストが想像する以上の勇気が要り、不安もあっただろう。

もう一度口付ければ、幸せそうにユイが笑った。

「……すき……」

その言葉に、セレストは色々なものを抑え込んだ。

夜、肌を重ねている時にユイは何度もセレストに想いを伝えてくれる。

普段は『大好き』なのに、そういった時は余裕がないのか短く『好き』と言う。

言葉は短いけれど、その分、沢山言ってくれる。

求めるようにセレストの名前を何度も呼んでくれる。

それに理性のタガが外れそうになって抑えるのが大変だが、何度でも言ってほしいし、呼んでほしい。ユイの甘く切ない声を聞けるのは夫であるセレストだけだ。

セレストの前でだけ乱れて、甘えて、泣いて、望んで。

……そんなあなたを見て何度理性が飛びそうになったか……。

抑えていてもつい長い時間、ユイを付き合わせてしまう。

「……ユイ」

もう一度口付け、顔を離せば、ユイが瞬きをした。

セレストをジッと見つめ、そして、おかしそうに小さく笑う。

「セレストさん、部屋、行こう」

先ほどよりもややハッキリとした声でユイが言った。

それにセレストのほうが目を瞬かせてしまった。

「……いいのですか?」

今まで寝不足で昼寝をしていたはずだが。

「うん、今日はもっと、セレストさんと触れ合いたい」

眠いだろうに、疲れているだろうに、セレストを気遣ってくれる。

伸ばされた腕がギュッと首に回された。

耳元でユイが囁いてくる。

「だから、セレストさんの部屋に行こう?」

番の魅力的な提案に抗える竜人などいないだろう。

竜人は番を得ると強くなるが、同時に番の奴隷になってしまう。全てを差し出し、番のためなら何でもしてしまう。

「はい。……すみません、ユイ」

「謝らないで。……セレストさんだから、いいの」

「ユイ……」

ユイのほうからも触れるだけの口付けがされる。

「セレストさんの好きにしていいよ」

セレストはユイを抱き上げると、足早に居間を出たのだった。

* * * * *

「セレスト様もユイ様も、幸せそうですねぇ」

レリアの言葉にセリーヌは大きく頷いた。

「ええ、本当に。セレスト様があんなに幸せそうなのは初めて見ました。……ユイ様を引き取られてからも嬉しそうな表情は多かったですが、式後はまた違いますね」

「ふふ、番と結婚できるというのは特別なことですから」

レリアは獣人で、夫がおり、恐らく番同士の結婚だ。

獣人は竜人と同じくらい番を感じ取れるからこそ、主人であるセレスト様の気持ちが分かるのだろう。

結婚式の翌日からはいつも通りに通っているけれど、セレスト様は片時もユイ様を離そうとしない。

食事は自ら食べさせ、自分の食事は手早く済ませ、二人で穏やかに過ごしている。

蜜月期の竜人の中には性格が変わるほど番に傾倒する者もいるようだが、セレスト様の場合はそこまでの激しさはないらしい。

しかし、だからといってユイ様への気持ちが薄いわけではない。

むしろ気持ちは強くなっているのだろう。

セレスト様はユイ様をずっと抱き締めており、声も甘く、ユイ様以外の者に視線を向けない。

普段通り労いの言葉をかけてくれるものの、視線はユイ様に向いたままで、セリーヌもレリアも必要最低限のことを済ませたらすぐに下がるようにしている。

昼食に近い時間に下りてきて摂った朝食の際も、セレスト様はユイ様に給仕をしていた。

「それにしても、ユイ様は大丈夫かしら……」

食事中もとても眠そうにしていた。

人間と竜人では体力が違うため、蜜月期は大変だろう。

「そこはセレスト様もお気を付けていらっしゃるようですよ〜」

そのわりにはユイ様がずっと眠そうで、体調が少し心配である。

ユイ様に朝食を食べさせた後、セレスト様はユイ様を気にしながら急いだ様子で食事を済ませ、その間に眠ってしまったユイ様を抱えて二階に戻っていった。

蜜月期に入って一週間が経ったけれど、全く終わる様子がない。

「竜人の方々の蜜月期は平均してどれくらいなのかしら?」

「短くても一月はかかるそうです。セレスト様のお父上は二月かかったそうです」

「セレスト様もそれくらい続くと思ったほうが良さそうですね」

だが、竜人の寿命を考えたら蜜月期が二月というのは短いのだろう。

千五百年は確実に生きる人生の中で、たったの二月など一瞬の出来事だ。

セリーヌとレリアは顔を見合わせた。

「今日も早めにお夕食の準備を済ませて、帰りましょうか」

家の中に他の者がいるとセレスト様もユイ様も落ち着かないだろう。二人の邪魔はしたくない。

「ええ、そうしましょう」

「良ければ、帰りにどこかでお茶をしていきませんか?」

「まあ、いいですね〜。是非ご一緒したいです」

セリーヌとレリアは頷き合い、席から立ち上がった。

そうと決まれば休憩は取らず、その分、仕事を早めに終わらせて出たほうがいい。

セリーヌとレリアは「ではまた後で」と、それぞれ仕事に戻ったのだった。

* * * * *