軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

打ち上げ / あなたは運命の人

* * * * *

ワハハ、と誰かの笑い声が聞こえてくる。

親友のセレストとその番が結婚式を挙げた後、ウィルジールを含めた招待客は全員『酒樽の集い』に来ていた。本日、この店は貸し切りである。

セレストに店の予約を頼まれた時に「好きなだけ飲んでください」と言われた。

竜人は酒好きが多く、そして飲む量も多い。

竜人が二人いれば店中の酒を飲み干してしまうと言われるくらいだ。

そして、セレスト達の招待客には複数名の竜人がいる。

それを事前に伝えていたためか、店にはいつもより多くの酒樽が用意されており、誰もが浴びるように酒を飲む。

かく言うウィルジールも、既にかなりの量を飲んでいた。

親友の結婚式はウィルジールにとって喜ばしいことでもあり、親友を完全にその番に取られてしまったような、面白くないという気持ちも感じた。

……まあ、それについては元からだったけどさ。

親友が番を見つけた時からウィルジールはずっとそう感じていたし、実際、最初はセレストの番に対して意地の悪いことを何度かした。

ウィルジールは交友関係が広く、友人と呼べる者は多いけれど、心から『親友だ』と言えるのはセレストだけだった。昔から破天荒なウィルジールに付き合って、呆れず、離れず、セレストはウィルジールを『親友』と言ってくれた。

昔、仲の良かった友人の大半はもうこの世にいない。

友人達のほとんどは獣人で、ウィルジール達が成人する頃にはもう子がいて、ここ二十年から五十年のうちに次々と寿命で消えていった。

セレストと共に多くの友人達を見送った。

だからこそ『親友』と呼べるほど長く共に過ごせたのはセレストだけだった。

それはセレストにとっても恐らく同じで、ヒトの中でも長命種の竜人にとっては逃れようのないもので。

親友の番を見つけて喜んだのはほんの一瞬で、人間というあまりに寿命の短い種族であると気付いた時、ウィルジールは『何故』と思った。

竜人にしては理性的で、温厚で、情に厚くて気が良くて、本当に良い奴なのに。

神という存在はどうして、この素晴らしい親友の番にたった百年も生きられないような種族を選んだのか。

大切な親友を悲しませ、絶望させ、もしかしたら壊してしまうかもしれない。

そんな番の存在をウィルジールは素直に喜べなかった。

それでも番のためにあれこれと動く親友は生き生きとしていて、悩んでいる姿が痛ましくて、どうにもできないことが歯痒かった。

心を通わせていく二人に口出しもできない。

特に親友は人間の寿命を理解した上で、番を引き取り、慈しんでいた。

それが竜人の 性(さが) だと分かっているからこそ、やめろとも言えなかった。

……でも、もうセスが悲しむことはないんだよな。

弱くて、短命で、小さな番は自らの力で長生きする方法を得た。

驚いたけれど、それ以上にホッとした。

もしも番を失ったセレストが理性を失い、暴れた時、真っ先に止めるのはウィルジールだ。

街の竜人達全員で止めにかかることにはなるだろうが、元より理性的なセレストが我を忘れるほど狂ってしまったらもう、殺すより他に手はないと思っていた。

その時は親友としてウィルジールが終わらせてやるべきだと。たとえそれをウィルジールが望んでいなくても。

ずっと、この五年間はそう考えていた。

だがウィルジールの覚悟などお構いなしというふうに親友の番は方法を得て、覚悟を決めた。

セレストのことを思えば良いことなのに、やはりウィルジールは面白くなかった。

飲みかけの酒に口をつけ、少しぬるくなっていることに気付いて顔を離す。

こういう時、セレストがいれば『氷をくれ』と簡単に言えるのだが。

溜め息を吐いていれば横から伸びてきた手が氷を入れてくれる。

「こんな良い日に溜め息かい?」

ヴァランティーヌの言葉にウィルジールは肩を竦めた。

「仕方ないだろ。親友を取られた俺の身にもなってくれよ」

「本当にアンタはセレストにべったりだね。もう三百歳近いっていうのに、いつまで子供気分でいる気だい?」

「はいはい、どうせ俺は子供っぽい男だよ」

冷えた酒を一気に流し込み、近くを通った店員に追加を注文する。

「でも、セスの幸せは俺だって願ってるさ。この五年は特にそうだった。あの番があっという間に死んで、セスがどうなるか心配で気が気じゃなかった」

「アタシもそうだったよ。もしセレストを止めることになったら、警備隊も駆り出されるだろうからねぇ。……だけど、そうならなくて本当に良かったよ」

ヴァランティーヌはセレストの両親とも友人関係であり、セレスト自身ともそうだ。

セレストは魔力量も多く、魔法に優れているが、剣の腕もそれなりに立つ。

本気で戦うことになれば街や警備隊への被害も大きいだろう。

「霊樹の実、本当に効果があると思うか?」

声を潜めて問えば、ヴァランティーヌが頷いた。

「精霊がそう言ったんだから、間違いはないさ。精霊ってのはね、嘘を吐くと力が弱まるから偽りを嫌がる。そんな精霊が『寿命が延びる』って明言したなら、それが事実だよ」

「へぇ」

「今頃、ユイは霊樹の実を食べているんじゃないかねぇ」

結婚式の後に食べると言っていたのを思い出す。

「あの子にとっては大きな決断だったと思うよ」

「まあ、そうだろうな」

「アタシから『食べてくれ』なんて言えなかったけど、ディシーがユイに『食べるべきだ』って言ったそうだよ。セレストと一緒に幸せになって、自分の最期をみんなで看取ってほしいんだって。……ディシーは強くて、本当に良い子だよ」

それにウィルジールは小さく笑った。

「娘自慢か?」

「ああ、そうさ」

ヴァランティーヌが堂々と頷き返す。

番の友人を引き取ってから、ヴァランティーヌは以前より更に世話焼き感が増した。

……いや、母親らしくなったのか?

そんなことを考えていると後ろから声がした。

「ヴァランティーヌ、助けて〜っ」

話題の人物がヴァランティーヌの背中に抱き着く。

「おやおや、どうしたんだい?」

「みんなが今日のユイの紹介についてすっごく褒めてくれるの!」

「なんだい、良かったじゃないか」

「嬉しいけどなんか恥ずかしい……!」

「あっははは、アンタは意外と照れ屋だったんだねぇ」

ヴァランティーヌが娘の頭を少々手荒く撫で、娘がキャーッと明るい声を上げる。

けれども二人はとても楽しそうで、幸せそうだった。

髪を整える娘の後ろに黒い影が立った。

「ディシー、恥ずかしがることはない。本当に良い紹介だった」

シャルルの言葉に娘が「本当?」と振り向き、嬉しそうな顔をした。

「ああ、だから堂々としていればいい」

リザードマンの大きくて鋭い手が、優しく娘の頭に触れる。

……ったく、みんな幸せそうだよなぁ。

だが、この光景が、賑やかな雰囲気が嫌ではなかった。

店員が持ってきた酒を受け取り、ウィルジールが立ち上がってそれを掲げる。

「セスと番の幸せな未来に乾杯!!」

店中から「乾杯!!」と返事がして、グラスや杯をぶつけ合う気持ちの良い音が響く。

ウィルジールは立ったまま、酒を一気に飲み干した。

「今夜は酒がなくなるまで飲み尽くすぞ!!」

今日くらいはヤケ酒をしても許されるだろう。

* * * * *

ふと目を覚ましたけれど、辺りはまだ真っ暗だった。

カーテンの隙間から月明かりが差し込んでくる。

……いつの間に寝ちゃったんだろう。

ぼんやりとした頭でそんなことを思いながら起き上がり、何も着ていないことに気付く。

慌てて毛布で前を隠すけれど、横で眠っているセレストさんも肌が見えている。

寝てしまう前のことを思い出したら途端に顔が熱くなった。

できるだけ優しくする、という言葉通り、セレストさんは本当に優しかった。

丁寧すぎて、優しすぎて、もどかしくなるくらい──……でも、沢山愛してくれた。

わたしのほうの体力が追いつかなくなると休ませてくれたし、無理強いはしないし、逆鱗のおかげもあってか苦しかったり痛かったりということもなかった。

最初はドキドキして、緊張して、恥ずかしくて、戸惑ったけれど、セレストさんはわたしに合わせてくれて、大きな手に触れてもらえると嬉しくて、心地好くて、幸せで。

……わたし達、これで本当に夫婦に……番になったんだよね。

そっと手を伸ばしてセレストさんの首に触れる。

そこにはもう、逆鱗はなかった。

わたしの体内に入れた逆鱗は溶けて、多分、わたしの体に吸収された。

逆鱗を受け入れるとその魔力量の多さで酔ったみたいになるとは聞いていたが、熱くて、気分が高揚して、その後のことは大まかには覚えているけれど、自分が何を口走ったかまでは分からなかった。

ただ、何度もセレストさんに好きだと言った気がする。

わたしが好きと言う度に、セレストさんが嬉しそうに優しく目を細めていた。

でも、緑がかった金色の目の視線がすごく熱くて、それなのに触れる手は優しくて、滅多に汗をかくことのないセレストさんの額から伝う汗が、わたしに集中してくれているのが分かって嬉しくて──……。

段々と鮮明に思い出して気恥ずかしくなった。

だけど、不思議と満足感というか、幸せに満ち足りた気分である。

「……セレストさん」

そっと顔を寄せて、寝ているセレストさんの頬にキスをする。

「これからも、いっぱい愛してね」

……わたしも負けないくらいセレストさんを愛するから。

顔を離した瞬間、長い腕が伸びてきて抱き寄せられた。

互いに何も身に着けていないから、素肌が密着する。

「ユイが望んでくださるなら、いくらでも」

寝起きということもあってか、いつもより低く、少し掠れた声だ。

それが寝る前までの出来事を思い出させて、また顔が熱くなった。

わたしが照れていることに気付いたのか、セレストさんの手がわたしの耳を触った。

「ふふ、耳まで赤くなっていますね。……とても可愛いです」

耳元で囁かれ、思わず体が反応してしまう。

体を重ねている間、セレストさんは何度も『可愛い』『綺麗』とわたしを褒めてくれた。

そして『もっと』『離したくない』とも言ってくれた。

最中は少しだけ理性が外れるのか時々、言葉遣いが乱れることもあって、普段の丁寧で穏やかなセレストさんとの差にドキリとしてしまう。

これまでもセレストさんは男性で、恋人でもあったけれど、性的な雰囲気が一切ない人だった。

キスをしても、抱き締め合っていても、甘い雰囲気になっても一線を引いていた。

そのセレストさんに甘く掠れた声で囁かれるといつもとの違いにドキドキする。

「まだ恥ずかしいですか?」

密着しているから、わたしの心臓の音が伝わったのだろう。

セレストさんが微笑みながら訊いてくるので、わたしは小さく頷いた。

今度はセレストさんがわたしの額にキスをする。

「本当にあなたは可愛い人ですね」

ドキドキするのに、セレストさんと触れ合っていると幸せで心地好い。

わたしもセレストさんにくっついて、その体温を感じる。

……番は運命の相手……。

神様が『この二人なら幸せになれるだろう』と定めた運命の人。

確かにわたしは今、幸せだ。

セレストさんと結婚して、番になって、きっとこれからもずっと幸せだろう。

あの日、戦闘用奴隷だったわたし達を第二警備隊が助けてくれた。

死にかけていたわたしをセレストさんは助けてくれた。

死なないでくれと願う声に導かれて、わたしは今も生きている。

わたしを助けてくれたセレストさんは竜人で、理性的で、優しくて、沢山のことを教えてくれた。

セレストさんと出会わなければわたしの人生は全く違うもので、こんなに幸せなことがあるのだと知らないままだったかもしれない。

……セレストさんはわたしの運命の人……。

「セレストさん」

名前を呼べば、すぐに返事があった。

「はい」

「わたしね、人間だから番を感じ取ることはできないけど、でも、今すごく実感してる」

見上げれば、セレストさんが優しく見つめてくる。

「セレストさんはわたしの番だって。わたしの番はセレストさんじゃないと嫌だって思うよ」

セレストさんが目を丸くする。

しかし、すぐに嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、そうです。ユイは私の番であり、私はユイの番です」

「うん」

「これからもそれは変わりません」

わたしを助けてくれた竜人は、わたしの番だった。

それは偶然の出会いで、でも、きっと運命的な出会いでもあって。

「愛しています、ユイ。……誰よりもあなたを大切にしたい」

腕を伸ばしてセレストさんの顔を引き寄せ、わたしからキスをする。

前のわたしは死んでしまったけど、この世界で運命を見つけられた。

優しくて、温かくて、穏やかな世界。大好きな人々。

そして、セレストさんとこれからも生きていく。

「わたしもセレストさんを愛してる。……ずっと、一緒にいようね」

神様がくれた人生の続きを、結んでくれた運命を、大事にしていこう。

──元戦闘用奴隷ですが、助けてくれた恩人は番だそうです。続編(完)──