軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結婚式(1)

翌日、ついにわたし達は結婚式の日を迎えた。

朝起きて、自室に戻って最低限の身支度を整える。

髪型やお化粧は式場の人がやってくれるから、今日は髪飾りもしない。

服を着替えて、髪を整えて、帽子を被る。

支度を終えて部屋を出て、一階に下りる。

食堂に行くとセレストさんが丁度、朝食を用意してくれていた。

セリーヌさんとレリアさんも式に出席してもらいたいので、今日のお仕事はお休みである。

朝食と一緒に、ここ最近で見慣れた何とも言えない緑色の液体が入ったグラスも置かれる。

「これを飲むのも今日が最後だと思うと感慨深いですね……」

席に着き、セレストさんがしみじみと言いながらグラスを見るから、思わず噴き出してしまった。

「これからも飲んでもいいんだよ?」

「……効果については納得していますが、味は竜人向きではありません」

つまり、もう飲む気はないということだろう。

セレストさんの遠回しな言い方がおかしかった。

二人で朝食を摂り、食後のテオレを飲んでいるとセレストさんが書類をテーブルの上に置いた。

「婚姻届です」

まじまじとその書類を見た。

街の名前、この家の住所、お義母様とお義父様の名前、ヴァランティーヌさんとディシーの名前、そして空欄が二つ。書類の下には色々と書いてあるけれど、それは法律に関することだった。

離婚する場合にも届け出が必要だとか、その場合の子供の親権に関することなどが書かれている。

「私と結婚することに同意してくださるなら、ここにユイの名前を書いてください」

ここ、とセレストさんの長い指が空欄の一つを示す。

差し出されたペンを迷うことなく受け取り、空欄に『ユイ』と書いた。

顔を上げればセレストさんが目を丸くしていた。

だけど、すぐに嬉しそうに微笑むとわたしからペンを受け取り、セレストさんももう一つの空欄に名前を書いた。

二つの欄に『セレスト=ユニヴェール』『ユイ』の名前がそれぞれ並ぶ。

「ありがとうございます。これを提出すれば、正式に私達は夫婦となります。後ほど、父からジェラール隊長に渡してもらうようにしますが……本当に提出してよろしいですか?」

「はい」

わたしは即答して、セレストさんの手に自分の手を重ねた。

「セレストさんと夫婦になります」

「はい、夫婦になりましょう」

わたしの手をセレストさんの手が握り返してくれる。

セレストさんが書類を畳み、コートを着ると大事そうに内ポケットに仕舞った。

わたしも上着を着て、二人で家を出る。

……次、ここに帰ってきた時はわたし達、夫婦なんだ。

そう思うと『家』の存在を強く感じた。

手を繋ぎ、近くの駅までいつも通り歩き、馬車に乗って式場に向かう。

二人で並んで座っている間も手を繋いで、でも、いつもより少しドキドキする。

キュッとセレストさんの手を握れば、微笑み返される。

「少し緊張しますね」

「うん」

普段通りに見えたけど、セレストさんも緊張しているのだとしたらなんだか嬉しい。

いつもよりお互いに口数が少ないまま、目的の駅に着き、馬車から降りる。

少し歩いて式場に着き、受付に声をかければ式場の人達が近寄ってくる。

「ユイ様はこちら、セレスト様はこちらに」

これから婚礼衣装に着替えて準備をしなければいけない。

髪型を整えたり、お化粧をしたり、色々と時間がかかるだろう。

今は二の鐘より少し前くらいで、招待客が来るのは三の鐘の頃なので、式が始まるまであと二時間ちょっとくらいである。

「ユイ、また後ほど」

「うん、また後でね」

と、言葉を交わし、わたし達は別々の控え室に向かった。

控え室に行くとドレスやベール、靴、ブーケなど必要なものが全て用意されていた。

ドレスを作ったお店の人もいて、わたしが服を脱ぐと式場の人と数人がかりでドレスを着させてくれる。背中に 釦(ぼたん) があるため一人では着られないのだ。

白いドレスは今まで着たどの服よりも重かった。

重ねられたスカートの生地やレース、刺繍などを合わせれば当然だろう。

着替えると靴を履かせてもらい、控え室の化粧台の前に移動する。

背もたれのない丸い椅子に座り、化粧をしてもらう。

「ドレスに負けないよう、しっかりお化粧をさせていただきますね」

何度かドレス合わせの時にお化粧も試してもらっているので頷き返す。

わたしは座っているだけだが、周りで式場の人達が忙しなく動き回っている。

今頃、セレストさんも同じ状況なのだろうか。

……セレストさんの婚礼衣装、実はわたしもまだ見てない。

結婚式の楽しみとして取っておきたかった。

お化粧をしてもらい、髪も編み込んでもらってベールを着ける。

長いドレスのスカートに負けないくらい、ベールも長かった。

最後に花嫁用の花束を渡される。黄色と青の花でまとめられた小さくて可愛いそれを持つ。

最後に立ち上がって大きな姿見の前に移動した。

ドレスを作ってもらったお店の人が最終確認をして、わたしの前から退いた。

そこには、白いドレスを着て幸せそうに微笑むわたしがいた。

……いつから、笑っていたんだろう。

胸元から首や袖まで刺繍入りのレースで覆われていて、胸元から下は厚手のしっかりとした生地のドレスだが、レースや刺繍があるので何枚も生地が重なっているのに軽やかに見える。

「まあ、素敵ですわ!」

「さすが本日の主役です」

と、式場の人達が褒めてくれる。

気付けばもう三の鐘を過ぎたところだった。

きっと式場に招待客が来て、ディシー達やお義母様達が対応してくれているだろう。

「では、セレスト様をお呼びいたしますね」

「はい」

わたしの準備が整うとセレストさんが呼ばれた。

セレストさんのほうも準備は終わっていたようで、すぐに部屋の扉が叩かれる。

「どうぞ」

声をかけるとゆっくり扉が開かれ、セレストさんが立っていた。

白い上着とシャツ、ズボンだが、中のベストやネクタイなどは柔らかな黄色っぽいベージュみたいな色合いで、セレストさんの青い髪がよく映える。スラリと長い手足と長身ということもあって、まるでモデルのようだった。

……かっこいい……。

わたしが見惚れるように、セレストさんもわたしに見惚れているのが分かる。

「……セレストさん」

「ユイ……」

どちらからともなく歩き出していた。

手を取り、近くで互いの装いを眺める。

「ああ……ユイ、とても綺麗です……」

感極まった様子で呟くセレストさんの様子は演技ではない。

本当に、心から綺麗だと思ってくれている。

「ありがとう。セレストさんも、すごく素敵だよ」

「ありがとうございます」

セレストさんがジッとわたしを見つめている。

その熱心な視線が少し照れくさいけれど、緑がかった金色の瞳に浮かぶ喜びの感情が伝わってきて、わたしも同じ気持ちでセレストさんを見つめ返した。

言葉にしなくてもセレストさんはそれに気付いたようで、優しく微笑んでくれる。

「色のある華やかなドレスも悪くはないのではと思っていましたが、ユイは白いドレスが一番似合います。清らかで、美しく、可愛らしく……結婚式にはピッタリの色でしたね」

「白いドレスを選んだのにはちゃんと意味があるんだよ」

「意味?」

今すぐ伝えたいけど、ここで伝えるのはちょっと恥ずかしい。

だから、セレストさんに笑いかける。

「でも、それはセレストさんだけに知っていてほしいから、帰ったら教えるね」

「分かりました」

そんな会話をするわたしとセレストさんを、式場の人達が微笑ましげに見守っている。

廊下から、別の人が声をかけてきた。

「招待された方々が全員、揃いました。そろそろ入場のお時間です」

それに、セレストさんと顔を見合わせ、頷き合う。

「行きましょう、ユイ」

「はい、セレストさん」

差し出された腕に手を添え、二人で歩き出す。

式場の人の案内で廊下を歩き、会場に繋がる扉の前に立つ。

ドキドキと心臓が早鐘を打つけれど、嫌なものではなくて、これは喜びからくる高揚だ。

式場の人が視線で問いかけてきたので、セレストさんと二人で頷いた。

「新郎新婦のご入場です!」

声と共に目の前の扉が両側に開け放たれる。

宣誓の場は、白い壁や天井で、まっすぐに赤い絨毯が敷かれている。

その道の左右に横長の椅子が並んでいて、道に接しているところには黄色と青色の花が交互に並べられ、宣誓を行う数段高い場所まで続いていた。

壁などにも様々な色の花が飾りつけられており、とても綺麗だった。

宣誓場所には正面にあるステンドグラスから光が差し込み、それが部屋全体も明るく照らす。

横を見上げれば、セレストさんと目が合った。

二人で正面に顔を向け、ゆっくりと歩き出す。

それほど長い道ではないが、時間をかけて一歩一歩、二人で進んだ。

室内はとても静かだった。招待客全員がわたし達を見ている。

歩きながら、これまでのことが頭の中を駆け巡っていった。

八番としての戦闘用奴隷だった頃のつらい記憶。

その後、摘発されて第二警備隊に保護されて、セレストさんに引き取られたこと。

セレストさんのもとで沢山の初めてと幸せを知って、経験して、成長して。

毎日が楽しくて、幸せで、悩むこともあったけれど、今ではそれも良い思い出だ。

何もかもが色鮮やかで、この六年はどこを思い出しても素晴らしい日々だった。

段差の前に立ち、二人で一段ずつ上がっていく。

最上段に立って二人で振り返った。

宣誓の場に来てくれた全員の顔が見えた。誰もが優しい笑みを浮かべて、見守ってくれていた。

それを見た瞬間、わたしはこの世界に生まれて良かった、と思った。

この優しい世界で、優しい人々に囲まれ、愛する人と結婚できる幸せを得られた。

「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」

セレストさんが言い、次にわたしが続ける。

「今日、この素晴らしい日に、わたし達は結婚いたします」

「皆様に見守られ、時に支えられ、励まされながら私達はここまで来ました」

「わたし達がこの良き日を迎えられたのは、皆様のおかげです」

セレストさんとわたしとで交互に言葉を続けていく。

この世界の結婚式ではこれが通常の挨拶らしい。

「どうか、私達の結婚を見守ってください」

それから、招待客の席からディシーとウィルジールさんが立ち上がった。

二人がわたし達のそばまで上がってくる。

ディシーはわたしの横に、ウィルジールさんはセレストさんの横に立つ。

二人が持っていた手紙を開いた。

先に口を開いたのはウィルジールさんだった。

「新郎セレストの親友、ウィルジールです……なんて堅苦しいのは俺に似合わないか」

顔を上げたウィルジールさんがニッと笑った。

「ここにいる全員が知ってるだろうけど、セスは本当に良い奴だ。優しくて、情に厚く、理性的で、温厚で、それでいて誠実さも持ち合わせていると俺も知っている。昔から好き勝手して色々と巻き込んで、それでも俺と一緒に叱られてくれるような、竜人にしては珍しいくらい気の良い男だ」

ウィルジールさんの言葉にセレストさんが照れたように微笑んだ。

そこから、ウィルジールさんは子供の頃の話や最近の話を織り交ぜ、面白おかしく語った。

昔の失敗談では招待客の笑いが響く時もあり、和やかに、楽しく、セレストさんについての話がされていく。

ウィルジールさんがセレストさんを大事に思っているのが、親友として大好きなのが伝わってくる。

「──……だからこそ、俺は親友に幸せになってほしい」

ウィルジールさんがセレストさんの肩を叩いた。

「これから、もっと幸せになれよ。そして番を幸せにしてやれ」

「はい、必ず」

セレストさんが大きく頷いた。

「結婚、おめでとう」

ウィルジールさんが手紙を仕舞うと、今度はディシーが口を開いた。

「初めましての方もいると思います。新婦ユイの親友であり、姉である、ディシー=バルビエといいます。……ユイはとても良い子です。他人の感情に敏感で、気遣いができて、頭も良くて、第二警備隊で広まった倍算の表はユイが発案者です。でも、それを自慢するようなことはなくて、私は姉だけど、いつも妹のユイを尊敬しています」

ディシーが一生懸命、話してくれているのが伝わってくる。

初めて出席する結婚式で、初めて紹介文を任されて、とても緊張しているだろう。

だけど、その表情は明るくて、声もハキハキとしていて、よく通る。

これまでの六年間の話をディシーはしてくれた。

ディシーもわたしのことを家族として、親友として、愛してくれている。

心が温かくなる。ディシーがお姉ちゃんで良かったと思う。

「──……ユイとセレストさんが結婚してくれて、私は嬉しいです。実は、私とユイには血の繋がりがありません。だけど、血の繋がりがなければ家族になれないわけではないと思います。私達は生まれた場所も、時間も、血の繋がりも違うけど、互いを思い合う大切な家族です」

手紙から顔を上げたディシーと目が合った。

明るい笑顔が向けられる。

「ユイ、セレストさんと幸せになってね。……結婚おめでとう!」

「ありがとう、ディシー」

ディシーとウィルジールさんが席に戻る。

二人が席に着くと、わたしはセレストさんと手を繋いだ。

「ウィル、ディシー、素晴らしい話をありがとうございました」

「二人の期待を裏切らないよう、わたし達は共に歩んでいきます」

向かい合い、セレストさんを見上げる。

「わたしは──……」

感情が昂って、一瞬、言葉に詰まってしまう。

それくらい幸せで、嬉しくて──……きっと、わたしはずっと前からこの時を望んでいた。

「わたしユイは、健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、セレストさんを愛し、敬い、慰め、助け、この命ある限り、真心を尽くすことを誓います」