軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

前日

ついに明日、結婚式を迎える。

最終調整のために、いつも服を買っているお店に来ていた。

セレストさんは別室で待ってくれており、わたしはドレスを着て、問題がないか確認をする。

ちなみにまだドレス姿は一度もセレストさんに見せたことがない。

……結婚式に見てほしいから。

ドレスに着替えたわたしの周りをお店の人が動いて見て回る。

「動きにくかったり、苦しかったりしませんか?」

「大丈夫です」

鏡の前に立つわたしに、お店の人達が微笑んだ。

「ユイ様、とてもお美しいです」

「当日のお化粧につきましては、式場の方にしていただくとのことでしたが問題ありませんか?」

「はい、お化粧をしていただけるようお願いしています」

「もしドレスで何か問題がございましたら、お呼びいただければすぐにまいります」

鏡をもう一度見れば、真っ白なドレスを着たわたしが見つめてくる。

亜麻色の髪にオレンジがかった赤色の紅茶みたいな色の瞳で、真っ白なドレスと靴、ベール。

そして仮のブーケを持っていると、どこからどう見ても花嫁だった。

……明日、この姿でセレストさんの横に立つ。

そうしたら、わたし達は夫婦になる。

「ユイ様、素敵なお式をお楽しみください」

「楽しむ、ですか……?」

「ええ、結婚式は皆様に夫婦としてお披露目をする場です。緊張するかもしれませんが、誰もがお二方の結婚を祝福するために来てくださるのですから、ユイ様は『見せつけてやる』くらいの気持ちで臨まれるとよろしいかと」

ふふふ、とお店の人達が優しく笑う。

明日の結婚式が嬉しいけれど、緊張と不安を感じていたのは確かだった。

「一足先にはなりますが、ご結婚おめでとうございます」

「今後ともご 贔屓(ひいき) にしていただけますと幸いです」

お店の人達が一礼したので、わたしもお辞儀で返す。

「ありがとうございます。このドレスを着て、明日結婚するのが楽しみです。……このお店の服は大好きなので、こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

……早く、セレストさんにドレス姿を見せたい。

ドキドキするのはきっと、緊張や不安だけではないだろう。

わたしも明日の結婚式が楽しみだった。

* * * * *

その日の夜、久しぶりにわたしは自分の部屋のベッドに寝転がっていた。

この世界の風習で『結婚式の前日は新郎新婦は別々のベッドで眠る』のが一般的なのだとか。

セレストさんがちょっとだけ悲しそうな顔で教えてくれた。

『元は「新郎新婦は結婚式の前日に会わないほうが長続きする」というものだったそうですが、同棲する恋人も多いので「同じベッドで寝ない」になったそうです』

……ベッドが一つしかなかったらどうするんだろう。

そんなことを思いつつ、シーツのひんやりとした感触に目を閉じる。

……………………。

…………………………………………。

………………………………………………………………。

……全然眠れない。

目を開けて、何となく横に手を伸ばした。

ここ二年、セレストさんと一緒に寝ていたから一人で眠るのは落ち着かない。

そもそも何故前日は別々で眠らなければいけないのだろう。

起き上がり、室内履きを爪先にひっかけて歩き出す。

部屋から廊下に顔を覗かせれば、いつも通り明かりが灯っている。

部屋を出て、セレストさんの部屋の前に移動する。

……夜はセリーヌさんもレリアさんもいないし。

少し迷ったけれど、セレストさんの部屋の扉を叩いた。

中で何か重い物が落ちるような音がして、ややあって扉が開いた。

寝る前だから髪を解いたセレストさんが出てきてくれたけれど、何故か髪が乱れていた。

「ユイ、どうかしましたか?」

どことなく照れた様子のセレストさんに首を傾げつつ、言う。

「一緒に寝たい」

「それは……」

「セレストさんと一緒じゃないと眠れない……」

……やっぱりダメかな。

思わず俯けば、ギュッと抱き締められた。

「私もなかなか寝付けなくて……ユイと一緒でないと私も落ち着かないようです」

優しく頭を撫でられる。

「今夜のことは、皆には秘密でお願いしますね」

顔を上げれば、セレストさんがおかしそうに微笑んだ。

わたしも笑顔で頷いた。

「うん、絶対に秘密」

セレストさんに促されて部屋の中に入り、いつもと同じく二人でベッドに入る。

横にセレストさんがいるとホッとする。

……寝不足で結婚式に出ることにならなくて良かった。

もぞもぞと動いてセレストさんにくっつけば、抱き寄せられる。

セレストさんが小さく、安堵した様子で息を吐いた。

温かくて、大きくて、長い腕に包まれると眠気が押し寄せてきた。

「セレストさん……」

ウトウトしつつ呼べば、セレストさんがすぐに返事をしてくれた。

「はい」

「明日、楽しみ……だね……」

「そうですね、ユイのドレス姿が楽しみです」

……わたしは結婚式のこと、なんだけどなあ……。

でも、セレストさんの嬉しそうな声に自然と笑みが浮かぶ。

「さあ、そろそろ寝ましょう。……おやすみなさい、ユイ」

それにわたしも返事をする。

「おやすみ、なさい……」

……明日はきっと最高の一日になる。

* * * * *

腕の中でユイが眠りについた。

すうすうと聞こえる静かな寝息に、セレストはしばし耳を傾ける。

ユイとベッドを共にし始めてから二年しか経っていないはずなのに、こうして一緒にいるほうが安心するのは、それがセレストにとっても当たり前のこととなったからだろうか。

本来ならば結婚する前日は新郎新婦はベッドを共にしてはいけない。

昔は『前日に会わないほうが式の時により喜びが得られるから』と言われているのだが、法で定められたものではないし、ただの風習であって、今の時代にそれを守る者のほうが少ないかもしれない。

一応、ユイが知らないと困るかと思い、伝え、別々に眠る準備をしたものの、いざ自室のベッドで一人になるととても物足りなくて、寂しくて、ユイの存在が恋しく感じられた。

今夜は眠れないかもしれないとぼんやりベッドの上で寝転がっていたら、扉が叩かれた。

この家にいるのはセレストとユイだけなので、扉の向こうにいる相手は当然ユイである。

もう寝てしまったとばかり思っていたので驚いた。

慌てて起き上がり、ベッドから下りようとしたが手をつく場所に失敗して床に落ちてしまった。

……この歳になって、あんな失敗をするなんて……。

内心で少し気恥ずかしく思いながらも扉を開ければ、そこにはユイがいた。

ユイは「一緒に寝たい」と言った。

セレストも同じ思いだった。

だから、二人だけの秘密ということで部屋に招き入れた。

ベッドに入り、ユイを抱き締めれば、セレストは充足感と安心感に包まれた。

腕の中にユイがいる。愛しい番がいる。それが何よりもセレストの心を癒してくれる。

ユイもホッとした様子でうとうとし始めたので、離れて眠るのは落ち着かなかったのだろう。

今は気持ち良さそうに眠っている。

「……ユイ」

セレストに比べて細く小さな手が、セレストの服を掴んでいた。

安心しきった様子でセレストに寄り添って眠る姿が愛おしい。

初めて出会った時からユイは身長も伸び、あの頃より女性らしく成長している。

それでも、こうして眠っている時はいつもより幼く見えて微笑ましい。

雪が解けたとはいえ、まだ夜は肌寒いだろう。

しっかりとユイの肩まで毛布をかけてやる。

体が頑丈な竜人で、水属性の魔力に優れているセレストは気温に適応しやすく、ある程度の寒暖差があっても気にならないけれど、人間のユイはそうではない。

ちょっとした気温の違いや環境の変化で体調を崩してしまう。

セレストだけでなく、セリーヌ達もユイの体調にはとても気を遣っており、そのおかげか引き取ってからユイが風邪をひいたことはない。

風邪程度と思うが、風邪をこじらせて大きな病に罹ってしまうこともある。

……ユイの体調管理についてはやりすぎて困るということもないと思うが……。

セリーヌ達が髪に塗る香油や普段使う化粧品などにも気を配ってくれていることもあって、ユイの髪はふわふわしているが艶が良く、癖のある髪が風に揺れると可愛らしい。肌も手触りが良い。

入浴時は同じ石鹸を使っているからか、セレストと同じ匂いがする。

そんな些細なことがたまらなく嬉しい。

明日、結婚式を行う。

結婚届については明日の朝、ユイと二人で書けたらと考えている。

それを式場で父経由でジェラール隊長に渡してもらい、処理してもらえば正式に夫婦となる。

明日の式に見てほしいからと、まだユイのドレス姿は見ていない。

ユイなりに結婚式を特別と感じているようだ。

結婚式について、意外にもユイは強いこだわりを持っていた。

宣誓の言葉やドレスの色などは特に「絶対これがいい」と言って譲らなかった。

セレストはこだわりがなく、ユイの望むようにすればいいと思っていたので反対する理由もない。

「……嬉しいですよ」

ユイが結婚式に対して積極的に希望を出してくれるのが嬉しかった。

セレストとの結婚を受け入れて、望んでくれている。

だからこそセレストもより結婚式が待ち遠しかった。

……たった数ヶ月がとても長く感じられた。

それくらい、セレストもこの結婚式が楽しみだった。

ユイを起こさないようにその頭に口付け、しっかりとユイに腕を回す。

明日に備えてそろそろ眠らなければ。

そうして、セレストも目を閉じる。

先ほどまでは全く眠気を感じられなかったのに、今は心地良いそれが訪れる。

その眠気に身を任せ、セレストも眠りについた。

* * * * *

「おや、まだ起きてるのかい?」

声をかけられ、ディシーは顔を上げた。

気付けば暖炉の火も消えかかっており、少し肌寒い。

そばに来たヴァランティーヌが「『火よ』」と短く魔法の詠唱をして、暖炉に火を灯してくれる。

手の中にあるカップも完全に冷え切っていた。

「早く寝ないと、セレストとユイの結婚式に寝不足で行くことになるよ」

優しい声で 窘(たしな) められて「うん……」と返事をする。

けれども、眠気は全くやってこない。

手元をぼんやり眺めていると、ヴァランティーヌが横に座った。

「眠れないのかい?」

「……うん」

そっと肩を抱き寄せられた。

「落ち着かない? それとも、ユイが結婚するのが少し寂しい?」

かけられた問いに思わず目を伏せた。

「……分からないけど、でも、ユイはセレストさんと結婚して幸せになってほしい」

それだけは確実に言える。

ユイには幸せになってほしいし、セレストのそばで笑っていてほしい。

……ユイが幸せなら、私も幸せだから……。

「大丈夫だよ。ユイがセレストと結婚しても、ディシーとユイの関係が変わるわけじゃない」

「うん……」

一瞬『でもユイは霊樹の実を食べる』と考えてしまった。

ユイは長生きして、わたしのほうが先に死ぬ。その覚悟も決めたし、その未来を願っている。

それなのに漠然とした不安を感じて眠れない。

「ユイは離れていかないし、これからもユイとディシーは親友で、大切な姉妹さ」

頭を撫でられ、ヴァランティーヌに少しだけ寄りかかる。

「アンタが心配することは何もないよ」

「……そうかな……?」

「ああ、そうさ」

ヴァランティーヌが小さく笑った。

「大丈夫。……大丈夫だよ」

不思議だけど、ヴァランティーヌの『大丈夫』という言葉に安心する。

胸の中に感じていた漠然とした不安が薄れていく。

「……明日、ユイは失敗しない? 大丈夫かな?」

「新郎新婦が結婚式で失敗するなんて可愛い話じゃないか。そういう話があったほうが良い思い出になるだろうし、きっと、皆も笑顔で見守ってくれるさ」

「そう、だよね……」

ヴァランティーヌにジッと見つめられる。

首を傾げれば、ヴァランティーヌが微笑ましげに目尻を下げた。

「ユイが心配なんだね」

「え?」

「確かに結婚式は緊張するかもしれないけれど、失敗したっていいんだよ。そもそも結婚式は皆に『この人と結婚します』と広めるためのものに過ぎない。だから、アタシ達はただ見守っていればいいのさ」

ヴァランティーヌに言われて、やっと、この不安が何なのか分かった。

……私はユイが心配なんだ。

明日の結婚式で緊張していないか、不安はないか、失敗しないか。

ユイにとって人生で一度きりの大切な日になるのだから、素敵な一日で終わってほしい。

「見守る……」

「ああ、セレストとユイが結婚の宣誓をするのを聞いて、祝ってやればいい。花だって届けたし、今日のうちに式場の飾りだってユニヴェール家と一緒にやっただろう? 明日は笑顔でユイに『結婚おめでとう』って言っておやり」

ヴァランティーヌの言葉が私の中に染み込んでいく。

「うん……うん、おめでとうってユイに言う……!」

きっと、白いドレス姿のユイはとても綺麗で可愛いだろう。

ユイは白が似合うから、素敵な花嫁になれる。

そして、その横にはセレストがいて、ユイを支えてくれる。

もしユイが失敗してもセレストが助けてくれるだろうし、誰もそれを笑うことはない。

……そっか、心配することなんて何もないんだ……。

顔を上げれば、ヴァランティーヌが微笑んだ。

「良い顔だ」

わしわしといつもより少しだけ強く頭を撫でられる。

「さあ、もう寝るよ。妹の結婚式の最中に、寝不足で居眠りする姉のほうが笑われるからね」

「あはは、確かに」

ヴァランティーヌに促されて、カップを手に立ち上がる。

……ユイ、幸せになってね。

……私も、私の選んだ道で幸せになるから。

* * * * *