軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

わたしの秘密

お義母様とお義父様がグランツェールに来てから一月が経ち、新しい年を迎えた。

この間にお義母様は、セリーヌさんとレリアさんと秘伝のジュースの改良を行い、何とかセレストさんが飲めるくらいまで味と臭いが軽減した。

それでもセレストさんは飲む時に微妙な顔をする。

だが、最初みたいに強く嫌がることはなかったのでギリギリ飲める範囲なのだと思う。

わたしからすればジュースとまではいかないけど、健康用の飲み物と考えれば問題なく飲める味だ。

竜人はそれくらい嗅覚も鋭くて、野菜もあまり好きではないのだろう。

……そういえば、最初にシャルルさんに触った時も、セレストさんは怒った。

人間では比較にならないくらい五感が優れていて、ある意味ではそれが弱点なのかもしれない。

セレストさんのベッドの上で寝転がって、そんなことを考える。

……ううん、逃げちゃダメ。

ずっと、前から伝えたいことがあった。

セレストさんはわたしを『番』だと言うけれど、わたしは、本当にわたしなのだろうか。

前世の記憶を取り戻して、本物の 八番(ユイ) が消えてしまったのではないか。

そして、こうしてユイとして過ごしているわたしは偽者で、セレストさんの番として生きるはずだった 八番(ユイ) の幸せを奪っているのではないか。

わたしの中には確かに八番としての記憶がある。

気付いた時には賭博場で戦闘用奴隷として生きて、戦って、死にたくないから勝って、ご主人様の言う通りに生きるだけの存在だった。

だけど、死にかけてから、わたしは今のわたしになった。

わたしが 八番(ユイ) なのか、それとも前世のわたしなのか、自分でも分からない。

……ここまでずっと隠してたけど……。

結婚するから……好きな人だからこそ、隠したままではいけない。

これから何十年、何百年も一緒に生きるセレストさんに隠し事はしたくない。

……でも、言うのが怖い……。

もしもセレストさんに嫌われたら?

正直に話して『私の番じゃない』と拒絶されたら?

そう思うと怖くてたまらないのに、心が『隠したままなんて嫌だ』と叫んでいる。

わたしのことを知ってほしい。

八番(ユイ) だけじゃなく、前世のわたしのことも知ってほしい。

八番(いま) も 前世(まえ) も合わせて ユイ(わたし) なのだと分かってほしい。

シーツをギュッと握り締めていると扉の開く音がした。

思わず飛び起きると、セレストさんが眉尻を下げて微笑んだ。

「すみません、起こしてしまいましたか?」

こちらに来て、ベッドの縁に座ったセレストさんがわたしの頭を撫でる。

「ううん、起きてたよ。……セレストさんが来るの、待ってた」

「そうですか」

嬉しそうにセレストさんが笑みを浮かべ、わたしを手招きした。

近づくと抱き締められる。

……この温かさから離れたくない。

だけど、いつかは話さなければいけないことだ。

「……セレストさん」

わたしが名前を呼べば、セレストさんが「はい」と優しい声で返事をしてくれる。

こんなに誰かを好きになって、嫌われるのが怖いと思うのはセレストさんが初めてだ。

ドキドキと心臓の鼓動が速くなり、嫌な汗が浮かぶ。

わたしが何も言わないことにセレストさんも、おかしいと気付いたようだ。

「ユイ?」

顔を覗き込まれて、緑がかった綺麗な金色の瞳と目が合った。

セレストさんの手に、自分の手を重ねると大きな手はとても温かかった。

「手が冷えてしまっていますね。暖炉の火をもう少し強くしましょうか?」

心配そうにそう言われて、首を横に振る。

「……ううん、大丈夫……」

ギュッとセレストさんの手を握る。

怖くて、怖くて、喉が少し詰まっているような気がした。

だけど今ここで言わないと、一生言えない気がした。

「あの、ね……セレストさんに、話さなくちゃいけないことが、あるの……」

すごく緊張していて、口の中が渇く。

ジッとセレストさんがわたしを見つめてくる。

「ユイ、それはどうしても話さなくてはいけないことですか?」

「え……?」

セレストさんの言葉が予想外で驚いた。

「こんなに震えて……あなたにとってつらいことや思い出したくないことなら、無理に言葉に出さなくてもいいのですよ。言葉にするというのはその時の記憶をもう一度経験するのと同じです。私は、ユイに傷付いてほしくはありません」

そこでようやく、わたしは体が震えていることに気が付いた。

どうして震えているのか自分でも分からなくて。

怖くて震えているのか、前世を思い出して悲しくて震えているのか、何も分からない。

そっと優しく抱き締められる。

「それでも私に話したいことであれば、聞きます」

大きな手がわたしの頭を撫でる。

「ですが、これだけは覚えていてください。……何があっても私はユイを嫌いません」

その言葉にハッとして振り向けば、間近にセレストさんの顔があった。

額に触れるだけのキスが降ってくる。

……なんで……。

何も知らないはずなのに、まるでわたしの不安を見透かしたみたいな言葉だった。

それが嬉しくて、怖くて、不安で、でもまっすぐに見つめてくるセレストさんの目に嘘はない。

小さく息を吸う。胸が苦しくて、喉が詰まって、深呼吸なんてできないけど、息を吸う。

「わ、たし……」

伝えたい。知ってほしい。セレストさんには本当のわたしを見てほしい。

「あのね、わたしには……わたしになる前の、記憶があるの……」

セレストさんが訊いてくる。

「ユイになる前の記憶、とは?」

「……わたしがわたしになる前……こことは別の世界で、生きた記憶があって、その時は重い病気で十八歳までしか生きられなくて……沢山、お父さんとお母さんに迷惑をかけて……」

目を閉じても、もうお父さんとお母さんの顔も声も思い出せない。

それでもわたしを沢山愛して、慈しんで、大切にしてくれた。

「賭博場で死にかけた時、前の記憶を思い出したの……」

目を開けると涙があふれそうになり、瞬きを繰り返してやり過ごす。

「だから、もしかしたら……わたしは本当のわたしじゃなくて……セレストさんの番はわたしじゃないのかもって……本当は、ずっと言いたかった……」

セレストさんの顔を見ていられなくて俯く。

「……セレストさんに嫌われるのが、怖くて……だまっていて、ごめんなさい……」

沈黙が落ちる。

震えそうになる手を握り締めていると、セレストさんがわたしの手に触れた。

そうして、硬く握った右手の拳をゆっくりと広げられる。

「ユイ、話してくださり、ありがとうございます」

その優しい声に顔を上げれば、セレストさんは穏やかに微笑んでいた。

「お、怒らない……の?」

「私が怒るところなんてありません。戸惑いはありますが……むしろ色々と納得して、安心しました」

「安心……?」

セレストさんの手が、開いたわたしの右手に重なり、指が絡められる。

「ユイは文字を覚えるのも、計算ができるのも、仕事に就き始めるのも早かったでしょう? これまで奴隷として生きていた子がどうしてこれほど物覚えが良いのかと、実は気になっていたのです。それにあなたはいつも年齢より大人びていましたから」

「変とか、気持ち悪いとか……思わない……?」

「思いません。……私はずっと、あなたが無理をしていないか心配でした」

繋いだ手がしっかりと握られる。

「私が初めてあなたを見たのは賭博場で、主人にナイフを投げた、あの瞬間です」

そのまま、手が持ち上げられて、セレストさんがわたしの手の甲にキスをした。

「あの時、まっすぐに前を向いたあなたはとても美しかった」

「……汚れてたのに?」

「私には他の誰よりも、何よりも美しく、尊くて、綺麗で──……全身の血が沸騰するのではと思うほど、名前も知らないあなたに惹かれたのです」

……でも、それは『番だから』で……。

「それが『番だから』だと気付いて、最初は戸惑いが大きかったです。……しかし、目を覚ましてからのあなたは私が思っていた以上にまっすぐで、優しくて、行動力があって、前に踏み出す勇気を持った素晴らしい人でした」

セレストさんが微笑み、わたしを見る。

嬉しそうな、幸せそうな、そんな笑顔だった。

「私が好きになったのは『あなた』ですよ、ユイ。共に過ごしたあなたが好きなのです」

ぽろ、と涙がこぼれ落ちる。

大きな手が丁寧にわたしの頬を流れた涙を拭う。

「あなたが、あなたで良かったです。……たとえ番であったとしても、恋人や夫婦にならずに、友人や家族として過ごす者も珍しくはありません」

「……うん」

「ですが、私が好きになったのは他でもないあなたです」

近づいてきたセレストさんの唇が、わたしの目元にキスをする。

「私の番はあなたであり、私が愛おしいと思うのも、ずっと共にいたいと思うのもあなただけです」

それから、ふわりと抱き締められる。

「今までずっと黙っていて苦しかったでしょう? ユイが悩んでいるのに気付かなくてすみません」

「……セレストさんは、悪くないよ……」

……黙っていたわたしのほうが悪いのに。

「ユイも悪くありません。……良ければ『あなた』のことも教えてください」

「わたしのこと……?」

「ええ。前はどんなふうに生きて、過ごして、何を感じていたのか。私は知りたいです。それも含めてユイだというのなら、私はユイの全てを受け入れたい」

「っ、わたしは……前のわたしは体が弱くて、いつもお母さんとお父さんに迷惑をかけて──……」

そこから、わたしは覚えている前世の記憶について語った。

物心つく頃には病院で過ごし、小さい頃から何度も入退院を繰り返していたから学校にも行けなくて、人生の大半は病院のベッドの上が居場所だった。

本を読んだり、テレビを見たり、音楽を聴いたり、勉強をしたり。

本当は外に出たかった。庭を走り回って普通の子のように遊びたかった。

勉強を続けたのだって、いつか元気になって学校に通いたかったからだ。

わたしの話をセレストさんは静かに聞いてくれた。

ずっと、ずっと胸の奥に引っかかっていたものが消えていく。

「前のあなたも、愛し、愛されていたのですね」

セレストさんの手がわたしの頭を撫でる。

「たとえ短い人生であったとしても、前のあなたも努力家で優しい人だったのだと、今のあなたを見ていれば分かります」

柔らかく抱き締められて、大きな手に背中をさすられる。

「そして、前のご両親も素晴らしい方々だったのでしょうね」

その言葉に涙があふれてくる。

何度も──……何度も頷いた。

「お父さんも、お母さんも……わたしの前では、泣かなかったよ……でも、本当は……こっそり泣いてて……わたしが、元気に生まれてこなかった、から……」

「あなたのせいではありません」

セレストさんが微笑む。

「初めてあなたを見つけて、死にかけている姿を見て──……あなたが息を吹き返し、生きていてくれるだけで私はとても嬉しかった。きっとご両親も同じ気持ちだったと思います」

不意にセレストさんにお父さんとお母さんの姿が重なった。

もう顔も朧げなのに、二人の声が聞こえた。

『あなたがいてくれて幸せだったわ……』

『私達の娘に生まれてくれて……ありがとう……』

それは多分、前のわたしが死ぬ直前の記憶だろう。

わたしを覗き込む二人の口元は優しく微笑んでいた。

ぼろぼろと涙がこぼれ、抱き締めてくれているセレストさんの服を濡らしていく。

……わたしも……わたしも、二人の娘で幸せだった……。

短い人生だったかもしれないけど、それでも、お父さんもお母さんも沢山愛してくれた。

「そして、私と出会ってくれてありがとうございます」

優しいセレストさんの声が耳に届く。

「この広い世界で、あなたと出会えた私は幸運です」

それに、わたしも頷いた。

「わたし、も……セレストさんと会えて、良かった……」

嬉しそうに、柔らかく微笑んだセレストさんがわたしの額にキスをする。

「あなたの秘密は絶対に誰にも話しません。……共に墓場まで持っていきましょう」

「……うん」

「ユイを深く知ることができて嬉しいです」

わたしもセレストさんの背中に腕を回してギュッと抱き着く。

……やっと、言えた……。

「前のあなたも、今のあなたも、私は愛したい。……それら全てを合わせて『ユイ』なのですから」

セレストさんの言葉にわたしは大きく頷いた。

「っ……うん、全部合わせて、わたしだから……」

「ユイ、愛しています。……今更あなたを嫌うことなどありえません」

「うん……ごめんなさい……ありがとう、セレストさん……」

触れ合うところから伝わる体温が心地良い。

わたしにとって一番の不安に思っていたことは、簡単に解決してしまった。

……神様が決めた、運命の相手……。

容姿や性格の好みだけじゃなくて、もしかしたら、神様はわたしの事情を受け入れてくれる人だからセレストさんとわたしを番に決めてくれたのかもしれない。

「わたしも、セレストさんを愛してる」

秘密を共有してくれる、わたしだけの番。

「あの時……死にかけた時、声が聞こえたの」

わたしだけの運命の人。

「セレストさんが『死なないで』って言ってくれたから、戻ってこられたの」

あの必死な声が、差し出された手が、今のわたしを生かしてくれた。

暗闇の中で光が差して、わたしは立ち上がれた。

「だからありがとう、セレストさん」

セレストさんが望んでくれる限り、わたしはこの人と生きていく。

……お母さん、お父さん、わたしは死んじゃったけど……。

でも、悲しまないでほしい。二人には幸せでいてほしい。

「わたしを繋ぎ留めてくれて、ありがとう」

わたしもここでまた、幸せに生きていくから。