軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結婚準備(1)

季節は秋に入り、段々と夜は涼しくなってきた。

十八歳の春まであと半年だ。

「ユイ、そろそろ結婚の日を決めて準備を始めましょう」

と、セレストさんに言われてわたしは頷いた。

「うん、いつがいいかな?」

「できれば平日のほうが、皆の仕事も交代がしやすいですね」

「そっか。……でも、第三救護室の三班と第四事務室の人達は招待するよね? そんなに一気に抜けちゃって大丈夫かな……」

「一日くらいなら問題ありませんよ」

ということで、春の雪が解けて暖かくなった頃に日を決めた。

わたしが十八歳になってから一月半後くらいである。

平日なら他の班と交代できるし、事務室も一日くらいなら休んでも仕事に支障はないそうだ。

居間の暖炉の前でセレストさんと話しながら、紙にメモを取る。

「次に決めなければいけないのは場所ですね。……少し待っていてください」

立ち上がったセレストさんが居間を出て行き、少しして戻ってくる。

その手には何枚かの紙があり、絨毯の上に座ったセレストさんがそれを差し出してくる。

受け取ったそれに目を通してみる。

……結婚式場の案内……?

顔を上げれば、セレストさんが照れた顔で首に手を当てた。

「その、ユイと結婚するのが嬉しくて……近くの式場について、先に結婚した同僚から話を聞いていたんです。気が早かったですよね。すみません、勝手に先に調べてしまいました……」

そんなセレストさんが可愛くて、わたしは笑った。

「嬉しい。ありがとう。この中から一緒に選ぼう?」

「はい」

絨毯の上に紙を並べて、セレストさんと一緒に見る。

どの紙にも式場の絵が描いてあり、式場を使う際の値段や式の内容、有料で更に増やせる項目などもあって、意外と式場によって差が出ていた。

一番シンプルな式の内容自体はどの式場もほぼ同じだけど、有料項目は全く違う。

式の大まかな流れはこうだ。

招待する三時間ほど前に新郎新婦は会場に来て、着替えやお化粧などをして準備をする。

当日、会場は既に式場側が準備を整えているので私達がすることはないそうだ。

招待客が式場に入り、新郎新婦の家族と話をして、席に着く。

招待客が揃い、時間になると式が始まる。

新郎新婦が共に並んでゆっくりと入場し、招待客が当日までに贈ってくれた花の道を進み、宣誓の場に歩いて進む。

この世界は宗教にあまりこだわりがなくて、人間は神様を崇め、獣人やドワーフは先祖を崇め、エルフは精霊や森を崇め、竜人は特に崇拝対象を持たない。

魔族や他の種族もそれぞれに崇めるものが異なるため、意外にも宗教については寛容だった。

……その分、種族ごとに気を付けなくちゃいけなことは多いみたいだけど。

結婚式は家族や友人、知り合いなどに『この人と結婚します』と披露する場なので、宗教的なものは特にないらしい。

招待客より一段か二段ほど高い宣誓の場に上がり、夫婦共通の知り合いや友人などに二人について少し語ってもらい、その後に招待客に『結婚の宣誓』をして終わり。

「『結婚の宣誓』ってどんなことを言うの?」

「『この人と夫婦になります』や『二人で幸せに暮らします』といった感じですね」

本当にこの世界の結婚式は簡素なものだった。

………………。

一瞬、前世の本で何度も読んだ結婚式を思い出した。

「ユイ? どうかしましたか?」

セレストさんに問われて少し考える。

わたしが躊躇っているのに気付いたのか、セレストさんに手を取られた。

「ユイ、一生に一度のことですから、あなたの望む式にしましょう。あなたがやりたいことを入れて、素敵な結婚式を開いて……皆の記憶にも覚えていてもらえたら幸せだと思いませんか?」

その言葉に背中を押されて、わたしは口を開いた。

「白いドレスが着たい」

「いいですね。ユイは淡い色合いが似合うので、白いドレスもきっと似合いますよ」

「あとね、宣誓の言葉もわたしが決めたい。……長いけど、いい?」

「ええ、もちろん。ユイが考えてくださるのが一番嬉しいです」

セレストさんがニコニコしながらそう言ってくれる。

引き寄せられてギュッと抱き締められる。

「ユイがやりたいことを言ってくれると、式に前向きだと分かって安心します」

それにわたしは首を傾げた。

「安心?」

「はい。中には結婚式の前に気分が落ち込んで結婚を嫌がる者もいるそうなので、ユイがこうして前向きに意見を言ってくださると私としても嬉しいし、ホッとするんです」

……それってマリッジブルーっていうのかな?

わたしもセレストさんにギュッと抱き着いた。

「大丈夫、嫌にならないよ。……それとね」

口元に手を添えれば、セレストさんが耳を寄せてくる。

「誓いのキス……口付けもしたい」

「誓いの口付け、ですか?」

「うん、みんなの前で『わたし達大好き同士です』って証明したい」

セレストさんがキョトンとして、それから嬉しそうに笑顔になった。

「それは素敵な誓いですね」

「してもいい?」

「ええ、ユイが望むなら何度でも」

セレストさんがわたしの額にキスする。

「セレストさんは式でやりたいこと、ある?」

「私は……そうですね、式の話ではありませんが、落ち着いたら婚礼衣装姿の絵を残したいです。私とユイと、二人で並んだ姿を絵に描いてもらい、飾りたいですね」

「いいね」

この世界には写真がないので、画家に絵を描いてもらうしかない。

結婚式の後でもいいから、結婚式の姿を残しておきたいと思う気持ちは分かる。

「こことここの式場は少し値段は張りますが、画家がいて、式後の好きな時に絵を描いていただけるそうです。髪型や化粧も式と同じように行ってくれるそうですよ」

「そうなんだ。セレストさんはどっちが良いと思う?」

「ユイの希望も叶えるなら、こちらのほうがいいかもしれませんね。最低限の項目に、個別で有料の項目を追加できます。……次の休み、一緒に式場の下見に行きましょう」

「うん、楽しみ」

二人で紙をまとめて、下見に行く場所のものだけ別にする。

セレストさんがまた立ち上がると紙とペンを持って戻ってくる。

「それでは、次は招待客についてですね」

「セリーヌさんとレリアさん、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃん、アルレットさん、ジスランさん、ディシーとヴァランティーヌさん、シャルルさん、ウィルジールさん、第三救護室三班のみんなと第四事務室のみんな……?」

指折り数えながら招待客を頭の中で想像する。

「ジェラール隊長も呼ばないといけませんね」

……五十人は超えそう。

もっと小さな式になるかと思ったけれど、意外と大きいかもしれない。

しかし、セレストさんが「あまり大勢だと困るので、身内だけにしましょうか」と苦笑する。

「私繋がりで招くと増えすぎてしまいますから……」

そういえば、セレストさんは竜人で三百歳に近い。

その間に色々な人と関わりを持っているだろうから、繋がりのある人を招くとなればもっと大勢が集まるだろう。

「セレストさんがそれで良ければいいよ」

「代わりに式前に結婚のご報告の手紙を出しておきます」

「便箋とか封筒とか、いっぱい必要になりそうだね」

「ええ、式場の下見が終わったらそれらも買いに行きましょう」

セレストさんの手元の紙に走り書きがされる。

「ねえ、セレストさん……ディシーとヴァランティーヌさんが『いいよ』って言ってくれたら、二人をわたしの家族として招いてもいい?」

「構いませんよ。ヴァランティーヌもディシーも喜ぶと思います」

セレストさんの手がわたしの頭を優しく撫でる。

その手が頭から頬に移動して、顔を寄せると額にキスされる。

「そういえば、両親から手紙が返ってきたのですが、冬頃こちらに来るそうです」

「アルレットさんとジスランさんが?」

「ええ、母はユイを気に入っていますから。……ユイの寿命について改めて、きちんと話さないといけませんし、早めに来ていただけると助かります」

「そうだね」

わたしもセレストさんに寄りかかり、暖炉の火を眺める。

アルレットさんもジスランさんも、わたしのことは認めてくれたけれど、やっぱり人間と竜人という寿命の差については気にしていただろう。

わたし達の前ではその話題についてあまり触れないでいてくれたが、それも解決する。

「ドレスはどこで作りますか?」

セレストさんの問いに少し考える。

「いつも服を買ってるところがいい。あそこの服、どれも好きだから」

「では、店にも寄って訊かないといけませんね」

二人で顔を見合わせる。

「結婚式ってやることがいっぱいだね」

「そうですね。……式場と日取りが正式に決まったら、招待状も書くことになります」

「……手が痛くなりそう」

ちょっと遠い目をしてしまったわたしにセレストさんが小さく笑った。

「代筆を頼むという手もありますよ」

「ううん、がんばる。セレストさんとの結婚式だし、みんな大事な人達だから、ちゃんとわたしが自分で書いた招待状を送らないと失礼だから」

「ユイは偉いですね」

よしよしと頭を撫でられる。

……また子供扱いして……。

と、思うのにセレストさんに頭を撫でてもらうのが好きだから抗議できない。

「ところで、ドレスは白がいいと言っていましたが、何か理由があるのですか?」

「理由はあるけど……普通は結婚式のドレスってどういう感じ?」

「大抵は新婦の好きな色のドレスを着ていますね」

……なるほど。

「白は珍しい?」

「私が出席した式では白いドレスは見たことがありません。ですが、色については特に決まりがあるわけではないので、ユイが着たいというのであれば、白いドレスにできますよ。ただ、白色だとあまり華やかにならないかもしれませんが……」

「白がいい」

セレストさんが目を瞬かせた。

「ユイがそこまでこだわるなんて珍しいですね」

「白いドレス、着てみたかったの」

憧れていたのは前世の時の話だけど、でも、今だってそれは変わらない。

純白のドレスを着て、セレストさんの横に立って、結婚式に出たい。

「私も白で統一して、二人で衣装を合わせましょうね」

セレストさんが微笑み、わたしを抱き締める。

「確かに、白いドレスを着たユイは綺麗でしょう」

「セレストさんもきっと、白が似合うよ」

わたしの言葉にセレストさんが嬉しそうな顔をする。

「白いドレスに、宝石や花嫁の持つ花束はどうしますか?」

「宝石も花束も青系がいい。セレストさんの色で統一したい」

「ユイが青なら、私は黄色か赤系ですが……お互い、髪の色に合わせるのも良いですね」

「じゃあセレストさんは黄色だね」

二人でそんな話をしながら過ごす時間が幸せだった。

* * * * *

ユイとユニヴェールさんが結婚式の準備をそろそろ始めるらしい。

来年の春に二人は結婚する。きっと、とても素敵な式になるだろう。

それに出席できるのが、ディシーは今から楽しみだった。

「あの、ディシーとヴァランティーヌさんをわたしの家族として招待してもいいですか?」

昼食の時、ユイにそう訊かれてディシーは「えっ?」と驚いた。

「アタシは構わないよ」

「わ、私もいいよ! むしろ、家族として呼んでくれるのっ?」

そう訊き返せば、ユイが頷いた。

「うん、だってディシーはわたしのお姉ちゃんだし、ヴァランティーヌさんにはここに来た時から色々教えてもらったから。わたしは他に家族はいないけど、ディシーとヴァランティーヌさんは家族みたいだなって思ってるよ」

「っ、私も、私もユイのこと家族だって思ってるよ……!」

ユイが嬉しそうに小さく笑った。

「ヴァランティーヌさんとディシーには家族用の招待状を送ります」

「ああ、楽しみにしているよ。何か手が必要なことがあるかい?」

「手伝うよ!」

ヴァランティーヌと一緒にそう言えば、ユニヴェールさんが口を開いた。

「それでは、式場に来た招待客への挨拶に回っていただけますか?」

「もちろん。それじゃあ任されたよ」

「はいっ、頑張ります!」

ユイの家族として、招待客を出迎える役をもらえるなんて。

普段ユイが働いている第四事務室の人やユニヴェールさんの働いている第三階救護室三班の人達も来るそうで、身内だけといっても五十人は超えるらしい。

……結婚式用のお花、沢山になりそう!

「ユイ、式が終わったら式場のお花を少しもらってもいい?」

「うん、いいよ……?」

ユイが不思議そうに首を傾げた。

「ユイはよく本を読んでるから、押し花にして 栞(しおり) を作るね。少しでも残っていたら嬉しいでしょ? 作るのに少し時間がかかっちゃうけど……」

そう言えば、ユイの表情が明るくなる。

「押し花、嬉しい。楽しみにしてるね」

「うん!」

ユニヴェールさんが「良かったですね」とユイに微笑む。

そこでふと気が付いた。

「ユイとユニヴェールさんが結婚したら、どっちも『ユニヴェールさん』だね」

それに、ユイは少し照れた様子で目を伏せた。

「……ユニヴェールさんって呼ばれるの、ちょっと照れる」

「『ユイ=ユニヴェールさん』になるんだもんね」

話しているとユニヴェールさんに声をかけられた。

「ディシーも、これを機に私のことは名前に戻してください。これから弟達や両親も来るので『ユニヴェール』のままだと話しにくいでしょう」

「ありがとうございます! これからはセレストさんって呼びますね!」

そして、別のことにも気付く。

「ユイはセレストさんのこと、ずっと『セレストさん』だね?」

「うん、セレストさんは『セレストさん』って感じだから」

「ふふ、それ分かるかも」

丁寧で穏やかで、落ち着いた、それも歳上のセレストさんを呼び捨てにするのは落ち着かない。

「結婚式、ユイのドレス姿を楽しみにしてるね!」

「うん、髪の手入れとかがんばる」

来年の春、この二人の結婚式が今から楽しみだった。

* * * * *