軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

わたしの寿命は……

夜、セレストさんの部屋のベッドに寝転がっていた。

入浴中のセレストさんを待ちつつ、自室から持ってきた霊樹の実を眺める。

魔法の明かりを反射させて、水晶のように透明な霊樹の実がキラキラと輝いている。

……食べ物に見えないし、腐らないのに食べられるんだよね?

不思議だなと思いながらうつ伏せになって実を眺めていれば、部屋の扉が開く。

「また見ているのですか?」

入浴を済ませたセレストさんが部屋に入ってきた。

解いた髪が邪魔なのか、いつも通り肩にまとめて流している。

「うん、綺麗だから。それに腐らないのが不思議で面白い」

「純粋な魔力でできているからでしょうね」

セレストさんがベッドの縁に座ったので、わたしも起き上がって霊樹の実を膝の上に置く。

伸ばされたセレストさんの手が霊樹に触れようとしたけれど、やっぱり、その手は実をすり抜けてしまった。

わたしがセレストさんの手に触れていても変わらず通り抜けるから、この実に触れられるのは本当にわたしだけだ。

もらった時から見た目は変わらないが、さすがに食べ物をずっと置いておくのは落ち着かない。

「でも、一年も放っておいて大丈夫なのかなってちょっと心配で──……」

話していると実が淡く輝き、何かがパッと飛び出してきた。

【大丈夫、この実は簡単には消滅しないよ】

飛び出してきたのは、バルビエの里で会った風の精霊だった。

思わずといった様子でわたしを抱き締めたセレストさんが、出てきたのが精霊だと分かると腕を離した。

「精霊さん」

【なぁに?】

「この実を食べたら、精霊さんを食べたことにならない?」

わたしの質問に風の精霊が小さく笑った。

【ならないよ。実はあくまで純粋な魔力で、私は自分の樹から生み出したものだから『扉』代わりにできるだけ。この実をあなたが食べても、私に何か起こるわけじゃないよ】

「そっか」

風の精霊が部屋の中にふわふわと浮いている。

【そうそう、大事な話があって来たの。あなたはどのくらい長生きしたい?】

風の精霊の言葉にわたしはセレストさんを見た。

「セレストさんと同じくらい生きたい」

【その青い竜は魔力量からして二千年は生きそうだね。……だとしたらちょっと足りないかも】

風の精霊がふわりとわたしの横に座った。

姿はあるけれど重さはないから、精霊がベッドに座っても揺れることはない。

【精霊樹に魔力をくれた時みたいに、この実にも魔力を注いであげて。霊樹の実の魔力量であなたの寿命も変わってくるの。青い竜と一緒に生きたいなら、もう少し魔力が必要ね】

促されて、霊樹の実を両手で包む。

意識を集中させて、体の中から魔力の塊をちぎって実に移動させる。

【魔力制御ができるようになったの?】

「最近、練習中」

【本当に人間ってすごく成長が早いわね】

精霊が実を見て、首を横に振った。

【もっと】

と、風の精霊が言うのでまた魔力の塊をちぎって実に移す。

魔力を譲渡する度に実がキラキラと輝いてとても綺麗だ。

セレストさんが横で見守ってくれている。

魔力をちぎっては移し、ちぎっては移しを繰り返す。

……これでセレストさんと一緒に長く生きられるなら……。

魔力をかなり入れたのか、少し疲れてきたけれど、まだ止められない。

「ユイ……」

心配そうにセレストさんがわたしの肩に触れた。

それに何とか微笑み返し、実に魔力を入れ続ける。

……前にセレストさんに魔力譲渡した時みたい。

魔力が減ったからか手足が冷たく感じる。

かなりの量の魔力を入れたところで、精霊がわたしの手に触れた。

【もういいよ】

魔力の譲渡をしただけなのに、すごく疲れた。

セレストさんに抱き寄せられる。

「大量の魔力を移していましたが、大丈夫ですか?」

「うん、疲れた」

セレストさんに寄りかかれば、額にキスをされて、しっかりと支えてもらえた。

精霊はまたふわりと浮かんで部屋の中をくるくると踊るように回る。

【これで、あなたも二千年くらいは生きると思うわ】

あっさりと精霊が言うので、わたしは思わず繰り返した。

「……二千年……」

わたしにとっては気が遠くなるほどの時間のように思えた。

百年生きるのですら長いのに、その二十倍。

二千年後に自分がどうなっているかなんて想像もつかなかった。

【心配しなくても、実を食べればあなたもそのうち長命種と同じ時間の感覚になるよ】

つん、と精霊がわたしの鼻を指でつついた。

「長命種と短命種はそんなに時間の感覚が違うの?」

【そうね。でも、それを言葉で表現するのは難しいわ】

精霊が近づいてきてニコリと笑う。

【生きている間にまた魔力が必要になったら呼ぶから、来てね】

そう言って、精霊は実の中にスッと消えていってしまった。

霊樹の実の淡い輝きは消えて、いつもの水晶の輝きだけが残る。

「精霊はいつも突然ですね……」

セレストさんが小さく溜め息を吐いた。

「うん、でも、寿命について知れて良かった」

「人間のあなたにとって、きっと二千年という時間はとても膨大で、時には嫌になってしまうかもしれません。……それでも、そばにいてほしいと願うのは私のわがままでしょう」

目を伏せたセレストさんに手を伸ばし、頬に触れて、こちらを向かせる。

「わがままじゃないよ」

そっと引き寄せて、セレストさんにキスをした。

「……好きな人と一緒にいたいって思うのは普通のことだよ」

「ユイ……」

セレストさんにギュッと抱き締められると幸せな気分になる。

これから先、二千年も生きると思うと少し怖いけれど、セレストさんが一緒ならきっと大丈夫。

いつか、つらくなる時があるかもしれない。嫌になる時が来るかもしれない。

でも、セレストさんはわたしに寄り添ってくれるだろう。

わたしが一人になることはきっとない。

「だから、一緒に長生きしようね」

これからもずっと、セレストさんと一緒にいたい。

わたしが初めて好きになった人。

「はい……長生きしましょう、ユイ」

わたしもセレストさんの一生を、そばで見たいから。

* * * * *

霊樹の実に魔力を注いで疲れたのか、ユイが腕の中で眠ってしまった。

起こさないように気を付けつつユイをベッドに寝かせる。

枕元に置かれたままになっている霊樹の実を、セレストは布で包んで机の上に移動させた。

直に触れることはできないものの、こうして別の物を介せば動かすことはできる。

霊樹の実からは大量の魔力が感じられた。

……ユイの魔力量は相当なものだ。

竜人やエルフほどではないにしても、人間にしてはありすぎるくらいの魔力量だ。

ヴァランティーヌが言うように、もしも別の種族として生まれ、より魔力が多ければ大魔法士になっていたかもしれない。

そのまま、霊樹の実を布で包んでおく。

ベッドに戻り、ユイを起こさないようにセレストはゆっくりと薄手の毛布に入った。

まだ暑さが残っており、夜でも暖かいが、朝方は少し気温が下がる。

人間のユイはちょっとした気温の変化でも体調を崩してしまうので気を付けなければ。

セレストが抱き寄せれば、ユイが慣れた様子で身を寄せてくる。

その仕草が可愛らしくて、セレストは小さく笑みを浮かべた。

「……ありがとうございます、ユイ」

共に生きることを選んでくれて、ありがとう。

先ほどの魔力譲渡も少しつらそうだったが、それでもやめることはなかった。

それだけ、セレストと共に生きたいと願ってくれているのだろうか。

その考えは自惚れかもしれないと思いつつ、ユイのまっすぐな気持ちと好意が嬉しかった。

初めて出会った頃より成長したけれど、ユイは相変わらずセレストの腕の中に収まるくらい細くて、小柄で、でもいつだって驚くほど沢山の喜びを与えてくれる。

「……どうか、私より先に死なないでください……」

ユイには言えなかったが、これはセレストの本心だった。

以前は『人間のユイが先に死ぬのは仕方がない』と何とか受け入れていた。

しかし、霊樹の実をユイが食べると決意してから、セレストはわがままになってしまった。

……何百年……何千年でも、あなたと共にいたい……。

共に歳を重ね、老いて死ぬとしても、最期の瞬間まで一緒にいたい。

「……心から愛しています」

セレストだけの運命の番。

* * * * *

「霊樹の実を食べたら、わたしはセレストさんと同じくらい生きられるんだって」

秋に入る直前、家に遊びに来たユイがそう教えてくれた。

密かに、他の人に聞こえないように囁かれた言葉にディシーは笑った。

「良かった」

それはディシーの本心だった。

ユイが長生きできると聞いたけれど、どれほどかは分からなかった。

もしユイが先に死んだらと思うと、ディシーはセレストのことが気になっていた。

あんなにユイを大事にしてくれて、慈しんでくれて、愛してくれている人だ。

ユイを失ったらどうなってしまうのか心配であった。

「ユニヴェールさんのこと、ちょっと気になってたんだ。……もしユイが先に死んじゃったら、ユニヴェールさんは迷わずに後を追うんじゃないかなって……」

「……否定できないかも」

ユイが何とも言えない顔でそう返してくる。

「あと、どれくらい生きるか分かって安心した。あのね、シャルルさんと話し合って、私が二十歳になったら結婚しようって決めたの」

実際はシャルルだけでなく、ヴァランティーヌも交えて話したけれど。

数年付き合って、お互いに深く知って、それでも問題なければ結婚する。

……私はシャルルさんの百年をもらった。

人間の寿命を考えれば、百年経つ前にディシーは死んでしまうだろう。

それでも、シャルルはディシーに百年をくれた。

長生きしたいとは思わないし、この百年で目一杯生きて、幸せに死にたい。

ユイが目を丸くして、そして笑った。

「おめでとう。結婚式、絶対招待してね」

「もちろん! ユイを招かないで、他の人を招くなんて絶対にありえないよ!」

ギュッとユイを抱き締める。

相変わらずディシーより細くて小柄で、でも、初めて出会った時より成長した。

賭博場から助け出されてから、ユイはどんどん変わっていった。

その変化が嬉しくて、事務員を頑張るユイの姿は姉貴分として誇らしくて、微笑ましくて。

「わたし、長生きするからディシーを看取るよ。それで、ディシーが亡くなった後、シャルルさんがすぐに他の女性と仲良くならないよう見張ってる」

「それ、シャルルさんには秘密だよ?」

「うん」

真面目な顔でユイが頷くので、ディシーは笑ってしまった。

もしもディシーの死後、シャルルが他の女性と親しくなって添い遂げたとしても責める気はない。

シャルルのほうが寿命も長いし、素敵な男性だから女性に好かれたとしても不思議はない。

その代わり百年はディシーのために使ってくれる。

それだけで十分だった。

「長生きして、私が死んじゃっても、時々思い出してね?」

「ディシーのこと、忘れないよ」

「本当?」

「本当。だって、わたしのお姉ちゃんはディシーだけだから」

ユイの笑みに、ディシーも微笑んだ。

二人でベッドに寝転がって笑い合う。

「ねえ、ユイ」

呼べば、ユイがこっちを向いた。

「私、ユイが大好きだよ」

「わたしもディシーのこと、大好きだよ」

すぐにそう返してくれるユイに心が温かくなる。

「でもね、もし、ユイがつらくなったら……私のこと、忘れてもいいんだよ」

ディシーだって、もしユイが先に死んだらすごく悲しいだろう。

多分、仕事も手につかなくなるくらい悲しくて、寂しくて、つらくて、苦しい。

……私、酷いよね。

自分だったらどうしようもないくらいにつらいことを、ユイに押し付けるのだから。

細い手がディシーの手を取った。

「忘れないよ」

先ほどと同じ言葉をユイが言う。

「つらくても、悲しくても、ディシーのことは忘れない。……ディシーがいてくれたから奴隷だった時も我慢できたし、その後だって、ディシーがいたから寂しくなかった」

ころりとユイが体を動かして近づいてくる。

「ディシーが先に死んでも、わたしのお姉ちゃんはディシーだけで、わたしが覚えている限り……きっとディシーが本当の意味で死ぬことはないよ」

「本当の意味で死ぬ?」

「そう。誰かが覚えていてくれたら、誰かの記憶の中にいるなら、それはまだその人の中で『生きてる』ってことだと思う。わたし達が生きてディシーを忘れなければ、ディシーはわたし達の中で生き続ける」

ユイの言葉に嬉しくなった。

「……私のこと、覚えていてね」

「うん」

「ユイが忘れたら夢に出てくるからね」

ユイがそれに笑った。

「忘れなくても出てきてほしい」

ディシーはギュッとユイを抱き締めた。

……ユイ。私の自慢の、可愛い妹。大切な親友。

「そんなこと言うと、しつこいくらい夢に出るかも」

「沢山出てきていいよ」

「じゃあ、ユイの夢に出たらヴァランティーヌやシャルルさんのところにも行かないとね」

「そうだね、わたしのところだけだときっと二人が寂しがるよ」

死んだ後の話なのに怖くないのはユイが『覚えていてくれるから』だ。

誰かの記憶の中に残っていれば、確かにディシーはそこにいる。

だから、死んだとしても一人じゃない。寂しくない。

誰かの心の中にいられるのは、きっと幸せなことだから。

* * * * *