軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰り道

翌日、午前中のうちに旅に必要なものをまとめて準備した。

ベランジェールさんが「全部タダでくれたよ」と嬉しそうに笑っていた。

グランツェールに帰るまで、ベランジェールさんも一緒に同行してくれるらしい。

「あたしが来てほしいって頼んだからね。帰りもちゃんと送り届けないと」

と、いうことだった。

ディシーとヴァランティーヌさん、ベランジェールさんで荷物をまとめている間、わたしとセレストさんはもう一度、精霊樹のところに行った。

一応、精霊樹が元気になったかどうかの確認がしたかった。

エヴラールさんとウジェニーさんがいて、許可をもらってから精霊樹に触れる。

……もう大丈夫?

心の中で問いかけると精霊樹から手を伝って【もう少しだけもらってもいい?】と声が聞こえた。

……いいよ。でも、これから街に帰るからほどほどにしてね。

手を通して精霊樹に魔力が流れていく。

でも、前回よりは少ない量で終わった。

精霊樹から【これで十分。ありがとう!】と声がする。

手を離してセレストさん達のいる柵のところに戻る。

「また少しだけ魔力譲渡をしました」

柵から出れば、エヴラールさんとウジェニーさんが「ありがとうございます」と頭を下げた。

「大丈夫ですか、ユイ」

「うん、ちょっとだけだったから何ともないよ」

セレストさんと手を繋ぐ。

「私達はこの後、荷作りが終わり次第出立する予定です」

「そうなのですね……里の恩人に大したお礼もできず、お恥ずかしい限りです」

「いいえ、昨夜の宴はとても楽しませていただきました。エルフの宴に他種族が参加するのは珍しいことですから、ユイも良い経験になったと思います」

セレストさんが微笑んでわたしを見たので、頷き返した。

それにエヴラールさんとウジェニーさんも微笑んだ。

「そう言っていただけると助かります」

「また、いつでもお越しください」

そうして、エヴラールさんとウジェニーさんと別れて借りている家に戻った。

丁度ディシー達も荷作りが終わったところだった。

家の中に忘れ物がないか確認して、広場に向かう。

そこには大勢のエルフの人達がいて、長老達も待っていた。

「もう行かれるのですね」

と、長老の一人が残念そうな顔をする。

「アタシらにも仕事があるからね」

「そうか……」

ヴァランティーヌさんの言葉に長老達が苦笑する。

「ベランジェール、皆様方をきちんと街まで送り届けるように」

「分かってるよ〜」

「皆様、どうか道中お気を付けて」

長老達が頭を下げると、他のエルフの人達も同じように頭を下げた。

その後、わたし達は馬車に乗り込み、ゆっくりと里の出入り口の木のアーチを潜っていく。

エルフの里の人達が見送ってくれていた。

「皆さんもお元気で!」

馬車の後ろから手を振れば、エルフの若い人達が振り返してくれる。

ディシーが手を振ると女性達が振り返した。

森の中に里が消えていくまで手を振り続けた。

「エルフの里、すごかったね」

「うん」

ディシーと二人、見えなくなった里のほうをしばらく眺める。

馬車の中に戻るとセレストさんに抱き寄せられた。

「グランツェールに戻ったら、ジェラール隊長に報告に行きましょう」

「バルビエの里周辺の森が無事ならグランツェールも安心だろうからねぇ」

ヴァランティーヌさんも頷き、ディシーがヴァランティーヌさんの横に座った。

「エルフの人達、最初は冷たかったけど、ちょっと気難しいだけなのかもね」

「それはユイが精霊樹を助けてくれたからさ」

「でも、エルフの料理も教えてくれたよ?」

「そこはディシーが人付き合いが上手いからだろうねぇ」

楽しそうに笑うヴァランティーヌさんに、ディシーも「そうかな?」と笑う。

ディシーにとっても楽しい旅になったら嬉しい。

わたしもエルフの里を見ることができて、精霊樹のことも知れて、とても楽しかった。

「ヴァランティーヌ、一つ訊きたいことがあるのですが……」

セレストさんの言葉にヴァランティーヌさんが首を傾げる。

「何だい?」

「霊樹の実について、エルフの里ではどのようなものとされているか教えていただけますか?」

「ああ、いいよ。他種族は知らないだろうからねぇ」

ヴァランティーヌさんが『霊樹の実』について教えてくれた。

本来『霊樹の実』は精霊樹に魔力が多すぎる時にごく稀に成る実らしい。

ただし、ほとんどは触ることができないため、触れる人がいたら、その人のものになる。

この『霊樹の実』を食べると魔力量が増えたり、寿命が延びたり、エルフの場合はより精霊に近いハイエルフに進化したという事例もあったそうだ。

誰も触れなかった場合はそのままにしておくのだとか。

そうするといつの間にか消える。見た目は果物っぽいけれど、種はない。

「エルフにとって『霊樹の実』は非常に特別なものさ。これは精霊の加護を得られるのと同義で、とても名誉なことで、エルフ達は『霊樹の実』に触れることができた者を敬うよ」

ちなみに相手が『霊樹の実』を食べたかどうか、エルフは分かるらしい。

「人間が食べたという話は聞いたことがないけれど、精霊が渡したということはエルフ以外の種族が食べてもいいんだろうねぇ」

「エルフがハイエルフになるとして、人間が食べたら何になるのでしょう」

「さあね、それはアタシにも分からない。でも『霊樹の実』は悪いものではないよ」

実をくれた風の精霊は『わたし達に必要なもの』だと言った。

寿命に差がありすぎる種族だから、少しでもわたしが長生きできるようにという気遣いだと思う。

「『霊樹の実』について、どうするかは二人で話し合って決めるんだろう?」

「ええ……ですが、一度竜王陛下にお会いしなければいけないかもしれません」

前回、王都に行った時の話をセレストさんがヴァランティーヌさんに話す。

それを聞いたヴァランティーヌさんが「なるほどねぇ」と考えるように顎を撫でた。

「それで呼ばれたのかい。……竜王陛下も酷なことをするねぇ」

「国のため、民のために危険な芽は摘んでおきたかったのでしょう」

「まあ、そうなると確かにお伺いを立てたほうが良さそうだ」

手を上げてヴァランティーヌさんに訊く。

「『霊樹の実』は腐ったりしませんか?」

「ああ、しないよ。果物の見た目をしているけど、純粋な魔力の塊だからねぇ。……だから、今すぐに食べなくてもいいんだ。何年か経って、やっぱり食べることにするって道もあるからね」

「はい」

……腐らないなら、考える時間はまだ沢山ある。

* * * * *

バルビエの里を出てから四日目の夜。

ここまで何事もなく旅は進み、明日はグランツェールに到着するだろう。

セレストが見張りの番をしていると、荷馬車からベランジェールが出てきた。

「ほら、これでも食べなよ」

と、渡されたのは干し肉だった。

ありがたく受け取り、一口かじる。

ベランジェールも焚き火を挟んだ向かいに座り、干し肉をかじる。

「ユイ達は?」

「ヴァランティーヌにくっついて、みんな仲良く眠ってるよ〜」

しばし沈黙が落ちた後、ベランジェールがぽつりと言った。

「……今回は本当にありがとね」

それにセレストは苦笑した。

「頑張ったのはユイですよ。私はただ、そばにいただけです」

「あんたが頷かなかったらきっとユイちゃんは来なかったよ」

「そうでしょうか? ユイは優しいので、反対したとしても私を説得して行ったと思います」

「竜人は番のお願いに弱いからねぇ」

しかし、セレストの思いを無視して勝手に行くことはなかっただろう。

今回はヴァランティーヌやディシーなど、他が女性だけだったので許可できたが、もしベランジェールが男だったらセレストはすぐには頷けなかったかもしれない。

……竜人ほど心が狭い種族はいないだろう。

「それにしても、ヴァランティーヌが変わっててビックリしたよ」

「そうですか?」

「うん、すっかり『母親』って感じだねぇ」

ヴァランティーヌはバルビエの里があまり好きではないと以前、言っていた。

ハイエルフのヴァランティーヌは敬われ、慕われ──……それ故にいつも一人だった、と。

両親ですらヴァランティーヌを特別扱いして、それらが息苦しかったようだ。

エルフ特有の閉鎖的な空気に辟易して、里を飛び出し、旅をして、それでも里に対する思いを完全に断ち切ることができなくて街になりかけていたグランツェールに腰を据えた。

それからずっと、グランツェールの街でヴァランティーヌは第二警備隊員として暮らしていた。

「きっと、ディシーは良い娘なんだろうねぇ」

「あなたも似たようなものでは?」

「いや、あたしはヴァランティーヌからすれば親戚の娘で、自分の娘とは違う。そういうもんさ」

確かにディシーを引き取ってからのヴァランティーヌは少し変わった気もするが、元々世話焼きで気の良い人物なので、それほど大きく変わったようには感じられなかった。

「ディシーといる時のヴァランティーヌ、幸せそうで良かったよ」

ヴァランティーヌは旅をしたが、番を得られなかった。

それについてヴァランティーヌは気にしていないようで、本人も「この歳で出会ってもねぇ」と笑うばかりだった。彼女の浮いた噂も聞いたことがない。

「人間ってのはあっという間に成長して、死んでしまうけど、きっとディシーはヴァランティーヌの世界に彩りを与えてくれたんだねぇ」

それについてはセレストも似たような感覚を抱いたことがあるので分かる。

ユイを見つけた時、出会った瞬間に世界が変わったような気がした。

見慣れた世界が色鮮やかになり、番を見つけた幸せに心躍る。

ディシーは番ではないものの、ヴァランティーヌの世界を色鮮やかにしてくれたのだろう。

思えば、ディシーを引き取ってからのヴァランティーヌは以前よりいっそう明るくなった。

「血の繋がりなんて、関係ないんだろうねぇ」

そう言ったベランジェールは嬉しそうだった。

エルフの里で孤独を感じていたヴァランティーヌが、今は孤独ではないことを喜んでいるのだ。

「ディシーはシャルルと付き合っているんだっけ?」

「ええ、そうです」

「二人の間に子ができれば、ヴァランティーヌも寂しくないね」

「まだ結婚もしていませんよ?」

思わず小さく笑ったセレストに、ベランジェールがニッと笑った。

「何言ってるんだい。人間は成長が早いんだ。すぐに結婚して、子が生まれて、賑やかになるよ」

「そうでしょうか?」

「ああ、そうだとも。あのヴァランティーヌも孫に『ばあば』って呼ばれたら、きっとイチコロさ」

想像して、簡単にその姿を思い描けてしまい、セレストはまた小さく笑った。

ヴァランティーヌはきっと孫馬鹿になるだろう。

ディシーのこともよく褒めちぎっているので、孫も必ず可愛がる。

「それは見てみたいものですね」

二人で笑っていると馬車の後ろの布が上げられた。

見れば、眠そうな様子のユイが顔を覗かせる。

セレストは立ち上がり、馬車の後ろまで行った。

「すみません、起こしてしまいましたか?」

「ううん……」

ユイが目を擦り、眠そうにセレストを見上げる。

「……セレストさん、まだ見張りの時間……?」

振り向けば、ベランジェールが「ああ、そろそろ交代の時間だねぇ」と言った。

次はベランジェールの番なのでこのまま任せても問題ないだろう。

「いいよ、セレストも休んできな」

「ええ、では、後はよろしくお願いします」

ユイが馬車の中に戻ったので、セレストも垂れた布を上げつつ、そっと乗り込んだ。

中ではベランジェールが言った通り、ディシーとヴァランティーヌが身を寄せ合って眠っている。

その反対の壁にセレストが座れば、当たり前のようにユイがそばにきた。

ユイを抱き上げて膝の上に下ろすと肩口に頭を擦りつけてくる。

「……明日、グランツェールに着く……?」

「はい、天気が良ければ問題なく到着しますよ」

「……また、事務のお仕事、がんばらなきゃ……」

うとうとしながら呟くユイにセレストは微笑んだ。

「二週間お休みをいただいているので、明日到着したとしても、一日はお休みですよ」

「……そっか……」

くっついてくるユイを抱き締める。

それだけでセレストは幸福な気持ちに包まれた。

優しくて、努力家で、人の感情の機微に聡くて、少し嫉妬深いところが可愛いユイ。

番だと分かっているし、恋人同士になれたことも理解しているが、いまだにこれは夢なのではと思うこともある。

「……セレスト、さん……」

囁くように名前を呼ばれて、返事をする。

「はい」

「……おやすみ、なさい……」

ちゅ、と唇が触れて、セレストに寄りかかったユイが眠りに落ちる。

付き合ってからユイはよく口付けをするようになった。

それが嬉しくて、照れくさくて、幸福で──……本能を抑えるのが少し大変だ。

「ええ、おやすみなさい……ユイ」

セレストも眠っているユイの額にそっと口付ける。

腕の中に愛する番──……いや、恋人がいる幸せを感じながら眠りについた。